読書メモなのですが、イキオイあまって落書いてしまったのでこちらに。
『ギリシア悲劇全集4』読了。
ソポクレスの「アイアース」「トラーキーニアイ」「エーレクトラー」「ピロクテーテース」の4本の入った一冊。
いつものように、解説から読み始めました。
でも、解説も本文も「アイアース」を最後に回すことにする。
や、まあ、悲劇は悲劇、他の作品とは切り離した一つの文学作品として読む事にしてはいるんですが、
そこに楽しみがあるなら最後にとっておきたいのが人情ってモノじゃない。
そう思って「アイアース」の訳者の名前を見ると、なんと、某明子先生(なんで下の名前…)でした。
そう、以前読んだ本で「ピロクテーテース」のオデュッセウスと「エレクトラー」のオレステスの男前具合について熱く語ってらっしゃったあの方です。
あきこぉ!!アンタこんなとこに…!!(馴れ馴れしい)
なんか、深く納得しました。
分かるよ明子。
だって安心して読めるイタケ人が出てくるのって、残存する全悲劇中唯一「アイアース」だけだもんね!(※ホメロスのイタケ人像と近いから)
以下、解説感想覚書
・ソポクレスの「エレクトラ」では、オレステスはエレクトラがいてもいなくても復讐する。
オレステスの復讐譚は「枠」に過ぎず、あくまで主題はエレクトラの心の動き。
・ピロクテーテース。劇中では孤島に置き去りにされたみたいに描かれてますが
…やっぱレムノスには人がいたんじゃん。
どうも当時の人々もレムノス島に人がいた事は承知していたようですよ?
前々からそうじゃないかとは思ってたけど
レムノス島に置き去り⇒「明らかにそこで養生しろ」って事じゃん!
・アイアースはアテナイでは人気あったらしい。
サラミスの海戦での勝利を祈られたり、10部族の名前にも当てられたりしてたらしい。
・あきこさん、アイアースに関しても概ね公平に好意をもって解説しておられて
ワタクシ、感服いたしました。
でも、「アイアースは、オデュッセウスとアイアースどちらが鎧を受け取るべきかの判定で、不正があったと言っているがそのような事実があったという証拠は無い」とさりげなく明言してあった事には内心にやりとしましたですヨ!
そこはちゃんと言っとかないとネ☆
・プロメテウスの不死について不思議な伝承が載ってたのでメモっておきます。
ケンタウロスのケイローンは不死だったのだが、ある日不幸にもヘラクレスの矢に当たってしまい、死にたくても死ねなくて苦しんでいたらしい。
それを見たプロメテウスは気の毒に思い、不死を肩代わりしてやった。
⇒ようやくケイローンは死ぬ事が出来るようになって苦しみから解放された。
そうして入れ替わりにプロメテウスは不死になったのだけれど、今度は自分が死ねないせいで長い間毎日鷹だか鷲だかに内臓提供することになっちゃって苦労するなんて、大変ですね。
・イオの父親イーナコスはやっぱり河神?
ワタシ、「テーバイス」であやふやな書き方した覚えが…(あわわわ)
以下、本編感想
「トラーキニアイ」
ヘラクレス最悪。
この一言に尽きます。
もう、ほんまこいつムカつく。勝手やし自分の事しか考えとらへん!
英雄の矜持?なんやそれ!そんなもんで飯が食えるかボケー!!!!(ぜぇはぁ)
…失礼しました。あまりの腹立ちについ…
や、この話、ヘラクレスの死に様を描いたもんなんですが
死んだヘラクレスの失点が多すぎる!自業自得としか思えない!!
もともと、ヘラクレスって豪放で意外とおっちょこちょいでお馬鹿さんな英雄だというイメージはあったのですが、これは「お茶目」では済まんぞオイこら!
