東京でカラヴァッジョ 日記

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新潮社刊『人類の美術』全20巻、1965〜76

2023年03月17日 | 書籍

 新潮社刊『人類の美術』全20巻。

 1965〜76年にかけて刊行された美術全集。
 
 私が美術鑑賞を始めた頃には、既に新刊書店で見ることはほぼなく、もっぱら古書店。
 背表紙を断片的に見ただけだが、日本の美術全集にはまず見られない巻構成、原著はフランスで、さすがフランスの美術全集は日本のものとは違う、と初心者は感心した。
 当時ルネサンスを特段に好む私は、どこかの雑誌でお勧め本として紹介されていた、アンドレ・シャステル著の次の2巻を探していた。
 
『イタリア・ルネッサンス : 1460-1500』
『イタリア・ルネッサンスの大工房 : 1460-1500』
 
 何年かしてその2巻を古書店で見つける。
 ただ、『イタリア・ルネッサンス : 1460-1500』が何故か、『イタリア・ルネッサンス:1400-1460』(ルートヴィヒ・ハインリヒ・ハイデンライヒ著)と2巻セット販売になっている。
 『イタリア・ルネッサンスの大工房 : 1460-1500』とのセットであればまだ分かるが、と不服ながら3巻購入。
 その後、おまけの『イタリア・ルネッサンス:1400-1460』は手放し、お目当てだった2巻は本棚の肥やしとなっている。
 
 
 
 さて、本美術全集を今回記事にするのは、次の書籍を図書館で借りたことによる。
 
島本浣著
『日仏「美術全集」史 -美術(史)啓蒙の200年』
三元社刊、2016年
 
 題名のとおり日仏の美術全集について述べており、そのなかで、日本語版『人類の美術』とその原著(仏語)である『形の宇宙』も取り上げられている。
 
 初めて知ったこと。
 
 原著は、全42巻であること。
 
 日本語版は全20巻だから、原著の全42巻から日本市場向けに選抜したのだろうと想像するが、全く違う。
 
 原著は、1960年から1997年まで、概ね年1巻を刊行(1960年代は年2巻刊行の年が多い)。
 
 一方、日本語版は、前述のとおり1965年から1976年まで刊行し、1960年から1973年に刊行された原著をすべて刊行している。
 そして、事情は分からないが、1973年以降に刊行される原著は、刊行しなかった。
 
 原著自体もなかなか特徴のある巻構成だと思うが、日本語版は、以下のように、結果としてさらに特徴のある巻構成になった。
 
・古代の中近東、ギリシャ、ローマは厚いが、エジプトはない。
・西洋初期中世は厚いが、ロマネスク、ゴシックはない。
・イタリアルネサンスは、15世紀は厚いが、16世紀はない。
・オセアニア、アフリカはあるが、先史時代、中南米はない。
・バロック以降はない(原著もほぼない)。
 
 
 以下、原著42巻について、大きく11に区分された文明・時代別に、巻名を記載する(前述の島本著に基づく)。
 
 巻名は原著の巻名の日本語訳(日本語版の巻名と異なることもある)。西暦は原著の刊行年。★は日本語版有を、☆は日本語版無を示す。
 
 
「先史時代からケルト」(4巻)
☆『先史時代』1991
☆『起源のヨーロッパ:前歴史時代、紀元前6000-前500』1992
☆『スキタイと中央アジア:紀元前8世紀-紀元後1世紀』1994
☆『ケルト』1977 
 
 
「古代中近東」(6巻)
★『シュメール』1960
★『アッシリア』1961
☆『ヒッタイト』1976
★『ペルシャ:前イラン、メディア王国、アケメネス王朝』1963
★『イラン:パルチア国とササン朝ペルシャ』1962
☆『フェニキア:フェニキアの拡張、カルタゴ』1975
 
 
「古代エジプト」(3巻)
☆『ピラミッドの時代:先史時代から紀元前1560年ヒクソス時代まで」1978
☆『征服者の王国:新王国のエジプト(前1560-1070)』1979
☆『凋落のエジプト:タニス王からメロ王まで、前1070-後4世紀』1980
 
