世耕日記

参議院議員 世耕弘成(せこう ひろしげ)の活動を日記形式と雑感、主張を交えお伝えするブログです!

2月9日(木)【法令解釈担当大臣?:問題点を指摘したらあっさり政府は撤回】

2012年02月09日 | Weblog
 皆さんも何度も予算委員会の中継でご覧になっていると思うが、枝野経済産業大臣が経済産業政策と関係のない分野にまで手を挙げて答弁を行ってきている。
 枝野大臣の答弁は田中防衛大臣のような法律知識のない大臣にとって格好の助け船となっており、野党議員がきちんと所管大臣を指名して質問しているのに、枝野大臣が割り込んで答弁して弁護士らしい法律解釈を振り回し、その後所管大臣が立って「枝野大臣の答弁のとおりです」などと逃げることがまかり通ってきた。しかも枝野大臣は長い答弁が得意で、野党議員の質疑時間を奪ってしまっている。

 一昨日、内閣官房と法制局の担当者を国会対策委員会に呼んで、枝野大臣が関係のない分野の法律解釈まで答弁している法的根拠を問いただした。内閣官房の回答は「閣議で、『法令解釈担当については枝野大臣にお願いする』旨の総理発言があったから」とのことだった。
 私の方からは「そもそもすべての法律には主務大臣が指定されている。われわれ国会議員の国会における質疑は、この主務大臣が所管法律に関してどういう見解、解釈を持っているのかを問いただしているのだ。内閣の中で法令解釈を誰が担当しようと構わないが、国会答弁としての法令解釈は各法律の主務大臣が行うべきであり、『法令解釈担当』大臣の答弁など認められない」と指摘した。
 さらに、「百歩譲って、法令解釈担当として枝野大臣を答弁を認めるとすると、今後予算委員会だけでなく、すべての委員会で法令解釈が必要な場合は、枝野大臣の出席と答弁を要求することになる。それでいいのか?」と付け加えた。民主党の国会対策委員長にも自民党の脇国対委員長から同様の通告を行った。

 昨日になって民主党の羽田国対委員長から脇委員長宛に「今後枝野大臣は法令解釈担当としての答弁を行わせない」との回答があり、あっさりとこちらの言い分どおり決着が着いた。
 民主党政権は法的根拠のない組織やポストを乱立させてきた。法令解釈担当大臣なるものもその一種だが、こういう問題点はきちんと正して行かなくてはならない。
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2月7日(火)【予算委員会:水準の高かった自民党議員の質疑】

2012年02月07日 | Weblog
昨日から参議院予算委員会で第4次補正予算のTV入り審議が始まった。
自民党は脇雅史国対委員長、林芳正議員、磯崎陽輔議員が質問に立った。

脇委員長は、国家戦略室や行政刷新会議等々民主党政権下で法的根拠のない組織が乱立し、混乱していることと、憲法17条が規定する内閣の法令遵守義務に反するのではないか?との論点を突いた。林議員は米側から一方的に発表されたグアム移転が普天間の固定に繋がるのではないか?米側と2+2をはじめとする交渉、打ち合わせがあったのか?と追及した。磯崎議員は社会保障改革について、政府与党が具体案を出さないことを追及。閣僚が苦し紛れに「自民党の対案を出せ」と答弁したのに対し、「マクロ経済スライド方式等、前政権時代に行った社会保障改革が我々の対案だ。民主党こそ与野党協議を求めるのならば、まず対案を出せ」と鋭く切り返した。3人ともきちんと明確な論点を持ったいい質問であった。

地元で有権者と対話していると「揚げ足取りはよくない」、「大臣を虐めているように見える」という話を伺うが、それは自民党をよく思わない一部マスコミや評論家が作っているイメージにしか過ぎない。勿論間抜けな大臣や問題発言があれば厳しく指弾はするが、それは長い質疑時間のごく一部にでしかない。今は衆参の公式ホームページから質疑の動画アーカイブスが観られるようになっているので、一度自民党の質疑を最初からみてみて欲しい。それぞれの議員がよく勉強して、自民党政権時代の反省も踏まえながら、新しい政策提案も含めて、格調高い質疑をしていることをご理解頂けると思う。
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1月21日(土)【ぶら下がり取材を考える:その2「ぶら下がり取材の歴史」】

