小指ほどの鉛筆

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・深い愛は喪失を伴う。(大佐×姫 ③)

2009年02月22日 13時13分03秒 | ☆小説倉庫(↓達)
私は臆病者です。
こうして何度も貴方への手紙を書くためにペンを握り、時間を潰しているのですから。
戦いというのは恐ろしいものですね。
つい先日での戦いで、私は沢山の傷を作ってしまいました。
もぅ女としての可能性など、消えてなくなりつつあります。
私だけではありません。
沢山の兵士達が傷つき、泣き崩れ、絶望しています。
けれどもそれ以上に沢山の兵士達が、戦争を支持しているのです。
この世界とはなんでしょうか。
平和を願う人々が、少しでも平和に貢献しているでしょうか。
私は何も考えることが出来ないのです。
ただあの頃の貴方の悲しい笑顔が愛おしく、懐かしいのです。
貴方は戦いを嫌っていました。
直接戦地へ赴くことが無くとも、その恐ろしさを知っていたのですね。
貴方は兵達を心配していました。
中佐ともある方が、どうしていちいち兵の心配をするのか。
それは私から見ても、不思議な光景でした。
けれども今なら分かるのです。
私自身が戦う兵士となって初めて、貴方の優しさが身をもって分かったのです。
そうして労ってくれる方がいたなら、私も今、貴方に手紙を書くことをしなかったでしょう。
どうせ戦うのなら、貴方の命令の下で戦いたかった。
貴方は平和を願いはしなかった。
けれども、誰より争いの惨さを知っていた。
そしてそれは、人々の心の平和へと繋がっていたのです。
その心の中には少しの偽善も無く、ただ現実だけを見つめていましたね。
今はそれが正しいことが分かります。
だからこそ、貴方の下で戦いたいのです。
自分の信じる唯一の存在である貴方に、付き従って生きていたかったのです。
そうして、貴方の命令で死ぬことが出来たらどんなに良いでしょうか。

兵の大半は、私がこの星の姫だという事を知りません。
私も真実を教えるつもりは無いのです。
守ってもらうつもりなどはありません。貴方のように・・・
そう、私の全ては、貴方から得た知識で出来ているのです。
貴方はいつだって賢明な判断をし、他の人々を導いていた。
少しくらいのデメリットなら、兵達の安全を優先し、甘んじて受け入れた。
私もこの星を導くことが出来るほどの、知恵が欲しいと願います。
今はこうして一人の兵として戦うことしか出来ませんが、もしもこの命が永らえるのなら、是非。
それは私の幼い頃からの夢でもありました。
貴方に初めてお会いしたあの日も、その夢は心の内にあったのです。
けれども、それに抗いもしました。
矛盾しているように思われますか?
そうかもしれません。けれども、私はこの星の人々と同じ目線で物事を考える、そんな姫になりたかったのです。
星の状況が悪いことも知っていました。
こんなのが甘い考えでしかないことも、知っていました。
正直な話し、私はその夢を一時的に諦めたのです。
貴方の元に嫁入りし、そして、貴方のその微笑を見るまでは。

貴方は苦しいのではないですか?
今でもそれは、変わっていないでしょうか。
貴方が今でも苦しみ続けているのでしたら、それはむしろ喜ばしいことです。
兵達は幸せで、あなた自身もまだ心を清らかに保っておられることでしょうから。
あの頃からそうでした。
兵達は貴方の優しさに惹かれ、時に下される厳しい判断にも従いました。
貴方はそんな様子を苦しそうに見ていた。
それでも、微笑を忘れはしなかった。
私がなりたかったのは、まさに貴方のような統治者なのです。
今の階級は大佐でしたでしょうか。
噂に聞き、嬉しく思います。
それは貴方が貴方であるからこそなしえた地位なのですから。
貴方でなければ、軍は動かなかったことでしょう。

貴方の命令の元に動くことの出来る兵達を、羨ましく思います。
私はもぅ、貴方に会うことも出来ないのでしょうか。
きっと会わずとも生きることは出来るでしょう。
けれども死の淵に立ってみると、ずいぶんと貴方が恋しくなるのです。
貴方に会わなければ、死んでも死に切れない気さえしてきたのです。

