民宿奥大井 のほほん番頭のんびり・TIME

田舎の民宿の番頭です。模型創りが趣味なので模型中心に様々な独り言を書き込む予定です。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

くうちゃんが落鳥。君と暮らせた幸せと感謝と思い出を・・・

2016-12-15 15:19:32 | ペットくん
最初の頃、ちょっとだけ出てきたセキセイインコの「くう」ちゃんが落鳥。鳥かごから飛び出してきて膝や肩などで遊ぶのが好きで、お腹がすいたリするとお尻を振り振り歩いて帰る。子供の頃は和室の天井近くの梁へ飛び、塗り壁の漆喰をつつくのが好きだった。
手乗りの訓練(大変だった!)頃から飛ばなくなり部屋中歩いて移動するようになった。胡坐で座っていると膝の上へと飛び上がり、翼をばたつかせながら腕を登って左肩まで来て遊ぶ。遊び終えて降りる時には右肩へ移動し「ギャーッ」と一声。膝を肩までもっていくとピョンと飛び乗り床までの膝のエレベーター。膝から飛び降り鳥かごまで歩いて帰るのが日に数回。楽しい日課でした。
あえて詳しくは書きませんが、下痢がひどくなりお医者さんへかかり治療。下痢は収まりほっとしたのも束の間で、しばらくして食欲が落ち始め少しづつ元気がなくなり再びお医者さんへ。薬を処方して頂き治療していたが、今朝鳥かごのカバーを外したらヒーターの下に。
目は閉じていて穏やかな表情。横に倒れていなかったのは安らかに旅立ったと思いたい。鳥かご内温度計は27℃をキープしていたので12月ながら寒い思いをさせた事でないのがせめてもの救い。鳥かごの天井より吊るして与えていた小松菜にぶら下がってかじりつくほど好きだった小松菜と日頃の主食をお供えし布にくるみ庭の片隅にあるペット専用のお墓へ。御線香を供えると「立つ鳥跡を濁さず」との言葉が浮かび、格言なのはわかっているがとにかく気持ちよく天国へと旅立ってもらいたいと鳥かご、遊具、ヒーター等の洗浄と清掃を行い天日干し。とりあえず物置へと仕舞ってほっと一息。

くうちゃんへ
白いセキセイインコの「くう」ちゃんが不慮の事故で落鳥。偶然街へ行っていた女将にすぐ連絡すると寂しくなるからとペットショップで元気な子をとお迎えしたのが君でした。名前は「くう」ちゃんで決定。本当に元気で手を出すと飛びついてくちばしでつつく子でした。大き目の雛だったので大人用の主食にすぐ慣れたのを覚えています。女将が世話をしていましたが、手乗りの練習をしたくてもつつくので番頭が世話と練習をする事になりましたね。指から肩から首、耳たぶまでつつかれ噛まれた痛みをひさしぶりに思い出しました。膝と肩では遊ぶのに体を触られるのをすごく嫌い指に乗る事も無かったのですが、ほぼ2年後には指に乗り頭を撫でても噛みつかなくなったと喜んでいたら発情期で卵を産み始めました。こちらも様子がわからず疲れて鳥かごの床にしゃがみ込む君が切なくて初めて獣医さんへ行きましたね。処方してくれた薬を飲むのを嫌がり大暴れしている君に飲ませるのは大変だったのですよ。 卵を数個産み発情期が終わりやっといつもの君に。発情期になると甘えてくるので頭を撫でられると嬉しい反面、具合が悪くならないか心配していたのです。いつのまにか君は女将とも遊ぶようになり、いつまでも君と一緒に生活するものだと思っていました。
番頭のネット情報等の勝手な思いこみで至らなかった部分は多々あると反省しています。女将とともに精一杯の愛情と気遣いは注いだつもりです。至らなかった事柄は心よりお詫び申し上げます。
セキセイインコではちょっと短い寿命だったけど本当に本当に楽しい6年間でした。一緒に生活してくれて、遊んでくれてありがとうございました。
君がどのような思いで一緒に生活してくれたのかは知るすべもないのですが、どこかで話ができたならのんびり話をしてみたいと思います。謝らなければならない事が山ほどあるとは思いますが、少しでも楽しかったと思ってくれれば幸いです。

「くう」ちゃんが落鳥した悲しみとさみしさと諦めきれないやるせなさが、「くう」ちゃんへの感謝の想いを上回ってしまいそうで文章で整理してみました。想い出と言い訳とありがとうとの思いを記しやっと自分の気持ちも整理できつつあるようです。明日から寂しくなるんだろうな。6年分の感謝は一日では表せませんし、拙い文章では尚更。女将と番頭の「くう」ちゃんを思っていた気持ちだけでも伝われば嬉しい。
今日一日叩き続けたちょっと汚れたキーボード。「くう」ちゃんはこの上で遊ぶのも好きでした。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

