日本の英会話教室
世間の英語への期待は大きい。どのくらい大きいのかについては一言では言い表すことはできないが一つの例として英会話学校の存在が挙げられる。矢野経済研究所が出した『語学ビジネス徹底調査レポート 2006』では、2005年度の語学ビジネス市場(語学スクール、語学学習教材、周辺ビジネスの合計)について、対前年比0.9%増の6383億4000万円という数字が示されている。上の図は近年の語学ビジネス市場の推移を表したものである(矢野経済研究所が作成)。
英会話教室の数についても少し紹介しておこう。英会話教室は政府の統計資料ではでは他の言語も含めた外国語会話教室の中で扱われている。経済産業省は毎年「特定サービス産業実態調査」という報告書を出している。「平成17年特定サービス産業実態調査」によれば外国語会話教室を営む企業は1144企業であった。外国語会話教室に関する調査は平成9年、平成14年、平成17年の3度行われているが、企業数から見れば調査が行われるごとにその数を減らしている。しかし年間売上高は調査をするごとに増加している。次の表は外国語会話教室の企業数とその売り上げ、さらには外国語会話教室で取り扱われている各言語の割合を整理したものである。
図を見ても、表を見ても語学産業は全体として成長してきていることが分かる。しかしこのまま順調にゆくがどうかは分からない。需要があるところに産業が成り立つことを考えれば、それは日本人の心がどのように揺れ動くのかが大きく影響している。
英語教育のために移民したい
話はそれるが、お隣韓国の英語に対する期待を少し見てみよう。2006年3月31日付けで朝鮮日報に「韓国国民の25%「英語教育のために移民したい」」という記事が載せられた。記事はインターネットで閲覧することができるが、全文を引用してみよう。
お隣韓国の英語熱は相当に高まっていることが分かる。人口5千万として計算すると、なんと韓国では1250万人の人が英語のための移民を望むということになる。韓国の親がどのような教育を自分の子に受けさせようとわれわれには基本的にはわれわれには関わりのないことだが、この数字に真実味があるのかどうかについては興味があるところである。調査の方法に何かしら問題があるのではないかとも考えたくなる数字であるが、この英語に対する情熱は現実世界のものになっているようである。
雁のパパ
日本の英語熱については後で論じるが、今見た韓国の状況を伝える新聞記事を目の当たりにしたとき、私はこれを卵の例を持ち出してたとえ話をせずにはいられない。つまり韓国の英語熱がゆできっているせいで、日本のそれは半熟にしか思えないということである。先の新聞記事以外にもそう思わせる話はいくらでもある。
あるとき、インターネットであるサイトを覘いているとWashington Post紙に"A wrenching Choice" というタイトルの記事が存在することを知った。その記事がまさに韓国の英語熱がすでにゆであがったゆで卵であると思わせるものであった。 記事の内容を簡単に紹介しよう。
それは韓国のある家族についての話である。父親、母親、娘、二人の息子の5人家族。どんな親も自分の子供には幸せになってもらいたいと思うものである。そのため子供によりよい教育を受けさせようとするものだが、この両親も負けてはいない。あるとき、自分の子供にアメリカで教育を受けさせることを決意する。子供だけアメリカに送るわけには行かないため、家族で行こうとするが父親には韓国での仕事がある。そのため母親と子供だけがアメリカに渡り、父親は韓国に残る。
記事によれば、家族はすでにそういった生活――父親不在の子供、夫不在の妻――を1年続け、あと9年間続ける計画であるという。家族は父親が家族の元を訪れるという形での再開をたまに行うだけである。
「キロギ・アッパ」
これがそのような父親に名づけられた呼び名だという。これは最初に紹介した新聞記事にも出ていたと思う。韓国語で「キロギ」は「雁(ガン)」を意味し、「アッパ」は「父」を意味する。渡り鳥のように家族と韓国の間を往復することに由来している。
今、韓国ではこういった家族が増えてきているのだという。記事では2002年に約1万人の学齢児童が海外での教育を受けるために韓国を去ったことを紹介している。
記事は子供のほうが学校の授業などに合わなくて、グレてしまい、アメリカでの教育をあきらめて韓国に戻った話しも紹介されている。また父親の孤独についても触れられている。家族がいなくなって、小さな家に引っ越した例、食事がファストフードや冷凍食品偏ってしまい肥満になった例、中には自殺してしまった父親までいるという。