 
「古代ギリシャの世界」(4巻)
★『ギリシャ美術の誕生』1964
★『アルカイック時代のギリシャ:前 620-480』1968
★『古典時代のギリシャ:前 480-330』1969
★『ヘレニズム時代のギリシャ:前330-前50』1970
 
 
「古代ローマの世界」(3巻)
☆『エトルスクとローマ以前のイタリア』1973
★『ローマ:権力の中心』1969
★『ローマ:古代美術の終焉』1970
 
 
「後期古代、初期中世、ビザンチン」(6巻)
★『初期キリスト教美術(200-395)』1966
★『ユスティニアヌスの黄金時代:テオドシウスの死からイスラムまで』1966
★『侵略者たちのヨーロッパ』1967
★『カロリング朝』1968
★『紀元千年の世紀』1973
☆『中世のビザンチン:700-1204』1996
 
 
「ロマネスクの世界」(2巻)
☆『十字軍の時代』1982
☆『西洋の王国』1983
 
 
「ゴシックの世界」(3巻)
☆『大聖堂の時代:1140-1260』1989
☆『ヨーロッパの征服:1260-1380』1987
☆『凋落と新生:1380-1500』1988
 
 
「近世」(6巻)
★『ルネサンスの出現:1400-1460年』1972
★『南のルネサンス:イタリア 1460-1500』1965
★『イタリアの大工房:1460-1500』1965
☆『天才の時代:イタリア・ルネサンス 1500-1540』1974
☆『マニエリスムのルネサンス』 1997
☆『分裂の時代:1750-1830』1995
 
 
「コロンブス以前の中南米」(3巻)
☆『マヤ』1984
☆『メキシコ:アステカの起源』1986
☆『インカにおける先史時代のアンデス』1985
 
 
「他の文明」(2巻)
★『オセアニア』1963
★『黒人アフリカ:造形の創造』1967
 
 
 なお、監修者アンドレ・マルローの最初の計画にあったユーラシア、インド、日本、中国、イスラム、現代(20世紀)シリーズは、日の目を見ることがなかったようだ。
 
 原著の出版社ガリマールのウェブサイトによると、2006年のデータとあるが、原著の総売上は80.5万冊、巻別の最大売上は創刊巻である『シュメール』の5.1万冊とのこと。
 日本語版はどのくらい売れたのだろう。
 


2 コメント

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人類の美術 イタリア・ルネサンス (むろさん)
2023-04-06 23:55:31
このシリーズに関しては、ルネサンス美術(特にボッティチェリ)に関心を持つようになってから最初の頃に、この新潮社版のシャステル著の2冊を図書館で借りて、必要な図版を写真に撮ったりしていました。その後しばらくたって、神田の古書店で安く売っていたので、イタリア・ルネサンスの3冊だけ買いましたが、ほとんど見ることもなく最近まで放置していました。そして、この1年ぐらいで手持ち資料を調べていた時に、あらためてこの本(中でも大工房)の内容が役に立つことがありました。

その一つ目は 大工房のP190に書かれている「1450から70年にかけて(北イタリアの)パドヴァ、フェッラーラ、ヴェネツィアで起こったことはスクァルチオーネの工房で過ごした絶望的な放浪者の一団に起源をもつ」という文章です。ヤマザキマリのリ・アルティジャーニを見ていて、マンテーニャやベリーニ、クリヴェッリの関連性などを知りたくて資料を探しているうちに、シャステルがロンギの有名な言葉として引用しているこの文章にたどりつきました。そして、ロンギの実際の文章として(訳文は多少異なるが)、芸術論叢Ⅰ(岡田温司訳、中央公論美術出版1998年)収録の第三章フェッラーラ大工房 P72に書かれていること、最初は「ジュゼッペ・フィオッコへの絵画書簡」1926年だったことを確認しました。この一文はヴェネツィア派の起源やフェラーラ派、クリヴェッリなどのやや不気味で癖のある作風の画家の一群の実態を知るために重要であると感じています。