2012年01月22日 | Weblog
 前回から少々間が空いてしまったが、菅首相に続いて、野田首相も拒否し続けている「ぶら下がり取材」について書く。

 今回は、ぶら下がり取材の歴史について説明したい。なぜ私がぶら下がり取材の歴史を知っているかというと、安倍内閣の広報担当首相補佐官を務めていて、小泉内閣で1日2回が慣例になっていたぶら下がり取材を1回にする提案をしたところ、メディア側(記者クラブ)からの猛反発に合い、大論争となった(その時の経緯は別途詳しく書く)。その際に過去の歴史を少々リサーチしたのだ。

 元々、小泉内閣以前は総理大臣に対する取材は記者団が一日中総理大臣に張り付く形で行われていた。新人といってもいいくらいの若手記者達が総理執務室の扉一枚隔てた廊下にたむろしていて、総理が国会に出席する等で移動する際には大挙して付いていっていた。そして国会の廊下などでの移動中に「総理!○○に関するお考えはどうですか?」と問いかけるというのが総理大臣に対する取材スタイルだったのだ。歩く総理大臣にぶら下がるような形で取材がおこなわれるので、「ぶら下がり取材」という名称が付いたようだ。
 
 昔の総理大臣は、記者団がいくら問いかけても返事をすることはほとんど無かったらしい。時々「うん、そうだな」という程度の答えがあるかどうかだったようだ。総理大臣のコメントを取ってくるのは、総理直通の電話番号を知っている、実力派政治記者の仕事であったのだ。しかし、いつの頃からか総理大臣が時々立ち止まってコメントを発するようになった。外交や政局等で重要な局面で、国会正面の赤絨毯が敷かれた階段の途中で総理が立ち止まり、回りを記者団が取り囲み、総理の肩越しにマイクが突きつけられ、、、といった光景をご記憶の方も多いのではないか。

 森内閣の時に、総理と記者団の関係がぎくしゃくし、総理が記者の無礼な質問を叱りつける場面が報道されたり、無言で立ち去る総理をカメラが執拗に追いかけたり、といったことが繰り返された。
 前内閣時のトラブルに考えるところがあったのだろうか、小泉元総理は記者団が四六時中つきまとう取材形式を嫌い、「午前と午後1回ずつ、1日2回立ち止まってきちんと記者団の質問に答えるから、記者団がずっと付いてくるのは止めてくれ」という提案が行われた。記者クラブ側も、歩きながらの断片的なコメント拾いよりも、一問一答形式で取材できることにメリットを感じたのであろう、小泉元首相側からの提案を受け入れて、午前は夕刊用にカメラ取材なしのペン取材のみで、そして午後は夜の報道番組用にカメラ入りで、ということになった。
 しかし記者クラブ側はあくまでも「ぶら下がり取材」であるというスタンスは崩さず、「官邸の廊下を歩いていた首相がたまたま立ち止まって取材に応じた」というフィクションの上でこのスタイルは成り立っていた。あくまでも首相側の会見ではなく、記者クラブ側の取材であるということである。だから総理用のマイクや演壇は置かれることはなかった。
 小泉内閣末期にはこの1日2回のルールが崩され、午後の1回のみとなった。

 安倍内閣になって小泉内閣末期は1回だったのだから、そのまま継続しようとして記者クラブと揉め、最終的には首相側が譲歩して1日2回のぶら下がり取材ということになった。(詳細は別途書く)
 それ以降、菅内閣の3月11日までは、1日2回のぶら下がり取材が続けられてきた。そして東日本大震災の対応に集中することを口実に菅首相は結局3月11日以降退陣までぶら下がり取材に応じることはなかった。野田総理も「定期的に記者会見を行う」と宣言して、ぶら下がり取材は拒否している。

 これが今日までの首相に対するぶら下がり取材の歴史である。次回は安倍内閣の時のぶら下がり取材を巡る記者クラブと官邸の軋轢について詳述したい。
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1月10日(火)【ぶら下がり取材を考える:その1「トップの情報発信の重要性」】

2012年01月10日 | Weblog
 歴代総理大臣は「ぶら下がり取材」という形で記者団にコメントを発し、国民への説明責任を果たしてきた。しかし東日本大震災発災日の3月11日以降、定例的な総理大臣のぶら下がり取材は行われないままになっている。9月28日には私が参議院予算委員会で「ぶら下がり取材をどうするのか?」と野田総理に直接質したところ、総理は「ぶら下がり取材はやめて、定期的に記者会見を行いたい」と答弁したが、その後記者会見が定例化した痕跡もない。

