図書館屋の雑記帳

自分のこと、図書館のこと、図書館関係団体のこと、本や雑誌など図書館の資料について気の向くまま書いていきたいと思います。

国語辞典の怪

2006-03-20 | 図書館つれづれ
 数年前『明解さんの謎』という本が話題になりました。また2004年には『国語辞書事件簿』(石山茂利夫著 草思社 2004)(以下、『事件簿』)という本がよく売れたそうです。比較的地味な国語辞典ですが、思わぬところで注目されるようです。
 
 さて国語辞典といえば小学館の『日本国語大辞典』(第1版 1972~1976、第2版 2000~2002)がなんといっても最高峰でしょう。収録語数が50万語を数え、出典の多さ、用例の豊富さは類を見ません。そしてその実質的編者の松井栄一(まつい しげかず)氏が今回の主人公です。『事件簿』では松井氏について「東洋史学者の白鳥庫吉が(松井)簡治の人柄を<接すれば、春風に吹かれるやうな感じがする>とほめたたえているが、松井(栄一)さんはまさにそんな思いにさせてくれる人だ。」(『事件簿』255p、引用中の丸カッコは図書館屋が補ったもの)と述べています。そうです。松井氏は日本初の大型国語辞典である『大日本国語辞典』(冨山房 大正4~8)の編者松井簡治(まつい かんじ)氏の孫にあたる方です。国語辞典界の大家といえるでしょう。
 
 その松井栄一氏の最新国語辞典が2005年1月に出した『小学館日本語新辞典』です。その謳い文句が「外国人にも説明できる」「用例が豊富」となっています。私も少々高かったのですが、早速購入し夜な夜な(?)眺めていました。そしてふとデジャブを感じました。「どこかで見たことがあるなあ」?書棚をごそごそ探して見つけたのが『現代国語例解辞典 第三版』
(林巨樹監修 小学館 2001年 第一版 1985年)です。
 もっとも最初は類義語の用例を枠組みにして示しているというレイアウト的な面の類似に気がついた訳なのですが、読み進むうちそれ以上の類似に気がつきました。

 とりあえず開いたページの言葉を見ることにしましょう。『小学館日本語新辞典』(以下、『日本語新』と略記、『現代国語例解辞典 第三版』は『例解三』と略記)
<軍手>
・(もと軍隊用に作られたことによる呼称)白の太い木綿糸で編んだ作業用の手袋。(『日本語新』)
・白の太い木綿糸で編んだ作業用の手袋。→もと軍隊用に作られたことによる呼称。(『例解三』)
<じゃまくさい>
・邪魔に思われる。また、面倒くさい。(例)長い髪が邪魔くさい。/手続きが邪魔くさい。(『日本語新』)
・邪魔に思われる。面倒くさい。「前髪が邪魔くさい。」「手を洗うのも邪魔くさい。」(『例解三』)
<人面獣心>
・顔は人間であるが、心は獣に等しいの意から、恩義、人情、恥を知らない人をののしっていう語。人でなし。(『日本語新』)
・顔は人間であるが、心は獣に等しいの意から、恩義、人情、恥を知らない人をののしって言う語。人でなし。(『例解三』)
 
 <軍手>については文書の並びをひっくり返しただけであり、<人面獣心>に至っては「言う語」を「いう語」と変えただけです。<じゃまくさい>も「また」を追加し例を「前髪」から「長い髪」に、「手を洗うのも」が「手続きが」に変わっているだけです。まあこういう簡単な言葉では似てしまうこともあるでしょうし、少数の例をあげつらっている、と受け取られるかもしれません。しかし、基本語以外はほとんどこの調子なのです。逆に言えば約2,300の基本語の解説と、アクセント、類語の説明を追加しただけとも言えます。さらに『日本語新』には明らかに下敷きにしたと思われる『例解三』のことは一言も触れられていません。また「関係者一覧」でダブルのは2名のみです(丸山明氏、栗原靖子氏)。栗原氏は本文レイアウトなので執筆では丸山氏のみです。
 疑惑はまだでてきます。2006年1月の日付で『現代国語例解辞典 第四版』(林巨樹・松井栄一監修 小学館 2006年 第一版 1985年)が出されました。気をつけて見ていただきたいのは監修者に松井氏が追加されていることです。なぜ高齢の松井氏をあえて監修者として追加したのか、そしてその説明として、
「また、このたびの改訂から、松井栄一さんに監修者として加わっていただいた。松井さんは『日本国語大辞典』の編集委員として、一番たくさんの日本語を見てきた人であり、近くは『日本語新』に成果を纏められた。実は松井さんは本『現代国語例解辞典』の生みの親のおひとりでもあって、本書の誇る「類語対比表」「語例表」の作成者である。」と書かれています。第3版まで松井氏の名前はまったくありません。また、『日本語新』に『現代国語例解辞典』のことは一言も書かれていません。
 さてここからは私の憶測です。

1)小学館は新しい辞書を出したいと考えた(『日本語新』のこと)。
2)ネームバリューから松井栄一氏を監修とした。
3)しかしいちから辞書を作るのは莫大な労力と資金が必要である。
4)基本語以外は『現代国語例解辞典』を使った。
5)しかし読者から『現代国語例解辞典』との類似の指摘を受けた。
6)アリバイ作りのため『現代国語例解辞典』を改訂し、そこに松井氏の名前を挙げ実は『現代国語例解辞典』の発想は松井氏のものであり、『日本語新』が『現代国語例解辞典』と似ていても不思議はない、という言い訳を考えた。

これは穿ち過ぎでしょうか。
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