二つ目はヴェロッキオの関係です。昨年スコットランド国立美術館展に出ていたラスキンの聖母の関連で、ヴェロッキオ工房作の聖母子その他について長文の投稿をしましたが、その時に2019年にフィレンツェとワシントンで開催されたヴェロッキオ展に触れています。そして、投稿へのご返事の中でこの展覧会図録やヴェロッキョの研究書が都立中央図書館にあることを教えていただきました。これを受けて、中央図書館の蔵書を確認したら、フィレンツェでの図録とヴェロッキオの研究書2冊(A.Butterfield, ヴェロッキオの彫刻,1997年、D.A.Covi, ヴェロッキオの生涯と作品,2005年)があることが分かり、早速都内の公立図書館の間での相互貸し出し制度を利用して3冊とも借りることができました。(きっかけを作っていただいたことにはとても感謝しております。)研究書2冊は石鍋氏の「フィレンツェの世紀」や中央公論美術出版のヴァザーリ芸術家列伝ヴェロッキオ伝に参考文献として取り上げられている本なので、現時点で利用できるヴェロッキョ関係の本では最も重要なものだと思います。そして、2019年の展覧会図録は最新の研究成果を盛り込んだ内容だと思うので、この3冊をコピーできたことによってヴェロッキオ関係の手持ち資料は一気に充実しました。欲を言えば、フィレンツェとワシントンの展示では多少内容が違うようなので、ワシントン展の図録も見たいと思っています。

2019年の展覧会の構成を見ると、初期のヴェロッキオはデジデーリオ・ダ・セッティニャーノとドナテッロから影響を受けたことになっていますが、このことについて、人類の美術の大工房のP167に書かれている「ヴェロッキオはドナテッロの活気とデジデーリオの繊細さを同時に欲しており、この総合的な野心こそヴェロッキオのダヴィデのドナテッロのダヴィデに比べての弱さの原因である」という文を読んで、この展覧会の構成の一部であるヴェロッキオ芸術の成立にデジデーリオとドナテッロの果たした役割があることを理解できました。なお、この件に関しては、芸大の研究者の方がフィレンツェ展の展覧会評を書いていて、この中でも簡単に触れています。
https://geidai.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=1033&item_no=1&page_id=13&block_id=17

さらに、中央図書館から借りた上記の3冊を見ていて知ったことの一つに、ヴェロッキオ工房での協同制作の例の一つとして、「アルジャーノのキリスト磔刑」の絵が重要である、ということがあります。この絵は人類の美術の大工房のP289にピエロ・ポライゥオーロ工房作として載っています。日本ではあまり知られていない作品であり、私も最初に注目したのは2007年の新宿ペルジーノ展図録掲載のウフィツィ美術館長ナターリ氏による「フィレンツェ、ヴェロッキオの周辺にて」を読んでからです。この論考ではウフィツィにあるキリスト洗礼(ヴェロッキオとレオナルド)や三大天使(ボッティチーニ?)のようなヴェロッキオ工房での複数の手が入っている絵の一つとしてアルジャーノの磔刑が取り上げられ、そこではペルジーノの関与を示唆しています(P26)。この絵について日本語で書かれた解説もあまりなくて、確認できた範囲では小学館フィレンツェの美術第6巻解説(1973年)のピッティ美術館所蔵ピエロ・ポライゥオーロ作、聖ヒエロニムス(板絵の頭部断片)の解説文(アルジャーノの磔刑との類似に言及し、アルジャーノの磔刑像が研究者により異なる多くの画家に帰属されていることを記載)、人類の美術の大工房のP288~289とその注14(P354)ぐらいです。人類の美術でシャステルはこの絵をピエロ・ポライゥオーロ工房作としているのに、原注14ではヴェロッキオ作とするパッサヴァンの説(1959年)を引用しています。この注ではパッサヴァンによる確実なヴェロッキオ作の絵画としては5点のみが上げられていて、パッサヴァンは上記ヴァザーリ芸術家列伝ヴェロッキオ伝に参考文献の一つとしてヴェロッキオに関する著作が取り上げられているぐらいなので、この絵画5点の提示は重要と思います。

