君と歩んできた道

いつかたどり着く未来に、全ての答えはきっと有る筈。

第十二章 友情の有効期限

2015年12月05日 | 第十二章 友情の有効期限
「空」

 お父さんの声だ。どうしてだろう。ここの記憶はハッキリとしない。

「こっちにいらっしゃい」

 お母さんの声。なんでだろう。視界がぼやけている。ユラユラと揺れる視界の向こうに、確かに二人は見えているけれど。

 この時、あたしは何か答えたのだろうか? 記憶の中の二人があたしに向かって、楽しそうな声で言う。

「空。実はね、少し前からお父さんと話していたの。そろそろ、あなたのお相手を見つけなければねって」

 ・・・お相手?

「結婚は急がなくて良いんだよ。ただ、もう二十歳だろう。お父さん達が元気な内に、将来夫となる人を決めて欲しいんだ。その人に、伝えなければならないことが沢山あるからね」

 結婚? 夫?

「ゆっくり、いい人を選ぶのよ。あなたが一生を共にする人なんだから」

「そうそう。今は自分のことだけ、一生懸命考えなさい。お前も親になったら、この時期にはやるべき事が沢山あるけどな」

 一生? やるべき事?

 一つ一つ聞き返すあたしの視界が、次第にグニャグニャと動きを増してくる。
 大好きな両親との記憶が、こんな形で残っているなんて。

「空」

「空・・・」

 二人が、歪んだ視界の向こう側であたしを呼んでいる。

 あたしは・・・あたしは何か答えたかった。でも、それは叶わない。そして、この時自分がどうしたのか、結局分からない。

 ここの記憶はとても曖昧で。
 多分壊れていた。





「空」

「!」

 その声に、あたしの視界は鮮明によみがえる。飛び込んでくる、闇を含んだ暗い緑達。

 その声は・・・。

「・・・陸・・・」

 震える声で、あたしは彼を呼んだ。陸は、小さく頷くように返事をして、あたしに近付いてくる。

 ここは、どこ?

 陸が目の前に来る前に視界を僅かにずらすと、そこは木々に囲まれた泉の前だった。視線の先には、初めてここで逢い引きした時よりも、ずっと大きくなっている紫色の木の実。

 あたし、どうしてこんな所に。
 今まで息をするように自然に見えていた記憶が、こんなにもちぐはぐなのは初めてだった。前後がはっきりしない。今はいつなんだろう。

 必死に記憶を探る。過去にも、こんな風に記憶を呼び起こしたのだろうか?
 複雑な作業の筈なのに、それは随分スムーズに脳裏に浮かんだ。



『姫様・・・』

『!?』

 爺に呼ばれて、空は慌てて顔を上げた。思ったよりも近くにその姿を認めて、空は息を飲む。動悸が激しくなったのか、胸に手を当てて言った。

『び・・・びっくりした・・・いつから居たの?』

『・・・すいません』

 本当は、爺は何度もドアを叩き、ドアを開けて呼びかけ、そして入ってからもずっと空を呼んでいた。
 しかしこの時、爺はその事実を封印した。そんなことは、どうでも良かった。一言詫びれば済む。それよりも、空の心中を察して、爺はこの時とても複雑だった。

『・・・どうかしたの?』

 目を伏せがちな爺に、空は言った。爺は手を組み、小さな声で伝言を口にする。

『陸殿から言伝を預かっております』

『・・・!』

 その言葉に、空は目を見開いた。ずっと陸のことを考えていたから。会いたかったから。声を聞きたかったから・・・。

『な・・・何?』

 でも、それは不安でもあった。変化しつつある現実に、気持ちがついていかない。陸に会って何がしたいのか、何が出来るのか、空には全く分からなかった。

『・・・お話が、あるそうで』

 爺は言い辛そうに、そして密告するように小さな声で告げた。

『本日六時に、泉へ』

『・・・』

 締め付けられる感覚が、記憶の中の感覚があたしに伝わってくる。息詰まるような、そんな苦しさがいつまでも残った。

 そんな、記憶。





「・・・ごめん。呼び出したりして」

 陸は、独り言のようにそう言った。
 空はそれに対して、何も答えられない。強張ったような顔のまま、ただ陸をじっと見ていた。
 何か答えたかったのに。

 でも不安と迷いが、心を外に向けるのを妨げていた。陸に、さっき親から言われたことを伝えるべきか否か。
 この時は、いつものようにゆっくりと腰を下ろして話したりしなかった。固まったように立ちつくす空の前に、やはり硬い表情の陸が向き合い、足を止める。

「・・・?」

 陸が僅かに目を細めたのを見て、空は思った。自分は一体、どんな表情をしているのだろう? と
 泣きそうになった。安心と不安が同時に同じくらい襲ってきて、苦しくなる。

 ・・・陸?

「良い、報告がある」

 何も言えないまま自分を見上げる空の目の前で、陸は口の端だけ持ち上げて笑うと、静かに言葉を続けた。

「次期国王の、護衛隊隊長候補に指名された」

「次期・・・」

 それだけ呟いて、空は目を丸くした。その意味に気付いて。
 体から力が抜けるのを感じた。バランスをどこか僅かにでも失ってしまったら、この時膝を折っていたかもしれない。

 もう・・・知ってるんだ・・・。

 息を止めて体に力を入れて、空はそれを耐えた。

 あたしが、結婚の準備を始める時期に入ったって・・・。

 知られてしまっている。陸に。知られたくなかった唯一の人に。
 彼の言葉で気付いた。自分は、彼にだけは知られたくなかったんだ、と。

「・・・」

 空は項垂れるように俯き、そして何も応えなかった。
 何も言えなくなってしまった。ショックで。そして、この割り切れない感情が理解出来なくて。

 どうして・・・?

 だって、分かっていた筈だった。あたし、分かってて陸に友達になって欲しいって・・・言った筈だった。あの日。ここで。それなのに。

「・・・」

 陸は、そんな空をじっと見ている。何も言わずに、空からの言葉を待っていた。空はその無言の中、自分に問いかけ続ける。

 終わりが来ることを分かっていた訳じゃない。それを納得していた訳じゃない。そんなこと、考えたくなかった。そんな事を考えながら陸と一緒にいたんじゃない。だけど。

 どこかで、それは避けられない道だと。
 ・・・頭の、どこかで。
 多分、理解だけは、していた。

 でも、友達だったら、陸のその言葉に何よりも喜びを感じる筈だ。大切な人の、名誉ある昇進。どうして、こんなつまらない感情を覚えるのだろう。

 あたしの、この「友情」は。

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