 私は安倍内閣の時に、広報担当首相補佐官としてこのぶら下がり取材問題に携わった経験がある。安倍内閣発足時にはこのぶら下がり取材を1日2回から1回に減らしたいと記者クラブに申し入れたが、猛反発をくらい、当時の民主党を含めた野党からも激しく攻撃されることとなった。

 このぶら下がり取材の問題は一国のトップの情報発信のあり方という点で非常に重要な問題である。首相の発言は世界を駆け巡り、市場をはじめさまざまな影響を与えることになる。そして日本のぶら下がり取材という携帯は、世界各国のトップの情報発信形態と比べてかなり異様な状況になっている。きちんとした整理を行って、日本の安倍内閣当時の経験から私なりに考え方を持っているので、数回に分けてご紹介したい。
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1月5日(木)【和歌山放送の国会議員座談会に出席:ネットで聴取可能】

2012年01月06日 | Weblog
 昨日(4日)、和歌山県内唯一のAMラジオ放送局である和歌山放送の「2012和歌山県出身国会議員座談会」に出席した。出演者は和歌山出身の衆参国会議員9名と、仁坂知事。来年度予算案の評価、消費税、TPPなどが主なテーマで、与野党議員が異なる見解をぶつけ合う場面もあった。
 「個別に反論していると明日の朝までかかる」(パート2の20分50秒あたり)という逃げ答弁や、「(自民党議員)とは普段話していると同じ意見になる」(パート2の21分00秒)との抱きつき答弁、「マニフェスト期間はあと1年あるので、なお16兆円の無駄遣いを見つけ出すという前提で議論をしている」(パート2の23分30秒あたり)など、総じて与党民主党議員は苦しい弁明、言い訳に追われる場面が目立った。特に「私たちは党を代表してきているわけではないので」(パート3の1分20秒あたり)との民主党議員の逃げの発言には、開いた口が塞がらなかった。公党所属の議員たる者、つねに党を代表する心構えで発言しなければならないのは言うまでもないことである。
 放送の内容はネットで聴けるようになっている
ので、ぜひ一度聴いてみて欲しい。私の発言は、「今年の抱負」がパート1の18分5秒から、「予算案に関する評価」がパート2の24分24秒から、「消費税の賛否」がパート3の16分56秒あたり、「TPP」についてはパート4の12分11秒から、「政権奪還への決意」がパート5の4分15秒から、それぞれ取り上げられているので、ぜひ聴いて頂きたい。

 せっかくの与野党議員が揃っての討論の場なので、私は変に気を遣うことなく、率直な発言を心がけたつもりだ。政権与党を厳しく批判すべきは批判したし、消費税やTPP問題については、中途半端な言い方はせず、賛否をきちんと述べさせてもらった。
 番組の進行はすべてのテーマについて、司会者が衆議院1区の議員から指名して2区、3区、比例、参議院選挙区、比例という順番で発言していったが、少々平板であった。各議員が丁々発止自由に発言する形の方がもっと白熱した議論になったのではないか。

 今朝の新聞各紙は和歌山県版で昨日の座談会の模様を報道している。毎日新聞を除く各社とも本文でそれぞれの議員の発言ポイントをそれなりに公平に抽出して取り上げている。ただ毎日新聞だけは参議院議員の発言は全く取り上げておらず、写真も衆議院議員のみ写していて参議院議員はカット。今回の座談会での参議院議員の発言には「報道する価値なし」との判断だろうか?
 毎日新聞が筆頭株主であり、OB社員の受け入れ先にもなっている和歌山放送は、ピーク時には年間20億円超の売り上げがあったが、いまや7億円ちょっとに激減。今なお売り上げは毎年下がり続け、何年も赤字経営が続いている。われわれ国会議員にとっては年始挨拶回りのピークであるこの時期に座談会のために3時間近くも拘束されることは大変な負担であった。それでも苦境にある県内唯一のAM放送局を少しでも盛り上げようとの思いで、協力、出演したのだが、、、
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1月5日(木)【新年のご挨拶】

2012年01月06日 | Weblog
 新しい年がスタートいたしました。皆様方には、すがすがしい新年を迎えられていることと拝察いたしますが、昨年わが国とそしてわが故郷をおそった甚大な災害とその被災者のことを考えると、軽々にお祝いの言葉を申し上げるわけにもいきません。
 昨年は東日本大震災と台風12号によってわが国と和歌山県は深刻な被害を受けることになりました。今年はわが国とわが和歌山県がこの被害から立ち直り、しっかりと復興の歩みを進めていく一年にしなくてはなりません。

