努力が報われる社会へ

みんなの党員。古い自民党の体質と今の民主党の思想が大嫌い。自立と個々の努力を大切にしたい。

仙谷官房長官の失言問題

2010-09-19 03:21:50 | 政治
みんなの党の渡辺代表の仙谷官房長官の失言に対しての「バカ」発言をニュースで聞いたとき、あたりまえの発言すぎてなぜこんなことが大きく報道されたのかが一瞬わかりませんでした。
自分が直感的に感じたことのどこかが間違っているのでは?と思ってその後の報道に留意していました。
おそらく「一国の官房長官に対してのバカ発言は如何なものか」という至極単純なものにすぎなかったのだろう。と感じています。
このような発言は(メディアによって)感情的な対立を煽るような構図にされがちなので、それに対しての配慮の必要はあるかもしれません。

この発言が報道されたことによる市場への影響を考えてみました。

前提としてですが、投機筋はおそらく「市場にはわざわざ鴨になってくれるようなバカはいない」という共通認識を持っていると思います。
市場に参入してくる人は誰もが「自分はこの市場で勝ち抜くことができるだけの知恵がある」という自信がある人ばかりだということです。
ですから「衆知の事実に基づいて安心して売買するようなバカはおそらくほとんどいないだろう」とも考えます。

もしも失言が無かったと仮定すれば「82円台が防衛ラインではないか」という考えは仮説に過ぎないでしょうからその仮説に基づいて確信的に買い進む勢力はそれほど多くはいなかったと思います。

失言があったとしても全くクローズアップされなかったとしたらどうでしょうか。
これを「衆知の事実」ではないと考えて82円台まで安心して買い進む勢力が出てくると思います。(当然ながら、自分がそう考えているようならば他の参加者もそう考えているかもしれない。だからしばらく様子見する。という慎重派もある程度はいるはずです。)

しかし渡辺代表の発言によってこれが大きく報道されて「衆知の事実」になってしまいました。
であれば日本政府としては当然ながらその対応も考えているはずだと考えるのが自然でしょう。
このニュースを聞いて「政府は82円台が防衛ラインだと考えているんだな」と考えて安心して買い進むようなバカはいないだろうとほとんどの人が考えると思います。(だからこそ逆に先手を取って買い進むという考えも少数としてはあるでしょうが。)
となれば多くの参加者に疑心暗鬼が広がって安心して買い進みにくい状況になったと言えるのではないでしょうか。

渡辺代表がそこまで考えておられたのかどうかはわかりませんし、おそらく「官房長官としてはもっとご自身の発言に注意してほしい」という意図であったとは思いますが、もしも上記のような考えがあって確実に大きく報道されるように「バカ」発言をわざとしたのだとすれば、まさに失言を打ち消すようなタイムリーな発言だったと思います。

自分としても直感的に考えたものが正しかったのかどうかの良い試行(思考?)訓練になりました。
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以前は小沢氏も支持できたが・・

2010-09-11 12:57:05 | 政治
私は以前、小沢氏は支持できる政治家の一人でありました。
私の身内にも以前は小沢氏の積極的な支持者だったのが民主党代表後の政策を見てアンチ小沢に転じた者がいます。
私も身内も「政治と金」は判断基準にはほとんど影響を及ぼしていません。
その政治姿勢と政策がすべてです。今の小沢氏は到底受け容れられないのです。

みんなの党の江田氏と自民党の柴山氏が小沢評を書かれています。
江田氏 http://news.livedoor.com/article/detail/4991265/
柴山氏http://news.livedoor.com/article/detail/4991098/
私はこの両氏の主張にはほとんど同じ考えを持っています。
(私は江田氏とほぼ同じ内容を書こうとしてましたが先を越されてしまいました)

マニフェストは国民との約束だと言いながら暫定税率維持を押し通したのは誰でしょう。
高速無料化と言いながら(さらに脱コンクリートという方針にも反して)その予算をコンクリートへ回して実現を阻害したのは誰でしょう。
財源は予算の組み替えによって捻出するというのもマニフェストの重要事項です。
しかし、本日国債のさらなる増発を言及されています。
つまり現在の国民に受け容れられるための借金は反対を表明することができない将来世代に背負わせるということです。

