小沢発言の真意を推測してみる

小沢代表の「第7艦隊」発言が波紋を呼んでいる。
ここ数日、多くの記者さんからコメントを求められたが、私自身その発言を直に聞いたわけでも、フルに把握しているわけでもないので、必ずしも責任を持ってコメントできるわけではなく、オンレコは勘弁してもらってきた。ただ、これは、単なる万年野党の党首の発言ではなく、政権交代前夜における野党第一党の党首の発言であり、我が国の安全保障を考える上で看過できない重要なポイントも含まれているので、新聞各紙に掲載されている「発言要旨」を頼りに、敢えて発言の真意を考察してみたい。

まず、小沢代表の発言のおさらいから。

(以下、時事ドットコム記事のから転載)
 在日米軍再編をめぐる民主党の小沢一郎代表の発言要旨は次の通り。
 米国の言う通り唯々諾々と従うのではなく、きちんとした世界戦略を持ち、どんな役割を果たしていくか。少なくとも日本に関連する事柄についてはもっと日本が役割を果たすべきだ。そうすれば米国の役割は減る。今の時代、前線に部隊を置いておく意味が米国にもない。軍事戦略的に言うと第7艦隊がいるから、それで米国の極東におけるプレゼンスは十分だ。あとは日本が極東での役割を担っていくことで話がつく。(2月24日、奈良県香芝市内で記者団に)

 安全保障の面で日本が役割を負担していけば、米軍の役割はそれだけ少なくなる。米軍におんぶにだっこだから、米国の言うことを唯々諾々と聞くことになっている。自分たちにかかわることはなるべく自分たちできちんとやるという決意を持てば、そんなに米軍は出動部隊を日本という前線に置いている必要はない。ただ、東南アジアは非常に不安定要因が大きいので、米国のプレゼンスは必要だ。それはおおむね第7艦隊の存在で十分じゃないか。(2月25日、大阪市内で記者団に)
(時事通信 2009/03/01-15:36、転載終わり)

この小沢発言に対し、自民党政治家はもちろん、メディアや専門家たちも一斉に批判を浴びせている。この「一斉に」というところが日本らしい(苦笑)風景なのだが、これまで対米追従を容認してきた政府与党関係者のみならず、日頃「対等な日米同盟を!」と叫んできたはずの人たちまでが、メディアの尻馬に乗って小沢発言を酷評しているのには違和感を覚える。

もちろん、わずかな時間での発言だから、舌足らずな面は否めない。これほど重大な話を記者のぶら下がりなんぞでするのもいかがか、との疑問も禁じえない。自国防衛の在り方と在日米軍の兵力構成というのは我が国の安全保障の根幹にかかわる重大問題であるのだから、もう少し丁寧に、体系的に、できればシンクタンクや大学などの講演という形で格調高く論じて欲しかった。

この発言の影響は、同盟相手国である米国ばかりでなく、在日米軍の存在を中核とする現状の日米同盟を「所与」のものとして自国の外交安全保障政策を組み立ててきたアジア太平洋諸国にも広く及ぶのであるから、これに根本的な変更を加えるという話は慎重にも慎重を期してなされるべきことは言うまでもない。とくに、タイムスパンが明示されていなかったことが、米国に対しても、アジア諸国に対しても、国民に対しても無用な混乱と不安を与えることになったのは誠に残念なことである。

ただし、このロジックでしか、我が国の「自立」はあり得ないし、在日米軍の削減はあり得ない、というのは紛れもない事実ではないか。「きちんとした世界戦略を持ち」「自分たちにかかわることはなるべく自分たちできちんとやる」との小沢代表の指摘は、独立国として至極当たり前のことであり、これを真っ向から否定できる人はそう多くないはずだ。

じっさい私自身、2年前の本会議で、日本の自立と在日米軍削減との関係を、小沢発言とまったく同じ論理で訴え、対米依存体質を改めようとしない政府の姿勢を痛烈に批判した。(ちなみに、質問の相手である当時の外務大臣は、現首相の麻生太郎氏だ。)

(平成19年3月23日衆議院本会議議事録からの抜粋)
 日米同盟の特異性は、有事のリスクはアメリカ、平時のコストは日本という役割分担の非対称性にあります。この非対称性こそが、日米同盟を揺るがす最大のアキレス腱であります。有事に当たっては米国の兵力に依存する日本、そのかわりに背負わされた平時の負担は、今や国民の皆さんの受忍限度をはるかに超えるレベルに達しようとしております。我が国の自助努力が決定的に足りないことが最大の原因だと考えますが、外務大臣、いかがでしょうか。大臣の率直な御見解を承りたいと思います。

 そして、今回の世界的な米軍再編という千載一遇のチャンスに当たってもなお、政府は、このゆがんだ同盟の基本構造に一切手をつけようとはしませんでした。すなわち、有事のリスクを我が国も引き受け、日米が相互補完的な役割を分担し合うように同盟そのものを再編することによって平時の基地負担を減らそうという正当な努力を怠ったのであります。その結果、相変わらず膨大な基地受け入れを含む平時のコストが残ったのであります。外務大臣、なぜ、かくも無気力な対米交渉に終始してしまったのでしょうか。戦後レジームからの脱却というのであれば、まず対米関係から実行に移していただきたい。明快な御答弁をよろしくお願いいたします。(中略)