このような状況は現在の日本ではまたそれほど聞かない。メディアが報道していないだけなのだろうか。もうひとつ韓国で起きた話題に触れてみたい。
舌を切る子供たち
「舌切りスズメ」の話の中で、意地悪なおばあさんがスズメの舌を切ってしまう場面があった、と私の不確かな脳は記憶をしているが、韓国では一歩進んで「自ら」舌を切る人が出てきているという。「自ら」とは言っても親が自分の子供の舌を切る手術を受けさせるわけである。この手術については日本のテレビなどでも取り上げられたことがあるというから知っている人も多いかもしれない。
2003年に韓国で『もし、あなたなら~6つの視線』という映画が製作された。これは韓国人権委員会という団体作ったものだというが何をしている団体かはよく知らない。映画の中には「人権」に関する六つのエピソードが盛り込まれている。その中の一つがまさに子供の舌を切る話である。今のところ、私自身この映画を実際には見ていないためどんな内容なのか断言はできないが、話のあらすじが映画の公式ホームページに紹介してあるのでそれを引用する。なお、舌の手術を扱っているエピソードは四番目で、そのタイトルは「神秘的な英語の国」というものである。
番組ホームページによればこの手術の場面には実際のドキュメンタリー映像が使われているという。人権団体が製作者であることを差し引いても「舌の手術」が現実に行われたことは間違いない。
この話題からは韓国人も日本人と同じようにRとLの発音を苦手にしているらしいことが伺えるが、問題の本質は別のところにある。このような手術をバカバカしくおもう親がいる一方で、日本の親の中にも「発音が良くなるなら、我が子にも・・・」と考える親がもしかしたらいるかもしれない。世界は広いし日本も広い。
ただこの手術についてひとこと言えば、手術自体の効果はないということである。専門家によればこの手術には実質的な効果はないとみているらしいことは確認しておかなければならない。
日本の英語熱
今見てきたような韓国の事例を目の当たりにすると、日本の英語熱はまだ半熟状態だと思わざるを得ない。日本の英語熱はどのような形で表に現れてきているだろうか。韓国のように舌を切ったり別居したりという話はまだそれほど聞かないところを見ると、「韓国の英語熱>日本の英語熱」ということが一応は言えるかも知れない。日本人は「熱しやすく冷めやすい」としばしば言われるが、英語についてはどのような反応を見せるのだろうか。この先、ますます温度を上げてゆくのか、それとも一応の冷静さを取り戻すのか。注目してゆきたい。
以前紹介した「韓国の英語熱:海外逃亡!」(2007年02月05日)もあわせてみていただけるとよいと思う。
[参考]
『語学ビジネス徹底調査レポート 2006』概要(矢野経済研究所)
「外国語会話教室の概況」(経済産業省)
A Wrenching Choice(washingtonpost.com、2005/01/09)
教育のため 別居選ぶ韓国人(読売新聞、2005/12/06)
韓国国民の25%「英語教育のために移民したい」(朝鮮日報、2006/03/31)
韓国「大脱出」:加熱する早期留学(上)
韓国「大脱出」:加熱する早期留学(下)
韓国映画『もし、あなたなら~6つの視点』 エピソード4 神秘的な英語の国
「英語発音良くするため舌の手術が流行」(朝鮮日報、2002/01/01)
「英語を正しく発音できるようにと、子供に舌の手術を受けさせる親たち。先ごろ韓国で問題となったこの事件の背景には、過熱する英語競争があります。」(NHK、2005)
「英語の発音をよくするために子供の舌を手術!仰天!ママの行き過ぎた英語教育」(All About、2003)
AP:“Tongue Operations” Popular in Korea for English Education(朝鮮日報、2004/01/02)
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世間の英語への期待は大きい。どのくらい大きいのかについては一言では言い表すことはできないが一つの例として英会話学校の存在が挙げられる。矢野経済研究所が出した『語学ビジネス徹底調査レポート 2006』では、2005年度の語学ビジネス市場(語学スクール、語学学習教材、周辺ビジネスの合計)について、対前年比0.9%増の6383億4000万円という数字が示されている。上の図は近年の語学ビジネス市場の推移を表したものである(矢野経済研究所が作成)。
