河崎純 Jun Kawasaki 音楽活動の記 

舞台活動予定、報告、雑文など

終わらない旅について ユーラシアンオペラの途上にて

2017年01月18日 | 活動報告

   音楽詩劇研究所(MPDL)では、2016年はアルメニアのエレヴァンにて国際舞台芸術祭HIGH FEST14、ロシアのモスクワではLONG ARMS FESTIVAL、国立現代美術館NCCAで、2015年東京、タデウシュ・カントール生誕100年祭(シアターX)にて初演の「終わりは終わらないうちに終わっていく」の上演を行いました。予算の関係上初演のフルメンバーでの渡航は難しく、出演者は8人に縮小し、大幅に改作しました。東京では、新作のショーケース、中島敦のよく知られた「山月記」を含む「古譚」のショーケース、ドイツより来日のヴァイオリン奏者Ayumi Paulやトルコから来日のピアニスト、ヴォーカリストのセレン・ギュリュン、エレクトロニクスと映像のDUO「RAW」とのコラボレーションをプロデユースしました。「ユーラシアンオペラプロジェクト」として、2017年は、ブリーヤート共和国で、北方民族やモンゴルのフォークロアと現代アートの関係を模索するさまざまな企画を発信するエスノギャラリー「オルダ」との共同制作、トルコ、ウクライナの演奏家とイスタンブール、オデッサという黒海の対岸に位置する両都市で「黒海プロジェクト」として公演を企画中です。 ヨーロッパ、ロシアを含むユーラシア大陸の、歴史、フォークロアを参照しつつ、単なる文化の融合ではない、その先にある新たな音楽劇を構想したいと考えております。



 海外関係の企画ばかりになってしまったことは、ひとえにこれまで私の東京、日本での活動の活路を開くヴィジョンの脆弱さと努力が足りなかった、ということでしょう。出身である東東京、北東京、埼玉や、さまざまな地域でという思いを持ち続けていますが、なかなか良い形での実現や継続に至っていないのは相変わらず残る課題ですが、プロジェクトとして、昨年のアルメニアでの「コーカサスプロジェクト」ロシアでの「モスクワミーティング」に引き続き、「黒海プロジェクト」「バイカルプロジェクト」として、ユーラシアンオペラとして旅を続ける予定です。ここにいたる経緯や、2016年の「コーカサスプロジェクト」「モスクワミーティング」のこと、将来への展望を、私の視点で書いてみたいと思います。



河崎純 音楽詩劇公演プロジェクト

「終わりはいつも終わらないうちに終わっていく」アルメニア&ロシアツアー 2016

10月6日 YSITC Student Theatre(エレヴァン、アルメニア)
HIGH FEST International Performing Arts Festival
10月7日 Yerevan State Puppet Theatre(エレヴァン、アルメニア)
HIGH FEST ワークショップ
10月10日 National Centre for Contemporary Arts (NCCA)(モスクワ、ロシア)
共演:セルゲイ・レートフ(サックス、リード)
10月11日 DOM Cultural Center(モスクワ、ロシア)
Long Arms Festival
10月12日 DOM Cultural Center(モスクワ、ロシア)
Long Arms Festival

共演:アーニャ・チャイコフスカヤ(ヴォーカル)ヴャチェスラフ・ガイヴォロンスキイ(トランペット)アリーナ・ミハイロヴァ(ダンス) 

演出・作曲:河崎純

出演:亞弥 三浦宏予 吉松章 津田健太郎 坪井聡志
小沢あき(ギター) 河崎純(コントラバス) 三木聖香(ヴォーカル)
舞台監督:白澤吉利 演出助手・ 記録:三行英登
衣装協力: 白鳥加奈子 舞台美術協力:増田優
助成:国際交流基金 アーツカウンシル東京(平成28年度東京芸術文化創造発信助成事業)


(作品について)
 作品は、ロシア、中国国境付近に暮らす固有の遊牧民族の 20 世紀から現在に至る生活、慣習の変化が描かれた小説や文献の記述に着想を得ています。その民族の起源は ブリヤート付近バイカル湖畔にあり、その地は日本人の起源の一つであるという言説もあります。小説では、これらの半ドキュメンタリー的な事実、シャーマニズム、固有の言語の無文字社会、変容する遊牧少数民族の文化、定住生活への移行における現実や悲劇が90歳の老婆の独り語りによって叙事詩的な現代の神話のように描かれまています。バラバラの衣装をまとった架空の民族共同体が登場し、儀式やコンサートを行い、グローバリズムと民族主義の間に揺れる世界を批評的に演じます。


作品「終わりは終わらないうちに終わっていく」2016バージョンは5つのパートA)~E)から構成される。

(登場人物)

・最後のシャーマンを演じる者
・シャーマンとならなかった画家
・シャーマンとならなかった歌手
・コロス(A文字を学習するもの B 文字に懊悩するもの C 文字を祝うもの) 
・演奏家


A)冥界

 コロスたちが冥界に佇み、それぞれ別々の歌を語るように歌っている。それは現世世界の神話である。神々の話ではなく人間の生活による「神話」。その人間とは、20世紀の北方狩猟遊牧民族のある一族であり、その生死が歌われている。そこに「最後のシャーマン」が来訪し、「シャーマンとならなかった画家」「シャーマンとならなかった歌手」と出会う。「シャーマンとならなかった画家」は、現世において、その一族で初めて外部民族の大学で美術を学び、現代美術家として族をはなれ活動していたが、一族の共同生活と、近代社会(なかでもそれは社会主義体制国家)の間で、懊悩し、帰郷し一枚の絵を描き上げた後、川の中で絵具を溶かし自らの肉体も水に浸し自死した。シャーマンとならなかった歌手」は、外部民族の捨て子だが、一族にひろい育てられ、一族の歌など芸能を最もよくするものとなり、外部民族の調査や商品の対象として耳目を集めたが、自らをそのような存在となる受け入れることを拒否し、アイディンティティを問い続け、自死した。二人のシャーマンとならなかった者は、その民族一族がもつシャーマニズム文化のなかで、その生活が存続していたならば、やがてシャーマンとなる予兆を示していたが、彼女たちが生きた20世紀には既にその生活形態は破壊されつつあった。コロスたちはそれぞれ、複数の様々な民族衣装を統一感なく纏っている。「シャーマンとならなかった美術家」は黒衣を用いて字を書くように踊り、たくさんの黒衣(喪)を背負い、自らの存在を消すように身体を小さくしてゆく。