終身雇用を規制強化ですすめていく方針も聞きました。
せっかく小泉氏によって規制緩和・自立心を高める政治という新しい方針が示されたのにいまから規制強化・依存心を高める政治に逆戻りですか。
古すぎてまさに55年体制時の政治思想かと思わせる方向ですね。

国民の自立といいながら依存心を高めるような政策ばかり打ち出しています。
どう考えても政策に一貫性がありません。
民主党の「言っていることとやっていることが違う」体質は彼の政治姿勢そのものだと感じます。
私は政策以前に「目指す社会」がどうかということに重視していますが小沢氏にはそれが見えないのです。

「選挙第一主義者」と柴山氏は論じてますが私は「権力第一主義者」であって政策は2の次で見るべきものは無いと思います。
そのような視点から見れば全てのものが非常にわかりやすくつじつまが合います。

票につながるかどうかで政策が左右される。
つまり究極のポピュリズム政治です。

政治主導だと称して官僚から権力を取り上げて自分の側に置く。何のことは無い。権力が官僚から政治家たる自分に移転させようとしているだけのことです。
官僚が自分に逆らうことは許せない。ただこれだけのことではないかと思います。
たとえ身内であっても自分に逆らうことは許せないのでしょう。民主党静岡県連に対して何を行いましたか。
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小沢民主党との民みん連立?

2010-09-09 22:59:43 | 政治
最初に民主党の09マニフェストを見たときに直感的に感じたことは、民主党は図らずしも「焦土作戦」に突き進んでいるのではないか?ということです。国民の政治意識からすれば内から変化することが不可能に近いという理由から、外圧をおこして強制的に変革させようというものです。それは国家破綻→IMF管理下による強制的改革ということです。
現にとなりの韓国は97年にIMF管理下に置かれた結果急速に改革が進み、現在では日本を脅かすほどの経済成長を成し遂げています。

菅氏、小沢氏の政策論争を聞いて、どちらになっても日本の未来はないという思いを日々感じています。強いて言えば、強引に進める力の無い分、菅氏のほうが国家破綻へのスピードが緩くて済んで、その結果として次の政権が生まれるまで日本がもつ可能性が高いと言うことでしょうか。

いずれにせよみんなの党と民主党との違いからすれば、菅氏と小沢氏の違いに大差はありません。
「政策」という枝葉の部分だけ見て「社会のあるべき姿」という根幹を見ずにみんなの党と民主党が近いと考えている人は、まさに「木を見て森を見ず」とも言うべきことでしょう。もしくは20年ほど前までの非常に古い政治感覚で見ている人なのでしょうか。

私は日本の主要政党の中で民主党から一番遠い社会観を打ち出している政党としてみんなの党を支持しています。
渡辺代表も江田幹事長も山内氏も「民主党とは根幹が全く違う」と明言しています。
根幹の違いを無視して世論のポピュリズムに陥って民主党との連立に踏み切るようであれば、コア支持者からは野合という判断を下されて急速に支持を失うことでしょう。残るのは民主党との違いがわからないポピュリズムの浮動支持層だけとなるでしょう。

なお、ここまででの民主党とは09マニフェストの民主党でありつまり小沢氏主導の民主党ということです。民主党の中でも新自由主義に近い人たちとはまだ垣根は低いと思っています。
よって小沢氏が民主党代表となった場合ですが、立場が明確に違うみんなの党との連立はありえず、政策がまだ近い公明党との連立となるのではないでしょうか。
みんなの党はアジェンダを大事にする党だからこそ小沢氏主導の民主党とは相容れないのです。
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人のせいにする社会

2010-06-11 00:59:24 | 政治
「みんなの党は他の野党と一緒になって政権与党を批判してばっかりでうんざりだ。」
「みんなの党は国民新党・社民党のように自分たちの政策の一部でもなんとか国策に反映させようとする努力をしているのか?」
「今、現実的にみんなの党が国民に何を提供できるのか。」
という意見を時々目にします。
それについての私の考えです。

民主党とは国のあり方についての方向が180度違うのだから、民主政権を批判するのは当然であって、逆に批判が出ないほうがおかしいと感じます。(批判が正しいかどうかは別の問題です。)
私は日本を間違った方向へとすすめる現政権に一刻でも早く退場してもらうのが国益にかなうことだと思っています。
政権与党の間違いを指摘してゆき正していくのが野党としてのみんなの党の果たすべきことではないでしょうか?