(嫌がる息子に、強引に自分の愛人娶わせる必要がどこに!奥さんが大人しい善良な人なだけにヘラクレスの癖の強さが際立っちゃって)
それでも、無双の英雄が、豪傑の手によってで無しに、心やさしい、力の弱い女の手によって毒で死ぬ、
しかもその毒は自分の矢に塗ってあった毒だった、
という運命の皮肉なめぐり合わせが描かれているのは大変見事でした!以上。
「エーレクトラー」
ヘラクレスの話が腹立たしかっただけに、大変面白く読み進みました。
第一の感想は
オレステス男前!!!
ワタシ、演劇に関してはほんと素人ですが、最初の掴みもいかにも劇っぽいというか、時系列に並んでる叙述的な話じゃなくて、スピーディーにスジが展開するエンターテイメントという感じがして面白かった。
最初、ミュケーナイまで戻ってきたオレステスが城の中を窺いながら、手早く自分の立ち位置とこれからの計画を説明する台詞から始まるんですが、説明が終わる頃、中からエレクトラの声が聞こえてきて、「おや、エレクトラの声が」的な台詞とともに
出番をエレクトラにバトンタッチ。主役登場、てな具合。
アイスキュロスのピュラデスやカッサンドラーの使い方にもものすごくときめいたけど
ソポクレスの構成のうまさにもときめきました。
で、問題のオレステス。
事前にあきこから(だから馴れ馴れしい)「ソポクレスのオレステスはカッコいいYO!(意訳)」
という情報を得てはいたのですが、
何分ちょっと前にアイスキュロスの方の、オレステスも読んだじゃないですか。
だから、オレステスといえばあの初々しい一途な若者のイメージが強かったんですが、
ソポクレスのオレステスは別人だった。
この若者、事前に何もかも手はず整えて全て計算ずくでミュケーナイにやってきてますよ!
その肝の座りっぷりたるや!ふてぶてしささえ感じるほど!(※褒めてます)
なので、ワタクシ、もう妄想が止まりませんでした!
この息子、あらかじめ母&愛人の目をあざむくたくらみを練っており、それを本番でしくじりもせずに手際よく実行、
その手腕からふと思ったのですが、
エレクトラに自分の正体を明かしたのも、
絶対アレ、明かした時のデメリットより明かさなかった時のデメリットの方がはるかに大きいという冷徹な計算が働いたからに違いないッスよ。
(=何も知らない姉にあだ討ちの邪魔をされ、あだ討ち終わったら終わったでどうして正体を明かしてくれなかったのかとうるさそう)
※もちろん、
「エレクトラが本当に自分の味方なら、正体を明かして姉弟協力してあだ討ちを実行」、というのは決定事項で、この劇中ではどちらかというと、「手紙の文面だけではエレクトラが本当に味方かどうか読みきれなかったので、実際に会って試した」という方に力点が置かれてる、と読むのが正しいんだろうけど。あくまで妄想です。
だってエレクトラのあの感情の振れ幅の大きさよ?
これは放っておくより監視下に置いたほうが被害が少ないと判断しますよ!!
オレステス、頼もしい。
しかし、こいつぁ、Sだ!
しかも真性です。
(側についてるピュラデスもご苦労さん。)
エレクトラ「じゃああの子は生きているのね?
オレステス「この私が生きている限りはね。
の台詞が好き
…こんな妄想を頭のなかでまたたく間に繰りひろげてしまったワタクシ(自重しなさいよ)、
なので、あだ討ち後のオレステスの、
「もしアポロンの神託が立派なものならなんとかなるだろう」(ウロ)
という台詞も、痛烈な皮肉に聞こえてしまいました。
解説には、
「親族殺しに迷いの無かった(=言い換えれば幼い)オレステスだが、ここへきて初めて疑問を感じ始めているのではないだろうか。この後の悲劇を予感させる」
てな事が書いてあったんですが、(もちろん、それが正しいと思う)
なんかもう、後でエリーニュエスに追っかけまわされる事は初めから承知してるけど
かといって当時の倫理観に乗っ取れば父の仇を討たずにもおれず
(そもそもアポロンの神託に逆らうわけにもいかんし)
「いいですよ、やりましょう。そう仰るならね。」と
死ぬ覚悟で行動を開始した様子がものすごく目に浮かんじゃって仕方なかったの。
一方のエレクトラ、一見ヒステリックで手におえない頑固者のように見えるんですが、
読んでいるうちに、家庭内で冷遇されてて、しかも圧力をかけているのは実の母親だというのが明らかになってきて、(職場の人間関係でさえストレスなのに家庭でだなんて!!)
