☆こんにちは亀さんです☆ 

人との交流が好き、ロシアとの交流も40年になります。住民の願いが政治に届くようにと、国政選挙にも挑戦しました。

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私の2016年ー亀さん

2016-12-31 10:07:10 | 日記

2016年も終わろうとしています。久しぶりのブログは1年を振り返って。

①3度目の国政への挑戦 

    昨年の11月初め、県庁で参議院選挙での出馬の記者会見。昨年夏以後急速に広がる戦争法(安保法制)反対の声、「あの安倍の

ワンマン、暴走なんとかしてくれ」保守層からもお声をいただきました。同時に県内でもなんと

かまとまってくれの市民の声や運動、そして全国レベルでの野党協議で、2月に劇的な統一への

動きと熊本に続く宮城県での統一。石川でも4月にしばた未来さんが統一候補に、私は比例候補

として頑ることに。5月25日の金沢駅前

での志位和夫、小沢一郎両氏が全国に先駆けて一緒に演説。本番では市田副委員長はじめ多く

の幹部が応援に駆けつけました。野党がまとまれば多くの支持がひろがり、短期間でしたが、

20万近くの得票。共闘効果は十分でした。県内でも集団自決があった、二度と戦争ごめんの

悲痛な声。世のため一所懸命働いたのに年金当たらないこんな世の中変えてとアルバイト青年

の声を代弁した医療関係者の声。11の1人区での野党の勝利、そして日本共産党に600万

以上(過去2番目)の支持をいただきました。

この流れは、新潟知事選でも「原発再稼働反対」の知事誕生の力に。

そして富山を起点に全国で広がった政務活動費の無法な使い方への市民・国民の怒り。富山で

の県議・市議補選で共産党候補が市民の期待に応え、大きな前進をえました。私も連日応援に

行きました。

②ロシア友好・健康友の会・革新懇活動

        

ロシアとの友好運動は私のライフワークの一つ。10月には「日ロフォーラム」が金沢で開催

され、開催地としてロシアからの友人たち、全国の仲間の受け入れに奔走しました。自治体や

経済界からも大きな協力を頂き、率直な意見交流もできました。「さすが石川」と全国の仲間

からもお褒めを頂きました。領土問題解決済みというロシアの立場、4島返還という日本の立

場にこだわらず歴史的経過をふまえて双方受け入れ可能な道の探索をとフォーラムでも議論さ

れましたが、残念ながら両首脳の会談は国民の期待を裏切るものとなりました。友好運動にか

かわるものとして、さらなる運動と知恵が必要と痛感です。

地域友の会副会長として、前年まで事務局長担当のチンドン屋の練りまわしが私の役に。健康

祭りに今年も多くの参加者。

本年から県革新懇の事務局次長の仕事も本格化。全国にひろがる市民と野党の共同をめざした

運動がますます大事。県内の運動の前進めざして、全国交流集会にも参加して学びました。

③家族と友人

       

選挙選の心の支えは家族と友人です。選挙本番前には大学時代のサークル仲間が県外からも

応援にきてくれ,ささやかな同窓会も。選挙終わったら今度はご苦労さん会。ロシア教会の仲

間たちもそれぞれの立場がありながら支援してくれました。

選挙中、私が帰るまで夕食を待っていてくれる、知人に声かけてくれる家族。歩けない身体

ながら声だけでもと頑張ってくれた母など、感謝に堪えません。

人の情け、友情を一段と感じたこの一年でした。来年は、住民のくらしがよくなる年に、絶対

に死者を出さない平和な年にしたいですね。

 

 