B) コンサート

 「シャーマンとならなかった歌手」によるコンサートショーが行われている。MCにより、とある民族の歌姫によるコンサートショーと観客に向かって高らかに宣言されるが、彼女が歌う歌は、民族を特徴づけるあらゆる民謡的表現からはなれ、特定の文化体系に属する芸能の要素は排除され、諸民族の歌謡を混ぜ合わせたものでもない。あらゆる民族としてのアイディンティティを拒否するように、意図的に作曲された終止感をもたぬカデンツァで終わる哀歌を淡々と歌い続ける。このグローバル社会の中で、意図的、無意識的にも、民族としてのアイディンティティを含まないことは可能であろうか、という問いの中で逆説的にそのコンサートは行われることになる。「シャーマンとならなかった画家」は亡霊となってそのコンサートの背景で彷徨っているが、最後の歌の途中で死者の名前をよび、劇場の照明は落ち、コンサートは中断される。


(三木聖香 吉松章 坪井聡志 津田健太郎)
 

C)映し絵

 スクリーンのなかで、影絵を用いて、過去の狩猟未族の生活が演じられ、シャーマンを招き入れる。その間、長らく無文字社会であったその社会に文字が他民族によって文字が導入される場面も演じられる。外部からの権力者の存在が、最後のシャーマンと対峙したまま、劇場の暗転とともに影絵は中断する。コロスたちは正装(喪服)に着替える。


(亞弥)

D) 儀式

 コロスたちが架空の儀式を演じる。コロスたちはB)で「シャーマンとならなかった歌手」によって歌われた哀歌を同じ曲順で次々に歌う。それは絶やすことのなかった火(最後のシャーマン)を囲む儀式であったが、コロスたちは、譜面台を置き、黒く近代的に正装された衣装で、その儀式を歌う。コロスたちの歌は民族や宗教をアインディンティファイするように形成されたハーモニーやリズム拒否するようなポリフォニーである。「シャーマンとならなかった画家」もそのコロスの一員であるが、コロスの中でそれを「演じる」ことへの抵抗がある。「シャーマンとならなかった歌手」もまたコロスの一員であるが、彼女のみ「言葉」を歌わず、ヴォカリーズ(無言歌)で歌い、「最後のシャーマン」と交信するときのみ、コロスの一員から離れてゆときのみ彼女は言葉を発しする。「最後のシャーマン」は彼女の言葉により徐々に、憑依してゆく。「最後のシャーマン」は憑依したまま死を「演じる」。この死を祝い、コロスたちははじめて、打楽器を伴って、ハーモニーを用い、死を歌う合唱になる。そのなかで「シャーマンとならなかった歌手」は、儀式のためにたてられた建築や神具を破壊する。その残骸で「シャーマンとならなかった画家」は踊る。


(河崎純 吉松章)


E) 終わりはいつも終わらないうちに終わっていく


コロスたちは、沈黙の中で文字を礼賛し一人で祝祭する者、文字を学習する者、文字に懊悩する者の三者三様、無言の存在。沈黙の歌。そこでただコロスが脱ぎ捨てた様々な色の民族衣装を用いて踊っている。「シャーマンとならなかった歌手」が舞台袖に隠れて鎮魂歌が歌われると、A)と同様死者となった「最後のシャーマン」が現れる。暗転の中「シャーマンとならなかった画家」により、言葉が発される。「閉じる眼のない死者の死だ。 葬るな人よ、 冥福を祈るな」(金時鐘)


(三浦宏予)


(イスタンブール1 空港にて 夢想)

 イスタンブールで、トルコの振付家アイディン・テキャル氏が私の身体と私が演奏するコントラバスの関係を振り付けるという作品を2011、2年と行い、その稽古のために数度イスタンブールへ渡航しました。毎日通うイスタンブールの目抜き通りの人混みのなかで、あまりの人の多さに人酔いしながら感じたのは、たとえばニューヨーク的な人種のるつぼともちがって、その顔に刻まれる人々の移動の痕跡とその複雑さ。一人の顔や身体に多くの死や生が刻まれているようにみえます。何度目かの稽古を終えた帰り、イスタンブールのアタチュルク空港のチェックインカウンターでみた風景がわたしをある夢想へとかりたてました。モスクワ経由便に乗るための空港のそこではモンゴルやアルタイ系の人たちが多くいました。朝青龍関のようなモンゴロイドの屈強な顔立ちのあふれんばかりの人が、キリル文字のパスポートをもって、イスタンブールから帰ろうとしている。闇商売の物品にも思われる、梱包のためシールでぐるぐる巻きになった手荷物持ち帰ろうとするあやしげな人たちになぜか親近感を覚える。ふと、雑然とまじりあう言葉に耳と身をさらしてみました。ロシア語も、もちろん耳に入ってきます。数組の日本人の観光客もいます。これぞ日本人観光客、というかんじのツアーバッヂをつけた旅慣れない初老の夫婦も何組かいました。人生のご褒美に旅をしているであろうそんなかんじもとても愛おしく感じました。そしてそこにひとり、旅行者でも、ビジネスといえるほどに生産的でもなく、まして政治的にディアスポラでも亡命者でもなく佇むわたし。日本とトルコというアジアの極をおもい、その間にはロシア語を話すアジア人がいました。インターナショナルといえば英語が想像されますが、多くのアジア人にとって、それはロシア語の強制であった時代があり、それは今でも根強く強く残っていることにあらために驚きました。

(ロシアを介して)
 
