血液型が話題になる場面で,血液型を尋ねられることがあります。話題の上で血液型を尋ねられたとき,私はけして自分の血液型が何かを答えません。場の雰囲気がまずくなろうが,仕方がないのです。血液型のことを尋ねる側にもこれは問題があるのです。あなたはいったいどういうつもりで私の血液型を知りたいのですか?血液型と性格(パーソナリティとも)が何か明らかになるということは否定されています。私との付き合いで私がこれからどのようにあなたと付き合っていきそうかが知りたいのなら,別の方法を取らなければならないでしょう。
「いや,血液型と性格が関係ないのはわかるけれど,話題のきっかけだとかネタとして,血液型はよく語られれているからいいじゃないですか。」
いや,話題のきっかけやネタとして語るなんてとんでもない。そのような不用意な扱いが,血液型が重大な差別の問題を孕んでいることを見えにくくしているのです。血液型は遺伝的に決定された身体上の性質です。遺伝的な特徴をあれこれ不用意に取りあげるには慎重であるべきなのです。肌の色や目の色,髪の毛の色だとかと同じく,血液型も生まれつきの身体的特徴であり,遺伝的特徴によって付き合い方を変える可能性を持っている「血液型性格判断」や「血液型相性判断」は,慎むべきことです。「人種別性格判断」や「人種別相性判断」などというと,穏やかではなさそうだと思う人が多いでしょう。血液型も同じなのですよ。
首相のプロフィールで血液型を公開していますが,ああいうことはやめてほしい。一国の首相のプロフィールに,「人種:東洋系」みたいに書いていたら,多くの人がおかしいと思うでしょう。