ま、夏休みの大学生がやることといったら
バイトか合コンかサークル活動か、
ネットサーフィンか麻雀かパチスロかオナニーかセックスか
テレビか映画鑑賞かネトゲかエロゲか2chか読書かデートか旅行か
クスリか宗教か自己啓発セミナーか
ネズミ講か自傷かツクスレ荒らしくらいしかないわけで、
勉強するという選択肢は含まれない。断じて。
どーせ大学なんて
仕事するまでの期間を引き延ばして遊ぶために行ってるんだし、
夏休みまで勉強する必要はない。
勉強合宿しようって言い出すなんて頭がどうかしてるとしか思えない。
暑さで脳みそ溶けちゃってるんじゃないか?
「ま、お前がそう言うのも無理はない。俺も大方同じ意見だ」
悪友の菊池は俺の反応を予想していたかのように淡々と述べる。
先ほどまで徹夜で麻雀をしていたせいで目に隈ができている。
鏡を見れば俺も同じ状態だろう。
「だがな、工藤も来ると言ったら話は別だろう?」
「工藤?
……工藤って、工藤仁美さんか? 一緒の学科の」
「もちろん」
どうだ、おどろいたか?
菊池はそんなふうに俺の様子を観察してにやにやしている。
「馬鹿野郎、そんな隠し玉があるなら最初に言え。
『工藤さんが勉強合宿に行くから同行しないか?』って」
「隠し玉はここぞというときに出すから隠し玉なんだろ」
「知るかよ。それより、なんでお前が誘われてるんだ?
その勉強合宿とやらに」
菊池が工藤さんに
話を持ちかけられるような間柄だなんて知らなかった。
工藤さんは高貴なお嬢様のような女性で、
菊池は知能指数マイナスの馬鹿だ。
菊池は工藤さんのちょうど対極にあるような生物で、
同じ星に生息する同じ人間であることが不思議なくらいだ。
二人に接点なんてないはずだし、
共通していることといえば
酸素を吸って二酸化炭素を吐くことくらいなもんだ。
「いやぁ、俺ってなんか、
頭がいいって思われてるんだよね。工藤にさ」
「はぁ?」
「たぶんアレ見たんだよアレ。
えっと、言語地理学の、中間試験の結果、掲示されてたじゃん」
「アレか」
ようやく俺も把握した。
菊池は試験でトップを取ったんだった。実力ではなく運で。
菊池はその頃、
ドラクエⅠからⅧまで順番にクリアーしていくことにはまっていて、
ゼロ勉(勉強時間ゼロの略)で試験を受けたのだ。
その試験が全問選択肢だったんで、
寝不足だった菊池は問題を見ずにてきとーにマルをつけて
試験開始から3分で机に突っ伏して眠っちまった。
にも関わらず、
確率の収束なんか無視して
ありえない奇跡を起こして高得点を取ってしまった。
こんな悪運の持ち主でなければ
菊池のような馬鹿がこの大学に入れるはずがない。
センター試験で忍たま占い鉛筆転がして
出た目の番号をチェックしていくような奴だぞ。
真面目に勉強してきた奴が可哀想だ。
閑話休題、掲示板に張られた試験結果発表の
一番上に菊池の名前が堂々と君臨していて、
それを見た工藤さんは勘違いしてしまったのだろう。
菊池は頭が良いんだって。
「ま、俺のほかにも何人かに声をかけたらしいんだけどね。
みんな夏休みは忙しいとか言って断ったんだってさ。
ほんとのところは勉強したくないだけなんだろうね。
工藤みたいに勉強したいなんて奴は少数派なんだよ」
「なんでもいいが、工藤さんを呼び捨てす――」
言いかけたところで背後から聞きなれている声がした。
「おにいちゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん!」
嫌な予感がして振り返る。
物凄い勢いで走ってくる二人の女の子。
俺の目前で二人は左右に散り、両肩に抱きついてくる。
俺は左右から押し挟まれサンドイッチ状態。
なんだこれは。スパルタンXか?