 飛行機の中でこんな事を考えました。中央アジアの多くの国は旧ソ連圏ですから、情報は少なく、多様なイメージを持ちにくい国々です。わたしになりに考えると、古来シルクロードなどの往来は文化の往来ももたらしたが、大航海時代での海運が交易をダイナミックにさせた頃から、内陸地である中央、北アジアは他地域に比べ文化交流が停滞し、つまり異種混合の機会が減り、閉鎖的な土地柄になり、さらに近現代、ソ連邦に編入されることにより、西側に向かって情報は閉ざされた、ということでしょうか。
 かつて音楽や文化は港のある街で発展し、新しいジャンルが生まれたといいます。ブエノスアイレスのタンゴなどがまさにそうですね。現在は港から文化が送受信されることももはやないでしょうが。現在の南米の音楽は、特にヴァイタルであり、これはアフリカからの移民との関係のあり方、そして混沌、それはまた、アメリカの資本主義の真っただ中の20世紀音楽とは、フュージョンのされ方が異なるからであろう。わたしは旧ソ連邦諸国、社会主義、それゆえに国家の建前として多民族の固有性や混合の文化を発展させる事なく20世紀の大半を過ごしてきた国々、地域を.、たとえば同様に複雑な「中南米」諸国の文化と表裏のように想像してしまいました。いったいどんな「方法」があるのだろう。わたしにはそんなことはとうてい無理だと思いますが、夢想ぐらいしてみようかしら、と。延々と続くであろうユーラシアの大地に潜む混沌を想像し、私はコロンビアの作家ガルシア・マルケスらのマジックリアリズムを思い出していました。



弦楽器の歴史、伝来、シルクロードへの興味はなかったわけではありません。私が大学生の頃は、音楽関係周辺に限ってのことかもしれませんが、アヴァンギャルド音楽界隈ではホーメーや口琴などが流行り、耳にする機会も多くありました。しかしわたし自身は面白さ以上の大きな関心を寄せることはありませんでした。当時頭の中で思い描いていた私にとっての歌や、私が暮らす東京、都市の生活とそれらの声は、そこからあまりに遠く、現実感を感じることが出来なかったからでしょうか。古の絹の道の現実感のなさと、旧ソ連圏社会主義国の鉄のカーテン、エアポケットのように「私の世界地図」のなかでもその地は遠く、その頃、90年代初頭の自身を思いおこすと、私は圧倒的に東南アジアなどの南方、水路のイメージ、隣国の韓国に惹かれ、もし私が長く音楽活動を続けているなら、経済、貿易の後を追い、私の主戦場はおそらく中国や韓国になるであろう予測もありました(いまのところその機会は少ない)。インターネット社会前夜でありましたが、日本ではさまざまな情報に溢れ、情報の消費にあくせくとしているような時代であり、しかし現在に比べれば実態のある物の流れも多かったのでしょう。80年代私が中学生頃には、ワールドミュージックなる言葉がよくきかれるようになり、わたしもそういうコンサートに行ったり、すでに根付きつつあったその種のCDをお小遣いで買ったりしていました。楽器をはじめ、すぐにフリーインプロヴィゼーションや、アヴァンギャルドロックや現代音楽に惹かれ、民族音楽のCDを聞き直し、そんな20代初めの頃、楽器の先生が、わたしのあまり知らなかった韓国のシャーマニズムの音楽や、南米の音楽をたくさん教えてくださいました。ロックやアヴァンギャルド青年のわたしも、とりわけ南米音楽の豊かさは、地に根ざし、移動の歴史、歴史の悲劇、それをはねのけるバイタリティに溢れ、力強く繊細。疲弊する西洋の成熟や、北米の傲慢さはなく、追随する日本と比して、音楽が豊かに在る条件がすべてそこにあるように覚えました。しかし、そんな豊かさへの憧れの反面中学生のときに聴いた、「貧しさ」の砲弾のような、ソ連時代に禁じられた地下音楽のヴィソーツキーの歌が、私の中に残っていました。シンコペーションのないリズム、メロディのないパンキッシュな旋律、ブルースよりもシンプルな和声。単なる私のあまのじゃくか、マイノリティーや貧しきものへとひかれる、私の性質か、いつしか、ついにはロシアの囚人の歌等のアウトカーストの歌をロシア語で歌い続ける石橋幸さんのバンドで演奏し続け、シベリア抑留や収容の歴史から東アジアの歴史などにひきよせられてゆくよう作品をつくつようになり、南ではなく北が私の想像上、創作上の故地のようになってゆきました。チェーホフのサハリンでの囚人の手記、佐渡の囚人など、。ロシア、朝鮮、中国、日本 日本海、シベリア、、。そうして反対にこちらがわからアジアを、ユーラシアの道を夢想する。詩人オシップ・マンデリシュタムはシベリアの地でアルメニア(プーシキンやトルストイなどロシア文学者にはコーカサスにを憧憬する伝統がある)を夢見て、エセーニンはトルコを夢見ます。

ボスポラスへは行ったことがない。
ボスポラスのことは聴いてくれるな。
でも、僕は海をみたんだ、君の目に。 
碧の火の燃える海なのだ。(エセーニン)  

(イスタンブール アルメニアヘ)


(コミタス像 エレヴァン アルメニア)

アルメニアの悲劇の作曲家、コミタスとの出会いは、トルコで振付家のアイディンさんが稽古オフ日に連れて行ってくれた近郊の島への小旅行でした。そこでアルメニアのユダヤ人の90歳位の老婆(賭けカードゲームの名手とのこと)と食事する機会がありました。フランス語を話します。どろっとしたトルココーヒーを飲み終え、底に沈殿するどろっとした部分をカップを逆さにして、受け皿に落ちたコーヒーの模様で占うという「コーヒー占い」なるものがあるそうで、食後それぞれやってもらいました。同席の人には複雑な形象が現れ、それに対してずいぶん長い解説があるのですが、私がやったらほとんどコーヒーが落ちてこず「う~ん、なにか心に秘めていてなかなかそれをオープンにしない人だ」と。そのままではないか!と内心憤りつつ、場の空気が私に対し懐疑的になり、それにしてもこれでは占えないので、としばらく待つと、なんとそこにはハートの形が現れました。「奇跡的!なんて愛に満ちあふれた人でしょう!」いやいやお恥ずかしい。それもそのままではないか、とは思わないようにして受け入れ、褒められた嬉しさか、この耳の遠い、綺麗な身なりの90の老婆が頭からはなれず、ホテルに帰りインターネットでアルメニアの歴史を調べたりして、隣国アルメニアの民謡、コーカサスの山々を越える「世界で一番哀しい音色」ともいわれる笛ドゥドゥクや、奇跡的に生き残ったものの、ジェノサイド(年代的にはさきの老婆もトルコによるジェノサイドにあった世代かもしれません)によって、作曲をし、教師や合唱指導をして暮らしていたイスタンブールを追われ、精神的障害をきたし音楽を作れなくなった、アルメニア正教徒の作曲家、民俗音楽の収集家のコミタス・ヴァルタベッドのCDを、早速大通りのCDショップで買ってきて聴いてみました。ドゥドゥクのドローン一音のうえで歌われる歌のなんと美しいこと。このドローンは西洋古典音楽でときに、コントラバスが低音で担うものでもないし、インドの震えるドローン、ガムランにあるような倍音豊かなゴングのそれとも違う。気候や地理的要因はなんだろうか。そしてコミタス自身が民謡を震えるように歌う声のなんと繊細なこと。シンプルな旋律だが、明らかに歴史や生活を背景に持つ声だ。

