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みうみう日記

どこかに本心を書き留め公開してみたいと思い始めてみました。友人向け近況報告も兼ねてます。

安楽死

2004-09-14 14:52:32 | Weblog
昨日、風邪を本格的に治そうと寝ていたら、母に起こされた。

「レオが明日死ぬって。」

レオとは母方の祖母の家で飼われているシベリアンハスキー(男)のことである。

確かに彼はもうかなりの年だが、「明日死ぬ」などとどうして日にちを予言できるのだろう?
母が何か予感した(母は伯父の死を予感したことがあるので)のか?

「えぇ?何で明日なの?」

母が、祖母の近所に住んでいる叔母(母の妹)からの電話で聞いたところによると、
母の姉が、祖母の様子を見に来た際、レオを散歩に連れ出し、歩いていると、
何かがお腹からボタッと落ちたという。見るとそれは蛆虫だった。
獣医に連れて行くと、わき腹の傷から入った蛆虫が、頚椎の辺りまで達してしまっていて
処置をしてももう長くはないとのこと。苦しんで死なせるよりは、安楽死をさせた方が
良いのではないか、とのことで、結局、叔母(母の妹)もそうすることに決めた。
そして明日安楽死させる、と。

以前から腰を痛がっていて、よく鳴いていたので、獣医にも見てもらっていたのだが
毛が長いからなのか何なのか、とにかくその時はわからなかったらしい。

レオは、叔母(母の妹)がまだ祖母と同居していた頃に飼い始めた犬で、当時は叔母が
全て面倒を見ていた。だが叔母が離れて暮らすようになってからは、祖母の体力では
散歩は無理なので、週に何回か叔母が来たときだけ散歩などをしていた。

叔母は、事態に気が付かなかった自分を責めていた。
そして安楽死を決意したものの、まだ諦めきれないようだった。

私は別に、レオの飼い主でもないし、面倒を見たこともないので、余計な口出しをする立場にはないのだが
「苦しむのは可哀相だから安楽死させる」
などと、人間が決めていいことなのかなぁ、と思った。
まだ生きていて散歩にも行ったりしているのに。

これがもし、人間のおじいさんだったら、緊急手術をして一命を取り留めているところだろう。

それに、「苦しんで死ぬのは可哀相だから」という考えには納得できない。
可哀相かどうかなんて、本人にしか分からないではないか。
もし私だったら、苦しんでも勝手に薬物を注射されて安楽死させられるのはイヤだ。

「苦しいのはイヤだ。死んだほうがいい」
と思うのは、人間ゆえの発想のような気もする。
犬などの動物は、死をもっと違ったように、自然に受け止めているように見える。

理由は上手く説明できないけれど、犬のほうが多分、死ということを人間よりよく知っているんじゃないかという気がするのだ。
そんな彼らの死期を人間の手で早めたりしていいのだろうか、と私には思えた。

夜遅くになって叔母から電話があり、結局安楽死はやめ、最後まで看取ることにしたとのことだった。
彼が安らかでいられることを願うばかりだ。

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