この手紙が貴方の手に渡ることを願います。
そして貴方の敵となった私に、悔いが残りませんように。
貴方の記憶の片隅にでも良い。残ってくださいますように。


リリィ


_________



その騒乱は突然始まった。
本当に突然で、中佐ですら冷静になるのに暫くの時間がかかった。
「これはどういうことだい!!」
怒鳴っても仕方が無いことくらい分かっている。
しかし、今はそれくらいのことをしなければいけないのだ。
「中佐殿。落ち着いてください。最初からこうなることは分かっていたはずです・・・」
「ふざけないでくれ!!貴方達は最低だ!!」
「中佐殿・・・!!」
中佐をなだめようとしている男は、明らかにただの時間稼ぎだろう。
その手には乗るものか。
ギっと睨みを利かせて、中佐はその男を突破して走り出した。
足の速さなら、意外と自信がある。
「リリィ!!」
走りこんだのは、執務室。
もちろん自分がいつも仕事をしている、その部屋だ。
守るべき人物の名を呼べば、返答が返って来る。
その事が、今はただ嬉しかった。
「ディア?」
「リリィ!!無事かい!?」
いつもどおりの執務室。
机の上には積まれた仕事と、冷めたコーヒー。
彼女でさえもが、いつもどおりだった。
「えぇ、無事ですが・・・何事です?」
「君のお父さんが、攻め込んできたよ。」
気の毒ではある。
しかし、それが真実なのだ。
リリィは目を丸くし、今にも泣きそうな表情をした。
「お父様が・・・どうして・・・!!」
「これには僕が謝らなくちゃいけない。ケロン軍が仕組んだんだから・・・」
そうだ。これには自分に責任がある。
軍の人間としての、責任が。
それはほんの数時間前のこと。
大きな爆発と共に、混乱が生じた。
元はといえば、ケロン軍が悪いのだ。
ケロン星は宇宙でも進んでいる星で、沢山の星が同盟を組もうと躍起になっている。
ケロン軍は強いことで有名だし、星自体も豊かだ。
そんな星と同盟を組むことで、他の星たちは自分達の優勢をアピールしようとしていた。
出来ることなら貿易もしたいのだろう。
けれどもケロン星に不足しているものはあまりない。
出来ることといえば、本当にこの星の傍についていることくらい。
彼女の父親は、ケロン星と同盟を組むために努力をした。
卑怯なこともした。
ケロン星にとっては敵となる同盟国を切り落とし、全てをこの星へと捧げた。
それなのに、裏切られたのだ。
「僕等が悪い。それは明白だよ・・・でも、こう攻められてきたからには、撃退しなくちゃいけない。」
「和解は出来ないのですか!?ディア・・・貴方なら・・・!!」
リリィは優しい。
話を聞いて、すぐにこの星を恨むことをしなかった。
それどころか、未だに中佐を信じていた。
中佐はその真っ直ぐな瞳を見つめ返して、首を振った。
「僕は、何も出来ない。」
「何で・・・!!どうして・・・!?」
中佐という立場は、自分にとって権力とはならない。
頭脳だけのその立場は、軍にとっての象徴に過ぎないのだから。
「ごめん。」
謝ることしか出来ない。
それが自分の非力さを物語っているようで・・・
中佐は、苦しそうに表情を歪めた。
「私はどうしたら良いのでしょうか。」
リリィは俯いていた。
泣きたくて仕方が無いだろう。
怒りだって沸き立つことだろう。
それでも彼女は、必死に耐えていた。
中佐にすがる様に、助けを求めた。
「この状況で僕が使える権利は、一つだけだ。」
その答えが、彼女を救うとは思えなかったけれど。
「僕は妻である君を、守る権利がある。義務がある。君の意見を尊重することだって、僕には出来る。」
自分にしか、許されていないこと。
彼女の意見を自分のことのように受け止めることの出来る存在は、自分しかいないのだと。
それは自惚れに近かったかもしれない。
ただの正当化だとも言えた。
それでも、彼女は何も言わなかった。
しっかりと頷き、微笑んだ。
「ディア・・・私にだって、今は一つの権利しか許されていません。」
それがさも幸福だと言う様に。
「貴方の後ろを歩けるのは、権利ですもの。」
一つだけのその権利が、今は役に立つとも思えないけれども。