 深夜コミタス自身の声で歌われた録音を聞きまどろみから目を覚ます。宿の小さなテラスで早朝。陽が昇り始め、ボスポラスに陰影を映して、黒い海が青や橙になってゆく。モスクのスピーカーから一斉にコーランが流れ、それに驚いた鳥たちがいろんな声をあげながら空に舞いはじめる。猫の街イスタンブールで身を潜めていた犬たちの声。人影はまだない。

(コーカサス 2016)


 2015年秋、私は「終わりはいつも終わらないうちに終わっていく」を終えて、ひとまず安堵し放心していましたが、すぐになんとかこの作品を海外で発表しえないものかと考えていました。そのときにまず浮かんだのがアルメニア、コミタスの地。そしてロシアでした。そもそも、この作品の原型である作品を以前モスクワで発表したとき、ご一緒したダンスのアリーナ・ミハイロヴァさんを思い出しました。彼女のおじいさんの出自は韓国にあり、日本兵として満州辺りに駐留し、そのままシベリアそしてグルジアへの移動、そこで生まれた彼女はサンクトペテルブルクへ移りダンサーとなったそうです。その時の私の作品は、ロシアの詩人、マンデリシュターム(ポーランド出身ユダヤ人)の詩や、シベリア抑留体験をもつ石原吉郎さんの詩、草原の道、チュバシ共和国出身で、やはりヴォルガのマラルメといわれ、パウル・ツェランの詩業に大きく影響を受けたゲンナジイ・アイギ、パフォーマーで韓国人だが日本植民地時代からの日本語教員の母の元で育ち、英語、フランス語でテクストを残し、虐殺されたテレサ・ファッキョン・チャのテクストで構成されたものでした。その作品の痕跡は「終わりはいつも終わらないうちに終わっていく」にも多分にあります。  



 10月のアルメニアの首都エレヴァンは東京よりもあたたかでした。木の少ない都市ときいていましたが、実際街の印象を色であらわすならば茶色でした。それゆえかかえって鮮やかに緑の映える町並みともいえます。コーカサスから流れ落つる水は豊かに沸き、街の飲料用の水道はとまらず流れ続けているのでした。やはりキリル文字のロシア語表記は多く、ソ連崩壊からすでに30年近く経つてなお、思ったよりもロシアを感じさせました。目鼻の立つ、言語を学ぶ愛らしい大学生たちが私たちのアテンドしてくれましたが、彼女たちにきくと、ロシア語は勉強したが日常では使わない、ただ家庭では子供の頃からロシア語の番組が流れていて、だから覚えていて、いまでもいちおう理解できるとのこと。公演をおこなった劇場はロシアスタイル。劇場スタッフは老人が多く、おそらく社会主義時代から勤務されていると思われます。もちろん英語は通じません。公演日の朝、心配だったので、音響ルームに挨拶に行くと、初老の男性がいきなりウォッカとチーズをおもむろに冷蔵庫から取り出し、ロシアスタイルの乾杯で出迎えてくれました。朝の9時。埃だらけの音響機材をオペレートするのは、その服装からも、掃除のおばさんそのものような初老の明るく小柄な女性でした。一抹の不安を感じながら、なるようになるさ。旧社会主義を感じさせます。ロシアに行くとよくみる風景ですが、当然基本的に雇用に関しては社会主義時代は男女同権でしょうし、また反面適材適所とはいいがたい雇用の形態がとられ、そういう名残もあるということです。たとえば日本の美術館ではおすまししたそれ風な、知的な香りのする女性がフロアで無表情に監視しておりますが、ロシア等では、おばちゃんが編み物しながら、現代美術のインスタレーション作品のなかでいい味をだしているのであります。ずっと前にポーランドの田舎町の古い劇場で日本舞踊の公演をしたとき、たとえば照明の灯体が落ちて事故が起きれば、東欧、ロシアでは死刑になるほどの重罪になり、そのような安全性のみにおいては厳重であるときいたことがあります。アルメニアのそれがどうだったかは不明ですが、劇場には使用できない「死んでいる」灯体も堂々とありました。


(公演当日の朝 劇場の 音響ルームへご挨拶に行くと)


(ハマズガイン劇場)

 アルメニアでは現地のアーチストとのコラボレーションはありませんでしたので、マスタークラスのワークショップではより濃密な交流を期待し、上級の日本語通訳の方を依頼しました。受講者はフェスティバル出演の俳優や、学生でした。事前に通訳の方と打ち合わせをしましたが、現在エレヴァンには日本人が11人暮らしているそうです。ほとんど日本企業をみることはありませんでした。アルメニアのの文字や言語、教育についていろいろ聞き、コミタスの認知度等も興味深くきくことができました。コミタスはやはり知られており、ふつうの若者でもその民謡編曲のいくつかを歌うことも出来るとのことでした。ワークショップでは、舞踏や能について実演を交えながら紹介し、それらを模倣することから始めました。そして私たちが、逆に、コミタスの歌唱をアルメニア語で学び、模倣し、違和感を感じながらその特質を知り、それをパフォーマンス化することを目的としました。一人の演出家であるという青年が、能の謡を体験した後、自ら、もっと古い中世のアルメニア聖歌を我々と一緒に歌いたいということで、試みました。音程の取り方、民謡にも残る独特の、言語ときりはなせぬ節回しとグリッサンドやメリスマでありました。私は二つの異なる歌を同時に歌うことから新たに音楽をつくることを考えていましたので、ロシアでの歌手とのコラボレーションへ活かすことができればと思いました。ロシア人の俳優が、能の謡風に「カチューシャ」を歌いだす一幕もありました。通訳は後半はほぼ、アルメニア語ではなくロシア語になってしまいました。


