上州からの山旅

凡人noyamaの山旅の記録

木曽駒ケ岳(桂小場から)

2023年09月02日 | 山2023
【山 名】木曽駒ケ岳 2956.3mm(長野県)
【日 程】2023年(令和5年)8月31日(木)~9月1日(金)
【同 行】単独
【天 候】31日晴れ 1日晴れ
【ルート】
 31日 自宅3:30==6:30桂小場登山口06:52---07:56野田場08:09---08:24横山道分岐08:24---08:34馬返し08:34---08:39白川分岐08:39---09:13大樽小屋09:14---09:25胸突八丁(信大コース分岐)09:26---10:10津嶋神社10:21----10:41胸突の頭10:46----11:14水場11:14---11:18西駒山荘11:23----11:38遭難記念碑(聖職の碑)11:38---11:56黒沢分岐11:56----11:59濃ヶ池分岐11:59----13:14馬ノ背分岐13:15----13:30木曽駒ヶ岳13:47----14:00馬ノ背分岐14:00----14:56濃ヶ池分岐14:56----15:00黒沢分岐15:00---15:16遭難記念碑(聖職の碑)15:22----15:35西駒山荘(1泊夕食・寝具無し 9500円)

 1日 西駒山荘06:12----06:20将棊頭山06:32---06:41西駒山荘06:45----06:57将棋ノ頭07:01----07:14西駒山荘07:46----07:48水場07:49----08:13胸突の頭08:13----08:28津嶋神社08:30----09:01胸突八丁(信大コース分岐)09:01----09:11大樽小屋09:22----09:38白川分岐09:38----09:42馬返し09:42----09:49横山道分岐09:49----10:00野田場10:03----10:54桂小場10:57

 【温 泉】みはらしの湯 600円




桂小場 登山口
手前に小黒川渓谷キャンプ場からは1km程ダートな細い道となる



30台程止められるが未舗装で傾斜のある駐車場
9月3日には下の鳩吹公園から薪を背負って西駒山荘までの歩荷レースがあるそうだ



つづら折れの比較的なだらかな道を登ると程なく最初の水場「ぶどうの泉」がある
冷たい水で気持ちが良い



一時間ほど歩くと次の水場「野田場」があるが、枯れている
ここからは西駒山荘まで水場は無い



ツルリンドウ 
暑い日が続くが、植物は実りの秋だ



昭和50年落雷被害の記念碑 標高1960m位
針葉樹林帯の中に落雷とは想像できない、この木が特質して大きな木とも思えない
大正2年の学校登山の遭難事故が有名だが、こんなこともあったのだ



