電脳くおりあ

Anyone can say anything about anything...by Tim Berners-Lee

知の世界の再編成

2006-03-05 09:57:27 | デジタル・インターネット

 「世界中の情報を組織化(オーガナイズ)し、それをあまねく誰からでもアクセスできるようにすること」というのが、グーグルという会社のミッションだという。梅田望夫さんの『ウェブ進化論──本当の大変化はこれから始まる』(ちくま新書/2006.2.10)には、梅田さんの友人でグーグルにつとめている人の「世界政府っていうものが仮にあるとして、そこで開発しなければならないはずのシステムは全部グーグルで作ろう。それがグーグル開発陣に与えられているミッションなんだよね」という言葉が紹介されている。

 ティム・バーナーズ=リー著『Webの創世』(毎日コミュニケーションズ/2001.9.1)の中で述べられていた「Semantic Web」(意味を持つWeb)という世界について一番理解をしめし、その本質的な部分に今一番近づいているのがグーグルかも知れない。もちろん、ティムが求めていたのは、「Semantic Web」を実現することであり、そのために、XMLという規格を作り、検索エンジンが情報を組織化できるようなWeb世界をつくることだった。しかし、いま、グーグルの検索エンジンの成功は、あらゆる人たちがグーグルに検索されるようになるために、より「Semantic Web」に近いWebサイトを作ろうという動き加速させているようだ。

 私は、今流行のAjaxを少し勉強しようとして、Ajaxで作られているというWebサイトとして、グーグルの「グーグルローカル」や「google suggest」を時々見に行く。それらのサイトは、遊んでいても楽しいのだが、グーグルの提供するWebサービスは、徹底していて、それらは私たちが自分たちのビジネスで利用することが許されている。実際「グーグルローカル」を利用した、大企業のサービスとしては、NTTコミュニケーションズの「ブログ人マップ」や不動産検索エンジンの「Smatch」として利用されている。Ajaxは、基本的には全く新しいテクノロジーというわけではない。名前が「Asynchronous JavaScript+CSS+DOM+XMLHttpRequest」の略だと言うことから分かるとおり、XMLの規格も使われている。

 私たちは突然、グーグルのような企業が生まれたことに驚く。梅田さんが言うように、グーグルは、おそらく、ITの世界で言えば、IBMやマイクロソフトに続く、第3の何かだと思う。IBMはビジネスの世界に導入されたコンピュータのというものの象徴であったし、マイクロソフトはパソコンの普遍的なプラットホームというものの象徴であった。グーグルは、インターネットの世界で検索エンジンの果たす本質的な機能に対してもっとも遠くまで見通した企業だと言うことができるが、グーグルが最終的に何になろうとしているかは、今のところ未知の領域に属する。ただ、少なくとも、マイクロソフトを越える企業があり得るとしたらおそらくその最右翼がグーグルだと思われる。

 ところで、梅田さんは『ウェブ進化論』で、「ネット世界の三大法則」という新しいルールに基づき新しい世界が発展し始めたということを主張している。この三大法則はリアル世界では絶対に成立しない法則だという。三大法則の前提には、ITの世界における「インターネット」「チープ革命」「オープンソース」という「次の10年への三大潮流」がある。「チープ革命」とは、「ムーアの法則」よるもので今後も、コンピュータのハードの技術が倍々で進化していくということである。つまり、一年足すと同じものが半値になってしまうということだと思えばいい。

「三大潮流? どの話も、無料とかコスト低下とか、儲からない話ばっかりじゃないか」と反射神経的に反応される読者も多いかも知れない。そしてそれは、日本の大企業幹部の典型的反応でもある。そうその通り。旧来の考え方で営まれるビジネスや組織に対して、この三大潮流は破壊的に作用する傾向が強い。慣れ親しんだ仕事の仕方を変えずにいると、年を経るごとに、少しずつ苦しくなっていく。しかし、三大潮流に抗するのではなく、その流れに乗ってしまったらどうだろう。その流れが行き着く先を正確に予想することはできないが、流れに身を任せた知的冒険は、きっと面白い旅になるのではあるまいか。(『ウェブ進化論』p29・30)

 さて、梅田さんの言う「ネット世界の三大法則」とは次のようなものだ。

第一法則:神の視点からの世界理解
第二法則:ネット上に作った人間の分身がカネを稼いでくれる新しい経済圏
第三法則:(≒無限大)×(≒ゼロ)=Something、あるいは、消えて失われていったはずの価値の集積

 第一法則の「神の視点からの世界理解」ということでは次のようなことが例としてあげられている

 検索エンジンというのは、検索したい言葉をユーザが入力し、結果としてその言葉に適した情報のありかが示されるサービスである。これが顧客の利便性という視点からのごく普通の理解だ。しかし同時に検索エンジン提供者は、世界中のウェブサイトに「何が書かれているのか」ということを「全体を俯瞰した視点」で理解することができる。そしてさらに、世界中の不特定多数無限大の人々が「いま何を知りたがっているのか」ということも「全体を俯瞰した視点」で理解できるわけだ。(同上・p36)