(エレヴァンのワークショップ)

数年ぶりのモスクワ モスクワミーティング 2016)

 モスクワは数年ぶりでしたが、物価は下がり、街も停滞、というか落ち着きをとりもどしている印象がありました。到着後宿泊の宿に関するトラブルが生じました。明らかに不正を請け負っている四十がらみの男性オーナー?は陰気で、身なりも良いとは言えず、英語は使えず、片言のロシア語とジェスチャーと語気で応対。典型的なモスクワのアパートでしたが、男性は家族とともに階下に暮らしているようでした。わたしはひじょうにロシア(モスクワ)らしさを感じ、親しみすら感じ、典型的な暮らしぶりであろうこの男性が、どのような家庭をもち、どのような生活をしているかとても気にかかりました。あの陰気な男性は、家庭では冗談でも言いつつ明るくふるまっているのか、それともあの陰鬱な風で家庭生活を淡々と送っているのか。ウォッカを飲んで暴力をふるったりするのだろうか。朝方早く埃まみれの車で中学生の娘を学校に送りに行く姿があったそうです。私はメトロのなかで人々をみつめています。生活を想像します。どうしても貧しき「風景」への郷愁か共感か、なぜかそれを思いつつリアルな想像をしてしまう傾向がわたしにはあるようです。つげ義春のマンガに「リアリズムの宿」という作品があり、作者自身である貧しい漫画家の貧しい安民宿でみたその家族についての話ですが、それを思い出します。彼らがどのような死生観をもちながら生活しているのか。貧富に関わらず刹那なのか、宗教観はいかなるものか。なにに喜び不安を感ずるのであろうか。帰国後、あるロシア文化の研究者に、社会保障制度などについて質問すると、だいたいそのようなアパートに家族で暮らしている場合は貧しい生活を送り、老後等社会福祉保証は良い訳ではないが、たいがいダーチャ(郊外の別荘で、これは日本人が想像する別荘とは異なる掘建て小屋のようなもので、郊外に車で向かうとそれらが淋しく佇んでおり、私にとってそれはロシアの風景の一つである)で野菜をつくるので、最低限の食物には困らずそれでなんとか生きていけることが多いようだ、とのことでした。ここは大きく日本とは異なるところですね。社会福祉保障制度のこともありますが、たとえばベルリンの方にきくと、貯蓄をしている方はほとんどいないといいます。そもそも税金が高いから貯蓄ができない。お金をためることができず、公共のものとして用いられる。日本では子供の頃から、老後はどうするの、と不安を煽られながら生き、TVのCMでも保険のCMだらけですね。アメリカ型の資本主義ですね。それはもはや宗教以上に死生観、人生観の変化をもたらすのでしょう。今回は特に、モスクワのアジア人の顔をよくみつめてしまいました。以前、ペテルブルクで小さなコリアンレストランに入ると、そこは北朝鮮系のお店でした。ロシアではよくあることです。大部屋(といっても10平米ほど)では、一族らしき朝鮮の人たちが結婚式のパーティーを行っていました。照度の低い蛍光灯の下で、焼き肉とケーキを食べながら。他のお客はわれわれだけでしたので、なんとなく呼ばれ同席させてごちそうになったのでした。ヴォーカリストはホテルにギターをとりにゆき、お祝いの歌を歌いました。最近なぜかよく思い返す風景です。


(国立現代美術センターNCCA モスクワ)

 現代美術館では、共演歴があり私の例のコミタスを扱った作品でもコラボレートしたセルゲイ・レートフがこの作品に加わりました。以前日本でレートフと共演したとき、出演者が日本語の歌を歌う場面があったのですが、そのとき、それは一緒に出来ないと彼がいったことは印象的でした。フレキシブルで知的な博覧強記な演奏家であり、パフォーマティブな作品に慣れているレートフさんならなんとでも解釈するだろう、と考えていたのですが、単純に詩の意味が分からないので演奏しようがないとのことで、意外な反応と誠実さに驚きました。音でなんとかするから、とでも言いそうなものでしたが、甘かったです。これは想像に過ぎませんが、レートフさんはもちろんその時代も経験しているわけですが、ソ連時代などは、メタファーも含め政治的に危ない言葉、ギリギリの言葉、というものがあったことでしょう。規制された芸術家たちはそのギリギリで表現してきたわけです。以前モスクワでショスタコービッチの生涯を批判的に描いた演劇をみたことがあります。前衛といものの現実感はいまの世界、モスクワ、東京のどこにあるのだろうかと思います。今回は事前に英語でテクストをつくり、リハーサルで、その都度コンセプトや意味を説明すると、それなら、こういう音色でプレイをしたほうがこういう理由で良いから、と一度楽器をわざわざとりに家に戻る。しかし本番では、作品の中で固執せず、わざわざとりに帰ったその楽器を吹きませんでした。あとは、もうその場の判断で私が思った以上のことをどんどん演奏するのでした。


(セルゲイ・レートフとわたしたち)


(ドムカルチャーセンター モスクワ)

long arms festivalの初日は単独公演。会場のドムカルチャーセンターは以前にも数度公演している、アヴァンギャルドジャズ、現代音楽、民族音楽などのプラットフォームであり、創設の故ニコライ・ドミトリエフの後を次ぎ夫人のリュドミーラさんが、ディレクターとなり運営に心血注いでいる、多くの世界の先鋭的なミュージシャンにとって大切な場所です。初めて訪れたのはもう10年以上前のことですが、終演後、古いアニメをスタッフの若者たちがが体育座りでみたりするのも微笑ましく、にぎわいをみせていました。その次は、私の作品を公演したときの2009年でありましたが、その時の盛り上がりはなくなっているようにも感じました。運営の苦労も垣間見えました。それでも今回もそうでしたが、誇り高く運営されている場所であることには変わりありません。巨大都市モスクワでは、町中でさまざまな催しが増え、価値観も多様化しているのでしょう。以前は「ここだけ」だった場所が、そうではなくなり、当然のことながら、市場のニーズにのみあわせた催しも増えていることでしょう。ご尽力で相変わらず多くの観客が集まり、東京で同様の演目では考えにくい集客の多さではありますが、おそらく大変な苦労があるものと思われます。
 festival2日目は、ダンスのアリーナ・ミハイロヴァ、ウクライナのヴォーカリストのアーニャ・チャイコフスカヤ、さまざまなリード楽器をつかう、セルゲイ・クレヴェンスキーとの共演「モスクワミーティング」でした。アリーナはこちらから所望しましたが、わたしのだした希望からプロデューサーのリュドミーラさんが考えてそろえてくれた多彩なミュージシャンです。前日の公演をみて、とてもエキサイトしてくれた、アーニャが早く集まってのリハーサルを申し出てくれました。これはとても嬉しいことでした。ほんとうは何日かかけてゆっくりリハーサルをしたいが、時間的にも予算的にもそれは難しく、初めての共演で、その必要性を共演者や会場にあらかじめ伝えることも難しく、そのなかでできるかぎりの準備をして、充実させなくては、せっかくの共演の機会がもったいないです。私が遠慮しつつリハーサル開始時間を伝えると、もっと早く集まって、いろいろトライして可能性を探ろう、と。ほんとうに嬉しい申し出でした。