木が生えて判らないが痩せ尾根上のルートだ



セリバシオガマ




大楢避難小屋 中は比較的綺麗



胸突き八丁
桂小場から沢沿いに登ってくる信大ルートとの合流点
信大ルートは不明瞭なところがあり橋も流失しているので入らないよう注意書きがある



カニコウモリ



津島神社
以前はあったのかもしれないが今は社殿も祠も無い、洞穴にヒカリゴケの表示があった



シラタマノキ



標高2658m 行者岩
標高2600m付近で稜線に出る、西駒山荘と茶臼山の分岐点、「胸突き八丁の頭」から茶臼山方面


樹木はどれも赤い実を付けている

コケモモ

ウラジロナナカマド

ヒョウタンボク



登山口を出て4時間余り、西駒山荘(標高2685m)に到着
西駒とは、甲斐駒ヶ岳を東駒と呼ぶのに対して木曽駒ケ岳を西駒と呼ぶそうだ




大正2年の遭難事故を機に大正4年に建設された石室は「国の登録有形文化財」
石工が付近の花崗岩を刻んで建設したそうだ
右の本館は2014年(平成26年)改装


中の板張りは2014年(平成26年)改装、夜は談話室

薪ストーブが暖かい
この薪は、歩荷レースの人が持ち上げた


寝具ありのスペース




山荘から南方向に富士山や南アルプス、秩父の山々が良く見える



予定より早く着いたので、山荘に若干の荷物を預け山頂へ向かう
木曽駒山頂や宝剣良く見えるが未だ2時間ほどかかる



キベリタテハ



濃ケ池 時季には高山植物が咲き、逆さ宝剣が見られるが今回は省略



山頂から北に北アルプスの殆どが見える





南東方向には富士山と南アルプス


中岳と宝剣


中岳の下に頂上山荘



伊那側の伊那駒ケ岳神社

木曽側の木曽駒神社奥社



山頂 手前に三角点
景色がわかる図版は立ち入り禁止になっている



山頂 左が伊那駒ケ岳神社、右が木曽駒ケ岳神社



チングルマの実も少なくなってきた


ヒメウスユキソウ(コマウスユキソウ) 中央アルプスの固有種


トウヤクリンドウ


アオノツガザクラ


イワヒバリ
今年はハイマツの実が不作でホシガラスの数も少ないそうだ




遭難記念碑 新田次郎の小説「聖職の碑」のモデルとなった
「大正2(1913年)年8月26日に、長野県中箕輪高等小学校(現・同県上伊那郡箕輪町立箕輪中学校)の行事で行われた木曽駒ヶ岳登山。生徒25名、地元の青年会員9名、引率教師2名の総勢37名で登山に出発し、11名の尊い命が失われる大遭難事故となってしまい、決して事故のことを忘れ得ないようにと遭難記念碑が建てられた。
平成16年(2004年)には、風化により碑文が読みづらくなったのを機に、右脇に副碑が建てられた。ここには遭難記念碑の碑文がそのまま転載されている。」

西駒山荘から山頂へ向かって500m程のところにあるが、上りでは見過ごしてしまった



西駒山荘を見下ろす、左の砂礫地にコマクサ群落

咲き残っていたコマクサ



夕食


食事をしながら窓越しに北アルプス


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【2日目】


昨晩は強風の音であまり眠れなかった
夜明け前に起きだすと小屋裏に満月



5時前、東の空が明るくなってきた


八ヶ岳と秩父の山の間に日の出



日の出を見た後、近くの将棋頭山(2730m)へ
ここから360度の眺めは抜群


北方向:乗鞍から白馬の北アルプスが良く見える


北東方向:浅間山から八ヶ岳


南東方向:南アルプスと富士山


南:木曽駒・宝剣



西駒山荘から東の「将棋の頭」へも


将棋の頭 奥は浅間山と八ヶ岳



将棋の頭から西駒山荘、右端が将棋の頭山



景色を堪能したところで下山、正面は行者岩
  
 


 昭和50年代に初めて木曽駒に登った時は寝不足もありロープウェイから降りて山頂に着くと高山病になった思い出がある山なので同じコースを昨年、木曽駒から空木へ縦走した
 その際、新田次郎の小説「聖職の碑」のモデルになったコースが気になっていた
 昭和42年にロープウェイが開通するまではこちらが木曽駒へのメインルートだったそうだ
 夏休みも終わった平日、登山道も山小屋も空いていた
 小屋番の方に景色の解説などマンツーマンでしていただいた
 久しぶりの山歩きで疲れたが、天気・景色・山小屋ともに満足な山行で
 花の季節にまた行きたい山となった
 
 
 ↓そんなわけで ボタンを押して頂くとありがたいです







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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (fukuchan)
2023-09-06 06:39:50
奇麗な山景色を堪能させていただきました。
紅葉はまだですね。
カレー美味しそう。
山が歩けることが羨ましい。
fukuchan様 (noyama)
2023-09-10 15:17:17
いつもコメントありがとうございます
家庭の事情や自らの体調などで出かけられない日が続くといつの間にやら出不精になってしまします
しかし、出かけてみればまた来たくなるのが山歩きの様です

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