水説:安倍は「右の鳩山」か=倉重篤郎
2014年03月26日
<sui−setsu>
これは歴史認識ドミノというべきか。安重根記念館、慰安婦像、徴用工強制連行訴訟と、昨年暮れの安倍晋三首相の靖国参拝以降、中韓両国はせきを切ったように、対日批判攻勢を強めている。
安倍氏は自らの言動の代償をここまで予測していたか。日米韓首脳会談では仲介役の米国にも借りを作ったことになる。どうみても国益を損なっていると考える。
だが、このコラムでは安倍政治が提起するもう一つのテーマを取り上げたい。対米自立という政治路線である。
戦後の日本が、戦前の富国強兵から軽武装・経済重視路線に転換したことはよく知られている。憲法9条と日米安保条約を根拠に必要最小限の自主武装と強力な米軍により国と地域を守り、それと引き換えに基地を提供、国力は経済に傾注する路線だ。吉田茂首相が採用、基本的には大きな変更なく今に至っている。
もちろん、途中でいくつかの修正はあった。1960年、岸信介首相はあまりにも米国本位であった同条約を改定し、事前協議制の導入で対等化を一歩進めた。中曽根康弘首相は、吉田路線の軽武装見直しを図り、86年防衛費の国民総生産(GNP)比1%枠をわずかに突破させた。小沢一郎氏は、集団的安全保障という概念を使い国連承認の下での自衛隊海外派遣の道を開き、「対米協力一辺倒」色を薄めさせた。
国にとって最も大切なはずの安全保障で米国におんぶに抱っこされてきた従米構造に対する自責の念が、力ある政治家たちをして、吉田路線の見直しを模索させてきた。
その対米自立の動きが最近左右の立場から改めて提起された。鳩山由紀夫首相は、対等な日米関係、東アジア共同体構想をぶち上げた。中国を軸としたアジアとの外交的連帯を強化することで在日米軍の削減、非常駐化につなげる意欲的な構想だったが、普天間移設段階でつまずいた。
安倍首相は、逆に防衛費の増強、集団的自衛権の行使容認に踏み込むことで、対米依存を引き下げ対等化を進めようとしている。祖父である岸氏を超えんというこれまた野心的な試みだ。2人は、改憲論者であること、祖父が反吉田・対米自立論者(鳩山氏の場合は一郎首相)であること、米国から危険視されている、との共通点もある。
私もまた、行き過ぎた対米依存を見直し時間をかけて自立化を図るべきだと考える一人である。ただ、それは踏み込んだ歴史認識と対中韓関係改善があって初めて可能な道でもある。(専門編集委員)
<毎日新聞 会員記事>