再会したのはその火事の後、二週間位してからだった。
まだ町は元に戻れずにいるが、死者も重傷者も出さなかったことで皆の表情は明るかった。手の空いている兵士達は町に駆り出され、復興作業を手伝っている。町には笑い声すら聞こえてきていた。
「・・・あ・・・」
その二週間、空にとっては長い二週間だった。
それが陸にとっても長かったことを、彼女は知らない。ただ会うのが気まずくて、避けていた訳ではなかったが、会えずにいたことに安心していた。
「・・・陸・・・」
でも、いつまでもそんな時間を過ごすことを考えると、気は重くなるばかりだ。以前のような時間を取り戻したいと思い始め、その過去を思い出すことが多くなっていた。
そして、やっと見つけた彼の姿。空は小さな声で名を呼んだ。
「?」
陸が、不思議そうに振り返る。呼ばれたことを疑っているような顔だった。
そして空の姿を捉えると、目を丸くして立ち止まり、そして気まずそうに視線を僅かずらす。
それも束の間、彼は空の目の前まで歩いてきた。
陸の横を、貴族らしい男が通り過ぎていった。ここは城の廊下だ。空の後ろにも遠ざかる足音が聞こえている。彼等は二人きりではない。それを、知らずに意識してしまう。
だから空は分かっていた。彼が、どんなことを言うか。
「・・・空姫」
陸は言い辛そうに、まずそう言った。
空は、黙ってその言葉を聞いている。戻ってしまったその呼び方を、半ば受け入れるように無表情なままで。
その空の目を、真っ直ぐに見て陸は言う。
「・・・申し訳有りませんでした。この間は、出過ぎたこと申し上げて」
僅かに砕けていた言葉まで、陸は正しく直してそう言った。そして軽く頭を下げる。
「・・・」
空は、泣きそうになるのを唇を噛んで堪えた。そして何も言うことが出来なくなって、小さく首を振ると陸の前から逃げ出してしまう。
陸は、その後を追うことが出来なかった。追ってはいけない人だから。
けれど、その態度に傷付いたような顔をして陸は、その後ろ姿を目で追う。そして小さなため息を付いた。
それでもそんな自分を納得させるしかない。間違ったことをしたとは、今でも思っていない。でも空の痛みが伝わってきて、辛かった。
あの時、こうなることは分かっていたのだ。多分、お互いに。
やだ・・・。
空は自覚していた。
分かっていた。だから会うのが怖かったんだ。
でも泣いてはいけない。だって誰かに見られたら、陸が悪者になってしまう。
そんなのやだ・・・。
そう思って、空は人目に触れないように自分の部屋に帰る。そして部屋に入ると気が緩んだのか、座り込んで泣き出してしまった。
この頃からやっと、空は自分の立場とその他の立場の人の関係を自覚するようになっていた。
でも・・・だって、気付かなかったんだもん。みんな、あたしの事を子供みたいに扱ってくれて、そんなこと感じさせないようにしてくれていたから・・・。
今までは、小さな頃から自分を知っている限られた人としか、空は付き合うことがなかった。そしてそれは、もう長く城に使えている者達であって、慣れもあるし情すらある。小さな子供の頃から空を知っている者なら、笑顔も見せてくれるし叱ってもくれるだろう。
でも同年代の、陸のような立場の人間とは交わる機会もなかったし、向こうの態度も硬化している。それは、仕方ないことなんだと、陸に出会ってから気付いた。こんな当たり前のことに、今更。
寂しい・・・。
満たされた地位にいるのに、何の不自由も感じなかったのに、どうしてこうなってしまうのだろう。
陸・・・。
空は、もう以前のように戻れないことを覚悟した。そして、自分には何も出来ない自分の無力さに、この時彼女は絶望していた。
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まだ町は元に戻れずにいるが、死者も重傷者も出さなかったことで皆の表情は明るかった。手の空いている兵士達は町に駆り出され、復興作業を手伝っている。町には笑い声すら聞こえてきていた。
「・・・あ・・・」
その二週間、空にとっては長い二週間だった。
それが陸にとっても長かったことを、彼女は知らない。ただ会うのが気まずくて、避けていた訳ではなかったが、会えずにいたことに安心していた。
「・・・陸・・・」
でも、いつまでもそんな時間を過ごすことを考えると、気は重くなるばかりだ。以前のような時間を取り戻したいと思い始め、その過去を思い出すことが多くなっていた。
そして、やっと見つけた彼の姿。空は小さな声で名を呼んだ。
「?」
陸が、不思議そうに振り返る。呼ばれたことを疑っているような顔だった。
そして空の姿を捉えると、目を丸くして立ち止まり、そして気まずそうに視線を僅かずらす。
それも束の間、彼は空の目の前まで歩いてきた。
陸の横を、貴族らしい男が通り過ぎていった。ここは城の廊下だ。空の後ろにも遠ざかる足音が聞こえている。彼等は二人きりではない。それを、知らずに意識してしまう。
だから空は分かっていた。彼が、どんなことを言うか。
「・・・空姫」
陸は言い辛そうに、まずそう言った。
空は、黙ってその言葉を聞いている。戻ってしまったその呼び方を、半ば受け入れるように無表情なままで。
その空の目を、真っ直ぐに見て陸は言う。
「・・・申し訳有りませんでした。この間は、出過ぎたこと申し上げて」
僅かに砕けていた言葉まで、陸は正しく直してそう言った。そして軽く頭を下げる。
「・・・」
空は、泣きそうになるのを唇を噛んで堪えた。そして何も言うことが出来なくなって、小さく首を振ると陸の前から逃げ出してしまう。
陸は、その後を追うことが出来なかった。追ってはいけない人だから。
けれど、その態度に傷付いたような顔をして陸は、その後ろ姿を目で追う。そして小さなため息を付いた。
それでもそんな自分を納得させるしかない。間違ったことをしたとは、今でも思っていない。でも空の痛みが伝わってきて、辛かった。
あの時、こうなることは分かっていたのだ。多分、お互いに。
やだ・・・。
空は自覚していた。
分かっていた。だから会うのが怖かったんだ。
でも泣いてはいけない。だって誰かに見られたら、陸が悪者になってしまう。
そんなのやだ・・・。
そう思って、空は人目に触れないように自分の部屋に帰る。そして部屋に入ると気が緩んだのか、座り込んで泣き出してしまった。
この頃からやっと、空は自分の立場とその他の立場の人の関係を自覚するようになっていた。
でも・・・だって、気付かなかったんだもん。みんな、あたしの事を子供みたいに扱ってくれて、そんなこと感じさせないようにしてくれていたから・・・。
今までは、小さな頃から自分を知っている限られた人としか、空は付き合うことがなかった。そしてそれは、もう長く城に使えている者達であって、慣れもあるし情すらある。小さな子供の頃から空を知っている者なら、笑顔も見せてくれるし叱ってもくれるだろう。
でも同年代の、陸のような立場の人間とは交わる機会もなかったし、向こうの態度も硬化している。それは、仕方ないことなんだと、陸に出会ってから気付いた。こんな当たり前のことに、今更。
寂しい・・・。
満たされた地位にいるのに、何の不自由も感じなかったのに、どうしてこうなってしまうのだろう。
陸・・・。
空は、もう以前のように戻れないことを覚悟した。そして、自分には何も出来ない自分の無力さに、この時彼女は絶望していた。
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