地道に養生。

養生とは、技術ではない。何の変哲もなく、ただ生きていく。そんな生き方そのものだと思う。

積極的な受け方。

2017-04-17 12:58:32 | 仕事
 私は運動には極力道具を使わないようにしている。
 今使っているのは、カウントアップ機能付きのタイマーぐらいだ。
 動きが雑になったりダラダラしたりしないように、これでチェックしている。
 エクササイズギアといえば、まずはダンベルやチューブだろうというような人にとっては、タイマーだけなんてのは道具を使っていないに等しいだろう。

 だが、別に運動に道具が不要と思っているわけではない。単に優先順位の問題だ。
 私は動きそのものを練ることを最優先にしている。その結果として筋肉が増えたり、心肺機能が上がるのは大歓迎だが、それはあくまでも二番目以降の目的だ。
 それはつまり、毎日使える動きを練りたいからで、だから休養日や期分けといったことは重要視していない。
 これは競技で勝つことを目的として鍛えている人にとっては、非効率的なやり方だろう。

 動きを練るのに道具が必要となると、何かの理由で、その道具が使えなければ、それが休む理由になってしまう。
 道具を使わないのは、そういう懸念を減らすためでもある。
 同様の理由で、運動は畳一畳から二畳の空間があれば出来るようにしている。
 いわゆる拳打臥牛だ。
 だがこれもまた競技で勝つことを目的として鍛えている人にとっては、効率の悪い方法だろう。

 また、道具を使う、揃えるといった行為は、それが目的の全てになってしまいかねないぐらいに楽しく、時間を浪費し過ぎるということも、馬鹿にならない問題だ。
 いや、そうして揃えた道具をちゃんと使えばまだ良いのだが、すぐに飽きてしまうことも珍しくないから困る。
 どんなに優れたトレーニングギアも、ただそこにあるだけでは効果は無い。

 ちなみに鍼灸も、受身一辺倒ではなく、積極的に感じなければ効果は薄いと思う。
 按摩やマッサージは、かなり直接的に触れるので、一種のコミュニケーションだということを比較的実感しやすいのだが、鍼灸は間に道具が介在する分、かえってされるがままにはなりやすいのではなかろうか。
 鍼灸治療を受けるなら、それこそダンベルを扱うように、「受ける」という行為を通して積極的に鍼や艾に働きかけるのが理想だと思う。

 だがこういった手法は商売として考えるなら、お客様目線に立ったやり方とは言いかねるだろう。
 私が仕事で鍼を打つのは気が進まない理由のひとつだ。
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