*** june typhoon tokyo ***

Buttering Trio@WWW




 テルアヴィヴ・ヤフォからの新しい風。

 金曜の夜、渋谷・スペイン坂のライヴスペース「WWW」へ足を運んだのは、2週間前のノーネーム公演以来。ノーネーム公演の時に見たバターリング・トリオのフライヤーで来日を知った。元々その存在は頭の片隅には薄っすらと残ってはいたものの、メディアが煽る“イスラエルのハイエイタス・カイヨーテ”“スヌープ・ドッグやジャイルス・ピーターソン、ピーナッツ・バター・ウルフから絶賛”といった惹句にやや食傷気味なこともあって、実はそれほど気には留めずにいた。だが、今週半ばになぜか急に気になり出して調べたところ、20日の金曜夜に来日公演〈CONTRAFACT ~Buttering Trio~〉があると知り、急遽観賞を決めた。

 バターリング・トリオはイスラエルのテルアヴィヴ・ヤフォ出身。リジョイサー(Rejoicer)ことユヴァル・ハヴキン(Yuval Havkin)、シンガー兼サックス奏者のケレン・ダン(Keren Dun)、ベーシストのベノ・ヘンドラー(Beno Hendler)の名前通りの3人組。イスラエル音楽といってもなかなかピンと来ないのが正直なところで、どうしてもユダヤやアラブといった宗教的なイメージが強いかもしれないが、ジャズやクラシックで著名アーティストは出ているし、イスラエル・トランスやテクノなどクラブ・ミュージック・シーンではもはやお馴染みの土地。そもそもさまざまな地域のユダヤ人らが集った新しい国ゆえ、文化的な吸収度も早いのではないか。その意味で、ソウルやジャズ、R&Bなどを軸に中東風情の彩りも加わったハイブリッド・サウンドに少なからず好奇心を持ちながら、21時過ぎに登場する彼らを待っていた。



 左からベースのベノ、中央にケレン、右にリジョイサーことユヴァル。「ラヴ・イン・ミュージック」から幕を開けたステージは、まだ謎が解き明かされていないドラマを見るかのような面持ちのオーディエンスを前に、厳かに、しかしながらエレクトロニックをふんだんに駆使したトリップ風にも触れたアプローチで、フューチャリスティックなビートを奏でていく。

 確かにスペーシーなフューチャーソウル作風が中心ではあるが、やはりアラビアや地中海といった中東のエスニックな色合いも織り交ぜられる独特のムードが強く印象に残る。ただ、民俗音楽の顔を覗かせてはいるものの、それ一辺倒で押し通すのではなく、たとえば近年のロサンゼルスを中心とした米西海岸やUKのソウル・ミュージック・シーンから耳に届くエクスペリメンタル/アンビエントR&Bとも称されるエレクトロニックな新世代ネオソウル感覚を持ちながら、伝統的・民俗的な音楽に寄り添うというスタンスで、“どことなく懐かしくも新しい”というモダンなサウンドを創り上げている。



 「ラヴ・イン・ミュージック」以降は「レフュージ・ソング」「アイ・クライド・フォー・ユー」「アンエクスペリエンスド」「ガンジャ・マン」「ファラフェル」「ウェイト」などを演奏。ファットなボトムをリフレインするベノのベースは派手さはないが、ジワジワと感覚の襞に浸水してくるようなサイケデリックな効用をもたらし、時折サックスを吹きながら完全にアンニュイまでには届かない浮遊感を漂わせるケレンのヴォーカル、忙しいタッチで眼前の機材を操り微睡みと陶酔のグルーヴを生み出すユヴァルのトラックは、少年・少女の大人への憧憬と艶やかなセクシャリズムとを往来するかのような神秘と魅惑を携えた演奏へ。

 一方で、ラストで披露したヤギの鳴き声を時折挟み込む(パキスタンあたりの)アラビックな音色をサンプルを敷いたと思われる「リトル・ゴート」では、遊牧民がイメージ出来るようなのどかな風情も窺えるなど、その音楽的振幅が広い。ライヴ名が〈コントラファクト〉となっているが、コントラファクト(contrafact)は言ってみれば“既存の曲を下敷きに新たなエッセンスを加えたサウンド”との意味もあり、ソウル、ファンク、R&B、ジャズ、サイケデリックなど多様な要素を、土着的にも都会的にも抽出した彼らのコンセプトをまさに言い当てたようなタイトルとも言える。



 また、これは個人的な概念的なものになるが、彼らが創り出すムードはソウルというよりも“ブルース”の匂いがするのは、やはり土着的というか、各地域のルーツが曲間から垣間見えるからだろう。前述の遊牧民がイメージ出来る牧歌的な「リトル・ゴート」や緩やかな漂いに包まれる「レフュージ・ソング」、ポエトリーリーディング風のフレーズを挿し込む民族色の強いテクノ志向の「ファラフェル」など、エスニックな薫りに満ちた曲だけでなくエレクトロニック強度が高いエッジの効いたサウンドでも、それが感じられた。単に異国情緒だけに終わらない刺激的な要素が潜んでいて、実にミステリアスで好奇心をもたらしてくれた。

