喫茶店ではモーニングを食べた。「受験勉強は順調なの?」「はいれる所にいくよ。城南大学か産業科学大学か、ロックがダメならコンピュータだな、やっぱり。ゲームソフトとかつくりたいよ」「私の学校は?」「ムリだよ」「ヤマギシや哲でもはいれたのに。」「うーん。意外とあいつら賢かったんだね。」笑いながら潤は言う。「まあ、別にどこの学校でもいいけど。就職できれば。」「ヤマギシと哲には会うの」「あんまり会わないね。パチンコでも打ってるんじゃないの。あいつらは何がしたいのかよくわからないから」倫子は、つまらなそうに言った。「あ、そうそう。」急に思い出したように潤は意気込んで言った。「俺さ、東京の音楽事務所から誘われているんだぜ。オーディションを見てなかなかいいって」倫子の顔色がにわかに変わってきた。
「何を言ってるのよ。バカじゃない」
「本当だって。携帯に連絡があって………ほら」
「そんなの詐欺に決まってんじゃん。最近、多いのよ。スクールに入りませんか?デヴュー出来ますよ。なんていって親からカネを巻き上げるような連中が。そんなの手当たり次第に電話しているだけじゃん。」
「そうかなあ」それから言い争いになって電話してみることにした。着信履歴に何度電話しても武田は出ない。…
店を出てアウトレットに向かう。倫子の運転する黄色い軽自動車は軽やかにサンライズホームラン会館の前の通りを横切っていく。
「ここで六万円取り損なった。あれってさ、あれ、いたずらだったんじゃないの。僕を嵌めるための。何か知らない?」
「知らないわよ。それより親にお金を返さないといけないね。いつか。いつでもいいから」
高原の樹木にも秋の気配が漂っていた。羊雲を眺めているうちに潤は何をやってもうまくいかないような閉塞感がまた蘇ってきた。やはり、倫子には言わないほうがよかったのかもと思った。アウトレットはいくつかの洋館からが重なり合うように建てられていた。ほとんどが洋服ばかり売っている店だ。ジーンズショップに入った。びりびりに破れたジーンズを面白がって倫子は買った。そして潤にも買った。次には早くも冬物、ニットのセーターやカーディガンやブラウスの置いてある店内を見て回った。倫子は、上機嫌だった。
あーあ学校なんてつまらないね。こうしているほうが好きと言った。これから、大学に進学しようとしている潤に向かって大学なんて面白くないのよとさんざん言った。もうやめたいとまで言い始めた。そのうちにベビー服の店に立ち止まった。ピンクのフリルのついた小さな小さな服。「かわいい」何度も連発している。家族連れでごった返している。
「つまらないよ。他の店に行こうよ」何度も潤が言う。実際、他の客は二、三歳のこどもを連れた三0代から二0代後半の客がほとんどだった。倫子は機嫌はいいものの身体が重く疲れているようだった。ベージュの子供服を自分のお腹の上にのせた。
「かわいいでしょ。あたしの子供に着せるのよ」
「似合うと思うよ。」潤は無表情に言った。
「やっぱり、あたし、産むことに決めた。」倫子は潤の顔を見つめている。
「はあ?」
「あなたのこども」
「ウソだろう!冗談じゃないよ。」潤はその場に立っていることもできないくらいの衝撃を受けていた。
「お前。それは、亮介の子供だよ、絶対。俺をはめたんだ」潤は真っ赤になっている。咄嗟に親に知られたらどうしようと思った。母親や兄も倫子のことはよく知っているのだ。母親は倫子を凄いお嬢さんだと褒めてはいたけれども。こんなことになるのは望んではいないだろう。
「違うわよ。絶対に。亮介の時は、用心して大丈夫な日にしかしなかったしピルも飲んでたから。あんたって何にも知らないのね。ちゃんと病院で診察してもらいました。今ならまだ降ろせるけどもうあたし決めたからね。」
潤は涙がとめどなく溢れてきた。
「親になんて言ったらいいんだよ。」
「そんなこと自分で考えなさいよ。あたしは覚悟をきめたわ」
「嫌だ。いやだ。絶対に嫌だ。」言うなり潤は立ち上がってダーッと叫んで逃げ出した。嫌なことがあったら逃げ出すしかない。それしかできないのだ。
