*** june typhoon tokyo ***

CICADA『formula』


 紅一点のヴォーカリスト、城戸あき子の顔が靄で隠れて見えないジャケット写真。記念すべきメジャー・デビュー・アルバムであれば、シーンへ登場する際の名刺代わりのようなものだと思うが、どうやらそんな形式ばった考えはないらしい。

 ウィズ・カリファ『ブラック・ハリウッド』をはじめ、確かに近年のヒップホップ勢や新鋭のアンビエントR&Bあたりのアルバム・ジャケットを見ると、顔を隠したり歪めたデザインを施すなど顔を意図的に見せない図柄も少なくはない。その手のスタイルに則ったまでと言われたらそれまでだが、“お決まりのやり方”“空虚な言葉”などの意味があるタイトル“formula”を掲げながら煙に巻くジャケットを見せられると、どうやら本作には一筋縄ではいかなそうな思惑が隠れているのではないか。そんな気配も漂ってくる。

 さて、このメジャー・デビュー作。誤解を恐れずに言うと、本作はCICADA史上最高の名盤、ではない。
 
 全編を聴いてまず強く印象に残ったのは、城戸のヴォーカルの声色が非常にまろやかな艶を持ったものになっているということ。過去作までの“肉欲的な野性をちらつかせながらの艶やかさ”と“スウィートな歌い口”との幅広いギャップの差が妙を生んでいたヴォーカルワークは薄れ、ギャップよりもアダルトな色香の統一感を高めた感じだ。
 次にヒップホップ(ラップ)要素が増えたということ。これはほとんどのディレクションを務めていると思われる及川創介の影響が大きい。実際、全13曲中で及川は11曲で作曲を担当。CICADAサウンドの両輪のもう一人、若林ともは作詞はそれなりにあるものの作曲は「DROP」と「くだらないこと」の2曲のみ。メロディにおいて美意識が高い若林の楽曲が少なく、前作までの流れから考えると多少いびつなバランスでもある。

 時折チラリと覗かせる肉欲的な野性を感じるヴォーカルやメロディアスを極めたメロウな楽曲はやや薄まり、ヒップホップを下敷きにしたポップ濃度の高い楽曲が多く占められている。また、櫃田良輔のソリッドで剥き出しのドラムンベースが強烈なインパクトを残した「stand alone」は「stand alone(blue)」として流麗な上モノを足されて洗練性を強め、木村朝教が弾くボトムの漆黒さもやや抑え気味にも聴こえる。大仰に言ってしまえば、これはCICADAアルバムという以上に“及川アルバム”という気がする。

 しかしながら、間違って捉えてもらっては困るのは、及川の楽曲が増加したゆえにアルバムの質が低下した訳ではない。むしろ、及川が持つ(ややズレたことを意識したような)リズムのセンスやヒップホップの生々しさを城戸のヴォーカルとスムーズに浸透させるべくポップネスでコーティングする術は、彼ならではの手腕。『formula』が全編において淀みなく展開し、一つの作品として美的なスタンスを保っているのは、彼の実力の証左とも言える。ただ、CICADAが本来持っていたバランスとして、及川の手が入り過ぎることの功罪もあろうということ。功は音を重ね厚くして“圧”を高めずに音数を削ぎ落しても訴求力のあるポップネスが構築出来るということ。罪は作風の比重が偏り、トータルバランスを維持するためのアレンジを施さなければならなかったことか。

 ただ、それらのことは、実は本人たちが解かった上でのことなのかもしれない。ヴォーカル・エフェクトを駆使したジャジィ&アンビエントなヒップホップ・ソウル風の「都内」のリリックを辿ると、そんな思いも脳裏を過ぎる。答えが導き出せず遠回りしてスタートラインに戻ったりしながら成長と強がりを繰り返すなかで、“あとちょっとだけ”“今はちょっとだけ”なんだと言い聞かせるように語るフレーズには、心底に潜む微かな不安も垣間見える。作品に自信はあるし、上質と言えるアルバムだ。それでも“これぞCICADA”といえる究極体のバランスまではとれていない。でも、それもほんのちょっとだけなんだ……と。
 
 ジャケットの城戸の顔が煙に巻かれているのは“あとちょっとだけ”のサイン……あくまでも身勝手なこじつけだが、そう思うと合点がいく。一発目に“This is CICADA”と名乗り出なければいけないと焦る必要はない。“お決まりのやり方”と掲げながら、鮮やかにそれを翻す反骨精神もまた彼らの強みかつ美学だ。

 冒頭で「CICADA史上最高の名盤でない」と煽ったのは、次作が必ずや本作を超えるだろうし、メジャー・デビューがどうのこうのといったような“名刺代わり”には役不足なクオリティの高さゆえ。そんな薄っぺらさは微塵もない、聴き応えある重厚さが根(音)を張っている。五感を揺るがす進取性に富むハイセンスなポップ・サウンドで描き上げた、非常に刺激的なアルバムといえるだろう。



◇◇◇

CICADA『formula』(2016/11/09)

01 daylight
02 スタイン
03 INFLUX
04 DROP
05 stand alone(blue)
06 Reloop
07 ゆれる指先
08 都内
09 stilllike
10 くだらないこと
11 one
12 ポートレート
13 dream on

◇◇◇
















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