 音楽性の多様さから行き着く先が読めないというところも面白さを加味しているバターリング・トリオ。新感覚のネオソウルという側面はもちろんあるが、さまざまなジャンルの要素をサラダボウル的な咀嚼をしながらも出自やルーツというちょっとした味付けをしてオリジナリティを生むスタイルが大きな魅力になっている。北にヨーロッパ、西にアフリカ、地中海、南にアラビア、東にアジア、そして多くのユダヤ人が集うという多文化が渦巻くイスラエル出身ゆえに根付いている真の意味での“クロスオーヴァー”と、実験的なアプローチを持ちながらもポップな音として成立させている進取性とのバランスの良さが、彼らに大きな魅力を与えていると感じた。

 まだ、じっくりと聴き込んだ訳ではないので、この熱度がいつまで続くかは分からないが、今後の展開に注目すべきバンドの一つであることは間違いなさそうだ。


◇◇◇

<MEMBER>
Buttering Trio are:
Rejoicer / Yuval Havkin(key)
Keren Dun(vo,sax)
Beno Hendler(b)




◇◇◇

 この〈CONTRAFACT〉にはバターリング・トリオの他に、以前はヒップホップ・ユニット“Fla$hBackS”の元メンバーのキッド・フレシノ(KID FRESINO)との共作で注目された1993年生まれのビートメイカー“Arµ-2”や、ElectrikJinjaBand、ものんくる、WONKなどのバンドと活動するサックス奏者の安藤康平を擁した“MELRAW”が舞台に登場。



 ラップトップを小気味よくいじって微笑ましく揺れる姿が印象的だったアフロなArµ-2。ヒップホップやネオソウルあたりを軸にしたサウンドを軸に、スペーシーな世界を創生するコラージュ・トラックが耳を惹いた。フュージョンやAORの影響がどこかにあるのか、デジタルながらもメロウな感覚を帯びているのも、彼が構築するスペーシーな世界観に繋がっているのかも。ヴォーカルはスキャット風のコーラスのみゆえ、インスト・トラックに近いか。印象としては、ジョージア・アン・マルドロウやジェシー・ボイキンス3世あたりのアプローチに近いかなと感じた。



 MELRAWはフロントマンの安藤康平のサックスを軸としたインストゥルメンタルが中心。さしずめ、和製カマシ・ワシントンかテラス・マーティンと捉えさせたいところか。日本のソウル・ミュージック・シーンの新鋭として人気のWONKを擁するレーベル〈epistroph〉に所属し、“5人目のWONK”とも呼ばれる安藤が率いるプロジェクトとあってか、WONK経由のシャレた音好きな女性ファンがフロアに集っていた印象。全身フードを被った毛深いピンク色の犬のような姿の“MELRAW”と名乗るエイリアンのマインドコントロールによって作られたという設定らしく、スクリーンには“ワレワレハ宇宙人ダ…”のような宇宙人声とともにメッセージが示される演出も。
  
 メンバーは、サックスとラップトップを担う安藤のほか、キーボード、ベース、ドラム、ギターといった構成(ドラムは石若駿、ベースは新井和輝か?)。ラストに“ものんくる”の吉田沙良が加わり、ヴォーカル曲を。UK寄りの現代ジャズ(・ロック)をベースにしている体でかなりシャレているのだが、特にラップトップから出す打ち込みのボトムとギターが奏でる音(音圧)とのバランスがあまり良く感じず、メロディが埋もれてしまっている感じだったのが残念。ただ、ほぼ生バンドで披露した場面では胸躍らせるサウンドを鳴らしていたので、音源で改めて聴いてみたいと思った。

 メンバーがステージアウトした後はスクリーンにダウンロードコードの表示。音もプロジェクト設定も含めてキザだが、徹頭徹尾やり遂げる姿勢は嫌じゃない。安藤のサックスはさすがの訴求力。ラストのヴォーカル曲が一番心揺れたが、それはヴォーカル曲好きな個人的な趣向もある。



 さらに、幕間に心地良いビートをフロアに供給していたのが、相模原市出身のビートメイカー、tajima hal。ソウルにしてもファンクにしてもヒップホップにしても、そこかしこに漂うヴィンテージ感覚のサンプリングの妙。レコードやカセットが持つような温もりを帯びた先鋭なサンプリングセンスでフロアに生まれた熱を逃がすことなく幕間の橋渡しをしたことも、バターリング・トリオをはじめとする演者の熱度に繋がったこととして付け加えておきたい。

◇◇◇















にほんブログ村 音楽ブログへにほんブログ村 音楽ブログ ライブ・コンサートへブログランキング・にほんブログ村へ

ランキングに参加中。クリックして応援お願いします!

名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「ライヴ」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事