これらのことを踏まえて、上記の中央図書館から借りた3冊を眺めると、アルジャーノのキリスト磔刑は、ヴェロッキオ工房での複数の手が入っている作品であり、ポライゥオーロ工房作ではないということを実感しました。ピッティ美術館の聖ヒエロニムス頭部の板絵は、類似作としてピストイアのサン・ドメニコ所蔵の聖ヒエロニムスの壁画断片(1991年の世田谷美術館でのフィレンツェ・ルネサンス 芸術と修復展に出品)、さらにサン・ジミニャーノのサンタ・アゴスティーノにある聖母戴冠(ピエロ・ポライゥオーロの1483年の銘がある唯一の絵)中の聖ヒエロニムスが取り上げられていて、この聖母戴冠のピエロ・ポライゥオーロの署名を根拠にアルジャーノの磔刑まで含めて全てピエロ・ポライゥオーロ工房作とする説が出されてきました。しかし、サン・ジミニャーノの絵の聖ヒエロニムスは筋骨隆々とした人体表現であり、その他の作品(ピッティ、ピストイア、アルジャーノの聖ヒエロニムス)のやせ細って筋が出た表現とは異なる作者と感じます。そして、2019年のヴェロッキオ展図録では、アルジャーノの磔刑のキリストの足とウフィツィのキリスト洗礼のキリストの足の類似やピストイアの聖ヒエロニムスの手の筋とヴェロッキオ作オルサンミケーレの彫刻聖トマスの不信のキリストの手の類似を示していて、少なくともアルジャーノの磔刑の3人の人物のうちの聖アントニウスを除くキリストと聖ヒエロニムスはヴェロッキオ工房の作とする方が妥当だと思います。戦前戦後からの研究の蓄積や新発見、修復による知見などにより、作者判定も少しずつ変化しており、このアルジャーノのキリスト磔刑も現在ではヴェロッキオ工房の作とする研究者が増えてきたということでしょう。
なお、アルジャーノという場所はフィレンツェの近郊のようですが、残念ながらこの磔刑図は1971年に盗難にあい行方不明となっています。中央図書館から借りた3冊でも部分拡大図を含め全てモノクロ写真でした。私が見た範囲で唯一カラー写真が出ていたのが人類の美術イタリア・ルネサンスの大工房のP289であり、その点でもこの本は貴重です。

この人類の美術のような古い本も、時々見直してみると役に立つことも多いようです。こういった古い文献を読む時の注意事項として石鍋氏から言われた話ですが、古い本を読む時には最新の研究動向も知っていないといけないとのこと。将来研究者になるつもりなら当然のことですが、趣味で読んでいるような場合でもこのことは心掛けておきたいと思っています。
Unknown (k-caravaggio)
2023-04-07 20:30:52
むろさん様
 コメントありがとうございます。
 人類の美術・イタリアルネサンス全3巻をお持ちなのですね。

 ヴェロッキオについて、いろいろと教えていただきありがとうございます。
 《アルジャーノのキリスト磔刑》の画像をネット(モノクロ)や『大工房』(カラー)で確認しました。
 『大工房』が刊行された時点では、アルジャーノの教会に所在していたのですね。

「都立公立図書館の相互貸出制度」。
 自ら進んで利用したことはありませんが、地元図書館でHP経由で予約した書籍が何故か都立図書館の所蔵だったことがあります。
 機会があれば利用したいと思います(図書館の窓口での相談が必要ですね)。

「古い本を読む時には最新の研究動向も知っていないといけない」。
 私的には美術鑑賞歴の初期に購入した書籍なども要注意。
 常に情報が更新されているカラヴァッジョの場合は、最新刊でも要注意です。

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