 大震災については、国会議員として何度も現地に足を運び、状況を把握し、その対策立案に参画してまいりました。民主党政府の遅遅とした取り組みが復興の阻害要因になっていることを痛感しましたが、批判をしていても復興は進まないので、自民党して独自の支援活動を進め、政府提出の復興関連予算・法案の早期成立に協力し、原発被災者の早期救済や二重ローン対策、瓦礫処理等で政府の対策に欠けている部分について、自民党としての議員立法を進めるなどして参りました。

 和歌山県をおそった台風12号についても、早期に現場入りして被害状況をつぶさに把握し、早期の激甚災害指定や交通網の早期復旧に努力して参りました。9月28日には予算委員会で台風対策を中心に質問に立ち、菅内閣から野田内閣への引き継ぎのまずさが政府の対応の遅れにつながったことを明らかにするとともに、近く発生が予想される東南海・南海地震対策としての道路網の整備、特に高速道路の整備について政府として積極的に取り組むむねの答弁を引き出しました。
 今後とも日本と和歌山の復興に全力投球していく覚悟です。

 災害以外にも日本には課題が山積しています。欧州金融危機、円高、TPP、普天間基地移転、消費税、社会保障改革などなど、高度な政治的リーダーシップがなければ解決できないテーマばかりですが、民主党内すらまとめられず、あやふやな方針表明しかできず、一川大臣、山岡大臣等不適格閣僚を多数抱える野田内閣にはこれらの難題を乗り切るのは到底無理です。今や17兆円もの無駄を見つけ出して子ども手当等をばらまくとした、総選挙の民主党政権のマニフェストが実現不可能なことも明白になっています。正当性を失った野田民主党政権を一日も早く退陣に追い込み、日本の政治をまともに機能させるべく、ねじれ国会の主戦場である参議院自民党の国会対策委員長代理として頑張っていかねばなりません。

 昨年は私個人にとっても大きな変化の年でありました。9月の父の逝去に伴い、近畿大学の理事長に就任いたしました。政治家と大学経営者の二足のわらじを履くことになったのです。一層多忙な生活となりますが、政治と大学経営には相乗効果があると考えています。特に政治にとって最大かつ根幹的な課題は教育改革です。近畿大学の経営を通して得た教育現場の情報を政治活動にしっかりと活かしていきたいと思います。また学生5万人、教職員5000人の巨大組織のトップとしての経験は必ず政治のトップを目指す上でも役立ってくると確信しています。

 最後になりましたが、平成24年が皆様にとって、健やかで幸多き年となりますよう心からお祈り申し上げ、新年の挨拶といたします。
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12月31日(土)【この一年を振り返って】

2011年12月31日 | Weblog
 今、大晦日の静かな雰囲気の中にいる。 
 日本にとってこの一年は3月11日の東日本大震災、9月の和歌山県を中心とする紀伊半島大水害と災害続きの年であった。

 私にとっては大きな変化のあった年であった。特に今年8〜9月の参議院自民党の人事の混乱は、参議院自民党改革を推進してきた幹事長代理という立場として、大きな渦に巻き込まれた結果となった。このごたごたが原因で自民党全体の支持率が伸び悩むことになったのは残念だ。また改革に対してネガティブな立場を取る人が少なくなかったことにも衝撃を受けた。

 また個人的にも大きな変化のあった一年だった。9月には父が亡くなり、またその後を継いで近畿大学の理事長にも就任した。2足の草鞋を履くことになったわけだが、その変化に戸惑いつつも、今は相乗効果を感じながら前向きに取り組んでいる。

 特に大変だったのは8月〜10月にかけてだ。参議院人事、地元和歌山の水害被害、そして父の容態の急変と、いろんな事態が立て続けに起こり、心身ともにふらふらになってしまった。
 政治家としても国会対策委員長代理というさらなる激務が与えられ、非常にしんどかった。

 今は体勢を立て直して、ペースも掴んで、しっかりと仕事をやっていく状況になっている。

 泣き言はいってられない。日本の政治を取り巻く状況は深刻だ。東日本大震災や紀伊半島大水害からの早期復興のためにやるべき仕事も山ほどある。参議院自民党の役割も大きい。年明けから色んな行動を起こして行かなくてはならない。そんなことを考えながらの大晦日である。

 今年一年大変お世話になりました。皆様も良いお年を迎えられますように。
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12月31日(土)【税制改革:消費税増税に反対の理由】