もともと少し気は強かったろうけど、それが連日のストレスで神経が過敏になってるんだろうなという事情が察せられ、だいぶ同情してしまいました。
母親は母親で、内心愛人と結託して夫を殺した事を後ろめたく思っているもんだから
それを真っ向から糾弾してくるエレクトラーが癪にさわって仕方なく、余計にエレクトラに冷たくあたったろうし。
ああ、ぎすぎすしすぎ、この家庭…
(妹はとっくの昔にまともなかかわりを持つ事を放棄してる感じだし)
で、そんな感じの日々の中でエレクトラーは、おそらく時々心弱くなって、「もう長いものに巻かれちゃおっかな」、と思う時だってあったと思うんですよ。
でも、そのたびに、これまでせっかく数々の苦難を耐え忍んできたのにここで折れるのもどうか、とか思って、自分を叱咤していたのよ。
だって、自分までストレスに屈して殺人をなかった事にしてしまったら、死んでしまった父親が浮かばれない。
(父親に対する愛情と、正義感どっちが大きく作用したかは謎ですが。
でも「あの酷い事件がそのまま忘れられていいはずがない!」と理不尽に思う気持ちは分かる気がする。エレクトラを突き動かす感情は嘆きではなく憤りですよ)
そんな時思い浮かべるのが、今は遠い親戚んちに預けてある小さな弟の事。
きっとあの子がいつか戻ってきて父さんの仇を討ってくれるわ。
エレクトラはくじけそうになるたびにそう思ってなんとか立ちつづけてたのよ。
それだけが気持ちの支えだったのだから、そりゃ作中で、オレステスが死んだと聞いた時にはショックだったに違いない。
………
それにしても、読んでてデジャヴを感じると思ってたら、
その原因は「オデュッセイア」の後半イタケに帰ってきてからのアレコレでした。
姉弟の認知の場面、ちょっと似てません?
や、比べてみると、だいぶイタケ人のほうがアホっぽいですが。
(奴の場合は結局奥方には、その心根を確かめただけで正体はばらさないんだけども。
でも、ペネロペイアのあまりの嘆きっぷりに可哀想になって
「大丈夫、旦那はそのうち帰ってきますよ」と言葉を尽くして慰めるんですよね。
だけど信じてもらえない
という…。
絶対このときのペネロペイア、分かっててやってるよな…。)
後、デジャヴを感じたものとして、
供養としてオレステスが自分の髪を父親の墓に供えたシーン。
→アレ、『イーリアス』でアキレウスもやってたな。
一般的な供養方式なのでしょうか?それとも若者だけ?
「ピロクテーテース」
この悲劇を初めて読んだ若い頃は、まだ某イタケ人に対してなにがしか美しいイメージを抱いている部分が心に残っていたので、あまりの書かれっぷりにおおいにショックを受けたものなのですが、
今回読み直してみたら、思った程酷くなかった。
この程度余裕っスよ!もっと酷く罵っても大丈夫!
…昔のワタシは今よりもっと夢見がちだったのだなあ…
それよりも!!
今回読み直して、強く思った事は、
ネオプトレモス、いい子やなぁ
これです!
