大学生における精神的健康と親子関係との関連
―抑うつ傾向と攻撃性について―
杉田貴行
問題と目的
近年“キレやすい生徒”という言葉に象徴されるような犯罪行為や暴力行為など、学生の問題に社会的関心が集まっている。筆者は、資格専門予備校の相談室やその他の場面で大学生に触れる機会を多く持ったことから、相談機関へ来談しない大学生でも,深い悩みを抱えていることを実感し,大学生の精神的健康について興味を抱いた。
従来、子どもの精神的健康の研究では、親子関係、母子関係や父子関係が対象となることが多かった。しかしMinuchin(1996)は、家族を夫婦・親子・同胞などの“サブシステム”の相互関係によって成り立つ、1つの有機的な“家族システム”と捉えることに注目している。この理論に立つと,家族関係のもう一つの重要な構成要素である父母関係を含めた、大学生の精神的健康についての実証的研究は有意義である。
このように、子どもの精神的健康と父母関係についての研究では、これまで両者間に関連性が認められているものの、因果関係については不明な点が多い。近年では,両者間に媒介変数を考慮することで因果関係を見出そうとする傾向がある
さて、神経症性うつ病( neurotic depression )とは、内因性でも体験反応性でもないうつ病の一つで、抑圧された神経症性葛藤に原因のもとめられるうつ病。内容的には、抑うつ神経症(depressive Neurose)とほとんど変わらない。幼児期に葛藤状況があり、それが多少とも抑圧されて心的体験の加工に影響を及ぼし、病者はこの葛藤状況に関連した一連の観念ないしは状況と対決できないため悲哀感を生じ、うつ状態を示す。多くの場合病者の親子関係が障害されており、やさしさ、庇護性、信頼性、安全性などの欠如、あからさまな拒絶、厳格すぎること、残忍、粗野、放任などがみられる。また性のタブー視、不安を掻き立てるような甘やかし教育、家族間の冷たい戦争などが、抑うつ的神経症的発展を生ぜしめやすい。はっきりした抑うつ状態が現われるまでに、一連の神経症的橋渡し症状(精神的には制止、自己不確実感、不安、根気のなさ、精神身体的には吃り、爪噛み、夜驚症、夜尿など)が先行し、それは幼児期まで遡及しうる(幼児神経症)。ときどき機能的器官障害への移行もみられる。抑うつ状態の分析から葛藤状態にまで遡っていくと、病者においては、飽くなき依存欲求と過代償的に厳しい拒絶が並存していることがわかり、病者の人格的努力や体験にはっきりした分裂がみられる。本病における抑うつ気分は、外部の状況によって容易に影響され、そのため、状態像はまとまりの無い曖昧なものとなり、病像全体が内因性うつ病のそれのようなまとまりをもたない。発病の契機としては思うようにものごとがいかないとか、なにか新しく企て、試みねばならないとか、試験を受けねばならないとか、なにか無理をして努力せねばならない状況、または生物学的危機がある。うち克ちえない困難に遭うごとにうつ状態は悪化する。それゆえ経過は動揺的でなおりにくい。自覚的には、気分の変動は自我と異質的に感じられ、病者は途方に暮れ絶え間ない気分の上下に悩む。年齢的には十代後半から二十代半ばにかけての若年群と、初老期・更年期になって生じる更年群がある。
これらは要するに神経症性葛藤に原因があるとされるうつ病の意味での神経症性うつ病であるが、しばしば概念上心因性うつ病、反応性うつ病と厳密に区別されず使用される。なお米英圏では、神経症性うつ病というとき、精神病性うつ病に対置して、精神病レベルに至らず神経症レベルに止まる軽症のうつ病をさすことがある。
以上より本研究では,大学生の精神的健康の指標として「抑うつ傾向」と「攻撃性」を取り上げたい。また親子関係を媒介変数として取り上げることにする。そして「子どもが認知した父母関係が、子どもの母子・父子関係の認知に影響し、それらを媒介として子どもの抑うつ傾向に影響するとすると仮定する。また子どもの母子・父子関係の認知が直接,または抑うつ傾向を媒介として,攻撃性に影響を与える」という仮説についても検討する。
方法
調査対象は,A府B大学の生徒200名(男子100名,女子100名)。用いた質問紙は,抑うつ傾向を測定するCES-D Scale日本版(20項目),攻撃性を測定する日本版Buss-Perry攻撃性質問紙(24項目)、母子・父子関係の認知を測定する母子関係尺度・父子関係尺度(各15項目)、父母関係の認知を測定する父母関係尺度(16項目)、合計200名分の調査結果を分析に使用する。前述の仮説に基づき,次の2つの因果モデルを構築しパス解析を行う。
(1)親子関係が子どもである大学生の抑うつ傾向にどのような影響を与えるのかを明らかにすめために、父母関係が、母子・父子関係にそれぞれ影響を与え、それらを媒介として抑うつ傾向に影響を与えるモデルがなりたつかどうかを確認する。(2)父母関係が、母子・父子関係に影響を与え、これらを媒介として抑うつ傾向と攻撃性に影響を与えているかどうか。また同時に母子・父子関係が抑うつ傾向を媒介にして攻撃性に影響を与えているモデルが存在するかどうかも確認する。これら2つのモデルを検証する。
議論
父母関係と子どもである大学生の精神的健康との関連メカニズムを検討した結果,親子関係を媒介変数として考慮することでパスモデルが適合するだろうか。大学生が父母関係を良好であると評価すると,自分と両親との関係も良好なものであると評価する傾向が明らかになるだろう。その結果、家族に対して信頼や安心感を抱くことができ、抑うつ傾向や攻撃性が抑えられると考えられる。ここで注目すべきことは、親子関係のうち、特に父子関係が重要な意味を持つことである。更に女子においては、父子関係だけでなく母子関係も重要な意味を持っているだろう。
本研究では大学生の認知の側面に注目したことから,Minuchin(1996)の外的な対象関係だけでなく、父母関係や親子関係の評価などの内的対象関係が、子どもである大学生の精神的健康に影響を与えていることが明らかになることだろう。
以上から大学生の抑うつ・攻撃性へ対応する際、子どもである大学生が父母関係をどう認知・評価しているかに注目することが有効と考えられる。臨床場面では、大学生の抑うつや攻撃性に対応するだけでなく、父母関係や親子(特に父子)関係の認知をアセスメントすることの重要性を示唆している。特に大学生女子のクライエントと関わる際は、母子関係の認知についてもアセスメントするとより有効な情報が得られると推測された。これらの認知が不良であるなら、本人への対応と並行して、親への働きかけも有効となると考えられる。本知見は、今後の学生指導や大学生の両親への啓蒙活動においても援用可能性があるであろう。