それでもリリィは信じるしかなかったのだ。
中佐についていくことしか出来ないこの身は、他に使いようが無いのだから。
「良いのかい?」
「私はこの星とあの星との、友好の証です。」
「・・・」
「貴方もそうではありませんか?」
「・・・生贄」
中佐は、極めて物騒な言葉を口にした。
表情はどこも変わってはいないのにも関わらず、その口調だけが冷たかった。
「ディア?」
「僕等は・・・生贄じゃないのかい?」
古い書物を読みながら、考えたことがあった。
神は生贄を望んでいたのだろうか。
それによって平和をもたらす神とは、いったい何なのか。
そもそも神などいないのではないか。
今となっては衰退してしまったではないか。
だが、それに捧げられた人々は、簡単に忘れられる存在で良いのだろうか。
良いわけが無い。
人々は生贄として捧げられることを望んだわけではなかった。
本当は、平和を待ち望む立場にいた。
けれども、自分の身を差し出さなければいけなかったのだ。
それに抗わなかったのはなぜか。
家族のため
友人のため
隣人のため
世界のため
それによって平和がもたらされると信じていた。
リリィのように。
自分のように。
平和のために自分の身が滅ぶのならば、それでも良いと思っていた。
それでも、本当ならば生きていたかっただろう。
若い女が生贄になるのはどうしてか。
それは、若い女性が清らかだからだ。
神に差し出すものとして、清らかなものを選ぶのは自然なこと。
けれども、そんな神がいてなるものか。
初めてそれに抗ったのは誰だったのだろうか。
神は衰退した。
一時的な平和は訪れた。
人々はそれでも満足だった。
短い間でも、大切な人と過ごせるのならばそれでよかった。
本当ならば、自分だってそう思っているのだ。
それでもここでは、まだまだ大人のエゴが続いている。
「平和のために差し出された、生贄じゃないか・・・君は、それで良いのかい?」
平和に食われる犠牲。
けれども、そんな平和があって良いのだろうか。
良くない。
「君は、自由になりたいと思うかい?」
家族も友人も恋人も隣人も、全てを失っても、自由になりたいだろうか。
「いいえ。」
「短い間ではあるけれど、大切な人と過ごすことを選ぶかい?」
いずれ終わりが来ることが分かっていたとしても。
「えぇ。」
「もぅ一つ。自分が犠牲になって、大切な人が平和を得ることは?」
自分が居なくなった世界で、人々が平安に暮らすとしたら。
「それでも構いません。」
リリィの答えは、しっかりとしていた。
揺るがぬ自己犠牲。
そうだ、彼女は最初からそれを覚悟して来たのだった。
この星に、この軍に、自分の元に。
「君は二つの問いに是と答えた。じゃあ、どちらか一つを選べといったら、どうするんだい?」
「出来ることならば、一時でも大切な人と暮らしたいのです。それでも、もしも老人が絶望しているのなら、自分を差し出しましょう。もしも子供が恐れるのなら、死を選びましょう。大人が苛立つのなら、火にも焼かれましょう。」
リリィのその言葉に、中佐は大きなリアクションをとることはなかった。
ただ、悲しげな瞳だけが印象的だった。
「残念だな・・・」
中佐は、そう言って眼鏡を上げた。
「君が生きることを望むのなら、僕はどこか遠い星にでも君を送ろうと思っていたんだけど・・・」
「え?」
それは、リリィの思っていた言葉とは違うものだった。
中佐は悲しげに、それでもどこか嬉しそうに、その目を細めた。
「僕も、君と同じ考えだよ。ただし、無類に人々を助けるつもりはない。生きたいと願う者達の平和のために・・・」
「自分を捧げても、構わないのですね。」
「そうだね。」
リリィはそのとき思うのだ。
「貴方の妻になれたこと、嬉しく思います。」
けれども、それは2人の対立も意味するのだ。
中佐は平和を願う者のために自身を捧げることも厭わない。
けれどもリリィは、中佐が忌み嫌うものまで救おうとしていた。
闘争を支持する者も、それに踊らされているものも、全てが救われれば良いと。
「君のお父様は、君を取り返しに来るだろうね。」
この星との絶縁を示すために。
「君が望むのなら、僕は止めない。どうする?」
「私は・・・」

