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法曹になるには、法実務の遂行や法律家のキャリアの発展において、学習が血となり肉となって役立つように努力することが大切。

責任論

2010年04月18日 | 日記
責任論

1 責任論総説
(1)責任=構成要件に該当する違法な行為について行為者を非難できること
(2)心理的責任論から規範的責任論へ
心理的責任論→心理的状態(故意・過失の存在)を責任の内容とする
規範的責任論→心理的状態を前提として被告人の行為に対する非難(規範的評価)を責任の内容とする
(3) 「責任」の理解を巡る対立(社会的責任論と道義的責任論)
①道義的責任論(旧派) ← 哲学的人間観
責任とは犯罪に向けた自由な意思決定に基づく行為に対する道義的非難をいう
非決定論→意思自由→行為(意思)責任→道義的非難→応報刑
応報の重視・主観的責任論(責任の有無は本人を基準に判断すべきである)
②社会的責任論(新派) ← 科学的人間観
責任とは,本人の危険な性格ゆえに社会的に要請される性格改善の為の処分を甘受すべき義務をいう
決定論→自由意思の否定→性格責任→社会防衛の必要性→教育刑・保安処分
保安処分=過去の犯罪行為ではなく、将来の危険性を理由として行われる矯正のための処分
予防目的の重視・客観的責任論(責任の有無は一般人を基準に判断すべきである)
③現状
主観主義の衰退→社会的責任論の衰退
→ 行為責任の堅持(=どんな性格であろうとそれ自体としては非難できない)
+ 常習加重等の説明のために必要な限度での性格責任の残存
常習賭博(§186)はなぜ単純賭博(§185)より重いか
Ⅰ 非決定論(人格責任論:団藤・大塚)
相対的非決定論=人間は素質と環境の拘束下にあるが,それによって限定された選択肢の範囲内でなお「決定されつつ決定する」自由を持ち、その選択の積み重ねにより自ら人格を形成していくという考え方
相対的非決定論→人格形成責任論→行為責任+人格形成責任
Ⅱ 決定論(実質的行為責任論:平野)
やわらかな決定論=自由であるかどうかは,決定されているか決定されていないかの問題ではなく,何によって決定されているかの問題であり,刑法の場合は社会的な非難によって決定されうることが自由だとする 。従って、刑罰によってコントロール可能であれば,自由を(つまり刑事責任を)認めてよいことになる。
やわらかな決定論→行為責任+「行為に表れた限度」での性格責任
(行為が性格相当であれば、それだけコントロールの必要が強く、責任は重い)

2 期待可能性
(1)ある行為が現実に法益侵害結果を惹起したとしても,その行為がおこなわれた具体的な状況のもとで他の適法な行為に出ることを期待できなかった場合には,責任を問えないという考え方
→現行法に明文規定はないが、証拠隠滅の本人不処罰(§104)犯人蔵匿の親族裁量的免除(§105)などにその思想が現れている
(2)判例
大判昭8・11・21刑集12・2072第5柏島丸事件(被告人は,第5柏島丸の船長として定員(24名)の5倍余の乗客(128名)を満載して航行していたが, 同船は,乗客の移動のため船体がやや傾いただけで船尾から浸水し覆没し,27名は溺死し,その他7名が溺水により傷害:原審は刑法129条2項業務上過失艦船覆没および211条業務上過失致死として被告人を禁鋼6月に処した):被告人の過失に因って本件の悲惨事が生じたことは明らかだが,①交通機関が少ないため乗客が殺到していたこと,②取締の任にある警官すら出航時刻の励行のみを要求し,定員に対する乗客数の取締はしなかったこと,③運航経費が,定員の数倍の乗客数でようやく採算がとれる状態で,被告の再三の注意にも拘わらず船主はこれを改めようとしなかったこと,などを理由として「被告に責任あること固より言を俟たずと雖,一面又被告のみの責任なりとして之に厳罰を加ふるに付ては大に考慮の余地あり。……本院は是等諸般の事情を斟酌し,前記法条中罰金刑を選択し,被告の資産乏しく収入僅少なる事情に鑑み,罰金を300円と量定」す,とした。(「期待可能性」という言葉は用いられていないが、その先駆的判例とされる)