(初日終演後、観客できていたアーニャと)

 翌日会場に着き、ダンスのアリーナとの5年ぶりの再会。そしてトラブルで、リードのセルゲイが病気のため急遽出演できないとのこと。アーニャが一番信頼している音楽家が演劇公演のリハーサルのためにペテルブルクから来ているから、彼を呼ぼう、きっと来る、とのことで待つ。アハハ。リハーサルでアーニャはいくつか自分が用意してきた歌を歌いました。丁寧に詩についてわたしたちに語り、歌いました。それらは、古い民謡で、そのうちの一つは紀元前の歌だそうで、とても驚きました。アルメニアで、演出家の青年が中世の聖歌を歌ったときも驚きましたが、日本とは歌の伝わり方、残り方が違うものだと思いました。この人とはこれからも続いてゆく、リハーサルの時、既にそう思いました。アーニャさんは、「ウクライナの真珠」とも称されるJAZZの歌手ですが、サンクトペテルブルクの地で、ウクライナの古謡を研究し、自由な音楽家たちと出会い、ロシア独特なシアトリカルな即興演奏を志向するようになったとのこと。次なるプロジェクトが私の頭のなかにうかんできました。

日本で、たとえば俳優や歌手で、このように古謡をいくつも歌うことができる人は少ない、いやほとんどいないはずです。なぜなら再現できる形で残されていないから。私も知りません。まず、日本でほとんど民謡が歌われる場合は少ないし、いま残されている多くの「民謡」は明治期に作られた新民謡であり、いうまでもなく唱歌というのは、新しく西洋風につくられた新曲です。和太鼓の合奏、ケチャ、ヨガこれらの文化もまた、ほんとうに最近になって新たに編み直されたものだといいます。それもまたユニークで興味深いことです。たとえば唱歌などは、意図的に作られた歌であり、私もいま新しく歌を作る必然がない、ことを前提にでも「いまつつくる」ことをしていますから「意図的な歌」もまた興味深く思います。この先は私の憶測です。

 そもそも日本人には「残す」という発想が少ないのではないのでしょうか。おおらかであるともいえます。島国であり、外敵も少なく、まして江戸期の鎖国もあり、多文化の流入が少なく、それゆえ保守する動機が少ない、という面もあるでしょう。そして国の中での移動も少なく、距離も短い。異種交配の範囲が極端に狭い訳ですね。ですからわざわざ残す理由があまりないのではなかったのでしょう。それから、宗教と歌の伝来をみても、たとえばキリスト教、本場仏教のうな、同一宗教内流派や異宗教との宗教闘争がすくない。たいがい布教と音楽は切り離すことが難しいもので、西洋では芸術音楽としてそこから豊かな音楽が誕生したわけですが、まずそういうこともありません。また歌舞音曲に対して控えめな武家文化が長く続いたという理由もあるでしょう。

 アーニャには、前日に子守唄を用意してくるようお願いしておきました。私には二つの子守唄を、同時に歌う、という試みがありました。一つは日本の、ではなく、私が作曲した、架空の民族の、子守唄です。これが私の選択です。これは以前から試みたいと思っていたことですが、大きな発見がありました。コラボレーションというのはお互いの存分に発し合うことも大事なことですが、お互いが引き合いの妙で、しかしそれぞれを保ちながら一つの空間をつくること。さまざまなことに示唆的であると思います。個人的にも、年齢もあるのでしょうが、そういう美しさは一つの答えであるような気がしました。決めごとが上手く流れず困ったりしましたが、それもまた良し。そして彼は本番中にやってきて、突然演奏を始めたのです。彼とは、レートフさん同様にロシアのアヴァンギャルド音楽を長らく牽引したヴァチェスラフ・ガイボロンスキーその人。シアトリカルな展開の中に自然に、ひょうひょうとしながら、存在感をはなつ。以前ここで共演したウラジーミル・ヴォルコフもそうでした。ロシアで最も著名なコントラバス奏者が、コントラバスを弾かず、箒をもち、たらいを叩き、素晴らしいパフォーマンスを即興的に作品に貢献してくれました。



(二つの子守唄)

ベルリン 異教徒の孤独)

こうして、コーカサス、ロシアへツアーし、2016年ユーラシアンオペラのプロジェクトは良い出航をすることができました。2011年頃イスタンブールの空港で夢想したあの音楽は、音楽詩劇研究所の作品として2016年、こうしてようやく実際に鳴り響き始めたのですが、直接的な契機となる刺激を受けたのは、ベルリンでの「Ddede korkt」という作品への参加でした。  

 その連絡は突然やってきました。日本に住むジム・オルークさんという著名な音楽家で、これまで面識がないその方とのセッションに誘われ、改装されて馴染みない下北沢の駅を、会場に向かって迷いながらエスカレーターに乗っていたとき、一本の電話が入りました。とつぜんの英語。聞き取りづらく、とりあえず、30分後にもういちどかけてくださいとお願い。その後電話があり、ノイズで英語も聞き取りづらく、途中から日本語がわかる絨毯職人なる人が電話に出る始末。あとでメールしてもらい、その翌月から始まるリハーサルからプロジェクトに参加してほしいとのこと。電話の主はベルリンからで作曲家、ギタリストのMarc Sinanというひとであり、プロジェクトとは彼とドレスデンの現代音楽のオーケストラが作る新作で、ソリスト、パフォーマーとしての参加依頼なのでした。マークとの仕事は、アルメニア系トルコ人であるという彼の母の出自とかかわるもので、「デデコルクトの書」という古いイスラム叙事詩的物語でした。