みんなの党は何の努力もしていないのでしょうか?
みんなの党は少人数ゆえ独自で法案提出ができません。ですから他の野党と共同で法案を提出しました。
自民党とともに公務員改革関連法案を出しましたが、内容はほとんどみんなの党の案ともいえるもので良いものです。民主党案とは比べ物になりません。
政府に対して質問趣意書をバンバン提出して政府のおかしなところを追求しています。確か柿沢未途議員など提出本数が全議員の中でダントツでトップだったような。山内康一議員も多くの本数を出しておられます。
皆さん民主政権による日本の危機的状況の加速をなんとかくいとめようと必死なのだと思います。
特に今回の参院選でよくこれだけ考えがしっかりした候補を揃えられたなあと感心しています。日本の未来を担う人材を発掘する努力をどれほどされたか。議員を片手間のように考えているような人をリクルートしている党とは全然違います。

メディアは各野党の政権批判の発言を特に多く流しているのでしょう。それが「絵」になりますからね。
実はTVに流れない発言のほうがはるかに多いと思います。
そのようなことも理解したうえでTVを見ないと単に情報操作されているだけになってしまいます。
イメージだけの判断してしまうことをやめませんか?

5年先10年先の政治を考えずに目先のことを重視して政治を行うから今の日本の惨状があるわけです。
財政にしても目先の支出を増やして5年先10年先にツケを先送りする。そして借金大国へ。
そしてこのような状況になるまで「消費税増税反対」を言い続けてきた。
日本の現状は「今何をしてくれるのか」「今国民に何を提供できるのか」を政治に求め続けてきた国民の責任だと思います。
逆に言えば、今の日本は国民が望んだ結果だということです。

日本創新党の中田宏氏は確かこのようなことを発言していました。
「与える政策は依存心を生む。依存心を高める政策を執れば次は人のせいにする社会になる。」
まさに日本はそのとおりの社会になっています。
政治を選ぶ権利は国民にあります。
国民がこれまでの政治を選んだのでしょう。
それにもかかわらず国や行政のせいにする。
天に唾を吐いているようなものです。
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比例代表制を残しながら比例議員を全削減する方法

2010-04-19 01:29:06 | 提言 選挙
みんなの党も支持率を伸ばすにつれていわれなきバッシングを受けることが多くなりました。
これは他党が非常に脅威に感じていることのあらわれです。
例えば、みんなの党は外国人参政権を推進しようとしている。とかの誹謗中傷もあります。実際には反対しているのに。
(17日開催の「同法案に反対する一万人大会」に渡辺代表が参加しはっきりと反対演説をしています。)

若林議員の代理投票問題に関する4/2の浅尾氏のツイッター発言に対しての岩上氏による反論&小沢支持者と思われる人々によるバッシングがありましたが、これなど浅尾氏の意図と違う方向に無理やりもっていって叩くという異様なやり方をしています。

この件について下の記事は私の考えに最も近いものでした。
浅尾慶一郎議員のTwitter「炎上」について:本質論と手続き論

また、この論争に対して私は以下のツイートをしました。
「小沢氏の問題との対比は政治家としての姿勢を問うているのだと思うのだけど。iwakamiyasumi 氏はそれを別の問題として攻撃しているだけ。まさに批判のための批判。」
「若林氏と小沢氏のどっちが悪いとかなんて見る立場によって変わるのはあたりまえ。私はiwakamiyasumi 氏がどうにかしてみんなの党を攻撃したいとしか見えません。」
「あの論争の答えは国民が選挙で示すことでしょうね。それが民主主義。しかし国民が小沢NOを突きつけても岩上氏は国民が間違っていると言うんだろうな。」
「ナチス独裁も民主的プロセスにて成立したものだ。検察を一方的言い分で批判しておいてかたや政治においては疑問を追求する立場を批判しまくる。支持者にとってはダブルスタンダードが当たり前なんだな。岩上氏など見ていると小沢&民主擁護者の異様を感じる。そのうち全権委任法をと言いかねない。」