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マトリョーシカ絵付け体験

2016-10-18 10:22:47 | 日記

ロシアと言えば、ウオッカと並んでマトリョーシカです。お土産にもらったかたも多い

と思います。胴の部分をくるくる回せば中から人形が、更にまた人形が出てきます。一

般的には3個ほどですが、10-12個入りもあります。マトリョーシカはロシアの女性の

名前、スカーフ姿で刺繍が入った衣装を身に着けたお嬢さんの人形です。数多く入って

いることから、子どもに恵まれるようにと結婚のお祝いに差し上げます。私も、ロシア

協会(かつての日ソ協会)から6-7ケ入りの大きな人形をもらいました。人形の成り立

ちには諸説があり、モスクワ郊外の工房で作成されたもの、そして驚いたことに19世紀

に箱根に立ち寄った修道士が帰国時に持ち帰った日本のこけし人形がモデルだとの説も

あります。ロシア女性を描いたものが一般的ですが、レーニン、スターリン、ブレジネ

フ、そしてもちろんプーチンも、歴代の指導者像が次々と出てくる人形も、結構喜ばれ

ています。

フォーラムの文化交流で、ロシア人の研修員と美術師の援助でマ

トリョーシカ絵付け体験に初めて参加しました。写真にいろんな例が記載してありま

す。伝統的なロシア女性だけでなく、動物も含めて自由に描いていいとのこと。まず白

木の人形に鉛筆で自分の描きたいものを。それから絵具で色をつけます。

      参加者はほとんど初めてなので、恐る恐

る鉛筆と筆を動かします。私は、動物マトリョーシカに挑戦。「あら、亀田さん意外と

お上手ね、こんどうちの教室に来てよ」などおだてられながら、サラサラと。次の準備

の関係もあり、雑な作業となってしまいました。およそ2時間でしたが、皆さん、マ

イ・マトリョーシカをつくりました。

 

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金沢で日ロフォーラム

2016-10-17 11:40:06 | 日記

日本海を隔ててロシアと日本は隣国。住民相互で率直な意見交流、人と人との交流をしよう

と「フォーラム」を開催してきました。今年は、10月14日―15日金沢で2回目の開

催、準備にあたってきました。残念ながら、ロシアからは姉妹交流のあるイルクーツクから

5人(他2人が急病でキャンセル)ウラジオストックから1人、モスクワとノボシビルスク

は急病その他で参加取りやめの事態に。全国からも多くの会員仲間が集いました。

 フォーラムの課題の一つは領土・平和条約問題。日本側の堀江氏は1

956年の日ソ共同宣言が両国家間関係を規定した条約であるとし、ロシア側の「戦争終結

で解決」論や日本側の「4島返還」論からの脱却と、「双方が受け入れ可能な」解決策への

探求を提唱。促進へ歯舞色丹住民との交流や、領土問題解決での経済文化交流の発展の展望

など語ろうと提案。法学者の杉浦氏は、ロシア法学でも国際法優位論の場に理論動向があ

り、この点からもまず2島返還はロシアが果たす義務だと指摘しました。参加者からも、1

2月の両首脳会談の行方に期待をするとともに、これまで両国住民間の交流に努力してきた

協会の果たす役割も強調されました。

異文化の両国民の文化交流では、参加できなかったロ日協会理事長

「ロシアにおける日本文化ブームは苦くて甘い後味」と文書発言。ロシア青年の対日関心は

高い。生け花・茶道・将棋・盆栽など「花の文化」はうまくいっているが、アニメ・漫画・

映画などには営利主義による歪んだイメージ(アニメの世界にのみ生きる)で家庭を捨て、

学業や社会生活への参加を拒否することもある。

能美市職員としてがんばるバジムさんは姉妹都市関係の発展、青少年分野を中心にロシア文

化を広め、相互理解に奮闘している様子をパワーポイントで、ロシア語と日本語で説明し、

参加者からも質問もありました。イルクーツクの食品関連会社の社長(従業員5千人)はロ

シア内の他企業と違い、無農薬食品にこだわる企業紹介。質問にも、母からの影響と食が人

間に与える影響が大きいだけに、こだわる姿勢を強調しました。

日ロ間の経済交流、日本の歌をロシア語で歌おう、ロシア語教室や日本語教室の開催など、

各地の活動など交流されました。

 

