ジャスト世代がいるだけで、盛り上がれるよね。
あたしたちは、今、異常なラルク熱。
アルバムを貸したり借りたり。
それをある子はipodに、ある子はMP3プレーヤーに入れて聞きまくっている。
授業の前や休み時間に歌っては盛り上がる。
特に、teっちゃんのコーラスとか、感想のドラム音とかは盛り上がる。
こんなくっだらないことできるのは今のうちだなーとかしみじみ思う。
っつーか焦る。
今日、ウチに恩師で元担任の先生の奥様から電話あったそうだ。
その先生は今年の2月7日に亡くなった先生で、私の人生の中で唯一、恩師と呼べる先生だ。
大好きな先生だった。
中高一貫の女子校だと、先輩から「あの先生はこうだ」「あの先生はああだ」ってことを耳にする。
始業式の日に担任が発表されると「キャー」だの「ええ~」だのと声が上がる。
私のクラスは、いわゆる特別進学クラスで割とイイ子たちが揃っていた。
高校1年の担任には憧れの的だった、ちょこまかしたオシャレな先生だった。
先輩たちからは、とにかくアツイ先生だと聞いていた。
受験に関しての話をよくしてた。
でも、高2になっていよいよ受験のためのクラス編成がなされるとむしろあまり言わなくなったと思う。
授業は結構きつかったし、問題もいろいろ起きた。
でも、先生は嫌いにならなかったし、先生だから級長に立候補もした。
だけど、突然先生は中学に異動した。
高3になった、その年だった。
変わらずに担任でいると思ってた。
ショックで、泣いた子もいた。
だから、高3になっても担任やその元担任の立場を考えずに元担任に、クラスのほとんどが頼ってしまった。
子供だったから。
ずいぶん、苦労をかけた。
大学に入ってからも、私はその元担任に頼ってた。
友達ができないと愚痴ったり、教職がきついと文句を言った。
その度に元担任は、「何言ってんだよ。これからだぞ。これから頑張れば大丈夫!」と背中を何度も押してくれました。
先生が亡くなった日、私は先生に会いに行こうとも思ったがまっすぐ家に帰った。
お昼を食べて横になっていたら、高校から電話があって、その先生が亡くなったと知らされた。
あの時、私を動かしたのは級長という責任があったからだと思う。
それがなければ、動けなかった。
認めたくなかったし、
信じられなかった。
この間、会ったのに。
まだ、教えてもらうことがいっぱいあった。
感謝したいこともたくさんあった。
でも、ありがとうと、言えなかった。
今でも、先生を思うと涙が溢れる。
でも、笑顔を絶やさずにいようと思う。
努力を惜しまない人であろうと思う。
先生が、そうであったように。
これから先、その思いを胸に歩こうと思う。
いつか、先生に会う時、胸を張って誇らしげに顔を合わせられるように。
先生に顔向けできないような、恥ずかしい生き方をしたくないから。
前を向いて、アグレッシブに生きていくよ。
精一杯、やっていくよ。
私たちは、先生の最後の教え子だもんね。
この先に、困難があっても負けない。
いつか、辿るその道の果てには先生がいてくれると信じているよ。
腕組みして、仁王立ちして待っていてくれるでしょ?
その時に、先生と張り合えるなら頑張ったねって褒めてくれるかな?
一生懸命生きた証を、先生に見せるよ!
あたしたちは、今、異常なラルク熱。
アルバムを貸したり借りたり。
それをある子はipodに、ある子はMP3プレーヤーに入れて聞きまくっている。
授業の前や休み時間に歌っては盛り上がる。
特に、teっちゃんのコーラスとか、感想のドラム音とかは盛り上がる。
こんなくっだらないことできるのは今のうちだなーとかしみじみ思う。
っつーか焦る。
今日、ウチに恩師で元担任の先生の奥様から電話あったそうだ。
その先生は今年の2月7日に亡くなった先生で、私の人生の中で唯一、恩師と呼べる先生だ。
大好きな先生だった。
中高一貫の女子校だと、先輩から「あの先生はこうだ」「あの先生はああだ」ってことを耳にする。
始業式の日に担任が発表されると「キャー」だの「ええ~」だのと声が上がる。
私のクラスは、いわゆる特別進学クラスで割とイイ子たちが揃っていた。
高校1年の担任には憧れの的だった、ちょこまかしたオシャレな先生だった。
先輩たちからは、とにかくアツイ先生だと聞いていた。
受験に関しての話をよくしてた。
でも、高2になっていよいよ受験のためのクラス編成がなされるとむしろあまり言わなくなったと思う。
授業は結構きつかったし、問題もいろいろ起きた。
でも、先生は嫌いにならなかったし、先生だから級長に立候補もした。
だけど、突然先生は中学に異動した。
高3になった、その年だった。
変わらずに担任でいると思ってた。
ショックで、泣いた子もいた。
だから、高3になっても担任やその元担任の立場を考えずに元担任に、クラスのほとんどが頼ってしまった。
子供だったから。
ずいぶん、苦労をかけた。
大学に入ってからも、私はその元担任に頼ってた。
友達ができないと愚痴ったり、教職がきついと文句を言った。
その度に元担任は、「何言ってんだよ。これからだぞ。これから頑張れば大丈夫!」と背中を何度も押してくれました。
先生が亡くなった日、私は先生に会いに行こうとも思ったがまっすぐ家に帰った。
お昼を食べて横になっていたら、高校から電話があって、その先生が亡くなったと知らされた。
あの時、私を動かしたのは級長という責任があったからだと思う。
それがなければ、動けなかった。
認めたくなかったし、
信じられなかった。
この間、会ったのに。
まだ、教えてもらうことがいっぱいあった。
感謝したいこともたくさんあった。
でも、ありがとうと、言えなかった。
今でも、先生を思うと涙が溢れる。
でも、笑顔を絶やさずにいようと思う。
努力を惜しまない人であろうと思う。
先生が、そうであったように。
これから先、その思いを胸に歩こうと思う。
いつか、先生に会う時、胸を張って誇らしげに顔を合わせられるように。
先生に顔向けできないような、恥ずかしい生き方をしたくないから。
前を向いて、アグレッシブに生きていくよ。
精一杯、やっていくよ。
私たちは、先生の最後の教え子だもんね。
この先に、困難があっても負けない。
いつか、辿るその道の果てには先生がいてくれると信じているよ。
腕組みして、仁王立ちして待っていてくれるでしょ?
その時に、先生と張り合えるなら頑張ったねって褒めてくれるかな?
一生懸命生きた証を、先生に見せるよ!