城壁の街で : At The Walled City Blog

カナダ・ケベックシティ在住、ラヴァル大学院生の生活雑記
Université Laval, Québec City

沼気を放つ

2007-03-04 | おいてけぼりシリーズ
さて、皆様お待ちかねの置いてけぼりシリーズでございます。
(だれも待ってないだろうけれど、これを書いているのが一番楽しい)

第5弾の今回は科学のお話。


イギリスのNature、アメリカのScience
言わずと知れた、世界最高峰の総合学術雑誌である。

各分野の「最先端」の研究しか載せないし、審査がありえないほど厳しから、これらの雑誌に論文を載せるのはかなり大変だ。まぁ、ウチの先生みたいな一部の天才たちは別にして、普通の研究者が論文を発表できたら胡蝶蘭を贈ってもらってもやりすぎではないくらいメデタイ出来事となる。

もし自分の論文がNatureやらScienceにのったら・・・・・・

頼まれもしないのに論文のリプリント(コピー)を配って歩くね。
遠くにいる友達にも無理やり送りつけるね。
そして、死んだときに要約を墓石に刻ませるね(やりすぎか?)。

まぁ、ともかく論文を発表するのは結構大変な学術雑誌なのだ。


で、実際に掲載されている「先鋭的でクリエイティブな研究」を読んでみると、「おぉ、よくもまぁ、こんなアイデアが出たな」とか「スゲェ、どんなけ金を使ったらここまで出来るんだ」と感心するような研究が多いから結構面白い(疲れるがな)。

その反面「え?この結果から、ここまで言っちゃうの? 大将、そりゃぁ、やりすぎですぜ」という論文も多いのも事実。つい半年ほど前に日本のニュースでも紹介されていた 「このまま行くと2048年には魚が獲れなくなる」 という論文(Boris et al 2006、本来の趣旨は漁獲高予想ではなく Oceanic biodiversity and ecosystem services )は、付属資料から引用論文にまでさかのぼって詳しく読んだけれど、かなり強引で無茶な結論のつけ方をしている研究だった(アイデアはとても良いんだけれど・・・結果が信用できるかどうかはかなり厳しいレベル)。


なんにせよ、読んでいていつも思うのは「新しい世界を切り開く」というのはむずかしいなあ、ということ。ま、基本的に自分には関係ない次元の話なので、読んで批判するだけなら気楽で楽しいですがね。



その中で、最近読んで面白かった Nature の論文を一本紹介します。

Natureにアクセスできて、かつ植物生理学と温暖化の研究が理解できる人は以下を参照してください。

Keppler et al. 2006. Methane emissions from terrestrial plants under aerobic conditions . Nature 439:187-191 (12 Jan 2006)

論文の趣旨はタイトルにもある通り「陸生の植物が好気条件下でメタンを放出している」ことの証明。

要点は、
1.メタンは生きている植物本体からも、組織(葉っぱとか)だけを切り取ったものからも放出されている様子。
2.かなり温度を上げても放出は確認されるので、メタン生成に酵素がかかわっている可能性は希薄。ペクチンがかかわっている気はするけれど、ぶっちゃけ、生成過程は不明。
3.実験室で観測された放出量から地球規模の放出量は年間62-237テラグラムと概算される。

ってな、感じです。

え?何がすごいか全然わからない?


陸生植物からメタンが出ているんだぞ!
もし、この研究結果が正しかったら、これまでの常識が覆るじゃないか!



ん、そんなことを言われても何のことかわからないと申されるか?
じゃあ、少し解説しよう。


メタンは炭化水素の一種で1個の炭素原子に4個の水素原子が結合した分子。分子は炭素が中心に位置する正四面体構造。化学式はCH4。常温で無色透明かつ無臭の気体。空気より軽い。天然ガスの主成分で、日本の家庭の台所で燃やしているのはこれ。


メタンがなぜ重要か?という話だけれど、ここで温暖化の話が出てくる。そう、メタンは重要な温室効果ガスのうちのひとつと考えられているのだ。二酸化炭素と比べて、地球レベルでの排出量は少ないのだけれど、温室効果自体はかなり高いので(二酸化炭素の20倍といわれている)、件の会議でも削減対象として議論されている物質だ。なので、ここ10年くらい、メタンが「どこから」「どのくらい」発生しているのか?という研究が活発に行われている。ウチの研究室も、北極地方のツンドラ地帯に有る池でのメタン生成のプロジェクトを持っている。


この温暖化問題関係の議論では「人間活動に関連した過剰な放出」が問題となっているわけだけれど、本来、メタンは自然界ではごく普通に発生している気体で、大昔から大気中にppbとかのレベルで含まれているものだ。