     1日目の開会式には、県と県内自治体や議員

の方がたも参加されました。夜の歓迎祝賀会は、茶屋街の芸子さんによる2人笛、お琴演

奏、そしてロシア公演もおこなったバレエの披露など、おもてなしの歓迎。国会から北村衆

議院議員が、県議や市議の方たち、県内外など100名をはるかに上回る参加で交流。「亀

田さん、いつもご苦労さま」と知己の県議や、全国の仲間からもねぎらいを頂きました。

フォーラム終了した土曜の夜は、イルクーツク代表団と「仲間の懇親」、お互いの苦労交流

のあと、特別にカラオケにでかけ、ロシア人も知る歌を日本語とロシア語で交流しました。

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ふるさとのキリコまつり

2016-09-28 05:57:59 | 日記

奥能登出身のものにとっては、夏・秋まつりといえば「キリコ」まつりです。私が子どものころ、

8月7日は七夕まつりで子どもだけでキリコを作成します。高さもせいぜい2-3M?と思います。

かつぎながら、練り歩きました。終わったあと、みんなでカレーライスを食べるのが楽しみだった。

そして秋は大人のまつり。高さは7m前後?当時は電線が引っかかる時もあり、上って除けました。

鮮やかな色の装いでキリコをかつぎ、台上には太鼓や鐘をたたくこどもたち。灯の入った提灯のもと

で小さな子どもたちも載せてもらう。7-8基のキリコが数メートル動いては止まり、家の軒先で酒

やごちそうを頂きながら、次にいいく。それぞれの集落に入ると当該のキリコが先頭に誘導し、終わ

って、次の集落にいくと、一番最後にまわり、当該集落のきりこが先頭になる。

各家では、「ヨバレ」と称して、客人、友人を招いて接待、歓談します。食器は

すべて輪島塗のお椀、女たちが手作りの料理を準備しました。翌日は、食器をお湯で洗浄し、配膳箱に

しまい、来年に備える、そんなことが続けられていました。9月のキリコまつりは、収穫のあとの感謝

で、昔からの伝統で、祭礼日はそれぞれ違い、「ヨバレ」のはしごもよくありました。20年以上前か

ら、キリコの担ぎ手もいなくなり、キリコの下に台車をつけ、4-5人でも動かせるようにする。過剰

な接待は家庭への負担、主婦への負担も大きいことから、簡素化がさけばれ、今は「ヨバレ」は少ない

かも知れません。

 

「キリコ」はもともと神輿のお供をし、道中を照らし、神様を守る役目。深夜

、神社に集結し、乱舞して奉納する。海辺や川岸に近い所に松明をもやして盛り上げます。能登は海に

囲まれ、神々が海からやってきた、その神を迎え、また送るため海辺近くに松明所が設置されたとも

いわれます。母なる海へ戻るため、キリコを海に投げるところもあります。有名な七尾・石崎町や珠洲

市三崎町のキリコ(奉燈)は高さ10m以上、重さも1tを超す大型のもの、当然担ぎ手も30-50人

を要します。記録では正保3年(1647)ごろ、神輿のお供に笹竹の上部に小さな角形の行灯をつけた

「笹キリコ」が原型ともいわれます。輪島の神社に残っているそうです。それがいつの間にか巨大、華美

となってきました。時の領主が民衆の祭りへの祈りを利用し統治のため、集落ごとに競わせたとか、江戸

時代の日本海交流のなかで、全国の祭りのよさを取り入れたとか、諸説があります。全国にも奥能登に

しか残っていない、貴重な文化です。

24日、母が心配で珠洲の実家によったとき、偶然祭礼の前日でした。14-5年ぶりに、ふるさとの

キリコまつりをみることができました。母も元気そうで安心。

 

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南シナ海問題での国際仲裁

2016-07-15 06:55:53 | 日記

中国の南シナ海での実効支配強化について、国際的な仲裁裁判所は、国連海洋法条約

にもとづき法的根拠がないとする判決を全員一致で出しました。実は、富山商船学校

で「貿易論」を担当していたとき、国際紛争の解決手段として「仲裁裁判所」をとり

あげ、これは最終であり、当事者国は従う義務はある(ただし、罰則はない?)と話

していましたが、中国の問題で出るとは、意外でした。

中国は1980年代以降、南シナ海のほぼ全体に

「主権的権利と管轄権」があると主張し、南シナ海への進出を強化してきました。大

規模な埋め立てと人口島を建設してきました。特に南沙諸島では、中国、台湾、ベト

ナム、マレーシア、フィリピンなどの権利がぶつかりあう状態でした。ASEAN諸

国は2002年「南シナ海行動宣言」を採択し、平和的解決を呼びかけており、更に

2011年にはこの宣言を法的拘束力のある「行動規範」発展させる確認をしていま

す。中国も同意しています。

今回の判決は、中国が主張する「歴史的権利」についても検証

し、国際法根拠がない、EEZ(排他的経済水域)の成立からも、同国の主張は消滅

したと判断しました。また紛争のもととなった満潮時に海上に出る地形は、法的には

EEZの権利生まない「岩」だと判断、海洋法上、「人間の持続的な居住や経済生活

ができない」岩だと結論づけました。更に、重要だと思ったのは、領有権問題など主

権にかかわることは慎重に避け、どちらかの国に軍配を上げるのでなく、平和的解決

をうながす道筋を示したことです。中国はじめ関係諸国が国際司法裁判所判断を尊重

し、紛争解決に前向きにたちむかうことが求められます。

日本共産党は、中国の一連の行動が「南シナ海行動宣言」に違反するとして、直接中国

まで出向いて要求しました。これは政権党・政府もできない行動でした。

 

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