☆こんにちは亀さんです☆ 

人との交流が好き、ロシアとの交流も40年になります。住民の願いが政治に届くようにと、国政選挙にも挑戦しました。

マトリョーシカ絵付け体験

2016-10-18 10:22:47 | 日記

ロシアと言えば、ウオッカと並んでマトリョーシカです。お土産にもらったかたも多い

と思います。胴の部分をくるくる回せば中から人形が、更にまた人形が出てきます。一

般的には3個ほどですが、10-12個入りもあります。マトリョーシカはロシアの女性の

名前、スカーフ姿で刺繍が入った衣装を身に着けたお嬢さんの人形です。数多く入って

いることから、子どもに恵まれるようにと結婚のお祝いに差し上げます。私も、ロシア

協会(かつての日ソ協会)から6-7ケ入りの大きな人形をもらいました。人形の成り立

ちには諸説があり、モスクワ郊外の工房で作成されたもの、そして驚いたことに19世紀

に箱根に立ち寄った修道士が帰国時に持ち帰った日本のこけし人形がモデルだとの説も

あります。ロシア女性を描いたものが一般的ですが、レーニン、スターリン、ブレジネ

フ、そしてもちろんプーチンも、歴代の指導者像が次々と出てくる人形も、結構喜ばれ

ています。

フォーラムの文化交流で、ロシア人の研修員と美術師の援助でマ

トリョーシカ絵付け体験に初めて参加しました。写真にいろんな例が記載してありま

す。伝統的なロシア女性だけでなく、動物も含めて自由に描いていいとのこと。まず白

木の人形に鉛筆で自分の描きたいものを。それから絵具で色をつけます。

      参加者はほとんど初めてなので、恐る恐

る鉛筆と筆を動かします。私は、動物マトリョーシカに挑戦。「あら、亀田さん意外と

お上手ね、こんどうちの教室に来てよ」などおだてられながら、サラサラと。次の準備

の関係もあり、雑な作業となってしまいました。およそ2時間でしたが、皆さん、マ

イ・マトリョーシカをつくりました。

 

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金沢で日ロフォーラム

2016-10-17 11:40:06 | 日記

日本海を隔ててロシアと日本は隣国。住民相互で率直な意見交流、人と人との交流をしよう

と「フォーラム」を開催してきました。今年は、10月14日―15日金沢で2回目の開

催、準備にあたってきました。残念ながら、ロシアからは姉妹交流のあるイルクーツクから

5人(他2人が急病でキャンセル)ウラジオストックから1人、モスクワとノボシビルスク

は急病その他で参加取りやめの事態に。全国からも多くの会員仲間が集いました。

 フォーラムの課題の一つは領土・平和条約問題。日本側の堀江氏は1

956年の日ソ共同宣言が両国家間関係を規定した条約であるとし、ロシア側の「戦争終結

で解決」論や日本側の「4島返還」論からの脱却と、「双方が受け入れ可能な」解決策への

探求を提唱。促進へ歯舞色丹住民との交流や、領土問題解決での経済文化交流の発展の展望

など語ろうと提案。法学者の杉浦氏は、ロシア法学でも国際法優位論の場に理論動向があ

り、この点からもまず2島返還はロシアが果たす義務だと指摘しました。参加者からも、1

2月の両首脳会談の行方に期待をするとともに、これまで両国住民間の交流に努力してきた

協会の果たす役割も強調されました。

異文化の両国民の文化交流では、参加できなかったロ日協会理事長

「ロシアにおける日本文化ブームは苦くて甘い後味」と文書発言。ロシア青年の対日関心は

高い。生け花・茶道・将棋・盆栽など「花の文化」はうまくいっているが、アニメ・漫画・

映画などには営利主義による歪んだイメージ(アニメの世界にのみ生きる)で家庭を捨て、

学業や社会生活への参加を拒否することもある。

能美市職員としてがんばるバジムさんは姉妹都市関係の発展、青少年分野を中心にロシア文

化を広め、相互理解に奮闘している様子をパワーポイントで、ロシア語と日本語で説明し、

参加者からも質問もありました。イルクーツクの食品関連会社の社長(従業員5千人)はロ

シア内の他企業と違い、無農薬食品にこだわる企業紹介。質問にも、母からの影響と食が人

間に与える影響が大きいだけに、こだわる姿勢を強調しました。

日ロ間の経済交流、日本の歌をロシア語で歌おう、ロシア語教室や日本語教室の開催など、

各地の活動など交流されました。

 