戦後判例→初期に下級審で採用判例が多く見られるが,最高裁(最判昭33・7・10:失業保険法違反の不納付を構成要件該当性なしとした)は判断回避(「従来の大審院、最高裁の判例中には、いまだ期待可能性の理論を肯定も否定もしたものはない」)。近年は下級審でもほとんど論じられなくなった。
(3)期待可能性の判断基準
①行為者標準説(行為責任論を採れば原則的にこれになる)
②一般人標準説(通説:「全てを理解することは全てを許すことだ」平野)
③国家標準説(期待する側としての国家が標準となるべきだとする)

3 責任能力(§39~41)
(1)責任能力=「行為の是非を弁別する能力」+「その弁別に従って行為を制御する能力」
(2)法規上の区分
①責任無能力者→心神喪失者(§39①)、刑事未成年(§41)責任無能力を擬制→責任なし
②限定責任能力者→心身耗弱者(§39②)→責任減軽
(3)学説の対立
責任能力の体系的地位 判定資料 傾向
責任前提説(行為者の属性) 生物学的要素重視 精神科医による人格の病的変性の指摘があれば責任能力を否定
責任要素説(行為に関する属性) 心理学的要素重視 人格の変性のみにとらわれず個別的な行為の非難可能性を判断
(4)判例(混合主義)
①千葉地判平2・10・15判タ771.283(重度の妄想性障害の精神障害(パラフレニア)に罹患していた被告人が,自閉症の子どもが梅毒による進行性麻痺であると固く信じ込むなど,種々の妄想を抱き,悩んだあげく,自分と子どもが死ねば皆に迷惑をかけなくてすむと思い心中を決意し,子どもが童謡を聞いていたとき,とっさにビニール紐で子どもの首を締めて殺害した。その後,飛び降り自殺をしようと付近のマンション屋上の先端部分に立ち,飛び降りようとして下を見たりしているときに,かけつけた消防署員に救助された。被告人は,前記妄想に基づく以外の生活では,その行動その他において,通常人と変わりなく異常な面は認められなかった):「パラフレニアといわれる精神障害の責任能力をどう解するかについては種々の見解があるが,右精神障害が全人的な人格の解体がなく,妄想が中核になるものであるから,その妄想に基づく行為以外の行為については通常これ(責任能力)を肯定し,妄想に基づく行為については,その症状の程度,犯行の動機,態様,状況,犯行に至る経過等の諸事情を総合してその有無を判断すべきである」が、本件は「弁識に従って行動する能力を欠く状態でなされた行為であるから,……心神喪失の状態であったと認めるのが相当である」として無罪
②最判S58.9.13心神喪失または心神耗弱に該当するか否かおよびその前提となる生物学的、心理学的要素については、裁判所の評価に委ねられるべき問題であり、鑑定に拘束されない
(5)心神喪失者医療観察法(心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律H15)
殺人や放火、傷害致死などの重大事件(§2②項「対象行為」)を起こしたが、刑事責任能力がないとして不起訴処分や無罪となった精神障害者に対し、裁判官と精神科医(§6精神保健審判員)の合議で入院や通院を命じることができる(被害者傍聴許可制あり)。厚生労働省指定の国公立病院(§16指定病院)で治療が行われ、退院の可否や通院の終了時期も裁判所の合議体が決定する。入院の期間制限などがないため、「患者が必要以上に長期入院させられる可能性が残る」とする批判も根強い。

4 原因において自由な行為
