確率的合否決定に意味はあるか

この論題は安冨氏の記事の本題ではないのだが、氏の提案には批判すべき点があると思うので議論する。

安冨歩氏は以下のように述べる：

そもそも、私の属する東京大学が、「旧態依然」という言葉ですら足りないような、旧態依然たる入試を続けている状態が諸悪の根源のひとつではある。私は以前から、合格点前後でズバッと合否を切るのはあまりにもひどいので、最高得点の人は１００％合格、最低得点の人は０％合格として、その間の人は得点に従って合格確率の上昇するように設定し、乱数を使ってなめらかに合否を決定してはどうか、と提唱している。しかしこの程度の提案でさえ、「そんなことをしたら、東京大学が地盤沈下してしまう！」と血相を変える先生がおられる有様である。そんなことで地盤沈下するような大学なら、地盤沈下したほうが日本のためになると思うのだが。

ここで安冨氏が提案している合否決定方式を「確率的合否決定方式」と呼ぶことにする。さて、この方式の意味は何だろうか。

安冨氏の問題意識は、合格と不合格の間には大きな落差があり、その合否がある合格点をわずかでも超えたかどうかで決定されるというのが「あまりにもひどい」というものだと読める。

確かに、合格点近傍の1点の違いは学力や努力の差とは言えないので、その結果に大きな落差があるのは問題があるかもしれない。したがって私はこの問題意識には異論はない。だが、安富氏の提案する確率方式がこの問題の解決になっているのかというと話は別だ。私の考えでは、この方式は何の解決にもなっていない。

まず、この方式では合格と不合格の間に大きな落差が存在することは変わらない。合否決定を点数から決定論的に決めるか、確率的な過程を含めるかの違いは、結果の落差には関係せず、「学力や努力の点では全く差のない2名が、合格と不合格という大きく異なる判定を受ける」という当初の問題は変わらない。言いかえれば、合格確率が点数のなめらかな関数で表わされるように設計しても、合否という最終的な値が0か1の2値であれば意味がないのだ。

確率方式が現行方式の改善になっていないという点は、次のような言い方でも説明できる。安富氏の確率方式では「最高得点の人は１００％合格、最低得点の人は０％合格として、その間の人は得点に従って合格確率の上昇するように設定し、乱数を使ってなめらかに合否を決定」する。それに対し現状はこうだ：「最高学力の人は１００％合格、最低学力の人は０％合格として、その間の人は学力に従って合格確率の上昇するように設定し、点数という確率変数を使ってなめらかに合否を決定」する。両者に本質的な違いがあるだろうか？

このように、安富氏の問題意識に対する解としては、確率方式のような「合否の決定プロセスをなめらかにする」方法は意味がない。むしろ意味があるとすれば、決定プロセスではなく結果の方を「なめらかに」設定しなおす改革だ。たとえば東大の場合であれば、入試の結果を進学振り分けに使用される点数に取り入れて、入試が終わった時点でその進学振り分け点数の条件を受験者に通知し、受験者はそれをみて入学するかどうか決めることができるという改革であれば、入試の「結果」をなめらかにしたことになる。もちろんこれが他の観点から妥当かどうかは別だが、いずれにせよ入試の「結果」が合否の2値であるという点を変えない限り安富氏の問題提起に対する解答にはならないと思う。