さてこの記事の主眼はそのことについてではありません。
その論争の中で「党議拘束でがんじがらめになっている日本で,本会議の投票にどこまで意味があるのか分からない」という発言がありました。
それに対して河野太郎氏は「その通り。なんでも党議拘束していることがまず問題です。」と発言されています。
そこで私は思いついたことがあります。

選挙区と比例代表とでは当選議員の性格は違うのではないか?
基本的には比例代表制とは個人ではなく政党を選ぶ制度でしょう。
(衆議院と参議院では比例代表制についての違いがありますので全く同列に論ずることはできませんが、一応基本的な考えとして以下のように考えています。)
そう考えますと政党に対して投票しているのにも関わらず比例代表議員の個々の考えによって賛成と反対に分かれることがあってはおかしいですね。
比例代表については党ごとに投票行動が一致していなければおかしいから、党議拘束は当然必要ということになります。
党議拘束がある以上、単一の投票行動となりますので複数の議員が必要である根拠がありません。
つまり議決権の数が必要ではあるけれども議員自体の数は必要ではありません。
であれば、本来の比例当選人数に相当する議決権の数を党代表に与えればよいだけではないでしょうか。
このように考えますと、比例代表の主旨を残した上で比例議員を0とすることが可能ではないかと私は思うのですがいかがでしょうか?
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地域医療の維持としての医療コンプレックス

2010-04-01 00:41:43 | 提言 思いついたこと
地方都市では、立派な設備も整っていて、患者の需要もそこそこあるのに、医師の確保が難しくて診療科目の廃止に追い込まれる状況が多いようです。
そこで思いついたことがあります。
市民に対しての医療の確保が目的ならば、総合病院という形にこだわることはないのでは。
勤務医としてみれば独自に自分の病院や診療所を持つことを考える人も多いでしょうが、実際には資金的な問題や開業リスクも大きいと思います。
診療科目を廃止するくらいなら、独立の意欲ある医師を募集して診療科目ごとに医療設備を貸与してその診療科目を経営してもらえばいいのではないか?
単科診療の複合体=医療コンプレックスという形ではだめなのかな。と思ったわけです。
百貨店が各ブランドごとにフロアーの一角を貸すイメージで思いつきました。
今までの総合病院としての立場ですが、医療行為については診療科目ごとに各医師へ経営権込みで移管することになり、病院側は複合施設としてのマネジメントに徹することになります。
また、各医師の求めに応じて、経営に関してのコンサルティングや会計などの集中事務作業、看護士についての効率的就労システムetc・・このシステムが成り立つような裏方仕事が中心になると思います。

こういう考えが成り立つためにはいろいろな問題があると思います。
保険制度の改革、自由診療について、法律的な問題。
ホントに思いつきの案ですので、私が想像できるだけでもいろいろと問題があります。
ただ、このような考えの方向性としてすすめることが可能かどうかと思ったわけです。
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法人税減税の私案についての追加

2010-03-13 14:03:45 | 政治
先日の法人税減税の私案についてご指摘がありました。

*東京が強く反対しないか? について

もちろんそれはありますし、どのような政策をとっても利害関係による地域エゴはなくなりません。
ですから反対意見が出たとしたらそれを抑える解はありません。
その前提の上で考えますと・・
この案は、地方の雇用確保、海外企業の誘致、国内企業の海外移転の防止対策を主眼として、建前上では反対意見をあげにくい形に作り上げてから打ち出すことが肝要だと思います。
また、地方の税収UPにともなって段階的に地方交付金を削減していき、最終的には地方交付金は無くす方向で考えていけばよいと思います。
東京と地方の関係で言えば東京は払うばっかりで受け取る分はありません。すなわち東京の負担が地方へまわっているわけです。
ですから地方交付金が減れば悪いことばかりではありません。