(1)行為時に責任無能力・限定責任能力であっても、「自己の責任無能力を利用して犯罪をおこなう」場合は、責任が肯定される(原因において自由な行為の法理)
ex. 飲酒(原因行為)→責任無能力状態で傷害(結果行為)→死亡
原因行為に実行行為を求めれば,定型性が薄くなる
結果行為に実行行為を求めれば,責任能力が存在しない
→cf.責任原理:犯罪行為と責任の同時存在の原則
(2)学説
①間接正犯類似説…原因行為に実行行為性を求める説
◎原因行為に実行行為を求め,自己の責任無能力状態を道具として利用して行う間接正犯類似のものと捉える
⇔①過失犯や不作為犯ならともかく,故意の作為犯で定型性が認められるのか,②限定責任能力の場合はどうするのか、③原因行為だけがあり結果行為に至らなくても未遂か
②意思実現説…結果行為を実行行為とする説
◎結果行為を実行行為としつつ,原因行為と結果行為との連続性を根拠として,責任能力は原因行為時にあれば足りるとする
◎二重の故意(二重の故意=原因行為時に、単なる結果認容ではなく,責任無能力状態で結果を惹起することの認容が必要)
⇔本当に責任原理を充足したと言えるのか
③因果連関・責任連関説(二元説)…原因行為を実行行為としつつ、その実行の着手時期として結果行為の発生(原因行為の危険性の発現)を求める説
◎因果連関(原因行為→結果行為→結果の相当因果関係)、責任連関(二重の故意)を要件とする
(3)判例
①過失犯 最判昭26・1・17(被告人は,午前11時頃から飲食店において店員と飲食を共にし,午後2時頃,女給の肩に手をかけ顔を近づけたが拒絶されたため,これを殴打し,店員に制止せられて憤慨し,傍らにあった肉切り包丁をもって店員を突刺し,左股動脈切断により即死させた。原審は「被告人には精神病の遺伝的素質が潜在すると共に,著しい回帰性精神病者的顕在症状を有するため,犯時甚だしく多量に飲酒したことによって病的酩酊に陥り,ついに心神喪失の状態において右殺人の犯罪を行ったことが認められる」として,無罪。検察官が上告):  破棄差戻「被告人の如く,多量に飲酒するときは病的酩酊に陥り,因って心神喪失の状態において他人に犯罪の害悪を及ぼす危険ある素質を有する者は居常右心神喪失の原因となる飲酒を抑止又は制限する等前示危険の発生を未然に防止するよう注意する義務あるものといわねばならない。…本件殺人の所為は被告人の心神喪失時の所為であったとしても…本件事前の飲酒につき前示注意義務を怠ったがためであるとするならば,被告人は過失致死の罪責を免れ得ない」
②故意犯 名古屋高判昭31・4・19(被告人は,治療によりヒロポン中毒から治癒し,姉の家に寄寓していたが,ある日,塩酸エフェドリン水溶液を注射したため,中枢神経が刺激され幻覚妄想を生じ,厭世観に陥り,最も敬愛する姉を殺して自殺しようと決意し,短刀で刺殺した): 本件犯行は症候性精神病の「部分現象である妄想の推進下に遂行されたものであって通常人としての自由なる意思決定をすることが全く不能であったことを認めることが出来る」が,「薬物注射をすれば精神異常を招来して幻覚妄想を起し或は他人に暴行を加えることがあるかも知れないことを予想しながら敢えて之を容認して薬物注射を為した時は暴行の未必の故意が成立するものと解するを相当とする」として傷害致死の成立を肯定。
③故意犯+限定責任能力 大阪地判昭51・3・4(被告人は,清酒を5,6合飲めば他人に暴力を振るうことが多く,この事件の前年に,大阪地裁において,飲酒による複雑酩酊のため心神耗弱状態で行った強盗未遂事件で,執行猶予・保護観察付きの有罪判決を受けており,裁判官から禁酒を命じられていたが、ある日午後5時頃から場所を変えながら清酒7~9合を飲み,病的酩酊に陥り,牛刀を携えて市内を徘徊し,翌午前1時10分頃,タクシーを停めて乗車し運転手の左手を後に引き,牛刀を肩越しに出して「金を出せ」と申し向ける等の暴行脅迫を加えたが,運転手が隙をみて車外に逃れたため,その目的を遂げなかった。): 被告人は「飲酒を重ねるときは異常酩酊に陥り,少なくとも限定責任能力の状態において他人に暴行脅迫を加えるかもしれないことを認識予見しながら,あえて飲酒を続けたことを裕に推断することができるから,暴行脅迫の未必の故意あるものといわざるをえない」として,暴力行為等処罰ニ関スル法律1条違反(示凶器脅迫罪)の限度において刑事責任があるとした。