「どこへ行くのよ。走ると子供に悪いから走れないよ。」潤は泣き叫んでいた。知らずに携帯に手を伸ばした。
「武田よ出ろよ。出てくれ」と心の中で武田を呼びながらリダイヤルした。あの日、パチンコ屋から逃げ出すときの何倍ものスピードで俺は逃げていると潤は感じた。その時、亮介の高らかな勝ち誇ったような笑い声が潤の耳には聞こえてきた。
(了)
「何を言ってるのよ。バカじゃない」
「本当だって。携帯に連絡があって………ほら」
「そんなの詐欺に決まってんじゃん。最近、多いのよ。スクールに入りませんか?デヴュー出来ますよ。なんていって親からカネを巻き上げるような連中が。そんなの手当たり次第に電話しているだけじゃん。」
「そうかなあ」それから言い争いになって電話してみることにした。着信履歴に何度電話しても武田は出ない。…
店を出てアウトレットに向かう。倫子の運転する黄色い軽自動車は軽やかにサンライズホームラン会館の前の通りを横切っていく。
「ここで六万円取り損なった。あれってさ、あれ、いたずらだったんじゃないの。僕を嵌めるための。何か知らない?」
「知らないわよ。それより親にお金を返さないといけないね。いつか。いつでもいいから」
高原の樹木にも秋の気配が漂っていた。羊雲を眺めているうちに潤は何をやってもうまくいかないような閉塞感がまた蘇ってきた。やはり、倫子には言わないほうがよかったのかもと思った。アウトレットはいくつかの洋館からが重なり合うように建てられていた。ほとんどが洋服ばかり売っている店だ。ジーンズショップに入った。びりびりに破れたジーンズを面白がって倫子は買った。そして潤にも買った。次には早くも冬物、ニットのセーターやカーディガンやブラウスの置いてある店内を見て回った。倫子は、上機嫌だった。
あーあ学校なんてつまらないね。こうしているほうが好きと言った。これから、大学に進学しようとしている潤に向かって大学なんて面白くないのよとさんざん言った。もうやめたいとまで言い始めた。そのうちにベビー服の店に立ち止まった。ピンクのフリルのついた小さな小さな服。「かわいい」何度も連発している。家族連れでごった返している。
「つまらないよ。他の店に行こうよ」何度も潤が言う。実際、他の客は二、三歳のこどもを連れた三0代から二0代後半の客がほとんどだった。倫子は機嫌はいいものの身体が重く疲れているようだった。ベージュの子供服を自分のお腹の上にのせた。
「かわいいでしょ。あたしの子供に着せるのよ」
「似合うと思うよ。」潤は無表情に言った。
「やっぱり、あたし、産むことに決めた。」倫子は潤の顔を見つめている。
「はあ?」
「あなたのこども」
「ウソだろう!冗談じゃないよ。」潤はその場に立っていることもできないくらいの衝撃を受けていた。
「お前。それは、亮介の子供だよ、絶対。俺をはめたんだ」潤は真っ赤になっている。咄嗟に親に知られたらどうしようと思った。母親や兄も倫子のことはよく知っているのだ。母親は倫子を凄いお嬢さんだと褒めてはいたけれども。こんなことになるのは望んではいないだろう。
「違うわよ。絶対に。亮介の時は、用心して大丈夫な日にしかしなかったしピルも飲んでたから。あんたって何にも知らないのね。ちゃんと病院で診察してもらいました。今ならまだ降ろせるけどもうあたし決めたからね。」
潤は涙がとめどなく溢れてきた。
「親になんて言ったらいいんだよ。」
「そんなこと自分で考えなさいよ。あたしは覚悟をきめたわ」
「嫌だ。いやだ。絶対に嫌だ。」言うなり潤は立ち上がってダーッと叫んで逃げ出した。嫌なことがあったら逃げ出すしかない。それしかできないのだ。
「どこへ行くのよ。走ると子供に悪いから走れないよ。」潤は泣き叫んでいた。知らずに携帯に手を伸ばした。
「武田よ出ろよ。出てくれ」と心の中で武田を呼びながらリダイヤルした。あの日、パチンコ屋から逃げ出すときの何倍ものスピードで俺は逃げていると潤は感じた。その時、亮介の高らかな勝ち誇ったような笑い声が潤の耳には聞こえてきた。
(了)