愛語

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『An Ideal For Living』とドイツ第三帝国――(2)

2010-05-19 21:33:09 | 日記
・「Leaders Of Men」

 評論家ミック・ミドルス(リンジー・リードと共著でイアン・カーティスの伝記“Torn Apart -The Life of Ian Curtis”を書いています)が1978年に行った、『An Ideal For Living』についてのインタビュー(ライブアルバム『Preston 28 February 1980』所収)で、イアンカーティスは「Leaders Of Men」について次のように話しています。

(バーナードの「イアンはいつもノートにたくさんの歌詞をあらかじめ書きためていて、できあがった曲に嵌めて歌う」という発言をうけて)
イアン:「例えば「Leaders Of Men」は、2~3年前に書いた詩に、少し付け加えてる。歌詞になるように少しだけ(言葉を)探しながら。」
ミック:「(歌詞は)何についてのもの?」
イアン:「いろんなことだよ、本当に。僕は特定の何かについて書くつもりはない。もし、何かに心を打たれたとしても。僕はしばしば、とても潜在的な意識に従って書く傾向があるから、それが何についてのことなのか、分からない。」
ミック:「例えば、このEP(『An Ideal For Living』)の歌だと、「Leaders Of Men」は何について?」
イアン:「かなりわかりやすい歌だ、かなり明白だよ、本当に。僕は(詩を)解釈のためにオープンする、ってことはしたくないんだ。特定のことについて書くのは無意味なことだ。そうしたら、それは時代遅れなものになっていくだろう」

 『An Ideal For Living』にナチズムがほのめかされていることは明らかですが、これによると、特定の何か、例えばナチズムについての詩ということではなく、「ナチズムによって触発された潜在意識」を書いている、ということのようです。このインタビューでイアンは、「Leaders Of Men」は、他と比べると分かりやすい、明白な内容だと言っています。確かに、他の詩と比べてタイトルと詩の内容がつながっていて、「人々の指導者」という一貫したテーマが読み取れるのです。「解釈を必要としない、オープンにしたくない」というイアンの主張とは反しますが、この詩が表す「リーダー」像を読み解いてみたいと思います。

Born from some mother's womb,     まるでどこかの部屋のような
Just like any other room.          母親の子宮から生まれ
Made a promise for a new life.       新しい人生を約束した
Made a victim out of your life.        君の人生を犠牲にして

When your time's on the door,      君の時代がすぐそこまで来ている
And it drips to the floor,          すんでのところで届かない
And you feel you can touch,        手が届きそうなのに
All the noise is too much,         雑音が多すぎる
And the seeds that are sown,       蒔かれた種は
Are no longer your own.          もはや君自身じゃない

という前半部分(この詩は6連ありますが、その第1、第2連になります)で、「指導者」の誕生が語られています。その特異さを「まるでどこかの部屋のような母親の子宮から生まれた」と喩えています。
 続く第3連には、こうあります(一部抄出)。

Thousand words are spoken loud,     無数の言葉が声高に語られ
Reach the dumb to fool the crowd.    無言の大衆を馬鹿にするために届けられる

指導者が、「無数の言葉」により、愚かな大衆の中で肥大化される過程が描かれます。第4連を見てみましょう。

When you walk down the street,      道を歩いていくと
And the sound's not so sweet,       騒ぎが不快で
And you wish you could hide,        君は隠れたいと思う
Maybe go for a ride,             いっそ逃げよう
To some peep show arcade,        覗き見ショウのあるアーケード
Where the future's not made.       そこに未来は無い

 これは、指導者をたたえる歓声に違和感を覚え、疎外感を感じたとしても、どこにも隠れる場所がないという状況を示していると思います。
 続く第5連の出だしに、「A nightmare situation/Infiltrate imagination(悪夢のような状況が、想像に浸透する)」とあるような状況です。そして、最後の第6連では、ここまで比喩を用いて描いてきた指導者の正体を、もう少し明白に述べています。

The leaders of men,              人々の指導者
Born out of your frustration.         君たちの欲求不満から生まれた
The leaders of men,              人々の指導者
Just a strange infatuation.          ただの奇妙な心酔
The leaders of men,              人々の指導者
Made a promise for a new life.        新しい人生を約束した
No saviour for our sakes,           僕たちの救済者じゃない
To twist the internees of hate,        憎しみの捕虜をひねるために
Self induced manipulation,          自ら誘導した巧みな操作
To crush all thoughts of mass salvation.  大衆の救済という考えを全て破壊する

 この歌詞をきちんと読むと、ナチズムを礼賛した内容だとは思えません。ネオナチだという批判を受けたのは、詩の内容よりも、ナチを彷彿させる第一印象が、人々に与えた嫌悪感だったのではないかと感じます。
 詩についてあれこれ言われることを、イアン本人が望まなかったのは、彼が、詩を頭で考えて書くのではなく、潜在意識によって書いていた、という点にあるのでしょう。理屈ではなく、意識以前のところで受けたインパクトが描かれた詩は、一定の解釈を退け、さまざまな想像力を掻き立てます。イアン本人も確固たる思想として表明している訳ではないのですから、一面的な解釈によって批評されることを避けるために、詩のテキストを公表しなかったのではないでしょうか。
 ただ、私はこの詩を読んで、ナチズムに象徴される、人々の欲求不満から得体の知れない指導者が生まれ、他ならぬその指導者によって人々が粉砕されるという悲劇的な人間社会の仕組みが歌われているのではないか、という印象を強く持ちました。まさに「時代遅れ」にならない内容、ナチズムだけに関連づけるなら古びてしまいますが、この詩は時代に影響されることのない、普遍的な構造を書いているのではないでしょうか。
 これについてもう少し考えてみたいと思います。

※ 歌詞の訳は『タッチング・フロム・ア・ディスタンス』をもとに、若干手を加えました。


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