(4)認定上の注意
①客観面:原因行為から結果行為が発生する蓋然性の高さ(道具性、連続性、因果連関)
→飲酒実験、被告人の前歴、原因行為と結果行為の時間的・場所的近接性などが根拠となる
②主観面:上記連関の認識(道具利用の意思、二重の故意、責任連関)
→ 結果行為時の意思内容ではなく、原因行為時(完全責任能力時)の意思内容のみが故意として認められる
間接正犯説・二元説→原因行為が実行行為なので当然
意思実現説→結果行為は「原因行為時の意思実現行為」としてのみ意味を持つ
③その他注意点
知的な活動を要する犯罪(ex.詐欺)での適用は困難
判例:殺人、傷害致死、傷害、過失致死、飲酒運転などの単純な犯罪のみ

5 故意
(1)故意処罰の原則
刑法§38①→故意犯処罰の原則、過失不処罰の原則
(2)故意の内容
①認識説・蓋然性説→認識的要素(結果発生の認識・蓋然性の認識)に故意の内容を求める
②意思説・認容説→意思的要素(結果の意欲・認容)に故意の内容を求める
③動機説→結果発生の認識を,行為を押し止める動機にしなかった点に故意の内容を求める
蓋然性説 認容説 動機説
直接的故意(確定的故意) 確実に生じる 生じて欲しい 生じるし,生じて欲しい
未必的故意 生じる蓋然性がある 生じてもしかたない 生じうるが,それでもよい
認識ある過失 生じる可能性がある 生じて欲しくない たぶん生じないだろう
認識なき過失 ― ― ―
(3)故意の成立要件
①構成要件に属する客観的事実(記述的要素)の認識・認容
②意味の認識
通説:規範的構成要件要素など評価にかかわるものでは、意味の認識(「素人仲間における並行的評価」)が必要
判例(不要説)最判昭32・3・13チャタレー事件「刑法175条の罪における犯意の成立については問題となる記載の存在の認識とこれを領布販売することの意識があれば足り,かかる記載のある文書が同条所定の猥褻性を具備するかどうかの認識まで必要としているものでない。かりに主観的には刑法175条の猥褻文書にあたらないものと信じてある文書を販売しても,それが客観的に猥褻性を有するならば,法律の錯誤として犯意を阻却しない」。
③違法性の認識(違法阻却事由の錯誤)
判例:§38③の形式的解釈=「法の不知は赦さず」(ただし、違法阻却事由の錯誤は事実の錯誤だとする)
学説
Ⅰ 故意説(違法性の意識は故意の要素とする)
1. 厳格故意説=違法性の意識そのものが必要
2. 制限故意説=潜在的な違法の意識(違法性の意識の可能性)で足りる(通説)
Ⅱ 責任説(違法性の意識は故意の要素ではなく,違法性の意識の可能性が故意・過失に共通の責任要素だとする)
1. 厳格責任説=違法性の錯誤も違法阻却事由の錯誤も,共に故意ではなく責任の問題(責任阻却事由)とする。
2. 制限責任説=違法性の錯誤は責任の問題だが,違法阻却事由の錯誤は故意の問題だとする。
④違法性の錯誤
事実の認識と違法性の認識の境界の不明瞭さ
◎たぬき・むじな事件(大判T14.6.9)→無罪
◎むささび・もま事件(大判T13.4.25)→有罪
※「事実の認識」と「違法性の認識」の区分による画一的処理の問題性
故意責任の原点:「反対動機の形成と克服に対する非難」
→①自然犯の場合と②行政犯の場合の区別の必要性

6 事実の錯誤(事実問題に関して行為者の誤解があった場合の故意の成否問題)
