御津〉という奇妙な場所から遠ざかるため。
それを、一行はよく理解していたが、逃避行は思った以上に進みがのろい。
〈御津〉を探し当ててから、二日後の昼。
一行の苛立ちは頂点に達して、武人の長、八重比古は、とうとう文句をいった。
「巫女どの。いったい何に脅えて、このようにいちいち止まるのだ。あなたの神威とやらを疑う気はないが、あまりに遅すぎる。これでは、いつ阿伊に――いや、杵築に辿りつけることか……」
八重比古がため息をつくと、日女はかっと目を見ひらいて怒鳴った。
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「何も感じることができず、見えもしないくせに、口答えをするな! しかも、私の神威とやらを疑う気はないが、だと? 口先ばかり、高比古様をお守りする武人の長とは名ばかりの、情けない男だな! 腹では私を疑っているから、そのようにいうのだろうが!」
「な、なんたる言い草――! 後日、神野の大巫女に、あなたの無礼を訴えてやるぞ!」
「無礼でも葡萄(ぶどう)でも勝手にしろ。大巫女ごときに告げ口されたところで、私は痛くもかゆくもない!」
日女は、機嫌悪くつんと横を向く。
狭霧は、慌てて八重比古を宥めた。
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「ま、まあまあ、八重比古さん。みなさんがお疲れなのはよくわかるのですが、こらえてください。わたしたちの中で一番疲れているのは、日女です。たった一人で、昼も夜も高比古とわたしたちを〈御津〉から守ってくれているんですから! ――たぶん」
狭霧が割って入ると、八重比古は言い合いをやめるが、ぶつぶつと不服をもらした。
「そうであれ、いったいどれほど守られているかは、わかりかねます。まこと、目に見えないものを相手にする巫女というのは、ともすれば、人を騙す妖(あやかし)と紙一重。本当にそこにあるのかどうかもわからないのに、さも大変な仕事があるようにふるまうのですから、我々にはたしかめようもない」
日に日に、一行の雰囲気は悪くなっていく。
夜通し高比古を守って疲れていく日女が、疲労の八つ当たりがてらに苛立つのは早かったし、その日女を庇おうとしない高比古も、事を荒だてた。
どれだけ世話を焼かれても、高比古は、日女を追い払おうとしたからだ。
「おまえなど顔も見たくない。おれの前に姿を見せるな」
「高比古、それはひどいよ。日女は――!」
「お言葉ではございますが、高比古様。私とあなたは、すでに形代の契りを結んだ仲。どこにいようが、私とあなたは、誰より深い場所でつながっているのですよ? 出雲一の力をおもちの事代であられるあなたともあろうお方が、今さら何をおっしゃっているのか――」
唇を尖らせて日女が嫌味をいえば、高比古は舌打ちをした。
「おまえとつながっているだと? 考えただけでへどが出る。――さっさとどこかへ消えてくれ」
「――高比古様。私にも、切れる堪忍袋の緒があるのですが……!」
「お願いだから、みんな、落ち着いて!」
一行の歩みは遅く、丸一日かけて進んでも、〈御津〉へ行く前日に進んだ道のりを、まだ戻れていなかった。
山道を抜け、谷道を降りて、山間の野にいきついたものの、一行の周りにあるのは、見渡す限りの手つかずの草むら。人が暮らす里など、まだ影も形も見えない。
今も、そこで一行の足をとめた日女は、山で採った蔓を編んでしめ縄をつくっている。日女の手から伸びる蔓のしめ縄は、大人の背丈ほどには長くなっていたが、さらにその三倍は長くならないと先へ進めないことを、一行は、前日のうちに覚えていた。
「また待ちぼうけか――。いったい、いつになったら進めるんだ……」
武人たちは、地面に腰を落として背を丸めている。
それを、一行はよく理解していたが、逃避行は思った以上に進みがのろい。
〈御津〉を探し当ててから、二日後の昼。
一行の苛立ちは頂点に達して、武人の長、八重比古は、とうとう文句をいった。
「巫女どの。いったい何に脅えて、このようにいちいち止まるのだ。あなたの神威とやらを疑う気はないが、あまりに遅すぎる。これでは、いつ阿伊に――いや、杵築に辿りつけることか……」
八重比古がため息をつくと、日女はかっと目を見ひらいて怒鳴った。
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「な、なんたる言い草――! 後日、神野の大巫女に、あなたの無礼を訴えてやるぞ!」
「無礼でも葡萄(ぶどう)でも勝手にしろ。大巫女ごときに告げ口されたところで、私は痛くもかゆくもない!」
日女は、機嫌悪くつんと横を向く。
狭霧は、慌てて八重比古を宥めた。
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狭霧が割って入ると、八重比古は言い合いをやめるが、ぶつぶつと不服をもらした。
「そうであれ、いったいどれほど守られているかは、わかりかねます。まこと、目に見えないものを相手にする巫女というのは、ともすれば、人を騙す妖(あやかし)と紙一重。本当にそこにあるのかどうかもわからないのに、さも大変な仕事があるようにふるまうのですから、我々にはたしかめようもない」
日に日に、一行の雰囲気は悪くなっていく。
夜通し高比古を守って疲れていく日女が、疲労の八つ当たりがてらに苛立つのは早かったし、その日女を庇おうとしない高比古も、事を荒だてた。
どれだけ世話を焼かれても、高比古は、日女を追い払おうとしたからだ。
「おまえなど顔も見たくない。おれの前に姿を見せるな」
「高比古、それはひどいよ。日女は――!」
「お言葉ではございますが、高比古様。私とあなたは、すでに形代の契りを結んだ仲。どこにいようが、私とあなたは、誰より深い場所でつながっているのですよ? 出雲一の力をおもちの事代であられるあなたともあろうお方が、今さら何をおっしゃっているのか――」
唇を尖らせて日女が嫌味をいえば、高比古は舌打ちをした。
「おまえとつながっているだと? 考えただけでへどが出る。――さっさとどこかへ消えてくれ」
「――高比古様。私にも、切れる堪忍袋の緒があるのですが……!」
「お願いだから、みんな、落ち着いて!」
一行の歩みは遅く、丸一日かけて進んでも、〈御津〉へ行く前日に進んだ道のりを、まだ戻れていなかった。
山道を抜け、谷道を降りて、山間の野にいきついたものの、一行の周りにあるのは、見渡す限りの手つかずの草むら。人が暮らす里など、まだ影も形も見えない。
今も、そこで一行の足をとめた日女は、山で採った蔓を編んでしめ縄をつくっている。日女の手から伸びる蔓のしめ縄は、大人の背丈ほどには長くなっていたが、さらにその三倍は長くならないと先へ進めないことを、一行は、前日のうちに覚えていた。
「また待ちぼうけか――。いったい、いつになったら進めるんだ……」
武人たちは、地面に腰を落として背を丸めている。
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