英会話教室の数についても少し紹介しておこう。英会話教室は政府の統計資料ではでは他の言語も含めた外国語会話教室の中で扱われている。経済産業省は毎年「特定サービス産業実態調査」という報告書を出している。「平成17年特定サービス産業実態調査」によれば外国語会話教室を営む企業は1144企業であった。外国語会話教室に関する調査は平成9年、平成14年、平成17年の3度行われているが、企業数から見れば調査が行われるごとにその数を減らしている。しかし年間売上高は調査をするごとに増加している。次の表は外国語会話教室の企業数とその売り上げ、さらには外国語会話教室で取り扱われている各言語の割合を整理したものである。
図を見ても、表を見ても語学産業は全体として成長してきていることが分かる。しかしこのまま順調にゆくがどうかは分からない。需要があるところに産業が成り立つことを考えれば、それは日本人の心がどのように揺れ動くのかが大きく影響している。
英語教育のために移民したい
話はそれるが、お隣韓国の英語に対する期待を少し見てみよう。2006年3月31日付けで朝鮮日報に「韓国国民の25%「英語教育のために移民したい」」という記事が載せられた。記事はインターネットで閲覧することができるが、全文を引用してみよう。
韓国国民の25%「英語教育のために移民したい」 国民4人中1人はチャンスがあれば外国に「教育移民(子どもの外国語教育のために家族が外国に移民すること)」したいと答えたと東亜(トンア)日報が報道した。 31日、東亜日報が実施した世論調査の結果によると、「チャンスがあれば教育移民、早期留学、キロギアッパ(早期留学のため外国に住んでいる家族のため韓国で単身働く父親)をしたいと思うか」という質問に、回答者の25.2%が「教育移民」、21.8%が「早期留学」、12.0%が「キロギアッパ」をする意思があると答えた。 このような傾向は小中高校生の親が最も強く、小中高校生の親の32.6%が「教育移民をする考えがある」と答え、早期留学(28.9%)、キロギアッパ(15.5%)を望む親も多かった。 「家族や親戚の中に子どもの教育のため移民、早期留学、キロギアッパをしている人はいるか」という質問に「教育移民に行った人がいる」という答えが18.5%、早期留学は16.4%、キロギアッパは11.1%だった。 この新聞はまた、小中高校生の80%が英語と関連した私教育を受けているとした。比率は小学生84.6%、中学生88.4%、高校生64.9%と、中学生が最も多かった。英語の私教育にかかる費用は年平均248万ウォン、月平均20万ウォンだった。 [ 朝鮮日報 2006/03/31 ] |
お隣韓国の英語熱は相当に高まっていることが分かる。人口5千万として計算すると、なんと韓国では1250万人の人が英語のための移民を望むということになる。韓国の親がどのような教育を自分の子に受けさせようとわれわれには基本的にはわれわれには関わりのないことだが、この数字に真実味があるのかどうかについては興味があるところである。調査の方法に何かしら問題があるのではないかとも考えたくなる数字であるが、この英語に対する情熱は現実世界のものになっているようである。
雁のパパ
日本の英語熱については後で論じるが、今見た韓国の状況を伝える新聞記事を目の当たりにしたとき、私はこれを卵の例を持ち出してたとえ話をせずにはいられない。つまり韓国の英語熱がゆできっているせいで、日本のそれは半熟にしか思えないということである。先の新聞記事以外にもそう思わせる話はいくらでもある。
あるとき、インターネットであるサイトを覘いているとWashington Post紙に"A wrenching Choice" というタイトルの記事が存在することを知った。その記事がまさに韓国の英語熱がすでにゆであがったゆで卵であると思わせるものであった。 記事の内容を簡単に紹介しよう。
それは韓国のある家族についての話である。父親、母親、娘、二人の息子の5人家族。どんな親も自分の子供には幸せになってもらいたいと思うものである。そのため子供によりよい教育を受けさせようとするものだが、この両親も負けてはいない。あるとき、自分の子供にアメリカで教育を受けさせることを決意する。子供だけアメリカに送るわけには行かないため、家族で行こうとするが父親には韓国での仕事がある。そのため母親と子供だけがアメリカに渡り、父親は韓国に残る。