彼、いいですよ!アのつくあの人の血が流れてるとは思えない柔和さ……(暴言)
いつも一生けんめいどうしたらいいか考えて、一番正しいと思う道を選ぶのですが、その際にも、けして暴力に訴えようとせず、言葉を尽くして自分の考えを分かってもらおうとする姿勢が、大変好感度高かったです。
なので、ピロクテーテースには腹がたちました。
途中、自分が悪かった、不誠実だったと悔やんだネオプトレモス、全てを打ち明けて、その上でピロクテーテースにトロイアへ一緒に行きましょうとかきくどくのですが(この場合、ギリシア軍のためというより一心にピロクテーテースのためを思って、それが最善の道に思えたから、そう頼んだ)
すっかり怒りにかられたピロクテーテースの奴、そんなネオプトレモスに対してさえつんけんしやがるんですよ!
人が誠意を尽くして謝っとるんやないか。
お前は、オデュッセウスにだけ怒っとりゃええんじゃ!
なんでこの子にまで八つ当たりしよんねんこの足のくさいおっさんがッ!
などと憤慨してしまいました。
まあ、ソポクレスの悲劇は主人公の内面の起伏を扱うことが多い(らしい)ので、あんまりあっさり折れちゃう人だと主役になり得ないんですけどね。
しかし、基本、頑固なおじさんはどちらかというと好きな部類に入るのに、ネオプトレモスが思いがけずかわいかったので、その彼に暴言を吐いたというだけでこれほど怒れる自分に、まずドン引きました。ええ。
「アイアース」
ピロクテーテースに引き続き、オデュッセウス、ぼろくそに言われてます。
イタケ人に対する鬱憤が溜まっている世間の皆さんは是非ご一読を!
スッキリしますよー☆
でもって、このアイアースも、短気で頑固で自意識過剰気味なんですが、
まあ、アイアースってこんな感じだよな!
(いや、イイ奴なんスよ!わたしは嫌いじゃないっスよ)
なので、テントの中でがっくりきてるアイアースの姿には胸が痛んだ。
普段が大声で元気一杯で力の有り余ってる人だけに…
以前は、いくらなんでも殺したのは人じゃなくて家畜なんだし、何頭かは食べきれなくて腐るかもしれないけどどうせそのうち屠る予定だし、そんな自殺するほど落ち込まなくてもいいじゃないの…
と思ってたんですが、
解説読むと、共有の家畜を殺した場合の罪は石子づめによる死刑、だったらしい。
なら、せめて自分の手で誇りある死を、と考えたのも分かる気がしてきました。
そうすると、冒頭のオデュッセウスの
「わたしは彼が憐れでなりません」という悲痛な呟きが益々痛感でき、
(当然彼には家畜を勝ち誇って殺すアイアースを見た時点で先の展開が読めていた)
ひいい、アテナ様、あなたほんとに恐ろしい方ですヨ~~~~!!!
と心底思うに到ったわけであります。
もちろんそんなアテナ様が大好きですヨ!(フォロー)。
ところで、オデュッセウスって、オデュッセウスを呼ぶ相手に彼に対する悪意がある場合は「シシュポスの息子」
逆に尊敬や好意がある場合は「ラエルテースの息子」って呼ばれるんですね。
えー、シシュポスさんてそんな悪人かなあ!(これまた暴言)
そもそもシシュポスさんが父親だったら、息子はあんなアホい性格じゃあ、絶対無いですよね!
もっと頭が切れて、そつが無くて、10年間の放浪なんてささっとスルーして艦隊も失わずにイタケへ戻ってきますって。
ていうか、そもそもヘレネーに求婚せずに、トロイアにも行ってないんじゃないか?
シシュポスの息子版オデュッセウス
こんな感じか…?
これはこれでいいかもしれんが…
最後、「アイアースの」ヒュポテシスには笑いました(笑)。
昔の人ってアイアースに同情的な人ばかりだと思ってたけど
こんな辛口な人もいたんだなあ…