和名類聚抄というのは、源順(したごう)が撰述したものと言われ、承平年中(931~938)に成立した、現代でいう百科事典である。そこに、国ごとに国郡郷名が記されている。和名類聚抄には異本があり、俗に高山寺本と大東急記念文庫本と呼ばれている。その2種類の本では字が異なる場合があるが、和治の場合は全く同じである。問題は読み方で「和治」を素直に読めば「わち」であるが、「政治」(せいじ)と読むように、「わじ」とも読める。読み方の裏付けを探れるものは、地名の成立過程であろう。和治は聖徳太子の17条憲法を出すまでもなく、「和を以て治める」意味だろうが、そこまでを敷智郡の一郷名が持つかどうかも疑問である。敷智郡の郡名はまさに「渕」という谷地形の自然環境が名前に付けられているからである。したがって、なぜ和治と名付けられたかは謎である。「和地」は「和治」の地が縮められたと考えてよい。今日はこんなところで。
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