2011年12月31日 | Weblog
 民主党が「一応」消費税増税を含む社会保障と税の一体改革案をとりまとめた。

 私は自民党麻生政権末期に消費税増税論議が行われた際も、明確に反対の立場に立っていたが、今もそれは変わらない。

 最大の理由は今回の消費税増税は「財政再建」を最大の目標に行われようとしているが、消費税を増税しても消費が冷え込むので財政再建には必ずしも貢献しないからである。
 平成10年の橋本内閣の当時に消費税は3%から5%に増税された。消費税1%は2兆5000億円に相当するので、単純計算すると税収は5兆円増えるはずだが、実際には景気回復の腰折れが発生して税収減が続き、今日に至るまでに平成10年の税収を上回ったことは一度もないのだ。

 財政再建を真剣に進め、財政健全化の一歩手前まで行ったのは小泉・安倍両内閣だ。小泉内閣発足時の基礎的財政収支(プライマリーバランス)28兆円の赤字だった。しかし安倍内閣退陣時には6兆円まで赤字は圧縮されていて、2011年(今年!)には収支が均衡する予定、すなわちこれ以上借金は膨張しない、というところまで行く予定だったのだ。
 小泉・安倍内閣の間、消費税増税はもちろん、大規模な増税は行っていない。にもかかわらず財政赤字を22兆円も圧縮できたのはなぜか。まず歳出面では公共事業を大幅に削減したこと(民主党政権がやっている規模とは比べものにならない10兆円から5兆円への圧縮だった)。さらに社会保障費の伸びを圧縮したこと。そして歳入面では構造改革の効果が出てきて税収が大幅に増えたことである。このように行革で歳出を削り、景気を良くして税収を増やすことこそが財政再建の近道なのだ。官僚がどんな理屈をこねようとも、小泉・安倍内閣の実例が示しているのだ。

 自民党も含む消費税増税派の議員はよくこういう。「危機的な財政状況において、政治家は責任を持って国民に厳しいことをお願いして行かなくてはならない。それが真の政治だ」と。確かにそのことに異論はない。しかしそれがイコール消費税増税になるとは考えない。
 本当に財政再建のために厳しいことをお願いするというのであれば、小泉・安倍政権がやったような社会保障の給付への切り込みと痛みを伴う改革による景気刺激策しかないはずだ。社会保障給付の削減や大胆な構造改革は、各種業界団体から反発も受ける。消費税増税を主張して給付の削減や改革に切り込まない政治家はこの点から逃避しているとしか言えない。逆に消費税の方が楽に「ええ格好」ができるのだ。

 景気の腰折れをさせるだけで、真の財政再建効果の薄い消費税増税には慎重であるべきである。
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12月20日(火)【民主党政権の外交敗北:李明博大統領訪日】

2011年12月21日 | Weblog
 野田首相にとって李明博大統領の訪日はひとつの外交舞台としてプレイアップする予定であったのだろうが、ここまで明白な外交敗北は近年なかったのではないだろうか。

 民主党政権はここまで、韓国に非常に気を遣った外交を行ってきた。その姿勢は卑屈といってもいいものであった。
 2010年8月当時の菅内閣は、日韓併合100年にあたって、植民地支配への痛切な反省と心からのおわびを明記した首相談話を発表。またこの談話の中で日本が正当な所有権を持っている朝鮮王室儀軌の引き渡しを宣言した。今年5月には強引に朝鮮王室儀軌の引き渡しを盛り込んだ日韓図書協定を自民党が反対したにもかかわらず国会で成立させた。
 今年10月には野田首相は初の外遊先として韓国を選び、あろうことか朝鮮王室儀軌を持参して引き渡すという過度の外交サービスを断行した。また欧州経済危機の影響で苦しむ韓国に対して日韓通貨スワップ協定の限度額拡充を約束し、外貨準備の少なさから危機的状況が伝えられる韓国経済に対して救いの手も差し伸べた。

 しかしこのような民主党政権の低姿勢外交に対して、韓国側は無礼な対応を繰り返した。
 今回の李明博大統領の訪日にあたっては、韓国側のあまりにも無礼な姿勢が目立った。
 まず日韓首脳はシャトル外交を続けており、今回は日本が国賓として訪日するよう要請していた。しかし李大統領は国賓としての訪問を断り、訪日するかどうかも直前まで明らかにせず、14日になって一方的に訪日を発表した。これらは外交儀礼の常識からはあり得ないことである。
 訪日の直前にはソウルの日本大使館前に「従軍慰安婦」関連の少女像が設置された。10月の訪韓の際、野田首相が「設置されることはないように」大統領に対して直接申し入れていたにもかかわらず、完全に無視された格好だ。それどころか今回の首脳会談で李大統領は「日本が対応しなければ、第二、第三の像が建つだろう」との無礼で挑発的な発言を行った。