     1日目の開会式には、県と県内自治体や議員

の方がたも参加されました。夜の歓迎祝賀会は、茶屋街の芸子さんによる2人笛、お琴演

奏、そしてロシア公演もおこなったバレエの披露など、おもてなしの歓迎。国会から北村衆

議院議員が、県議や市議の方たち、県内外など100名をはるかに上回る参加で交流。「亀

田さん、いつもご苦労さま」と知己の県議や、全国の仲間からもねぎらいを頂きました。

フォーラム終了した土曜の夜は、イルクーツク代表団と「仲間の懇親」、お互いの苦労交流

のあと、特別にカラオケにでかけ、ロシア人も知る歌を日本語とロシア語で交流しました。

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ふるさとのキリコまつり

2016-09-28 05:57:59 | 日記

奥能登出身のものにとっては、夏・秋まつりといえば「キリコ」まつりです。私が子どものころ、

8月7日は七夕まつりで子どもだけでキリコを作成します。高さもせいぜい2-3M?と思います。

かつぎながら、練り歩きました。終わったあと、みんなでカレーライスを食べるのが楽しみだった。

そして秋は大人のまつり。高さは7m前後?当時は電線が引っかかる時もあり、上って除けました。

鮮やかな色の装いでキリコをかつぎ、台上には太鼓や鐘をたたくこどもたち。灯の入った提灯のもと

で小さな子どもたちも載せてもらう。7-8基のキリコが数メートル動いては止まり、家の軒先で酒

やごちそうを頂きながら、次にいいく。それぞれの集落に入ると当該のキリコが先頭に誘導し、終わ

って、次の集落にいくと、一番最後にまわり、当該集落のきりこが先頭になる。

各家では、「ヨバレ」と称して、客人、友人を招いて接待、歓談します。食器は

すべて輪島塗のお椀、女たちが手作りの料理を準備しました。翌日は、食器をお湯で洗浄し、配膳箱に

しまい、来年に備える、そんなことが続けられていました。9月のキリコまつりは、収穫のあとの感謝

で、昔からの伝統で、祭礼日はそれぞれ違い、「ヨバレ」のはしごもよくありました。20年以上前か

ら、キリコの担ぎ手もいなくなり、キリコの下に台車をつけ、4-5人でも動かせるようにする。過剰

な接待は家庭への負担、主婦への負担も大きいことから、簡素化がさけばれ、今は「ヨバレ」は少ない

かも知れません。

 

「キリコ」はもともと神輿のお供をし、道中を照らし、神様を守る役目。深夜

、神社に集結し、乱舞して奉納する。海辺や川岸に近い所に松明をもやして盛り上げます。能登は海に

囲まれ、神々が海からやってきた、その神を迎え、また送るため海辺近くに松明所が設置されたとも

いわれます。母なる海へ戻るため、キリコを海に投げるところもあります。有名な七尾・石崎町や珠洲

市三崎町のキリコ(奉燈)は高さ10m以上、重さも1tを超す大型のもの、当然担ぎ手も30-50人

を要します。記録では正保3年(1647)ごろ、神輿のお供に笹竹の上部に小さな角形の行灯をつけた

「笹キリコ」が原型ともいわれます。輪島の神社に残っているそうです。それがいつの間にか巨大、華美

となってきました。時の領主が民衆の祭りへの祈りを利用し統治のため、集落ごとに競わせたとか、江戸

時代の日本海交流のなかで、全国の祭りのよさを取り入れたとか、諸説があります。全国にも奥能登に

しか残っていない、貴重な文化です。

24日、母が心配で珠洲の実家によったとき、偶然祭礼の前日でした。14-5年ぶりに、ふるさとの

キリコまつりをみることができました。母も元気そうで安心。

 