俺はジャッキーチェンとなってミスターXを倒し、
シルビアを救わねばならないのか?
このままではライフゲージが減っていく……。
「離れろ、ヘレン! ヒルダ!」
肩に密着する二人を振り払う。
「ひゃあっ」
「何するの、お兄ちゃん!」
「ヘレン、ヒルダ、街中で抱きついてくるな!
通行人が微笑ましいものでも見るかのように見物してるだろうが!」
「だってお兄ちゃんのこと好きなんだもぉん!」
「知るか! 恥ずかしいだろうが!」
そんな俺とヘレンとヒルダの様子を羨ましそうに眺めている菊池。
「かわいいなぁ、ヘレンちゃんもヒルダちゃんも。
どちらか一人でいいから俺にほしいなぁ」
「どっちももらってやってくれ。厄介で仕方がない」
「ひどいよおにいちゃんっ」
ヘレンが頬を膨らます。
「そうだよ、ヘレン一人ならともかく!」
「あっ、ヒルダおねえちゃんもひどいっ!
料理下手くそなくせに!」
「なんですって!
ヘレンは小さな虫を見つけるだけで
失神しそうになるくらいの怖がりじゃない!」
「むぅ~~~~~~」
ヒルダとヘレンが向き合って犬のように威嚇しあう。
「ねぇねぇ、ヒルダちゃん、ヘレンちゃん」
その中を菊池が割って入る。
「私は、菊池さんちの子にはならないからね」
「いや、そうじゃなくてさ、来週、新山と群馬の別荘に行くんだ。
工藤ってお金持ちの別荘な、俺は別荘なんてもってねーし。
そんで、ヒルダちゃんとヘレンちゃん、一緒に行かないか?」
補足すると、新山ってのは俺の苗字だ。
ヒルダとヘレンはそれぞれ新山ヒルダ、
新山ヘレンということになる。
生粋の日本人である。
ちなみに超能力とか魔法のような特技は持ち合わせていない。
「別荘!? お兄ちゃんが行くなら私も行く行くっ」
「私もっ!」
「おいおい、勉強しに行くんだろ……?
こんなびーびー鳴いてる五月蝿いガキ二人を
連れて行ったら迷惑だろ……」
「あらかじめ工藤には断っておいたよ。
大勢の方が賑やかで楽しいって、喜んで受け入れてくれた」
「お前の目的ってもしかして……」
「そりゃもちろん、
ヒルダちゃんとヘレンちゃんと一緒にお泊りしたいなぁって。
いいじゃないか、新山だって工藤と旅行に行けて嬉しいだろ?」
嬉しくないワケがないだろう。
工藤さんは誰もが認めるこの学課一の美人だたぶん。
俺以外にも狙っている人が二、三人はいるはずだ。
そんな女の子と夜を共にできるなんて(部屋は別だろうが)、
素敵な体験じゃないか。
そんなわけで俺とヒルダとヘレンは、
工藤さんの友達である中川さんという女の子
(もちろん同じ学科だ)と一緒に、
工藤の運転するワゴン車に乗り込んで群馬に行くことになった。
その時のヒルダとヘレンのはしゃぎようといったら、
俺が恥ずかしくて赤面してしまうくらいだった。
「最近の若者は元気がないから、元気があってよろしい」
と工藤さんが、
うちの大学で起こった集団レイプ事件に対する
ある政治家の言動を真似て見せたので、
なんか、お嬢様って雰囲気とは違うなぁ……と驚く。
ヒルダやヘレンは車の中で流行歌を音痴な声で歌いまくってた。
大学生の割りに小柄な中川さんは僕らの会話を聞いて微笑んでいた。
まぁいろいろあった。省略。
しかしこの旅行がとんでもない事件の始まりだとは
誰も予想していなかった。
あ、菊池はインフルエンザで高熱出して欠席ね。
なんでこの時期にインフルエンザなのか不明だけど。
後編(事件編)へ続く