「中佐殿!!」

一際大きな声が、こだました。
扉が開き、兵が数人入り込んでくる。
それを見たリリィは、半歩後ろへ下がって中佐の後ろへと非難した。
「何の用だい。」
「敵方が、中佐殿と話をしたいと申しております。数人の人質もとられました・・・」
「リリィ様は責任を持って匿います。どうぞ人質を・・・」
不覚だと項垂れるその兵の顔を見て、中佐は微笑む。
「誰の命令なんだい?その演技は。」
「え?」
中佐は、背に隠れるリリィの腕を掴んだ。
強くもないその握力に、けれどもリリィは引っ張られた。
中佐は走り出す。
それにあわせて、リリィも走った。
「中佐殿!!お待ちください!!」
追いかけてくる彼らを振り返ることも無く、中佐は走った。
足の速さには自信がある。
リリィも、それほど遅くは無かったはずだ。
「どういうことです!?」
走りながら、リリィが問うた。
「ダメだ!少なくとも彼らに捕まったら、君の命は無い!!」
「!!」
その顔を、中佐は知っていた。
彼は独断で人を殺すことだってする。
ただでさえ今のケロン軍は、リリィの存在を良くは思っていないというのに。
「ふざけている・・・悪いのはこの軍だ!!」
責任も持たず、ただ悪戯に人を殺めるというのか。
「あの部屋の中へ!」
リリィの体力が危うくなってきたところで、出来るだけ安全な部屋へと逃げ込む。
内側から鍵をかけ、壁にもたれかけた。
今後の目途が立たない。
「お父様・・・」
そこで初めて、中佐はリリィの涙を見た。
顔を覆った手の間から、零れ落ちる雫。
それを拭ってあげるほど流暢なことが出来る時間が無い。
とても悔しいことではあった。
それでも、振り切るざるをえなかった。
「リリィ・・・君は優しい。僕はこれ以上、君を連れては行けないよ。」
「!!どうして・・・」
「君は苦しむことになる。僕は君のお父様を、裁く立場にいるんだから。」
人が人を裁くことなど出来るはずが無いのに。
「それを指令するのは僕じゃない。それでも、僕は彼の死を見届けなくちゃいけない。」
「・・・なんで、どうして・・・」
それが苦しいことだと知っていた。
彼女が悲しむと分かっていた。
いずれはこうなると、本当は知っていたのに。
「僕は何も出来ない。それでも、お願いだ。君は生きていてくれるかい?」
「なぜ?」
「それが、僕の選べる唯一の選択なんだ。権利なんだ。」
ケロン軍にいても、彼女の安全は保障できない。
もちろん彼女を大切に思ってくれる兵達は沢山いるのだが、一部の反対派を考慮に入れないわけには行かないだろう。
彼女をなんとかして生かすために、自分に出来ること。
それは、自分の身を危うくするものかもしれないけれど。
それでも彼女が平和を望む者ならば、自分を捧げても良いとさえ思えたのだ。
「貴方はどうして、そんなことを言ってくださるのですか?」
「・・・」
「貴方こそ優しい。優しすぎます。」
その顔は涙で歪んでいて、それでも綺麗だった。
美しかった。
窓の外に見える青空から漏れる光が、彼女の涙に反射して光った。
「どうして貴方が、血を見なくてはいけないの・・・?」
零れ落ちる涙は、純粋すぎた。
「だって、僕は中佐だからね。」
「分かりません・・・もっと、分かりやすく言ってください・・・」
「リリィ、僕はいいから。」
「よくありません!!!」
それはいつよりも強い否定。
涙が、止まらなかった。
「よくありません!!どうして、どうして貴方は苦しまなくてはいけないのです!?どうして・・・」
彼女は優しかった。
人の残酷さを理解できないほどに。