(1)学説
①法定符合説(通説・判例):同一構成要件の範囲で故意が成立する
②具体的符合説:表象事実と発生事実が具体的に一致する必要がある
③具体的法定符合説(有力説):法益主体の具体性において一致すればよい
(2)事実の錯誤の諸相
①方法の錯誤(打撃の錯誤)
Aを狙って発砲したが隣にいたBにあたった場合
右腕を狙って足に命中した場合
最判昭53・7・28(拳銃を強奪する目的で,パトロール中の警察官Aの背後約1メートルから改造びょう打銃を発射したが,びょうはAの右側胸部を貫通し,たまたま約30メートル前方歩道上を通行中のBにも命中し,腹部貫通銃創の傷害を負わせた。): 「犯罪の故意があるとするには,罪となるべき事実の認識を必要とするものであるが,犯人が認識した罪となるべき事実と現実に発生した事実とが必ずしも具体的に一致することを要するものではなく,両者が法定の範囲内において一致することをもって足りるものと解すべきである……から,人を殺す意思のもとに殺害行為に出た以上,犯人の認識しなかった人に対してその結果が発生した場合にも,右の結果について殺人の故意があるものというべきである」。本件では,「Aに対する殺人未遂罪が成立し,……かつ,右殺害行為とBの傷害の結果との間に因果関係が認められるから,同人に対する殺人未遂罪もまた成立」する。  →法定符合説と故意の個数の問題
②客体の錯誤
Aだと勘違いしてBを射殺した場合
最決昭61・6・9(覚せい剤を麻薬(コカイン)と誤認して所持していた): 被告人は「麻薬取締法66条1項,28条1項の麻薬所持罪(7年以下の懲役)を犯す意思で、覚せい剤取締法41条の2第1項、14条1項(10年以下の懲役)の覚せい剤所持罪に当たる事実を実現したことになるが、両罪は、その目的物が麻薬か覚せい剤かの差異があり、後者につき前者に比し重い刑が定められているだけで、その余の犯罪構成要件要素は同一であるところ、麻薬と覚せい剤との類似性にかんがみると、この場合、両罪の構成要件は、軽い前者の罪の限度において、実質的に重なり合つているものと解するのが相当である。被告人には、所持にかかる薬物が覚せい剤であるという重い罪となるべき事実の認識がないから、覚せい剤所持罪の故意を欠くものとして同罪の成立は認められないが、両罪の構成要件が実質的に重なり合う限度で軽い麻薬所持罪の故意が成立し同罪が成立するものと解すべきである」。(麻薬取締法66条1項、28条1項の麻薬所持罪として処罰)
→抽象的事実の錯誤の問題(法定符合説の修正:実質的に構成要件が重なり合う限度で故意を認める)
③因果関係の錯誤
大判大12・4・30(被害者を殺そうとして首を締め,動かなくなったので死亡したと思い,犯行を隠す目的で死体を海岸の砂上に放置したところ、まだ生きていた被害者が砂末を吸引して窒息死した): 条件説をあてはめて殺人肯定
学説:「(具体的な)因果関係」ではなく「因果関係があること」が構成要件要素であるから、その限度で符合しておればよい

7 過失
(1)過失処罰の例外性(§38①但書)
→明文規定のない行政犯処罰の問題性
最判昭37・5・4(過失処罰の明文規定のない古物営業法に関し、過失による購入物帳簿不記載が問題となった): 「同法29条で処罰する『同法第17条の規定に違反した者』とは,その取締る事柄の本質にかんがみ,故意に帳簿に所定の事項を記載しなかったものばかりでなく,過失によりこれを記載しなかったものをも包含する法意である」。
(2)過失犯論の変遷(注意義務の内容を巡る論争)
①伝統的(旧)過失論(過失とは結果予見義務違反である)
構成要件・違法→侵害結果の惹起確認(故意犯と共通:結果無価値論)
責任→予見可能性の有無確認
②新過失論(過失とは結果回避義務違反である)
1. 現代社会においては、結果予見だけで過失を認めては、多くの行為が禁止され社会生活がマヒしてしまう(ex.高速度交通機関)→「許された危険」の主張