現実には東京であることが必要である企業は東京へ残り、東京である必要性が無い企業は地方へ移転します。
しかし転出した分の都市基盤の余裕が生まれますから、意外に東京へと移転する企業も多少はあるかもしれません。
法人税減税は一つの大きな誘致要因にはなりますが、それは一つの要素に過ぎずそれ以外にも要因はいろいろあるわけです。
ですからその一つの要素にはインパクトが必要だということです。
全地域が東京化を目指すことは無理ですし、もし可能であるとしてもそれはつまり各地域が足を引っ張り合う構図となるでしょう。
均質を求めていくのではなく差別化が求められている解であり、全てのことにおいてNO1を目指すのは不合理でもあり、選択と集中は各自治体にも求められていると思います。
ですから東京は企業流出を防ぐように都市としての魅力をさらにつけていけば良いと思います。

逆に言えば地方はこの減税案を武器として与えられたわけですから自立的に未来を切り開いていかなければなりません。
減税案があるからと安穏としているようでは却って苦しくなる可能性もあります。

企業の東京一極集中があるからこそ東京に潤沢な資金が余るほどあって、それだからはなから赤字と見込まれる銀行を設立して予想通り大赤字を出し、都民の賛意が一致しない五輪誘致でも大きな無駄遣いをした上で失敗するのです。
その反面、地方はインフラ整備をとっても財源に事欠いています。
無駄遣いしている所から困っている所へ資金が移転しやすくすれば、減税をしながらも国の財務改善を目指せることになりましょう。

*ペーパーカンパニーが増えるだけではないか? について

この案は所得税の支払い分を上限とした税額控除が原則ですので、所得税の支払いが無ければ減税もありませんので、ペーパーカンパニーをつくっても意味が無いと思います。
もしかしたら抜け穴があるのかも知れませんが、ちょっと思いつきませんでした。

それよりも社員の住民票偽装は起こる可能性があります。
つまり都市部に住む社員を過疎地域の社員と偽装して控除を受けるということです。
その場合に関して、法律で規制、罰則強化したり、チェック機能を設けるためにも国民総背番号制などの検討は必要となってくるでしょう。
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法人税の減税についての私案

2010-03-10 16:23:13 | 政治
法人税を減税する案ですが、地方の雇用と経済対策にも利用できる素案です。

製造業に限らずオフィスワークであっても必ずしも大都市に所在する必要の無い業種も数多くあると思われます。
そこで法人税の減税をもってそのような企業を地方へ誘致する決定打とします。

A.人口密度の低い基礎自治体を選んで法人税特区とする案。
当該地域に設立した法人・事業所を対象とする。
その法人・事業所が当該地域に居住する住民(もちろん移住もOK)を雇用した場合に適用する。
該当する従業員が支払った所得税総額に相当する額を法人税から控除する。

B.法人税特区を設けない案。
A案と同じ発想によるものであるが、全国全ての基礎自治体を対象として実施する。
全国で一番人口密度が低い基礎自治体=法人税の控除額は「従業員が支払った所得税総額X100%」つまり同額となるようにする。
全国で一番人口密度が高い基礎自治体=法人税の控除額は「従業員が支払った所得税総額X0%」つまり無しとなる。
その間で人口密度に比例した法人税控除率を決定する。
住民登録等によって法人税控除率は毎年更新されるものとなると思われる。
するとこの案によって過疎地の人口が年々増え、法人税控除率は年々低下していくことが考えられる。
しかし他に先行して進出した企業への優遇策を考えなければならない。
つまり該当する従業員が、採用時の基礎自治体から移動することなくかつ継続雇用される場合には、採用当初の法人税控除率が引き続き適用されるものとする。

いずれの場合も、
赤字決算の場合も控除額は繰り越し可能とし、黒字の年度にはそれまでの累積繰越額が控除できるようにする。
それにより赤字でも雇用を維持することについてのインセンティブが働く。

この案による法人税減税額は所得税を支払うことと引き換えに成り立っている。
よってこの案を税収面から見ると、大都市→過疎地域に移転した雇用に対しての所得税の減税、と読み替えることが可能。