「リリィ様。」

その声は、先ほど中佐を呼んだ声と似ていて。
けれども呼ばれたのは、反対の人物だった。
「リリィ様、迎えに上がりました。」
扉は荒々しく開かれた。
それはまたしても中佐の知っている人物。
かつて暮らしていたあの星での、リリィの側近に違いなかった。
「嫌。」
側近の後ろには、銃を構えた数人の兵士達。
狙いは全て中佐へと向けられていた。
「やめて。その銃を降ろして。」
「リリィ、いいから。」
「ディア!!」
「帰ったほうが良い。」
その言葉は、リリィにとっては厳しすぎた。
「何故・・・」
頬を、止め処なく流れる涙。
―どうして、そこまでして貴方は・・・
「リリィ様、彼から離れてください。」
離れた瞬間に何が起こるのか、それは容易く予想できた。
だからこそ、離れるわけにはいかない。
「やめて。ディアは何もしていないわ!」
「何を言っているのです。」
彼は、一人の兵に命令を下した。
狙うは中佐の頭。
それでも、中佐は微動だにしなかった。
恐れることも、何を覚悟するでもなく、ただ冷めた瞳でその銃を見つめていた。
「やめて!!!やめてぇ!!!」
中佐は自ら、リリィの前へと進み出た。
彼女を制してまで、自分を犠牲にしようとした。
確かに、彼らに任せればリリィは安全を保障される。
父親は殺される。
母親も恐らく同じ運命をたどることだろう。
ただ、彼女だけが守られる術。
それは、彼らに引き渡すことだった。
けれども彼らが自分を許さないと言うのなら、甘んじて殺されよう。
それもまたけじめ。
「・・・貴様、逃げないのか。」
「逃げる必要が何所にあるのですか。」
「・・・リリィ様を渡せ。」
その言葉に、中佐は拍子抜けしたようだった。
まるで、殺してくれることを望んでいたかのようにも見えた。
「行くと良いよ、リリィ。僕が、安全を保障する。」
「見捨てるの?」
「・・・そう・・・君がそう解釈するのなら、僕は君を見捨てたことになるのかもしれない。」
そんなのはあんまりだと、そう言う気力すらも残ってはいなかった。
ただ、安心感と絶望が入り混じり、気分が悪かった。
「早く。」
急かす中佐に、自分はもぅ必要ないのだとうと事を正当化した。
彼は優しすぎるから。
だから、少しくらいは恨まなくてはいけない。
「私は、貴方を許しません。」
「それでも、だ。」
リリィは歩いた。
かつての側近の元へと、自らの意思で。
辿り着くと、中佐を振り返った。
その表情は優しく、安らかで。
「ゴメンね。」
中佐はそう、口にした。
不器用でゴメン。
どうして、君を精一杯に愛することが出来なかったのか。
知っていたからだ。
深い愛は喪失を伴うと。
臆病者だと、笑ってくれても良い。
卑怯者と、罵ってくれても構いはしない。
それでも
今なら
あぁ
君を・・・
愛していると言える気さえするのだ。

「ディア。」

彼女は、最後の最後で微笑んでいた。
まるで自分の、心の声を聞いていたかのようだった。
「ディア、私は、出来ることなら・・・」
「良いんだ。」
もぅ、良いじゃないか。
「君が幸せに暮らせるのなら、それで良い。」
平和も、自由も、何も残りはしないけれども。
それでも、君だけは生き続けて欲しいと。
それは確かに、愛だったのだ。
「ありがとう、ディア。」
「ごめんよ。リリィ。」
一瞬、笑顔を忘れてしまうところだった。
愛していると、そう言えたらよかったのに。
抱き締めてあげることが出来たら、良かったのに。
自分は卑怯者で、臆病者で、本当にゴメン。

彼女がいなくなった部屋の通信機を使い、中佐は兵に指令を出した。
それほどの影響力は持っていない。
それでも、頼みごとをするくらいなら十分だった。
『78番船ですか?』
「そう。見つけても、狙撃しないように。」
『了解いたしました。けれども・・・』
「責任は、全て僕に被せてくれて構わない。」
『・・・了解。』
今、自分に出来ること。
それは小さなことではあるけれども。
守ると決めたものがある。
その約束を果たせないで、何が中佐だ。
「リリィ・・・」
天候システムだけが未だに機能している窓の外を眺めて、中佐は溜息をついた。
暫くしたら、一つの命の終焉を見届けに行かなくてはいけない。
そして、リリィを殺そうとした彼らを裁かなくてはいけない。
自分が裁かれるのは、その後だ。
どこまでも卑怯ではあるが、それがリリィの言う優しさならば。
それならそれで、良いと思えた。
空を見つめて。
それでも、彼女に言いたかった言葉は出てこなくて。
なぜ、言えないのだろうか。
何を恐れているのだろうか。
彼女は安全を手に入れて、自分は平安を手に入れて、そして、それで・・・
「あぁ、そうか。」
自分は、臆病なのだ。
この平安が、彼女の安全が、壊れてしまうかもしれない変化を恐れているのだ。

―愛して、た。

愛しているけれども。
今もずっと、考え続けてはいるけれども。

それが深い愛に変わってしまうことが、何よりも怖いのだ。

「臆病者」と
記憶の中で彼女が笑う。

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