連載!海外勤務の落とし穴

現地法人の社長になったら必読、「野呂利 歩、アメリカを行く」。どつぼに嵌った駐在員の悪戦苦闘の物語。

野呂利 歩 奮戦記(第一章) 見えないアメリカ(1)赴任の時の決まり文句

2014-07-28 14:10:41 | 連載、海外ビジネス
赴任の時に言われる決まり文句がある。「経理、弁護士、そしてセクハラ」。大体コレだけ言われて、何となく納得しながら赴任する。営業部長、野呂利 歩氏は三ヶ月前に突然上司から、近々アメリカに設立される現地会社の設立準備チームのリーダーとなり、設立後は新会社の社長として、現地に赴任するよう告げられた。渡航前日、社長に赴任の挨拶をした時、冒頭の言葉が社長から出た。
杜撰な経理は会社を駄目にすることは、古今東西、周知の事実だから、特に注意を払わなければならない。二〇〇一年に起こったアメリカのエンロン社の経理不正事件は、SOX法を生み、その後の世界の経理処理システムを大きく変える事となった。経営責任者は、以前にも増して重い管理責任を負う。
次に「弁護士」。これも、アメリカが訴訟の国と言われているので、大いに納得。野呂利 歩氏、言い古されている事を思い出した。カリフォルニアで自動車接触事故に巻き込まれた日本人が、事故直後に相手のアメリカ人にアイ・アム・ソリーと言ってしまった為に、訴えられてしまったと言う話だ。どちらに非が有ったかの判定は警察がやるが、その前に自分から罪を認めてしまったことになる。日本では普通の、軽い、社交辞令的な挨拶程度の会話も所変われば事情は一変する。特にカリフォルニアという州は、規制の類は全米でも一番厳しいと言われている。こんな事例があるから、アメリカで事故を起こしたら、アイ・アム・ソリーと絶対言うなと教え込まれる。但し、近年、この事例に関し、日本人のメンタリティにかなり近い新しい解釈判断が出てきた。相手の心情を慮って、人間として自然に出てくるアイ・アム・ソリーという言葉があり、それを取り上げて、明らかに非を認めたとする解釈は状況によっては不適当とする判例だ。しかし、油断は禁物だ。
最後の「セクハラに気をつけろ」。セクハラに最も寛容な国の人間が最も厳しい国へ行くのだから、気をつけろ、と言いたくなる。日本のセクハラ訴訟も昔より増えたとは言え、その関心度はアメリカに遠く及ばない。そもそもセクハラを含むハラスメントの正確な概念を理解していない事と、ハラスメントに対して寛容過ぎる国民性が、日本のレベルの底上げを阻んでいる。
野呂利 歩氏は冒頭の三つのキーワードを頭に刻み込んでアメリカの大地を踏んだ。到着後、矢継ぎ早に手を打った。お世話になる会計事務所へ挨拶がてら、会計事務所の伝で、経理人材の斡旋を頼み、地元の弁護士にも渡りをつけた。セクハラについては、「日本より厳しい国」を肝に銘じ、同じ人間だから、何処に居ても基本は同じだ、淡々と管理すればよい、そう心に決めて航海に乗り出した。まさか、自分がセクハラ訴訟で手痛い目に遭うとは此の時は知る由も無い。

野呂利 歩奮戦記 (序章)

2014-07-11 09:15:24 | 連載、海外ビジネス
はじめに
 グローバル時代の真只中、実に多くの日本人が海外で働いている。その多くは、社命により海外に派遣されることになった、普通のサラリーマン達である。                          
 戦後の日本は貿易立国を旗印に掲げ、海外に果敢に挑戦する商社マン達が高度成長への原動力となった。彼らの海外での活躍を見て多くの若者達が商社を目指したものだ。この人達は会社の向こうに世界を見て果敢に飛び立って行った。
 しかし、市場のグローバル化とそれに伴うコスト競争力の確保は、否応無し且つ急激に商社以外の製造業に対して生産拠点の海外シフトを促す事になった。その結果、海外で働く事など考えてもみなかった人達が社命により突然の辞令をもらう事になる。本来、海外進出ラッシュという新しい波に合わせて世界に雄飛したい若者層が増えればよかったのだろうが、世の中思い通りには行かない。現実は逆で、かつて商社全盛の時代に多く見られた若者の海外志向の流れは、細って行ったように見える。
 かくして、海外進出が拡大する中で、海外で働くはずではなかった人達の海外で働く比率は飛躍的に増えた。
 異国の地で働く事は、文化、言語や習慣の違いから来る様々な問題を乗り越えなければならないから大変な作業となる。最初から海外に興味を持っている人でさえ、簡単にはいかぬから、まして、「海外で働くはずではなかった」人にとっては苦痛以外の何ものでもないかも知れない。それでも新しいチャレンジの場を与えられ、任期を全うし、充実感を持って帰国する人もいる。その反面、ちょっとした知識やノウハウが無かった為に、しなくてもよい失敗をして嫌な目に遭い、アメリカ嫌いになって帰国する人達も多い。筆者も嘗ては普通のサラリーマン。日本で教育を受け、就職し、会社人生の後半で、突然の海外赴任。会社立ち上げとそのマネジメントの4年間、失敗も含め色々と貴重な経験を積ませてもらった。その後、アメリカに居座り、日系企業のコンサルティングを通じ、日本人の失敗を目の当たりにして来た。
今や海外進出は当たり前の時代。さぞかし企業の海外ノウハウは充実しているものと思われがちだが、実は殆ど蓄積されない状態と言ってよい。相変わらず同じ様な過ちを繰り返し、する必要の無い失敗で、喘いでいる。
この連載は、海外マネジメントの経験が無い「普通の人」がアメリカに赴任し、する必要の無い失敗をする事無く、「来て良かった」の一言を携えて日本へ帰国していただきいと願って書いた入門書である。掲げてあるエピソードはいずれも実際の体験談や失敗談を基にしており、これから赴任する人、現在海外で奮闘している諸兄へのいささかの助けになればと考えている。