「喪失」を(深い悲しみの中で…)(それでも)克服できる人、それがどうしても困難な人
今年のトニー賞作品賞は逃したものの、高い評価を受けている話題作。2列目のど真ん中の席で鑑賞しました。(首が痛くなった…)
周囲の人の多くは泣いていました。しかし、私は泣きませんでした。つまらない話だったのではありません。「泣くような話じゃない」と思っただけ…(泣こうが泣くまいが、人の勝手なんですが…まぁ、この作品についてはずいぶん思い込みの激しいことばかり書きますので「スルー推奨」)
ショー自体は、高評価は納得!という出来でしたよ。キャストも素晴らしい!
私の隣に座っていた30代ぐらいの女性三人グループの一人は、泣きはらした目で「これは私の話だったわ。お母さんはアルコール依存症だったの」なんて話しておられました。たしかに、そういう立場であれば、胸が締め付けられる話でしょう…ただ、この話は、実際に観ると、そういう「心の病気」についてのことは、ひとつのシンボルとして扱われているだけで、メインのテーマではないと思いました。だから、クマのぬいぐるみみたいな顔をしたロボット喋りのオヤジ(?)が精神科医役になっているわけで…とにかく、この役は、最初っから、深く描くことを意図されていないような感じです。
あとは、この話を、お腹を痛めて生んだ子どもの死を、どれだけ年月がたっても、決して受け止めることができない、誰も立ち入る隙のない位に凄まじい「母性」の話と受け取る人も多いことでしょう。まぁ、これについて一言二言…だいたい「お腹を痛めて~」なんていやな言葉ですよ(ハイハイ)(ちなみに、私も一応人の子の親ですが…笑)
登場する家族は、郊外に家を構えた、一応「成功者」と見なされる位置にいる人たちです。全て「思い通りに」「ノーマルに」行くはずだったのに…長男が生後8か月で病死してしまったという過去がありました。夫婦は、まぁ平たく言うと、彼らは、そのことで「人生にケチがついた」と感じているわけですね。その一件がなければ、完璧な「成功者の歩く道」だったのに…そこの心理描写はよくできています。
若いお坊ちゃんやお嬢ちゃんには分かりにくいかも知れませんが…私ぐらいの年になりますとね(はいはい、始まりましたよ~)人生にケチがついていない人の方が少ないくらいなんです。誰しも、多かれ少なかれ「あのことがなければ、自分の人生は完璧だったのに…」なんて思いを心のどこかに抱えて生きているのです。ことの「程度」については何とも言えませんけれど…それって相対的に受け止められることですしね~とにかく、どんなことであれ、当事者には「100パーセントの現実」なわけですよ。
でも、一度の喪失体験で、みな(主人公の)ダイアナのようになるわけではないのです。そうなったら、この世の中、まじで大変なことになりますよ。人間というのは、案外強いものなのです。
まぁ別に、作品解釈は人それぞれでいいんですがね。この作品を「崇高な(自己犠牲的な、という意味)母性」の話だと受け止める向きには、何が何でもひとこと言ってやりたい!…という気持ちが頭をもたげてどうしようもない(!)…なんつうか、そういう意味では、この作品は私にとって非常に「刺激的」ですよ(笑)
ダイアナは、元々非常に「頑張る」人であるということは、I Miss the Mountainsの歌詞によく表れています。それは夫のダンも同じだったのでしょう。そして、娘のナタリーもその資質を受け継いでいます。とりわけアメリカ社会では、そのような「頑張り」や「完璧の追求」は美徳とされるものなのではないでしょうか。
ナタリーがダイアナと同じ道を歩む可能性が高いことを伺われるシーンがいくつかあります。ナタリーも完璧主義者で自分に厳しい性格でした。
病的な症状が出ているダイアナは、パンを規則的に床に並べなければ気が済みません。一方、ピアノを弾くナタリーは、モーツアルト自身はcrazyだけど、その音楽のbalancedで、nimbleで、crystalline clearだと歌います。その様式の美しさがたまらない魅力のようでした。一方、どういうわけか~ナタリーのボーイフレンドとなるヘンリーは、お気楽でノー天気な少年でした。
