わが輩も猫である

「うらはら」は心にあるもの、「まぼろし」はことばがつくるもの。

買おう 歌おう=福本容子(経済部)

2008-12-12 | Weblog

 大恐慌さなかの1933年、米ニュージャージー州で、一人の社長さんが社員にメッセージを書き、工場の壁に張った。

 「買い物をしましょう。何でもいい。どこで買ってもいい。台所の壁の塗り替えも結構。電報を送るもよし。パーティーを開きなさい。屋根を修理しなさい。散髪に行こう。芝居を見よう。家を建てよう。旅に出なさい。歌いなさい。結婚なさい」

 失業率が25%を超え、取り付け騒ぎから、政府が国内の全銀行を強制閉鎖した直後だ。そんな時に歌え?と思うけれど、何かを始め、お金を使い、経済を動かそう、のメッセージだった。そして3000人の社員に5ドルを配った。当時の「タイム」誌が伝えている。散髪20回分とか、アイロン1台の値段らしい。

 社長さんの名前はチャールズ・エジソン。あの発明王トーマス・エジソンの息子である。

 駆り立てたのはフランクリン・ルーズベルト大統領だ。就任後わずか4日で緊急銀行法案をこしらえ、議会で即日成立させるとラジオで国民に「安全な銀行しか営業させないから、預金してください」と直接訴えた。「大統領に続き、今度はみなさんが動く番です」。エジソン社長の張り紙は呼びかけた。

 75年がたち、再び大きな不安が世の中を覆い始めた。経費も人間もカット、カットだ。弱い立場の労働者から次々解雇され、寮から追い出される。悩みに悩んで決めた経営者もいるだろうけれど、国中で削減しまくったら、経済は恐ろしく悪くなる。

 ルーズベルト大統領は日本にまだ登場しない。でも、エジソン社長はきっといるはず。ともに前に進もう、の声が増えたら重たい歯車もいつか動く。





毎日新聞 2008年12月12日 0時18分

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