東京でカラヴァッジョ 日記

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『プロパガンダ・ポスターにみる日本の戦争』 & 新海覚雄《貯蓄報国》

2021年05月25日 | 書籍
田島奈都子編著
『プロパガンダ・ポスターにみる日本の戦争』
2016年7月初版、勉誠出版刊
 
   2021年3-4月の横須賀美術館「ヒコーキと美術」展に12点が出品されていたことで、初めて知った日本の戦時中のプロパガンダ・ポスターの個人コレクション。
 
   1937〜45年に長野県下伊那郡会地村(現:阿智村)の村長を務めた原弘平氏(1889〜1950)が、村に配布されて掲出期間が終了したポスターを収集し、自宅で秘かに保管していたもので、その数は全135点。現在、阿智村に寄託。
 
   上記の書籍は、そのコレクションの全貌を紹介するもの。
   編著者の田島氏は、青梅市立美術館の学芸員で、近代日本のポスターを中心とするデザイン史を専門としている方。
 
   日本の戦時期のプロパガンダ・ポスターは、掲出期間が終了してすぐさまゴミとされることはなかったとしても、裏が白地であるため再利用されたり、あるいは終戦時に処分されたりして、現存数は少ないようである。
 
   加えて、本コレクションが貴重であるのは、戦時期8年間に国や県が政策遂行のために地方の1村あてに配布したポスターが、(全てではないだろうが)そっくり保管されていることである。
   どのような目的のポスターが、どの程度の頻度で配布されたのか。国民に何を求めたのか。その辺りが伺うことができて、非常に興味深い。
 
 
   コレクションは全135点だが、重複もあり、種類数は121だという。その121種類を政策目的別に分類すると、
 
1位:54種類
戦時債券の販売や貯蓄奨励を唱えるもの。
 
2位:17種類
傷兵保護や遺家族に関するもの
 
3位:16種類
地元長野県に関するもの
 
4位:11種類
金属回収に関するもの
 
5位:10種類
労働力の確保に関するもの
 
6位:9種類
募兵に関するもの
 
となるとのこと。
   戦争遂行には、何よりもまず戦費調達が重要なのだ。
 
 
   昭和13年から開始された「貯蓄奨励運動」。
   その目標額と、阿智村コレクションポスターに見るポスター標語について。
 
昭和13年:目標  80億円
・「貯蓄報国強調週間   貯蓄は身の為國の為」
 
昭和14年:目標 100億円
・「一億一心百億貯蓄」
 
昭和15年:目標 120億円
・「貯蓄百二十億   興亜の力」
・「百二十億   貯蓄達成運動」
 
昭和16年:目標 135億円
・「貯蓄実践運動   一億総動員」
 
昭和17年:目標 230億円
・「貯蓄スルダケ強クナル   オ國モ家モ   230億貯蓄完遂へ」
・「われらの攻略目標   國民貯蓄二百三十億円」
・「230億  我らの攻略目標」
・「我らは戦ふ!貯蓄を頼む!   この四月から一年間に 國民貯蓄230億円を築け」
・「二百丗億の貯蓄完遂へ   貯蓄する   撃つ!勝つ!築く!」
 
昭和18年:目標 270億円
 
昭和19年:目標 360億円
・「もっと働きもっと切詰め   断じて三六〇億を貯蓄せむ」
 
昭和20年:目標 600億円
 
   全11種類。昭和13〜16年は、1または2種類であったが、昭和17年に突如5種類となり、昭和19年が1種類。
   標語が次第に戦争と同一化されていき、最後の方には国民に無理・窮乏を強いている。
 
   昭和18・20年がない。制作されなかったわけではないだろうが、会地村に配布されなかったのか、配布されたが何らかの理由で収集には至らなかったのか。
 
 
   戦費調達としてより重要なもう一つの柱、「戦時債券」の発行。
   昭和12年11月に日本初の戦時債券として「支那事変ノ国債」が発売され、以降はほぼ2ヶ月おきに新たなものが発売されたという。貯蓄債券・報国債券は日本勧業銀行によって発行された割増金付戦時債券。
   阿智村コレクションにおける戦時国債/貯蓄債券・報国債券の発売告知ポスターは、「支那事変国債」「大東亜戦争国債」「支那事変貯蓄債券」「支那事変報国債券」等々、全34種類である。
 
【制作年別のポスター種類数】
年             国債    貯蓄(報国)債券  
昭和12年      0      1
昭和13年      6      2
昭和14年      5      3
昭和15年      4      3
昭和16年      5      2
昭和17年      3      0
昭和18年      0      0
昭和19年      0      0
昭和20年      0      0
計              23    11
 
   昭和18年以降は、国債・報国債券は引き続き売出されているのだが、そのポスターは阿智村コレクションには残っていない。
 
    以下、阿智村コレクションに見る「国債」の売出開始月とポスター標語。
✳︎標語なしでも、図柄は戦争関連。
 
【支那事変国債】
(これ以前分、欠)
・昭和13年8月(2種類)標語なし
・昭和13年10月(2種類)標語なし
・昭和13年12月(2種類)標語なし
・昭和14年2月(2種類)標語なし
・昭和14年4月   標語なし
・昭和14年6月   標語なし
(・2回分欠)
・昭和14年12月   標語なし
(・1回分欠)
・昭和15年4月
   「無駄を省いて国債報国」
・昭和15年6月
   「胸に愛国   手に国債」
・昭和15年8月
   「戦線へ弾丸を!」
(・1回分欠)
・昭和15年12月
   「ムダヅカヒセズコクサイヲカヒマセウ」
・昭和16年2月
   「求めよ国債   銃後の力」
・昭和16年4月
   「求めよ国債   銃後の力」(2回連続)
・昭和16年6月
     標語なし
(・1回分欠)
・昭和16年10月
   「国債を買って戦線へ弾丸を送りませう」
・昭和16年12月
   「此の一弾   此の一枚!」
(・1回分欠)
 
【大東亜戦争国債】
・昭和17年4月
   「勝利だ戦費だ国債だ!」
・昭和17年6月
   「勝つためだ   一枚より二枚」
(・1回分欠)
・昭和17年10月
   「体力!気力!貯蓄力!」
(・以降分、欠)
 
 
 
   「貯蓄報国」と言えば、日本近代洋画史の有名作品を思い起こす(私は実見したことなし)。
 
新海覚雄(1904〜68)
《貯蓄報国》
1943年、112.4×163.0cm
板橋区立美術館
 
   銃後の情景。郵便局の窓口らしき場所。第2回大東亜戦争美術展出品作。
 
   「貯蓄奨励運動」のポスターが描かれている。
   「270億」とあるから、1943年、本作品が制作された年の目標額である。
   「270億」の上には飛行機の姿も。
   その横には「国債」と記されたポスターも。何の国債かは、切れていて分からないが、「大東亜戦争国債」とあるのだろう。国債も貯蓄債券も、郵便局にて売出されている。


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