で、自然界での主な発生源は、湿地の土壌の中、海底、湖底、田んぼ、反芻動物の胃の中等。その、なんか水っぽいところで(理由は下で述べる)、メタン産生菌と呼ばれる一群の微生物によって作り出される。

このプロセスの一般的な反応式は以下の二つ、

CO2 + 4 H2 → CH4 + 2H2O

CH3COOH → CH4 + CO2

これらの反応式は、一般的な微生物学、土壌学、陸水学の教科書だったら普通に載っている反応式で、なんら特別なものではない。自然界ではごくごく普通に存在している反応系だ。(あ、ちなみにメタン生成に関わる細菌はすべて古細菌というグループに分類されているらしい。)

で、ここで非常に重要なのは、この Methanogenesis と呼ばれる生成過程は、嫌気条件下でしか行われないと言われていたことだ。

つまり、酸素が無いところでしかメタンは発生しないとされていたのだ。

「酸素の有無」というのは、人間の生き死ににもとても重要なことだけれど、 Biogeochemistry (日本語訳知らない)の分野でも非常に重要なことで、「酸素が有る」状態と、「酸素が無い状態」だと、化学的、生物学的な物質の流れが完全に変わってしまう。 説明は長くなるので割愛するけれど、もう全く異なる環境だと思っていい。

で、メタン生成(産生が正しいのか?)は、酸素が無い状態でのみ起こり、酸素が有る状態では有り得ないとされていた(細菌の酵素が働かないらしい)。なので、これまでの自然界のメタンの流れの解析は、「嫌気条件下のみでの発生」を念頭においてなされていたのだ。


それが、「好気条件下」で、しかも「その辺の普通の植物」がメタンを放出しているとされた日にゃぁ、もう今までの考え方を全て改め、推計も全てやり直さないといけないことになる。

その意味で、この Keppler の発見は、大事件なのだ。


しかも、このKepplerの主張の面白いところは、生物がかかわっている反応なのに「酵素を使った反応ではないこと」。自分は植物生理学者ではないので詳しいことはまったく判らないし、予想すら出来ないんだけれど、一体どういう反応からメタンが作り出されているんだろう?????

そして、さらに面白いのは放出されるメタンの安定同位体(C13)の数値がかなり高いこと。普通、生物が関わる化学反応は「軽い」同位体を優先的に処理する傾向があるから、最終的に作り出される物質の安定同位体の数値は低くなるはず。 それなのに、陸生植物から出ているメタンの数値はかなり高い。この点は、Keppler 自身も書いているけれど、Ferretti, D. et al. Unexpected changes to the global methane budget over the past 2000 years. Science 309, 1714–1717 (2005) という論文で提示された「メタン収支の謎」を解く鍵になるかもしれないというかなり面白い結果だ (この Ferretti の論文も面白いです。 あまりに予想外な結果が出てしまったせいで、全体的にものすごく歯切れが悪い)。


うん、やばいね、 かなりヤバイ。
あんまりにも強烈だったから付属資料もあわせて3回くらい読み直したもの。


ただ、 Keppler の論文のイマイチなところは、論文後半の地球規模でのメタン収支の推計の甘さ。実験室での結果を地球規模でのメタン発生の推計にまで持っていくアイデアも流れもとても良いのだけれど、計算が単純すぎる。計算式を見たけれど、あれは単純化しすぎだ。まぁ、専門外だろうから仕方ないとは思うけれど、62-237 TG/year という推定放出量の信頼性は低い。ま、この辺の計算は、どっかの大気モデル・マニアが新たな推計を出すのを待ったほうがいい気がする。

でも、それ以外の部分は「あぁ、かなりの量の実験を繰り返したんだろうなぁ」というのが伝わってくる良い論文だったとおもう。 Nature 特有の限られた紙面スペースでは、中々あそこまで説得的にはかけない。「花酔い」の記事のときも書いたけれど「投入されているエネルギーの大きさが一発でわかる仕事」って気持ちが良い。


ただ、この論文は良く書けているから読むのは面白かったけれど、「こいつとは絶対に一緒に仕事はしたくない」と思った。 たぶん、ものすごく慎重で細かい奴なんだと思う(じゃないと、ナノグラム単位とかのガスの測定はしない。自分は絶対に嫌)。同じ研究室で仕事したら、たぶん3時間以内に喧嘩になる気がする。



それにしても、どこで「陸生植物の好気条件下のメタン生成」なんて研究アイデアが出てきたんだろう・・・・・・・・



いやみに聞こえるかもしれませんが、僕は大学レベル以上の科学教育を全て英語で受けてきているので、日本語の科学用語の用法に自信がありません(かといって、英語が完璧というわけではないんだがな)。間違いがある場合は、ご指摘をいただければ幸いです。

つか、ウチのブログ読者は、誰もまともにこの記事を読まないだろうな。
ま、書いてて楽しかったからいいか・・・

最新の画像もっと見る