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南シナ海問題での国際仲裁

2016-07-15 06:55:53 | 日記

中国の南シナ海での実効支配強化について、国際的な仲裁裁判所は、国連海洋法条約

にもとづき法的根拠がないとする判決を全員一致で出しました。実は、富山商船学校

で「貿易論」を担当していたとき、国際紛争の解決手段として「仲裁裁判所」をとり

あげ、これは最終であり、当事者国は従う義務はある(ただし、罰則はない?)と話

していましたが、中国の問題で出るとは、意外でした。

中国は1980年代以降、南シナ海のほぼ全体に

「主権的権利と管轄権」があると主張し、南シナ海への進出を強化してきました。大

規模な埋め立てと人口島を建設してきました。特に南沙諸島では、中国、台湾、ベト

ナム、マレーシア、フィリピンなどの権利がぶつかりあう状態でした。ASEAN諸

国は2002年「南シナ海行動宣言」を採択し、平和的解決を呼びかけており、更に

2011年にはこの宣言を法的拘束力のある「行動規範」発展させる確認をしていま

す。中国も同意しています。

今回の判決は、中国が主張する「歴史的権利」についても検証

し、国際法根拠がない、EEZ(排他的経済水域)の成立からも、同国の主張は消滅

したと判断しました。また紛争のもととなった満潮時に海上に出る地形は、法的には

EEZの権利生まない「岩」だと判断、海洋法上、「人間の持続的な居住や経済生活

ができない」岩だと結論づけました。更に、重要だと思ったのは、領有権問題など主

権にかかわることは慎重に避け、どちらかの国に軍配を上げるのでなく、平和的解決

をうながす道筋を示したことです。中国はじめ関係諸国が国際司法裁判所判断を尊重

し、紛争解決に前向きにたちむかうことが求められます。

日本共産党は、中国の一連の行動が「南シナ海行動宣言」に違反するとして、直接中国

まで出向いて要求しました。これは政権党・政府もできない行動でした。

 

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一夜あけて、次のたたかいへ

2016-07-11 15:52:53 | 日記

睡魔を我慢せず寝て、朝目がさめ、あと1議席未確定のまま、「共産党6議席」「自公過半

数」「改憲勢力2/3に」のテレビ報道、そして5時直前に朝刊が入りました。いつもの朝

です。洗濯機のスイッチを押しながら、モカの散歩終え、テレビ報道に耳傾けながら、駅

前宣伝に。選対部から、石川県でも前回より比例票が前進したと聞きました。よーし。秋

元県委員長、佐藤県議とご一緒に。

3年前と違い、主権者の要求・政治

変えたいという決意を感じた今回の選挙。選挙中もお聞きした戦争体験者の悲惨な体験と

二度と戦争させない決意の話。自衛官を戦場に送ることさせない決意。そして出口調査で

も安倍政権下でも改憲反対の声が多い結果からも、これこそが民意で、国民的運動で改悪

策動の中止を。そして無年金の両親抱える青年の苦悩など社会保障充実のためにも日本共

産党の3つのチェンジこそ重要と訴えました。今回成立した野党統一があったから、11

の選挙区で野党候補が競り勝った大きな前進、そして沖縄、東北地方、鹿児島県知事選で

の反基地、反TPP、反原発の住民の意思など、希望ある動きに応え、国会議員団と協力

して、公約実現に奮闘する決意申しあげました。

途中で、知った5人目が「武田りょうすけ」さんの当選。びっくり

ぽんです。Wりょうすけ、息子の武田さんが国会で頑張る、聞いただけでワクワクしま

す。そして全国的には601万票強と聞きました。確か大躍進した前回は510万台でぎりぎり

の5議席。今回は90万近く伸ばしたから、あと20-30万あれば6議席に届いたかもしれませ

ん。850万・9議席には届きませんでしたが、貴重な前進だと思います。「9議席に行かず

残念やったね」「改憲勢力の策動なんとしても阻止しなくては」「スーパーで友人が亀

ちゃんの演説聞いて、分りやすくその通りだと思った、と言っていたよ」「亀さん、本当

にご苦労さま」お礼申しあげながら、次のたたかいの交流も。

大奮闘したしばた未来さんがお父さんとご挨拶に。私からご苦労様

と花かごを渡し、笑顔でパチリ。敗北に自分の至らなさと謙虚にお詫びしながら、自衛官

を事故起こさせてはならない、改憲許してはならぬ強い決意。お父さんから「志位委員長

が小沢代表と共同演説したと知り、闘う相手がだれか、大局観ある共産党の姿に敬意の気

持ち。そして敗北した時こそ、その人が問われると、娘に話した。いずれどんな形か皆さ

んとご一緒にやるときがあるかも」と、娘への暖かい思いやりと共同のたたかいへの闘志

を静かに語られたお父さんの挨拶にも感動でした。

さあ、今晩は、お風呂にゆっくり入って、選挙も振り返ります。

 

 

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