 米軍再編をめぐり、日本政府として本来あるべき姿は何だったのでしょう。私は、長年にわたってあいまいにされてきた集団的自衛権の行使を認め、日米同盟協力の中で抑止力の維持をめぐる日本側の任務や役割を拡大することを通じて、自衛隊と米軍兵力との間で重なり合っている部分を削減していく、そういう方法がベストであったのではないかと思いますが、皆さん、いかがでしょうか。そうすれば、まさに半世紀前にリッジウェー大将が予告したように、もはや必要のなくなった米軍兵力を削減するわけですから、その対価として新たな財政負担を求められることもなく、米軍の駐留経費負担は兵力削減とともに自然と減額することができるはずであります。外務大臣、そして防衛大臣、今後このような独立国として当たり前の姿勢を確立するおつもりがおありかどうか、明確な御答弁をお願いいたします。
(後略、抜粋終わり)

ところで、今回の小沢発言のミソは、「少なくとも日本に関連する事柄については」という限定付きで述べられている点だろう。したがって、アジア太平洋地域の平和と安定をもたらしてきた「国際公共財」としての在日米軍(なお、朝鮮半島に張り付いている在韓米軍にはこのような機能はない)というもう一つの重要な側面については、この際脇に置いて論じているのだ。したがって、私としては、小沢発言の真意は、日米関係を混乱させることでも、アジア諸国を不安に陥れることでもなく、日本国内で、自助努力もしないで「負担の軽減」「基地の削減」をやみくもに叫ぶ人たちに対する痛烈な戒めだったと捉えている。その意味で、必要な自助努力にまで「軍備増強!」とのレッテルを貼って異論を唱える共産党や社民党の方々が反発するのはやむを得まい。

最後に、この小沢発言を受けて、今後民主党内で議論を深めていくうえで大事なポイントを指摘しておきたい。それは、小沢代表が、詳しく触れなかった問題、すなわち、「日本防衛」と共に在日米軍が担っているもう一つの重要な役割についてである。小沢代表は、それを敢えて「在日米軍」と言わずに「極東における米国のプレゼンス」という言葉を用いた。つまり、極東およびアジア太平地域における平和と安定の基礎を提供する米軍のプレゼンスの重要性を、ホスト・ネーションとしてその大半を引き受ける我が国がどう捉え、将来的にどうして行くべきなのか、という根源的な問いである。

ちなみに、一部メディアでは誤解があるようだが、米第7艦隊は在日米軍にはカウントされない。第7艦隊は横須賀港及び佐世保港を「母港」化しているが、その活動の大半は太平洋からインド洋を経てアフリカ大陸東岸に至る広大な洋上である。加えて、在日米軍にカウントされる第5空軍隷下の作戦機は、この間イラクにもローテーションで派遣されてきた。同様に、沖縄に在る第3海兵遠征軍隷下の各部隊も、この間ほとんどがイラクやアフガンへ出撃したまま戻って来ていない。在沖縄海兵隊部隊は、それ以外にも、年間100回以上にわってアジア太平洋地域で行われる様々な多国間演習に参加し、域内諸国の軍同士の信頼醸成に貢献し、結果として地域における安定に寄与してきたのである。

このような国際公共財としての米軍のプレゼンスを支えている最大の貢献国が、日本なのである。米国にとっても、地域にとっても、この戦略的な価値は計り知れない。問題は、その貴重な外交アセットを日本政府が生かし切れていないばかりか、米軍再編をめぐる対米交渉の中で我が国の主体性が全く見えなかったことに多くの国民がいら立っているという事実である。ここに鋭く切り込んだのが、小沢発言のもう一つの真意なのではないか。私自身は、我が国に第7艦隊だけを残してその他は撤退もしくは域内移転という現実的なシナリオはにわかに見えてこないし、第5空軍や第3海兵遠征軍が担ってきた国際公共財としての役割を、ただちに我が国の自衛隊が代替できるとも考えていない。

今回の発言の背後に「小沢構想」なるものがあるとすれば、15-20年のスパンで、朝鮮半島を安定化させ(もちろん非核化も)、中国をしっかり国際秩序の中に嵌め込んで行く中で、空軍や海兵隊戦力を(今後急ピッチで再編強化される)グアムまで下げても地域の安定を確保できる国際環境を整えて行こうというものであろう。真剣に希求する価値のある戦略目標といえる。そういう環境整備で我が国がリーダシップを発揮するためには、外交努力もさることながら、少なくとも「自分の国は自分で守る」体制をつくるべく国民のコンセンサスを形成しておかねばならない。

その意味で、今回の小沢代表発言は、私にとり様々なことを考えさせられる刺激的な発言だった。この発言を「一発花火」に終わらせないためにも、大いに党内論議を喚起して行くべきだ。党内分裂を恐れ、外交安保政策論議を先送りするようなへっぴり腰の政党に政権を委ねるほど国民の視線は甘くない。来るべき総選挙で、政権交代を現実のものとするためにも、私たちは、国民に対し、同盟国に対し、域内諸国に対し、説明責任を果たさなければならない。
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