歯科界は日進月歩...

名取市のライフタウン歯科クリニック 院長のひとりごと。。。

南三陸町 DH Mさんへの手紙

2011-06-27 21:29:48 | 話題
名取市のK歯科衛生士より、”つながろう・わかちあおう 歯科衛生士だからできること!”というBLOGを教えていただきました。

その中のあなたの記事を読んだとき、頭をガツンと殴られた衝撃を受けました。


自分は名取でできることをできる範囲でやり、正直これで終わったと安心していました。

しかし、同じ宮城県でまだまだ困難と闘っている場所があるという事実を突きつけられ、自分が情けなく思えました。


早速K歯科衛生士経由で連絡を取り、情報を教えていただきました。

その状況は想像を絶するもの…

名取の2ヶ月前の状況です。

これは自分にもできることがまだまだあると思い、早速宮城県歯科医師会に連絡を取り、被災地に赴く準備があることをつたえ出番を待っていました。


しかし、いっこうに連絡が来ない。

他県からの歯科チームはどんどん現地入りしているのに、宮城チームはゼロ。

動こうにも、個人での活動には自粛命令。

フラストレーション…


歯科医師ではなく、ひとりの人間として現地視察ならいいのでは!?

善は急げ!

早速ひとりで行ってきました!

一応、口腔ケアグッズとちょっとした訪問診療セットは車にスタンバイ(笑)

そして電話で相談して選んだ場所が、歌津の老人福祉センターと志津川の避難所、ホテル観洋。


土砂降りの中、三陸自動車道をひたすら北上。

一般道に出て海岸に近づくと、急に視界が開け、そこには地獄が広がっていました。


何度もテレビで見た南三陸町防災庁舎が目の前に。

これほど大きい建物だったのか…

これほど高い建物だったのか…

それを飲み込んだ津波の恐ろしさに、足が震えました。


気を取り直し、福祉避難所へ。

向かう途中もリアス式海岸沿いのカーブひとつで天国と地獄が入れ替わります。


福祉避難所は平成の森という小高い丘の上。

すぐ下にはがれきの山とスクラップとなった車が。

ほんの数メートルが生死の分かれ目。



張り切って事務所に入りましたが、やはり個人の力には限界があります。

最初は施設に足を踏み入れることすら拒否されました。

そこを何とか交渉し、限られた時間でご老人の話を聴き、口腔ケア(もどき…)



ご老人が大切にしていたのは急遽作っていただいたという入れ歯。

これが急作りとは思えないすばらしさ、脱帽でした。




後ろ髪引かれる思いで、志津川へ。

途中、復興市が開催されており、土砂降りにもめげず多くの人が集まっていて安心しました。


途中見た港の光景、そして志津川病院には絶句。

見上げる高さの建物の4階部分まで破壊されています。

港は人っ子ひとりおらず、心の奥から恐怖を感じました。


ホテル観洋には現在500人ぐらい避難者がいるとのこと。

思いの外、平和な時間が流れ、子供たちの歓声が響いておりホッと一安心。

窓の外に広がる太平洋は、雨のせいかどす黒い色をしていました。

この海が牙をむいた…

しかし、この地域の方々はこの海と共存していくしかないんだと、目の前に広がる景色を見て変に納得。




そうこうしているうちに、山形県歯科医師会チーム到着。

テキパキと準備を始め、診療スペースができていく。



何もできない自分がもどかしい。。。

あまりのふがいなさにテンションダウン。


そんな時、あなたが顔を出してくれました!

いやぁ、心強かったです。

近況の説明を受け、山形チームにご挨拶。



何もできなかったけど、少し現状に触れることができました。

なんとなく自分のできることが見えました。


待っていても何も始まりません。

まずは動かないと。

よく考えたら名取でもそうしてきました。


南三陸は自分にとっては未知の場所だけど、心はひとつ!

まずは人として進むだけです。

今回も持参したお守り。出番はなかったけど…




Mさん、また相談させていただきます。


近いうちに、このネームプレートを下げ、どうどうと歯科医として訪問しますね(笑)


では、お身体に気をつけて。

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