「相互理解に基づいて感謝の心で生き合うこと」…が、
家庭でも仲間同士でも会社でも組織でも普通にその様に在って然るべきで、
その様に成っていないことの方がむしろ異常な事なんですよ…とした上で、
その理想と現実の行ったり来たりを繰り返している要因が「我」と「欲」であるとして進めていますが、
ここで新ためて、何故!『相互理解に基づいて感謝の心で生き合うこと』…が必要なのかを述べてみたい。
☝長ったらしくなると読んでもらえないので、できるだけ簡略・箇条書き系で進めたいと思って居りますので、
ここは “ ひとつ! ” 皆様方の 『 読み取るチカラ 』 をフル回転でお付き合いくださいますようお願いします。
1、 【人は独りでは生きてはいけない。】
・まぁ~当たり前っちゃ~当たり前!衣・食・住のどれも誰の手も介さずに手にすることは不可能だから、
それらに携わる全ての人達、直接・間接なんらかの形で関わる人達を数えればキリがないだろう。
たとえば、サバイバルな人達はNO!と言うかもしれないが、大地・空気・水などの環境はどうだろう?
人は独りでは生きてはいけない…顔も名前も知らない人達にも、この地球にも常に生かされていることを忘れるな、
人は人との関わり合いの中に生きて・生かされているのだ。
2、 【そもそも人間は自ら生きれてはいない。】
・特に医者や看護婦さんや保健体育の先生じゃなくても、衛生管理者さん程度の勉強をした人なら、
説明しなくても解っていらっしゃると思います。 …消化吸収・血液関係・不随意筋・代謝関係etc …
人間が自分の人体の主人である部分(%)なんて、本当に少なくて …たかが知れてます。…
水分と栄養の補給と排泄などの介助があれば、意識不明でも生命の維持が成立することを考えてください。
よく、自分は誰の世話にもならずここまで成長してきた…なんて人が居ますが、“おこがましい” の一語です。
3、 【感謝の心で生き合うこと】
・1、 【人は独りでは生きてはいけない。】 と 2、 【そもそも人間は自ら生きれてはいない。】…が腑に落ちれば、
自分が所属する家庭や仲間や会社や組織で、どのように在るべきなのかがご理解いただけるものと思います。
人は人との関わり合いの中に生きて・生かされています。 驕り(おごり)・高ぶり・慢心・自惚れることなかれ!
「感謝の心で生き合うこと」…の意味がご理解いただけたものと思います。
4、 【相互理解に基づいて…】
・次に、前後しましたが、「相互理解に基づいて…」~の件(くだり)です。
「相互理解」とは、
「相互」 = ①互いの在り様。 ②お互いに、どちらかが一方的ではないこと。
「理解」 = ①仕組みや状況、意味する処を納得していること。 ②理性的な解釈。
つまり、相互理解を人間関係的に解釈するとしたら!
☝「どちらかが一方的にでなく、互いに相手の言動・行動・ゐずまひの意味する処を納得していること。
相手の置かれた立場、育ってきた環境、培ってきた経験や学び、魂の進化具合etcからの、言動・行動・
ゐずまひなのだと納得していること。 それらを総合的に理性的な解釈が相互に成立していることを意味します。
5、 【…ではない状態】
・それでは、「…ではない状態。」…!私達が強く認識しているつもりでいても、ついつい陥ってしまう処の
『相互理解ができないゆえに、感謝の心で生き合っていない状態』…とは、どういうことなのでしょうか!
相互理解の反対の意味ですから、「相互に理解しあっていない状態」…つまり、理解の反対の意味ですから、
◎ 理解の意味が、①仕組みや状況、意味する処を納得していること。 ② 理性的な解釈。…ですから、
◎ その反対なんで、①仕組みや状況、意味する処を納得していないこと。 ② 感情的な解釈。…となります。
つまり、相互理解…の反対(…ではない状態)&(我を折っていない状態)を人間関係的に解釈すると・・・!
☝「どちらか一方が、モシクハ双方ともに、相手の言動・行動・ゐずまひの意味する処を 納得していない こと。
相手の置かれた立場、環境、経験や学び、魂の進化具合eからの、言動・行動・ゐずまひなのだなんて 想ってもいないし、
想おうとすらしていない こと。 またそれらをごちゃ混ぜにした 感情論が支配 していることを意味します。
6、 【…ではない 原 因 】
・家庭でも仲間同士でも会社でも組織でも、相互理解に基づいて感謝の心で生き合って然るべきなのですが、
その様に成っていないことの方がむしろ多く、その理想と現実の行ったり来たりを繰り返している要因のひとつが
この 「我を折れない事」 であるとして進めていますが、ここで新めて 『我』…について考察してみましょう。