 身体をつかったソロパフォーマンス、ソリストのカルテットでの演奏のほかに、オーケストラの一員としても演奏しました。1月に入ってから作曲のマーク・シナンさんから膨大な枚数の楽譜が送られましたが、いろいろといそがしくしていたので、飛行機の中で本格的に楽譜をよみはじめました。複数拍子、変拍子、テンポチェンジだらけでたいへん。指揮者のいるオーケストラでコントラバス奏者として演奏するのはほんとうに久しぶりでした。指揮者のファビアン、Fabián Panisello さんはアルゼンチン人ですが、オケの練習が始まると、コミュニケーションはほぼすべてドイツ語で、いつも迷子状態。「うわっー、何小節目からはじめるのだろう、、、」とあたふたしているともう演奏はじまっている。おまけに難しい。そして皆、苦労しつつもどんどん弾き込んでゆきます。追いつくことで精一杯。眠るひまもないほど、毎日毎晩、酒も飲まずに楽譜とにらめっこ。10月からのソリストとの稽古や身体パフォーマンスの稽古は、英語、ドイツ語わからないなりに、親密に稽古していましたが、オケがはいると、巨人の異教徒の怪物を演じる私も迷子の子猫。孤独、、。当初は、負担が大きいので、ソロとカルテットに集中してくださいとのことでしたが、言語でのコミュニケーションが難しい分、作品理解のためにはオケへの参加と楽譜の情報の読み込み、アナリーゼも不可欠と思い、自らのぞんで参加したのですがこんなに大変だとは、、。総譜にするとたった数秒の出来事が、紙一枚に書き込まれている訳ですから、ヨーロッパの伝統の狂気というか、ある種の病、ヨーロッパの病理ともいえますね。そしてオーケストラの面々はそれを当たり前のようにその通りに演奏します。ヨーロッパを強く感じます。


(デデコルクト ベルリン)

そこに中央アジアからのゲストの演奏家がはいりました。ウズベキスタン、カザフスタン、アゼルバイジャン、彼らが話すのはロシア語です。彼らがロシア語を話すことの意味。私たちが当たり前のように異国語である英語でコミュニケーションするように、ロシア語で話す。ソビエト、社会主義が20世紀のインターナショナルたらんとした痕跡。そのことを負の遺産、だといってしまってよいのかどうかはわかりません。そしてみなさん複数の言語を操るのですね。ホテルから劇場までの毎日の移動の車。分乗して行くのですが、次第に私は、彼らが乗る車にのせてもらうことが多くなって行きました。車中はまったくわからないトルコ語と少しだけわかるロシア語。でも、ドイツ語と英語(ほんとうにみなさん気遣ってくださり、英語をはなしてくれますが私は英語もそんなにできないので、、)のなかでの孤独感より、アジア人の話すロシア語のなかに身をおくことの心地よさ、安堵。そしてやはり音楽。中央アジアの演奏家の方々が演奏する、ドンブラ、サト、ケマンチェの音色の美しく、幽けきこと。そして歌、ホーメイの力強さ、打楽器。西洋のオーケストラの演奏家が一つの楽器の演奏に特化したプロフェッショナルであるのに対して、彼らは歌も太鼓も、弦も。いわば、「楽器のマスター」ではなく「音楽のマスター」なのですね。もちろん、日本だって、かつては三味線、琴、謡い、踊と全て稽古していたのですが。弓弾きされるサトの音楽の中で、私たちソリストが楽器をかかえて遊牧するように歩く場面(ノマドウォーク)があるのですが、はじめてきいたとき、その幽かな音色に揺さぶられつつ浄化され、歩きながら落涙を禁じえませんでした。心が動かされた瞬間から、何もなくなるまでのあいだの幸福。そして、一方あらためて日本人が「遊牧の民」「混血の民」ではないことを強く意識します。200年以上鎖国していたわけですから。私は、特に日本人であることの自負や気負いはないけれど、やっぱり日本人の私がそこで何をすべきか、何を演奏するべきかの「意味」については考えてしまいます。正確無比のドイツのオーケストラと、繊細に歌うアルゼンチン人ファビアンさんの指揮、中央アジアの音の揺らぎのなかで、、。  


(デデコルクトの書)

 私が演じた羊飼いが妖精を姦して生まれた「テペギョス」はこのイスラムの神話的叙事詩のなかで、血縁的結束を逸脱し異教徒というカテゴリーもこえた、異物として禍々しく存在しているが、作品はその「異」に対する多義的な解釈のサジェスチョンです。現代の日本人である私が遊牧や異端を演じ、独りで演奏し、即興し、親密なカルテットで演奏し、オーケストラと指揮の中で演奏すること、いろいろな答えをこの、ドイツ語で歌われる、トルコ、アナトリア、中央アジアの叙事詩の作品の中で出してゆかなければならない。オーケストラや指揮者のファビアンにもほんとうに感謝。ファビアンはオケの現代曲の経験が少ない私の、きわめて初歩的な質問、疑問にも丁寧に答えてくれました。そして楽器を提供してくれた、オーケストラのチューバ奏者の仏頂面のトム。彼は本来オケではコントラバス奏者。もしものためにチューバとコントラバス両方スタンバイしていました。稽古で、ドイツ語がわからず困っているわたしのとなりで、時々小節数を英語でささやいてくれた。初演の本番ステージ後、中央アジアの楽器によるアフターコンサートがありました。そのなかに同じアジア人の自分が一緒にいなかったことに複雑な思いをいだきながら。いつのまにか、ジャズも演奏するチューバのトムがコントラバスでセッションに参加した。仏頂面で大柄のトムがニコニコしながら嬉々とした表情で即興でコントラバスを弾いていた。持ち主の元に帰ったコントラバスも息を吹き返したような饒舌。僕の出る幕ではない。前晩の最終リハのあと、美音の爆音カーステレオでブラジリアンコンテンポラリーファンクをかけながら、鎮まりかえる夜のドレスデンの街を「マシュケ・ナーダー」と歌いながらレストランまで飛ばしてくれたオケの打楽器アルディティも加わった。一緒にどう?とスタッフの方に促されたのですが、でも彼らの音楽聴いているだけで幸せだったし、それはまた、今度、ということで。さてどんな今度がつくれるのやら。そこで私はあのイスタンブールの空港での夢想を思い出したのです。ベルリンの公演では、ワークショップも行われました。このオーケストラによる、シアターミュージックと連動し共有するテーマで映像作品がベルリンの大学生によりたくさん作られました。ベルリンはトルコ人街を有する国です。移民問題をかかえています。そしていうまでもなくドイツはユダヤ人虐殺の加害者の国でもあるわけです。同世代でもあるマークたちとの仕事にはとても刺激を受けました。