 民主党の取ってきた低姿勢外交はまったく効果がなかったばかりか、逆に日本が足下を見られる結果となった。

 野田首相は今回の韓国の対応を受けて、これまでの対韓外交姿勢を猛省、見直しし、日韓通貨スワップ協定拡充の撤回も含めた強い姿勢で韓国に対応するべきである。
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11月28日(月)【野田政権下での初の党首討論開催が決定:みんなの党渡辺代表討論には民主が難色】

2011年11月28日 | Weblog
 私は参議院自民党国会対策委員長代理と同時に党首討論(QT:クエスチョンタイム)の舞台となる国家基本政策委員会の野党筆頭理事も務めている。
 今日、衆参の国家基本政策委員会の合同幹事会が開催され、30日(水)午後3時から党首討論を行うことを合意した。野田首相就任後初の党首討論となる。

 今までは自民党の谷垣総裁35分、公明党の山口代表10分という時間配分で行われてきたが、今回私の方からみんなの党の渡辺代表にも持ち時間を配分し、谷垣30分、山口10分、渡辺5分とするよう提案させてもらった。

 党首討論の参加条件は与野党申し合わせで「衆参いずれかで10名以上の議席を持つ党であること」、「党首は国家基本政策委員会の委員として討論すること」となっている。昨年夏の参議院選挙の結果みんなの党は参議院で11議席を持つようになっており、議席数の条件はクリアしている。しかし2年前の衆議院の委員会配分の結果、渡辺代表は国家基本政策委員会の委員となっておらず、結果として党首討論に参加できない状態になっている。
 みんなの党は昨夏から「参議院選で示された民意を反映し、党首討論に参加させて欲しい」と主張してきたが、衆議院での委員配分の見直しが行われず、1年以上たなざらしになってきた。国会運営にあたっては少数会派に対して最大限の配慮が行われるべきであり、こういう場合衆議院で圧倒的議席を持つ第一党である民主党が1名委員を譲って渡辺代表が参加出来るように調整するのが筋である。しかし民主党の腰は依然重い。
 そこで、今回自民党が調整に乗り出し、衆議院の自民党の国家基本政策委員会の委員枠1名とみんなの党の懲罰委員会の委員枠1名を交換することで、渡辺代表が党首討論に参加できる要件を整えた。国会法で会派を超える委員の交換は議院運営委員会の了承が必要なので、先週金曜午後に衆議院自民党議運筆頭理事が自民―みんな間の委員の交換を民主党側に申し入れた。

 そういう条件を整えた上で、本日QT幹事会の場で私から正式に渡辺代表に党首討論させることを提案したのだが、民主党幹事は「議運で決まったと聞いていない。現時点で委員になっていないと認識する。委員になっていない以上は討論参加は認められない」との極めて後ろ向きな姿勢であった。私は「今日に間に合うように金曜日に申し入れているのに、聞いていないとはおかしい。みんなの党は参議院で議席要件を満たしており、参加させることを前提にすべきだ。民主党は反対なのか?」と食い下がったが、民主党幹事は「決まったとは聞いていない」と苦しい回答を繰り返すのみであった。
 最後は鈴木政二QT座長が「衆議院の議院運営委員会で渡辺代表を委員に入れることを認めるのかどうか、確認の上、決定したい」と引き取り、明日11時の衆議院議院運営委員会理事会の結論を待つことになった。現時点で入っている情報では明日の議運理事会でも民主党は渡辺代表の参加に否定的な回答を示す模様である。渡辺代表が参加すると都合の悪いことでもあるのだろうか。

 みんなの党はわれわれ自民党にとってもライバル政党であり、発信力のある渡辺代表が党首討論に立てば、自民党が霞んでしまう可能性も否定できない。しかし、昨年夏の参院選で示された民意により、みんなの党は党首討論参加に必要な議席をクリアした。そうである以上、渡辺代表に党首討論参加の機会を与えることがフェアであると考え、自民党は今回みんなの党の党首討論参加に協力することを決断した。自民党とみんなの党が委員の交換に合意したのであり、民主党はじめ他の政党に迷惑をかける話ではない。公平な国会運営に責任を持つ第一党である民主党がみんなの党渡辺代表の党首討論参加に消極的な姿勢を示すきことには理解がでない。第一党として民主党は度量を示すべきである。
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