法人税を全国で一定の率で減税するのでは思い切ったことができないし、税率は20%を切らないと国際的にはインパクトが無い。
しかし全国一律にそんなことをすればその効果に対しての税収の落ち込みは多大なものとなる。
いきおい中途半端なものにならざるをえない。
しかし企業の大都市集中(特に首都圏)がすすんでいる現状では、この案でも法人税収が極端に落ち込むことは無いと思われる。
しかもこの案では大幅な減税(労働集約型の場合は実質無税、タックスヘブンとなる場合もありえる)となる地域もあり、その場合インパクトが多大であり、その地域については誘致競争力が大幅にUPする。
日本政府、各自治体をあげて、日本国内のみならず海外(出戻り企業も含む)からの企業誘致を積極的にすすめていくことが要。
それがうまく成功し、雇用が増え、労働力の需給改善によって全体として賃金の上昇がみこめるような形がベストな到達点。
政府としても失業が減り、労働人口が増え、賃金も上昇すれば所得税については増収となろうし、失業者や貧困対策の支出軽減にもつながる。

法人税減税を雇用を前提としたものとしているので、過疎地の人口対策には直に効果がある。
人口増加は各種のインフラ需要を喚起する。また各種サービス産業の吸引にもつながる。
公共事業と公務員に頼る率が高い地方の雇用状況が改善されれば、地方対策として投入される国費の削減も可能。
また、人口増加だけに限らず人口構成の改善にもつながる。
つまり被雇用者=現役世代(おそらく若年層が多くなると思われる)が増えるので限界集落問題も解決するであろうし、その地域での出生数も増えると思われる。
何よりも若年層が増加することで地域が活性化されることが重要。

問題点として、
納税の主体となる本社の所在地を当該基礎自治体に置くことを要件とするかどうかについては検討や対処を要す。
従業員について、実態と異なる居住状況を申告するといった問題が想定されるので、検討を要す。
人口やインフラの拡散による弊害も色々と考えられるものがある。
減税適用期間をどう保証するか。10年程度とするか、または半永久とすることも考えられるが。

以上、思いつきの走り書きによる提案でありますので、見落としや大穴もあると思われますので問題点指摘もしてください。
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ある民主党の市長と・・

2010-03-09 20:40:58 | 政治
過日ツイッターにてある市長が阿久根市批判を次のようにつぶやいておられました。ここではA市長としておきます。

A市長:阿久根市の市長は凄いですね。ありえないです。職員も大変でしょう。市長が批判されていますが、真に批判されるべきは選んだ有権者です。既に変な行動を取っていて議会から不信任案で再選挙となったのにあの人を選んだのですから

一般市民なら気にもとめなかったかもしれませんが、政治家だとすればもっと注意して発言すべきだと思ったので、それに対して私の意見を返しました。

私:それはおかしいでしょう。選んだ有権者も何らかの選択肢があって選んだはず。他市の有権者を指して批判されるべきというのは民主主義の否定にしか聞こえません?

この市長に対しては返信は期待していませんでした。今後はご自身の不用意な発言に注意していただければそれでよいと思ったからです。
公務で忙しいから返信はこないと思っていましたが、意外なことに返信がありました。

A市長:民主主義だからこそ有権者の責任があるのです。国民主権の"主権"という言葉は権利だけを意味するのではありません。責任も有するということです。再選挙時の経緯と争点を見れば「こんな人とは思わなかった」という言い訳はできませんよね
A市長:地域主権という言葉も同じで、地方が責任も有するということ。首長をしていると国への要望は「金くれ」「負担軽減してくれ」という内容になりがちですが、それだけではなく地方からの提言もしなければいけません

こんな内容では私の意見に対しての何の答えにもなっていません。論点はそこではないですから。
それに対しての私の返信。

私:一票が政治行政を通して自らに返ってくるという形で責任を取るのでしょう。しかし外の者が悪と断じたとしてもそれでも当該有権者の選択なのです。他市の有権者の判断を批判されるべきというのは地域主権の否定にも聞こえます。
私:貴方の主張したいこともわからないわけではありません。しかしもし私がA市政がおかしいと主張したとしてもA市民を批判すべきとはなりません。他市の有権者を指して「批判されるべき」とするのではなくて大切なのは啓蒙ではないでしょうか?

その後は返信はありませんでした。忙しいでしょうしね。

その後思いましたが、
民主主義、地域主権と言いながら、ご自身の発言はそれを否定しているのに気づいていただけたのでしょうか?