記事によれば、家族はすでにそういった生活――父親不在の子供、夫不在の妻――を1年続け、あと9年間続ける計画であるという。家族は父親が家族の元を訪れるという形での再開をたまに行うだけである。
「キロギ・アッパ」
これがそのような父親に名づけられた呼び名だという。これは最初に紹介した新聞記事にも出ていたと思う。韓国語で「キロギ」は「雁(ガン)」を意味し、「アッパ」は「父」を意味する。渡り鳥のように家族と韓国の間を往復することに由来している。
今、韓国ではこういった家族が増えてきているのだという。記事では2002年に約1万人の学齢児童が海外での教育を受けるために韓国を去ったことを紹介している。
記事は子供のほうが学校の授業などに合わなくて、グレてしまい、アメリカでの教育をあきらめて韓国に戻った話しも紹介されている。また父親の孤独についても触れられている。家族がいなくなって、小さな家に引っ越した例、食事がファストフードや冷凍食品偏ってしまい肥満になった例、中には自殺してしまった父親までいるという。
このような状況は現在の日本ではまたそれほど聞かない。メディアが報道していないだけなのだろうか。もうひとつ韓国で起きた話題に触れてみたい。
舌を切る子供たち
「舌切りスズメ」の話の中で、意地悪なおばあさんがスズメの舌を切ってしまう場面があった、と私の不確かな脳は記憶をしているが、韓国では一歩進んで「自ら」舌を切る人が出てきているという。「自ら」とは言っても親が自分の子供の舌を切る手術を受けさせるわけである。この手術については日本のテレビなどでも取り上げられたことがあるというから知っている人も多いかもしれない。
2003年に韓国で『もし、あなたなら~6つの視線』という映画が製作された。これは韓国人権委員会という団体作ったものだというが何をしている団体かはよく知らない。映画の中には「人権」に関する六つのエピソードが盛り込まれている。その中の一つがまさに子供の舌を切る話である。今のところ、私自身この映画を実際には見ていないためどんな内容なのか断言はできないが、話のあらすじが映画の公式ホームページに紹介してあるのでそれを引用する。なお、舌の手術を扱っているエピソードは四番目で、そのタイトルは「神秘的な英語の国」というものである。
1998年の冬、ソウルにある名門英語幼稚園でクリスマス会が開かれている。6歳のジョンウは両親の期待にこたえ、英語の発表会で上手に歌っている。だが、ジョンウの母親は少しがっかりしたようだ。息子の発音が他のネイティブの子どもほど完璧ではなかったからだ。それから三年後、ジョンウは小児歯科の手術台の上に横たわっていた。痛みは避けられないが、RとLの発音が上手になるよう手術が行われた。母親が期待したようにジョンウの未来は輝かしく、素晴らしいものになるのだろうか? [ 公式ホームページより ] |
番組ホームページによればこの手術の場面には実際のドキュメンタリー映像が使われているという。人権団体が製作者であることを差し引いても「舌の手術」が現実に行われたことは間違いない。
この話題からは韓国人も日本人と同じようにRとLの発音を苦手にしているらしいことが伺えるが、問題の本質は別のところにある。このような手術をバカバカしくおもう親がいる一方で、日本の親の中にも「発音が良くなるなら、我が子にも・・・」と考える親がもしかしたらいるかもしれない。世界は広いし日本も広い。
ただこの手術についてひとこと言えば、手術自体の効果はないということである。専門家によればこの手術には実質的な効果はないとみているらしいことは確認しておかなければならない。
日本の英語熱
今見てきたような韓国の事例を目の当たりにすると、日本の英語熱はまだ半熟状態だと思わざるを得ない。日本の英語熱はどのような形で表に現れてきているだろうか。韓国のように舌を切ったり別居したりという話はまだそれほど聞かないところを見ると、「韓国の英語熱>日本の英語熱」ということが一応は言えるかも知れない。日本人は「熱しやすく冷めやすい」としばしば言われるが、英語についてはどのような反応を見せるのだろうか。この先、ますます温度を上げてゆくのか、それとも一応の冷静さを取り戻すのか。注目してゆきたい。
以前紹介した「韓国の英語熱:海外逃亡!」(2007年02月05日)もあわせてみていただけるとよいと思う。
[参考]
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