世耕日記

参議院議員 内閣官房副長官 世耕弘成(せこう ひろしげ)の活動を日記形式と雑感、主張を交えお伝えするブログです!

1月14日(火)【謹賀新年:今年も安倍内閣を支える!】

2014年01月14日 | Weblog
 遅くなりましたが、新年明けましておめでとうございます。
 長らくブログの更新が途絶え、新年第一号もずいぶんと遅くなってしまいました。今年こそ、こまめに更新したいと思っておりますが、官房副長官の激務の中でどうなることやら、自信がありません。が頑張って出来る限り更新します。

 さて昨年は公私ともに充実した一年であった。私にとって選挙の年でもあった。公務や他の選挙区の応援のため、選挙期間中たった3日間しか和歌山へ入れないという状態での選挙であったが、77.3%という高い得票率で当選させていただいた。

 仕事の面では、官房副長官として安倍総理を舞台裏で支えることに必死だった。毎日毎日いろいろな課題が発生し、必死に対処していった。総理に同行してベトナム、タイ、インドネシア、ロシア、サウジアラビア、UAE、トルコ、ミャンマー、バーレーン、クウェート、カタール、ジブチ、アルゼンチン、ブルネイ、カンボジア、ラオスの16カ国を訪問した。特にオリンピック・パラリンピック招致成功の瞬間に立ち会えたことは一生の思い出に残るだろう。

 そして私生活では林久美子参院議員と9月に結婚・入籍した。与野党の垣根を越えての結婚で皆さんに驚かしたかもしれないが、政党の違いを超えてお互いに信頼出来るパートナーだということで結婚を決断した。彼女も政治家で超多忙であるにもかかわらず、毎朝5時台に起床して小学生の子供を学校へ送り出し、ダイエット実施中のため色々と注文の多い私の朝食も完璧に準備してくれている。炊事、洗濯等もやってもらっており、本来同じ国会議員なのだから、家事のシェアをしなくてはならないのだが完全に甘えてしまっている。
よく家に帰ってから政策等で喧嘩にならないか?と聞かれるが、まったくそのようなことはなく、帰宅後は(といってもお互いに政務の懇談会等で遅くなることが多いが)とりとめのない夫婦の会話を行っている。そしてその事が何よりも仕事のストレスを解消し、翌日への気力を高めてくれている。

 今年の目標は昨年に続いて官房副長官として安倍総理を支えて、支えて、支えきることである。
4月の消費税上げで景気を腰折れさせることなくアベノミクスによるデフレ脱却をさらに推進していくことや、地方在住者や勤労者が好景気を実感できるように好循環を実現すること等々、安倍政権にとって今年も昨年に劣らず課題は山積である。今年は家庭が充実している分、今年はこれまでに増してしっかりと国のために働きたい。

この記事をはてなブックマークに追加

11月21日(木)【日本とトルコの新しい友情:安倍外交成果】

2013年11月21日 | Weblog

 安倍総理の精力的な外交活動の成果で、日本とトルコとの間新しい友情の1ページが刻まれようとしている。

 トルコは中東地域随一の親日国と言われているが、その原点は和歌山県串本町大島にある。トルコ皇帝から明治天皇への親書を携えて来日していたトルコの軍艦エルトゥールル号が、明治23年9月16日その帰路に台風に遭遇し、串本町大島沖で座礁沈没し、69名が救出されたものの、587名が死亡・行方不明になるという大惨事となった。

 現場は決して豊かとは言えない地域だったが、地元住民が献身的に救援にあたり、食料、衣料品も提供するなどした。
 このときの日本の対応がトルコ国民の心を強く打ち、その後の友好関係の幕開けとなった。

 それから百年近く経った昭和60年。イラン・イラク戦争のさなか、フセイン・イラク大統領はイラン上空を飛ぶ飛行機に対して期限を切って無差別攻撃を宣言した。
 イランのテヘランにはビジネスマンとその家族など200名以上の日本人が残っていて、期限までに脱出できないと取り残されて戦火の中を逃げ惑うことになる状況だったが、当時は自衛隊を海外に派遣できず、政府専用機もなく、民間航空機は危険地帯へ赴くことを拒否していた。そのような中、トルコ政府が「エルトゥールル号事件の恩返し」ということで、急遽トルコ航空機2機を派遣してくれ、日本人は無事脱出することができた。これが友好の歴史の第二幕である。

 そして今年5月。東京とイスタンブールが2020年オリンピック開催地の座を激しく争う中、安倍総理はトルコを訪問、私も同行した。直前には東京都知事のイスタンブールの誹謗中傷と取られかねない失言もあり、ぎすぎすした雰囲気の中の訪問だった。しかし安倍総理とトルコのエルドアン首相は胸襟を開いた首脳会談で信頼関係を築き、さらに同首相も出席したセミナーで安倍総理は「5つの輪をイスタンブールが射止めたら私は世界中の誰よりも先に『イスタンブールよ、万歳!』と叫びます。もし東京が射止めたらトルコの皆さん『東京よ、おめでとう!』と言ってください」とスピーチし、万雷の拍手喝采を浴びた。

