#648: マルタの鷹

2014-09-19 | Weblog
『マルタの鷹』(The Maltese Falcon)は、ダシール・ハメットの書いた古典的なハードボイルド小説である。

ロイ・デル・ルース監督の『マルタの鷹』(1931)、ウィリアム・ディターレ監督の『Satan Met A Lady』(1936 - 日本未公開)、ジョン・ヒューストン監督の『マルタの鷹』(1941)と、過去3度映画化されているが、ヒューストンの監督デビュー作でもある41年の作品がフィルム・ノワールの古典とされている。

ハードボイルドの私立探偵サム・スペードにハンフリー・ボガートが扮したが、探偵という職業を、最も魅力的に(?)表現した作品であることに異論はないであろう。
ボギーの映画のベストは何かと言われると、困ってしまうことになるのだが、強いて一本だけ挙げなければならないとするならば、蚤助としてはこの『マルタの鷹』を選ぶかもしれない。

この作品で、ヒューストンは脚本も担当したが、これ以前のシナリオライターとしての彼の仕事は、ラオール・ウォルシュ監督の『ハイ・シエラ』(1941)であった。
それはボギーが42歳にして初めて主演した作品でもあった。
ボギーは刑務所を出所したばかりのギャングを好演、スターダムに駆け上がる切っかけを作った。
ウォルシュの演出もさることながら、シナリオで情に通じたギャングという人物像を造形したヒューストンが、ボギーの魅力を引き出したともいえる。
余談だが、共演した女優(後に映画監督)のアイダ・ルピノの方が格上で、ファースト・クレジットはボギーではなく、彼女の方だった。

プロデューサーのハル・B・ウォリスは、当初、サム・スペード役にジョージ・ラフトをオファーしたが、新人監督とは仕事をしたくないなどと言われ断られたため、ボギーにお鉢が回ったという。ヒューストンが前作『ハイ・シエラ』でのボギーの演技を見ていたことも大きく寄与したのだろう。

原作小説の方は、完全な客観描写のみで書かれているので、ヒューストンは秘書に小説の中から登場人物のセリフと行動のみを抜書きした原稿を作らせ、これをベースにしてシナリオを作ったという。なるほど原作に忠実なハズだ(笑)。

原作を未読、映画未見の人のためにストーリーを詳述することは控えるが、相棒の探偵を殺されたスペード(ボギー)が、マルタ島に伝わるという鷹の彫像をめぐる犯罪を暴くという筋立てである。

『マルタの鷹』は、全編早口のセリフの連続である。
検事を前に早口で供述しているシーンで、ボギーが速記で調書を取っている男に「書き取れるか?」と訊く場面があったりする。
また、画面には登場しないまま、殺されてしまった人物の名前が重要であったり、登場人物のしゃべることがウソであったり、字幕を追って物語を理解するのはそんなに簡単ではない映画である。

そんな作品なのに、なかなか面白いのは、ボギーのちょっといかがわしい雰囲気を持ったタフな魅力と、ピーター・ローレ、シドニー・グリーンストリート、エリシャ・クック・ジュニア、ウォード・ボンドなど脇役の面白さ、そういったアクの強い役者たちを自在に操ったヒューストンのスピード感あふれる演出の切れ味によるものだろう。
スペードに言い寄る悪女を演じたメアリー・アスターは好演だが、妖艶な雰囲気が不足しているように思われ、蚤助のテイストではないのが残念。実生活においては当時のスキャンダル女優として有名だった。
スペードの秘書エフィはなかなか気が利く有能でチャーミングなキャラクターだが、演じたリー・パトリックが蚤助の好みではなかったのもくやしい(笑)。


(左からボギー、P・ローレ、M・アスター、S・グリーンストリート)

シドニー・グリーンストリートとボギーとの初対面の会話。

「君は無口なんだね」
「話好きです」
「結構、無口の人間は信用できない。たまにしゃべると場違いなことを言う。話し方も訓練しないとうまくしゃべれない」


初めてこの作品に接したとき、正義や愛やユーモアこそ映画だと思っていた映画好きには少しショックであった。悪人・善人を単純に区別することの虚しさも教えてくれた。
後年、蚤助が大人になって再見すると、ボギーの冷静さや、ハードボイルドの仮面の下にヒューマンな思いが潜んでいることを知って感動した。

ラスト近く、メアリー・アスターとボギーの会話。

「あの人(殺されたボギーの相棒)ただの探偵でしょ?」
「相棒が殺されたら男は黙っちゃいないんだ。君がどう思おうと関係ない。俺たちは探偵だ。相棒が殺されたら犯人は決して逃がさない。それが探偵ってものさ」


ボギーがアスターの女の誘いを断る場面である。
相棒の死にはこだわっていても、情には決して溺れないハードボイルド精神を伝えてあまりあるものだ。

ラストで、マルタの鷹の彫像を手に取った刑事のウォード・ボンド、その重さを訝しみ「重いな、何だ?」と訊くと、ボギー答えて曰く、

「夢がつまっているのさ」

このセリフ、原語では“The stuff that dreams are made of”で、“stuff”は「材料、原料」のほかに「つまらぬもの」という意味もあり、「夢をつくる原料」と「夢のもくず」という意味をかけているようだ。
ストーリーの結末をつけるのにはまことにふさわしいセリフだと思う。なお、このセリフは原作には出てこず、ヒューストンの創作だったそうだ。

ボギーのサム・スペードは映画の中の探偵としては異色の存在であったが、これによってハードボイルド探偵の原型が作られ、ボギー自身の出世作ともなったのである。


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