カメラのニコンF5の調子が悪い。
今日は朝一のバスに乗り込む。
バスを乗り継ぎ国吉勇さんの案内してくれた遺骨の再撮影に向かう。
歩いて歩いて海岸沿いに進む。
海岸の荒い波の届かない海岸沿いの凸凹(デコボコ)道の凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸 . . . 本文を読む
今、サハリン州ユジノサハリンスクで書いている。幸いにして日本語の書けるパソコンにめぐり合ったので・・。ただ、残念ながらまだ「ダイアルアップ接続」なので、簡単にインターネットに繋ぐというわけには行かない。首都モスクワから見れば、ウラル山脈の東の果ての、まだその向こうのオホーツク海に浮かぶ孤島サハリン島なんて、「うまい具合にガスと石油がふんだんに出る財布」程度にしか見えないのか、インフラの構築はまだまだ。 . . . 本文を読む
新聞販売所のか所説明不足なので下記のコラム読んでください!!
「 新 聞 販 売 所 」 豊里友行 (沖縄タイムス2005. 唐獅子 )
僕はお金もないのに学費の高い東京の写真学校で勉強することができた。
豊里友行という写真家の育ての親は、僕の両親や写真学校はもちろん、学費や生活費になる給料を払ってくれた新聞販売所である。
日本における新聞の長所の一つに宅配制度が上げられる。
朝夕に . . . 本文を読む
ネタ元には一切言及しないで!岐阜で中国の桂林の写真展の帰途、車で知人を送っている最中、筆者と知人の会話が写真家の故濱谷浩のことに及んだ。ちょうど15年戦争のアジア侵略の件で進出と記述したがる文部省と東アジア諸国と軋轢があった当時、濱谷氏が文部大臣賞を受賞、氏が受賞残念会をを開かれた件に言及。
. . . 本文を読む
私は英検4級の資格はあるが、てんで会話はできない。
ただカメラマンだから写真を撮らなければならない。
特に沖縄の米兵たちの取材を私は主にしている。
だいたい会話の語尾に「プリーズ」という丁寧ねお願いの言葉をつける。
「フォト プリーズ とか ピクチャー プリーズ」といって米兵を撮る。
「スマーイル プリーズ」とエルビスの「スマイル」という歌をまねてみたりする。
たいがいスムースに撮らしてもらえる。 . . . 本文を読む