こんにちは。
この前に続き、講座レポです♪
今日は源さん最期の地を紹介します。
ここが千両松です。
新撰組六番隊組長 井上源三郎さんは、慶応4年1月、1月5日、淀千両松で官軍と戦いの最中、敵の銃弾を受けて戦死しました。
もう一つ紹介します、
私の新撰組や幕末の情報って本がほとんどなので、源さんこの前の講座の時にはじめて知りました(遅)
見つかっていたのですね! 源さんの首級の埋葬地!!
甥である井上泰助さんが源三郎の首を持ち帰ろうとしたものの、
あまりの重さのために仲間の隊士から諭されて、
戦場の近くの寺院の境内に源三郎の首を埋葬したそうです。
それが「欣浄寺(ごんじょうじ)」らしいです。
2007年の11月「日野 新撰組ガイドの会」の方が、
新選組の史跡巡りで京都市伏見区の淀城跡に設置されていた当時の絵図を見た時、
「欣浄寺(ごんじょうじ)」の文字の記載を見つけ、
源さんの生家にも同じ名前の寺があったので泰助さんはここに埋めたのではないかと考え、
後日、井上さんが祖母ケイさんから「泰助は骨を欣浄寺に埋めた」と聞かされていたことがわかり、ここが埋葬地だということがわかりました。
なんかややこしい文章になったな(^_^;)
しかし残念ながら、「欣浄寺(ごんじょうじ)」は現在ありません。
その場所は今こんな感じです。↓
うどん屋さんになっています。
次回行った時は食べに行きたいです♪
て、ことで今月ももうおわりですね。
明日から修学旅行です。行ってきま~す♪
‥‥元気で帰ってこれたらいいな(汗)
この前に続き、講座レポです♪
今日は源さん最期の地を紹介します。
ここが千両松です。
新撰組六番隊組長 井上源三郎さんは、慶応4年1月、1月5日、淀千両松で官軍と戦いの最中、敵の銃弾を受けて戦死しました。
もう一つ紹介します、
私の新撰組や幕末の情報って本がほとんどなので、源さんこの前の講座の時にはじめて知りました(遅)
見つかっていたのですね! 源さんの首級の埋葬地!!
甥である井上泰助さんが源三郎の首を持ち帰ろうとしたものの、
あまりの重さのために仲間の隊士から諭されて、
戦場の近くの寺院の境内に源三郎の首を埋葬したそうです。
それが「欣浄寺(ごんじょうじ)」らしいです。
2007年の11月「日野 新撰組ガイドの会」の方が、
新選組の史跡巡りで京都市伏見区の淀城跡に設置されていた当時の絵図を見た時、
「欣浄寺(ごんじょうじ)」の文字の記載を見つけ、
源さんの生家にも同じ名前の寺があったので泰助さんはここに埋めたのではないかと考え、
後日、井上さんが祖母ケイさんから「泰助は骨を欣浄寺に埋めた」と聞かされていたことがわかり、ここが埋葬地だということがわかりました。
なんかややこしい文章になったな(^_^;)
しかし残念ながら、「欣浄寺(ごんじょうじ)」は現在ありません。
その場所は今こんな感じです。↓
うどん屋さんになっています。
次回行った時は食べに行きたいです♪
て、ことで今月ももうおわりですね。
明日から修学旅行です。行ってきま~す♪
‥‥元気で帰ってこれたらいいな(汗)