アマティの「コカ」

2016-09-30 21:50:22 | 帆船模型
夏も終わり夜など涼しくなってまいりました。
夏休み、9月の連休とご宿泊下さった方々、御礼申し上げます。
やっと落ち着いて来ましたので書き込みもボチボチしていこうかと。この程度の文章でも考えながら、書き直ししながらで結構時間がかかります。
さて、我が工作部屋も鉄道工場から造船所への改装が終わり、以前使用していたオーディオ機材を運び込み調整だけとなった。とはいえ金魚クンの水槽関連の作業が続いているのでちょっと落ち着かない。
ウッディージョーの「カタロニア船」も作業手順がいまいち決まらぬまま再開。材料が不足し注文しようとネットショップの「マイクロクラフト」へ。イタリアの帆船模型メーカーの「アマティ」社より「コカ」とゆう製品が新発売されたとの事。「カタロニア船」の制作参考に大いに役立つと注文。小型で設計が新しい事もあり帆船模型を創り始めた頃とはちょっと違うキット内容にわくわくしています。
「カタロニア船」と「コカ」についてはもう少し詳しく述べたいと思います。
とりあえずご挨拶。とキット購入のわくわく感の御裾分け…?
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ジオラマの風景 その五 小さな踏切

2016-07-20 21:48:22 | 鉄道模型
小さな踏切。電車が通るので買い物帰りのおばはんと自動車が待っている。警報機・遮断機はなし。いわゆる第4種踏切とゆうもの。事故が多いと聞くがいまだに現役で使われている。安全のため最低警報機は欲しいですよね。
幸い自分が育った地域では東海道線なので警報機から自動車対応で踏切拡張し、遮断機付きに変わっていった。それでも事故が多いのでとうとう踏切をやめ地下道となった。
むかしむかしのお話。電車に人がはねられた事故があった。野次馬の一人に加わろうと家を出た時向かいのおばさんが帰ってきた。様子を聴くとバラバラ死体を見てしまい気持ち悪くなったそうで、薬を飲みにきたとの事。薬飲んだらもう一度観に行くから一緒に行こう・・・といわれたが、そうまでしても見たいものかと子供ながらあさましく情けなく感じて野次馬に加わる事はやめた。綺麗ごとをゆうわけではないが、それ以来人の不幸を観に行く事をやめました。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ジオラマの風景 その四 八百屋さんと角の魚屋さん

2016-07-02 00:09:40 | 鉄道模型
駅前商店の八百屋さんと魚屋さん。
ジオラマ設定の時代、住んでいた田舎町?の駅前には八百屋さん魚屋さん、パン屋さん、食堂、電気屋さん、本屋さんなどがあった。高校などもあったので自転車預かり専門の店?もあった。和菓子屋さんでは簡単な椅子とテーブルがあり、お茶を飲みながら和菓子を頂いたリ夏にはかき氷を販売していた。盛夏には汗が「すぅ~~~」と引いてゆくかき氷がいまだに好きである。
魚屋さんの思い出としては、幼稚園の頃、海猫の話になり「魚みたいに海の中を泳いでいる猫」と教わった。猫が魚好きな事は知っていたので子供ながらに「食べる事には困らない幸せな猫」と思っていた。大人になり魚屋さんでその話を思い出し話したら教えてくれた本人は綺麗に忘れていた。
こんなつまらない事は結構覚えているものです。
ジオラマベースは補強無しの20mm厚ウレタンフォーム。タミヤの2mm厚スチレンボードを貼りストラクチュアのベース部分を切り抜いてある。段差・隙間はカトーのフォーリッジで埋めてある。
歩道は1mm厚のプラ板。道路側は2mmの角棒を張り付けプラカラーで塗装。カトーのガードレールを取り付けてある。
スチレンボードには1000番のサンドペーパーを張り付けてざらざら感をだし、土の部分にはプラカラーで塗装、アスファルトには塗装せずそのまま使用している。道路周りでは側溝等この時代にあったっけ?と思い無視した。
接着剤ですがウレタンフォームとスチレンボードは「木工用ボンド」、スチレンボードとサンドペーパーは「セメダイン スーパーX」、プラ版とプラ棒とガードレールはプラ用接着剤ではなく高粘度の木工用瞬間接着剤が使いやすい。
違う素材の接着には「アクアリンカージオラマ模型用」が便利。はみ出してもエナメル溶剤で拭き取れるので綺麗に仕上がる。定番商品ではないようなのでまとめ買いをしています。
ジオラマ制作の細かいデータはこのようにUPする予定がなかったのでパッケージ等捨ててしまった。意外とやる事が多いのでネット相手に時間を使う分、模型製作に時間を使いたいと思ったんだけどね。以前は帆船模型のHPオーナーでオフ会も開催したりしたのだけれど。当時ワイワイやっていた皆様方・・・お元気でしょうか?
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ジオラマの風景 その三 酒屋さん

2016-06-29 11:07:50 | 鉄道模型
当時は当たり前だったお酒の配達。オート三輪にビール(瓶ビールが主流-缶ビールは高級品)を積み込んでいる最中。近所の暇なオヤジさんにつかまって仕事そっちのけで世間話に夢中・・・店前の三輪車は酒屋のお客さん。当時は違法駐車ではなかったような。
横断歩道前の男性は駅に向かう人。今だと手に持っているのは携帯と思えるがこの時代は手荷物。文庫本でも入っているのかな?
駅前なので道路は舗装、歩道はコンクリート。ガードレールがあるのは主要駅で乗降客が多く交通事故が増えたため?私有地は土むき出し。建屋の前にはなぜか電柱があったイメージがあります。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加