 そして9月8日ブエノスアイレスでのIOC総会で東京が開催地に決まった直後に、敗れたイスタンブール代表団の席にいたエルドアン首相は安倍総理に歩み寄り、「おめでとう!」と抱擁してきた。私も現場で間近に見ていたが、まさにエルドアン首相が「男の約束」を果たしてくれた瞬間であった。

 5月のトルコ訪問時に、安倍総理はエルドアン首相から10月28日のボスポラス海峡をつなぐ地下鉄の開通式に出席して、テープカットをして欲しいとの強い要請を受けていた。
 この地下鉄は日本のODA資金と建設技術で可能となったもので、エルドアン首相は是非とも日本の総理大臣に来てもらい、日本とトルコの友情を一層深めたいとの思いがあった。

 国会開会中ということもあり日程調整が難しい中、安倍総理も五輪招致に成功した日本の総理大臣が、敗れたイスタンブールを訪問し、元気づけることが新たな日本とトルコの友情につながるとの判断もあり、異例の1年に2回のトルコ訪問を決断した。
 現地で安倍総理はトルコ国民から大いに歓迎を受け、開通式でも実質的な主賓として遇された。

 先日東京のトルコ大使館のエルトゥールル号展を訪問した際に、展示の最後のコーナーに、IOC総会会場で抱擁する安倍・エルドアン両首相の写真が大きく飾ってあった。エルトゥールル号事件を契機に始まった日本とトルコの熱い絆は、124年を経た今年、安倍、エルドアン両首相のイニシアティブで新しい段階を迎えようとしている。


この記事をはてなブックマークに追加

11月19日(火)【トルコ大使館を訪問:エルトゥールル号展を視察】

2013年11月21日 | Weblog
 トルコ大使館を訪問し、今日まで開催の「エルトゥールル号展」を視察してきた。

 別途詳しく紹介したいが、明治時代に発生した和歌山県串本町大島沖でのエルトゥールル号の沈没事故とその際の地元の皆さんの救出作業は、その後の日本とトルコの友好関係の基盤となっている。

 今日はクルチ大使のご案内と解説で、展示物をじっくりとみさせてもらった。

 当時の出航命令や、治療の記録などがしっかりと保存されていることに驚いた。

 また、大島沖から回収された遺品等も展示されており、事故のすさまじさを実感した。



 写真は、クルチ大使と会場に飾られた串本町大島にある慰霊碑の前で。


この記事をはてなブックマークに追加

11月16日(土)【カンボジア訪問:安倍総理に同行】

2013年11月17日 | Weblog
今週末は安倍総理のカンボジア•ラオス訪問に官房副長官として同行する。

朝9時に羽田空港を出発し、カンボジアの首都プノンペンに向かった。

現地時間の午後1時過ぎに到着、空港から直行で高田警視と中田厚仁さんの慰霊碑に参拝。

一瞬だけ宿舎のホテルに寄って、荷物をおろし、首相府へ。フンセン首相と安倍総理の首脳会談。

首脳会談は友好的な雰囲気に終始し、日本の支援への感謝が縷々述べられると共に、今後の両国の協力関係について踏み込んだ議論が行われた。

その後王宮に移動し、シハモニ国王に拝謁。

拝謁し終了後、総理は医療セミナーと医療施設の視察に向かったが、私は別行動でホテルへ。同行記者団への首脳会談模様のブリーフィングを行った。これは首相に同行する副長官の重要な任務だ。

視察からホテルに戻った安倍総理とともに再び首相府へ。フンセン首相主催の歓迎晩餐会。安倍総理とフンセン首相はじっくりと話し込んでいた。

終了後ホテルに戻る。

明日は6時台にホテルを出発してラオスへ向かう。いつもながら、安倍総理の出張日程はハードだ。

この記事をはてなブックマークに追加

11月12日(火)【同期当選の現・元参議院議員の集まり:旧交を温める】

2013年11月13日 | Weblog
 明日から委員会審議の始まるNSC法案の日程、参議院が重視している決算の審議日程等々、詰めるべき事項がたくさんあり、今日は朝から参議院自民党国会対策委員会、幹事長室との打ち合わせが相次いだ。

 国会と官邸間の日程等の調整は官房副長官の重要な任務の一つである。ここで失敗すると政府が成立を希望している法案の審議全体に影響を与えることになるので、緊張感を持って、丁寧に任務にあたらなければならない。

 夜は平成10年初当選の同期の懇親会があった。
 参議院自民党は初当選期別に同期会を構成し、親睦や情報共有を図るようになっている。
 私は補欠選挙での初当選なので厳密に言うと同期はいないのだが、補選が平成10年7月の参院選の直後の11月であったため、「十年会」に入れてもらっている。

 引退された方も参加しており、皆さんお元気そうだった。また欠席の方のメッセージも紹介された。

 初当選の時は20名以上がいた「十年会」だが、15年を経た現在、当時のメンバーで参議院議員として活動しているのは私も含めてたった4名だ。政治の世界の厳しさを改めて実感した。

 

この記事をはてなブックマークに追加