 第二法則については、次のように説明されている。

 第二法則とは、「ネット上にできた経済圏に依存して生計を立てる生き方」を人々が追求できるようになったことである。ネット上に自分の分身(ウェブサイト)を作ると、リアルな自分が働き、遊び、眠る間も、その分身がネット上で稼いでくれる世界が生まれた。個人にある種の才覚とネット上での行動力さえあれば、リアル世界に依存せずとも、ネット上に生まれた十分大きな経済圏を泳ぐことで生きていける可能性が拡がりつつある。(同上・p36)

 最後の第三法則は、次のようなものだ。

 第三法則とは、序章で例に出した「一億人から三秒弱の時間を集める」ことで「一万人がフルタイムで一日働いて生み出すのと同等の価値を創出する」というような考え方のことである。たとえばお金であれば一円以下の端数、時間ならば数秒といった、放っておけば消えて失われていったはずの価値を「不特定多数無限大」ぶん集積しようという考え方である。もしその自動集積がほぼゼロコストでできれば「Something」(某かの価値)になる。リアル世界の発想では「無」だったものが「Something」になるのだから大事件である。(同上・p37)

 この三大法則を上手く組み合わせたところにこれからのインターネット上のビジネスモデルができることになる。アマゾン・コムがやったこともこの三大法則にかなっている。アマゾン・コムでは、一度買い物をすると、次にこんな本がありますよといって情報提供をしてくれる。これは、第一法則に基づいている。また、最近流行のブログなどのアフィリエイト機能は、第二法則の応用だということができる。そして、そのアフィリエイト機能は、第三法則にもかなっている。アマゾン・コムは、自分では何もしなくても、不特定多数の無限大のウェブサイトにアフィリエイト機能をつけることにより、膨大な購読者を集めることができることになる。

 ところで、この第三法則は、とても興味深い性質がある。IT世界で最近使われるようになった言葉に「ロングテール」という言葉がある。「ロングテール」には「恐竜の首」が対応している。たとえば、2004年の新刊本の販売部数を売れたものから順に棒グラフにしていくと、一番左に『ハリー・ポッター』が来て、それから順に幾つかの本が並ぶことになるが、ベストセラーが終わると急に販売部数は下がりそれからずうっと約七万点ほどが並ぶことになる。最初のベストセラーの部分は「恐竜の首」のように高いが、残りは「長いしっぽ」のようになるというわけだ。

 さて、リアル書店や、リアルの出版社は、このベストセラー(恐竜の首)で利益を上げ、いい本だが売れない本の損失を補って、文化に貢献してきた(売れなくても文化の創造は必要だし、それに寄与しているからこそ再販制は維持しなければいけないという主張をよくする)ということになる。こうした現象はパレートの法則として、「80対20の法則」として有名だ。「ある集合の20%が、常に結果の80%を左右する」という法則である。つまり、新刊本の二割の本が、八割の売上を稼いでいるというように言ったりする。会社でいえば、あまりいい表現ではないが、二割の社員が八割の貢献をしていると言ったりする。

 梅田さんによれば、アマゾン・コムでは、その法則が通用しないのだという。つまり、アマゾン・コムでの本の売り上げのうち三分の一は、リアル書店では売れない本によるのだという。つまり、「ロングテール」とは、いわゆる「負け犬」の本のことだ。アメリカの場合は、再販制もないので、この「ロングテール」のほうが、利益がいいらしい。この辺はとても興味深い。そして、「ロングテール」は、リアルの世界では、どうしても切り捨てられる世界であり、インターネットを活用しなければ永久に救われない世界であるともいえる。

 昔、1年で100万冊売れて終わりという本と、100年間で100万冊売れてきた本ではどちらが価値ある本かということを論じあったことがある。出版社にとっては、明らかに1年で100万冊売れる本のほうが価値があるに決まっている。100年も商売を続けることは並大抵ではない。しかし、100年間売れ続けるということは、すごいことである。おそらく、その本は更に何百年も売れ続けることになるだろう。いわゆる古典になっていく本だ。そうした本は、リアル書店では「負け犬」であるかも知れないが、生き残った本でもある。「ロングテール」が本当に生きてくるのは、インターネットの世界だけかも知れない。また、どのように生き残っていくのかはこれからの問題でもある。

 もちろん、Webの世界は、儲けることだけではなく、知的な冒険でもとても面白い現象を呈していると思うのだが、梅田さんの『Web進化論』もとても知的でエキサイティングな内容だと思った。梅田さんは、最近は、自分より年下の人としか付き合わないようにしていると言っているが、私より一回り若い梅田さんから私などはもう相手にされないというのは残念だが、まあ、こうした本を読むことによって私にも最先端に触れることができるのは、幸せだというべきか。

コメント (1)
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