若い方ですし期待もできるとは思いますが、この方が民主党の方なのが少し気がかりです。
党のTOPに代表されるように「同じことを他人がやれば非難するが、自分がやれば正当だと主張する。」
このような党風に染まらぬようにしてもらいたいところですね。
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「箕面の猿」に笑われないように

2010-02-19 02:55:01 | 政治
箕面市では今、野生の猿が大きな社会問題となっています。
猿の餌付けに対して1万円の罰金を科す条例が出来ています。
1956年に「箕面山ニホンザル生息地」が国指定の天然記念物として指定されました。
ところが天然記念物指定当時には90頭程度だったのが650頭以上に増えています。
観光客の食べ物を奪い、市街地に出没して民家を荒らし、農作物被害が出ています。
何十年も前から観光客が安易に猿に餌を与えることが一因となっているのは間違いないでしょう。
現在は頭数規制をするまでになりました。
有害鳥獣として捕獲され、動物実験に使われ、避妊薬を投与されるようになっています。

ここで、猿に餌を与えることが果たして猿にとって良いのかどうか考えなくてはなりません。
何世代にもわたって人から餌を与えられ続けていくことで、野生から離れ、自分で餌を採る能力が徐々に失われていくのではないでしょうか。
もしも自分で餌を採る能力が無くなった猿に対して、人が餌をやらなくなったらどうなるのでしょうか。
飢えて死ぬ猿も多少はいるでしょう。
しかし多くは人に近づき食料をねだるようになるでしょう。
それでも与えられなかったら人を襲って食料を奪おうとする猿が頻発するでしょう。

これって何かに似ていませんか?
はたして私たちは箕面の猿を笑うことが出来るのでしょうか?

子供手当てに対しての民主党の考え方「社会が子供を育てる」に対しての三宅久之氏の反論です。
「子供は親が育てるもんだ。」「親が苦労して子供を育てる。それを見るから子供が育つんだ。」
子供手当てによって「社会が子供を育てる」という考えのもとで育った子供たちがどのように成長していくのでしょうか?

子供手当ては少子化対策だという考えに対しても私はひとつの懸念を抱いています。
子供手当てによって出生数が増えたとしましょう。
その子供たちが成長して大人になっても「社会から育ててもらう」という感覚が残ったまま「社会に求める」ようになったらどうなるでしょう。
自分の努力によって収入を増やそうとせず、政府に対して「もっと良い生活をクレ。もっと手当てをクレ。クレクレ。」とならないでしょうか。
最悪のパターンを想定しますと・・
子供手当てによって増えた子供が大人になって生活保護を受けるようになる。
そういった人たちが成功者の表面上の生活レベルを指して「最低限の生活を維持するのには電化製品はあたりまえ。大型TV、広い家、車、パソコンもなけりゃ文化的生活とはいえない。」と政府への要求が際限なくエスカレートしていく。
満たされない人々は他人を襲って自己の欲求を満たそうとする。
・・・杞憂であってほしいものです。

私は子供手当ても含めて国民に金を配る政策には反対です。
一人当たり100万円を配れば景気も良くなるという意見もあります。
もちろん一時的なバラマキ政策が景気に全く効果が無いとまでは言いません。
しかしもしもバラマキ政策をするだけの予算があるのなら、その金額を国民の生産能力を上げる教育に使うべきです。
すなわち100万円分を個人の所得を上げるのに必要な個別のneedsに適した教育に使うべきです。
低生産力の人へは自己啓発教育とか職能習得教育とか。
すでに一定のレベルに達している人へはさらに高度な専門教育とか。
国民全員に高収入が得られるようなスキルを身に着けてもらうようにすれば日本全体が上向くと思います。
そもそも国民全体を吸収するだけの高度な労働市場が無いと思われますか?
グローバル時代なんですからいくらでも海外へ進出して行けばいいんですよ。
物の輸出よりも人材の輸出大国を目指せばよいのでは。

「若いうちにもっと勉強しておけばよかった」と思いませんか?
ま、やるべきことはわかっているのに目先の欲望に負けてしまう人がたぶん8割程度なんでしょうね。
ダイエットに関する商品がヒットするのと同時にスイーツバイキングも流行っています。
人間として、箕面の猿に「俺たちと同類じゃん」と笑われないようにしたいです。
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