亡くなった息子のガブリエル(受胎告知をした天使と同じ名前ですね)のことで深い傷を負っているのは、ダイアナもダンも同じでした(…と思います)ところが、彼らはその事実を徹底的に「封印」してしまったところに「悲劇」があります。日本なら(?)祥月命日にはいつもお坊さんにお参りしてもらったりする人もいるでしょう。とにかく、夫婦で(最初はつらいかも知れないけど)写真を見たり、遺品を手に取ったりして、思い出を気が済むまで語り合うべきなのでしょう。そのうちに、本当に「笑って話せる日が来る」はずだと思うんですが…
彼ら(おそらくダンの方でしょう)がとった「封印」というのは、もしかしたら、あくまでも「成功者」として期待される生き方(つまり、過ぎたことは振り返らない)にこだわったのかも知れませんし、単に「勇気」がなかったのかもしれません…その解釈は分かれるでしょう。でも、いずれにしても、「封印」が原因で夫婦に亀裂を作るくらいなら、二人で最初から泣きわめくだけわめいていた方が、救いに到達できたのに…(結果論ですが)
こうなれば、自分の体の一部として生み出したダイアナの苦しみの方が耐え難いものになりましょう。(まぁ…「母性」ですな)父であるダンは、社会に出て働いている分、気が紛らわすこともできるでしょうが、母親は救いがたいところまで行く可能性はあると思います。そこのアリス・リプリーの演技は素晴らしかったです。近くで見ると、本当に唇が震えて、目の周りが赤らんで、絶妙のタイミングで涙をこぼすし(素朴なところで感動!)
ダンは、苦渋に満ちた表情で、ダイアナのECTの許可のサインをします。実際、こういう治療に対しては、男性の方が抵抗が少ない傾向があると思う。女性はどうしても「精神論」で解決しようとする。それでもって、すぐに限界にぶつかる。そして、ますます迷宮のような「精神論世界」に入っていく…このスパイラル。一方、男性は女性よりも「具体的な」治療(つまり、ECTとか薬物投与とか)に積極的ですね。それは、男性には「科学至上」の合理的な考え方で解決しようとする人が多いこと、あるいは、普段から競争社会に身を置いているがために、どうしても早く「結果」を出したがることが考えられると思います。ここの流れは「納得」の描写であり、ボビー・スペンサーは非常にリアルな演技でした。
ガブリエルの役のアーロン・トヴェイトは、最初は赤ん坊の内に亡くなった子どもの幻が「僕のことを忘れないで」とけなげに訴えているようにも見えますが、そのうちに「化けて」きます。彼は「何」の象徴なのでしょうね。アーロンも素晴らしかったです!十代の若者の純粋さと、そのとてつもないエネルギーの内に潜む「魔性」の部分を上手く演じていました。
世の中で求められる「ひたむきに頑張り、完璧を求める」ことと、人生の中で誰もが経験する「喪失」というものは、ときとして全く反対方向に引き合って、お互いに相容れず、悲劇を生んでしまうことがある。そんなストリーを、優れた舞台ミュージカルにしたのがNEXT TO NORMALだと思いました。
まぁ、最初っから、スッキリとそう書いて終わればいいものを…いや、私としてはですね…まだ耳の後ろが湿っているお兄ちゃんやお姉ちゃんが「お母さんだったら、自分の赤ちゃんが亡くなったら絶対に耐えられないよね~気持ちは分かるわ!」なんて思うのもいいけれど、あんまりダイアナを美化してほしくないですね。苦しみを克服して明るく生きている人の方が大多数なのです。その人たちは、別に純粋さがないわけでも、心が冷たいわけでもないんですよ、分かった!!??
ハイハイ
で、ステージドアですけどね…アーロンがカムバックした最初の週末ということで、若い女の子でいっぱいでした。(アーロンが若い子に人気があるのは分かるけど…何だかなぁ~と思ってしまった私であった…?)そのうちに雨脚が強くなって…結局劇場側の判断で、メインのキャストは出てこないというアナウンスがありました。残念!
でも、私はヘンリー役のアダム君と話をすることができました。(頑張り屋ナタリーは、結局は、ノー天気ボーイのヘンリーを、ボーイフレンドとして認めることになります)
「この話の中では、あなたは『天使』ですよね?」と言うと、彼はにっこり笑って「そう、僕の役が本物の天使なんだよ」と言ってくれました。
アリスやボビーに会えなかったのは残念でしたが、アダム君がにっこりと私の解釈を肯定してくれたように思えて、幸せを感じることができました(!)
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