2. 社会生活の円滑の運営のためには、一定のルールを守っている限り多少の危険は予見されても過失を認めるべきでない(ex.交通ルール)→「信頼の原則」の主張
ex.最判S41.12.20:自動車運転手は特別の事情のない限り、他の車両が交通法規を守り適切な行動に出ることを信頼して運転すれば足りる
構成要件・違法→結果回避義務違反の有無確認(基準行為からの逸脱に違法性がある=行為無価値論)
責任→予見可能性の有無確認(構成要件に移す説もある)
③新新過失論(危惧感説)
新過失論を前提としつつ、予見可能性の程度を危惧感程度でいいとする説
(3)判例における注意義務の判断
①結果回避義務の認定  薬害エイズ帝京大事件東京地判平13・3・28(帝京大学病院第1内科長であり,血友病の権威として薬事行政にもかかわっていた被告人が、昭和59年9月には,米国立ガン研究所ギャロ博士の抗体検査の結果,自己の患者の約半数がHIVに感染していると判明し,さらに,そのうち2名がエイズを発症し死亡していたにもかかわらず,HIVに汚染された非加熱血液製剤を投与し続け,昭和60年5月12日から6月7日までの間,血友病患者Aに対して,同病院において非加熱製剤を投与したため,Aにエイズを感染・発症させ,死亡させた): 「本件当時,HIVの性質やその抗体陽性の意味については,なお不明の点が多々存在していたものであって,……被告人には,エイズによる血友病患者の死亡という結果発生の予見可能性はあったが,その程度は低いものであった」としたうえで、結果回避義務違反について「本件当時,我が国の大多数の血友病専門医は,各種の事情を比較衡量した結果として,血友病患者の通常の出血に対し非加熱製剤を投与していた。……以上のような諸般の事情に照らせば,……被告人が非加熱製剤の投与を原則的に中止しなかったことに結果回避義務違反があったと評価することはできない」として無罪。
②危惧感説  砒素ミルク事件高松高判昭41・3・31(乳児用粉ミルクに添加する第二リン酸ソーダを納入する業者が、産業廃棄物から再精製した材料に変更したため、大量の砒素が混入し、死傷者が出た): 「予見可能性は具体的な因果関係を見とおすことの可能性である必要はなく、何事であるかは特定できないがある種の危険が絶無であるとして無視するわけには行かないという程度の危惧感であれば足りる」とし、製造課長に対して、第二リン酸ソーダ発注に際し、従業員に規格品を発注し、化学的検査をするよう監督すべき職責をもっていたのにこれを怠ったとして業務上過失致死を肯定。
③過失の「結果責任」化  最決平1・3・14(時速30km制限の道路を65kmの速度で進行し,ハンドル操作を誤り,信号柱に左側後部荷台を激突させた事故につき,助手席の同乗者への業務上傷害のみならず、知らないうちに荷台に搭乗していた二名に対する業務上過失致死が争われた): 「右のような無謀ともいうべき自動車運転をすれば人の死傷を伴ういかなる事故を惹起するかもしれないことは,当然認識しえたものというべきであるから,たとえ被告人が自車の後部荷台に前記両名が乗車している事実を認識していなかったとしても,右両名に関する業務上過失致死罪の成立を妨げない」
(4)業務上過失と重過失
①「業務」上過失(§211①前段)→「社会生活上の地位に基づいて継続して行う事務」
「他人の生命身体に危害を加えるおそれのある行為を反復継続して行う限り、職業や営業であることも、免許の有無も関係なく、もっぱら娯楽のための行為であっても業務性がある」(最判昭33.4.18:娯楽のための狩猟行為)
②重過失(§211①後段)→注意義務違反の重大なもの(ex.最判昭23.6.8盛夏晴天のガソリンスタンドで揮発しているガソリン缶のすぐ近くでライターに点火して火災が生じた)