(中央アジアのミュージシャン)

(あの夢想2)

 アゼルバイジャンからの伝統楽器のソリストの女性から、帰国後メールがありました。わたしの、怪物テペギョスを演じるパフォーマンスを見て、とても辛かったと。なぜなら、アゼルバイジャンとアルメニア間の民族問題、ナゴルノーカラバフ問題、そこでの強姦を思い出してしまったからだといいます。私は何度かメールのやりとりをして、そのことについて話し合いました。音楽と政治を切り離すことはできないというのが彼女の主張でした。その演奏は繊細だが、馴染みにくく保守的なお姫様然とした態度がよくみられていたので、少し意外な気がしました。しかし私の音にアゼルバイジャンのムガーム(中東音楽独特の多種の旋法)を強く感じてていたので、私の父が書いたムーガムの体系書を送りたいと。彼女の父はソ連時代の音楽大学の民族音楽の父のような大家であるそうで、なるほどお姫様であるわけですね。そのお姫様は、この作品の再演時は出演しませんでした。ウズベキスタンの歌手もやっぱりお姫様でしたね笑しかしドレスデンの観光で路上のまがい物の宝石を熱心にみていたので、くすっとわらうと、少し怒った表情をしたが、少しだけうちとけました。熱心なイスラム教徒であるカザフスタンの男性二人は、一人は関西の邦楽の国宝級のおじさんによくにた、おじさん濃度高し。しかしピーター・ガブリエルのツアーに参加しソロを弾きまくったりしていたのでした。もう一人は世代も近い屈強な若い男。いつもしたしげにボディータッチし相撲でもとりはじめそうな彼と話すと、ある意味保守的男尊感がみえますが、これも宗教的伝統であります。中央アジアの音楽はわたしにとっては身近なものとなりました。マークの次の仕事はコミタスというアルメニアの作曲家。私はその2、3年前やはり、トルコで知ったこの作曲家に惹かれていました。それをテーマに作品を作り、来日中のロシアのsax奏者のセルゲイ・レートフさんをゲストに招きました。ですから私はマークにこの話をきいたとき、実ははじめ、こちらのほうのプロジェクトの方で一緒に仕事をしたいと思ったものです。それはかないませんでした。 

Marcの贈りもの Ayumi Paul


(Ayumi Paul)

しかしそれから約半年Marcから思わぬプレゼントがありました。Ayumi Paul。彼のコミタスプロジェクトのヴァイオリン奏者である彼女が、交響楽団の仕事で日本を訪れるので、会ってやってくれないか、とのことでした。サントリーホールでの公演を終えた翌日、私はやはりベルリン在住のピアニストの千野秀一さんと横浜のJAZZクラブエアジンでインプロヴィゼーションの演奏する機会をもっていたので、彼女もそうのぞむので、千野さんに相談し、ゲストで入ってもらうことにしました。急遽、懇意にさせていただいている私の地元埼玉の蕨のタタミスタジオで彼女と私のワークショップを開催することにしました。品川駅で待ち合わせ、横浜までの間、たくさんのことを話しました、日本人の家族のこと、その別れや再会のことも。声楽も学び、特に現代美術関係のパフォーマンス作品で、即興や献呈された新曲を演奏することも多く、そのエレガントで力強い立ち姿、空間の変動を敏感に察知しつつ落ち着きのあるパフォーマンスは、時折俯き加減に垣間見えるみなしごのような淋しさも伴います。2016年再び日本にやってくるというので、私は「終わりはいつも終わらないうちに終わっていく」の室内楽バージョンとしてヴァイオリンとヴォーカルのために作曲して彼女が来るのを待ち、バッハの無伴奏曲、ダンサーとの即興、ヴァイオリンとコントラバスのパフォーマティブな即興で構成した劇場リサイタルをプロデュースしました。私の作曲作品で、彼女は片言の日本語での語りもあります。私たちのこのユーラシアンオペラに彼女の存在は不可欠であると確信しました。


(バイカル・黒海へ 2017、18)

(黒海沿岸にて)

 2016年アルメニア、ロシアツアーの帰国後、私はさっそく次の旅の準備にかからずにはおれませんでした。一つは、この作品のベースにある北方狩猟民族の起源である、バイカル湖近くの、チベット仏教の国ブリヤート共和国の、北方民族やモンゴルなど民俗と現代美術をつなげる美術館との共同制作プロジェクト。そのようなコンセプトの美術館はロシア圏で初のものであるようです。これはモスクワでの共演者セルゲイ・レートフさんの紹介から始まったプロジェクトです。すでに、美術館のアートディレクターとやりとりをはじめ、私たちの作品の舞台美術を美術館に関係する作家とワークショップを重ねながら作り上げます。バイカル湖畔は上演作品のベースとなった民族の起源の地であり、日本人の起源であるという言説もあります。私は、この地における上演は、最終目標であったので、正直時期尚早の感もあります。しかし、じっくり出来るだけ長期的展望のもとに、共同作業を深めてゆきたいと思います。美術館を日本に紹介して行くことができればと考えます。

 そして、もう一つのプロジェクトは黒海沿岸の対岸にあたる、ウクライナのオデッサとトルコのイスタンブールでの「黒海プロジェクト」です。両都市とも、ロシア、アジア、ヨーロッパの扉、海運都市であります。イスタンブールには何度も通い、多くのアーチストと交流してまいりましたが、あるとき、イスタンブールから1時間ほどバスに乗り、黒海沿岸の小さな街まで小旅行したことがありました。ロシア革命のとき、革命前スタートして既得権益を得ていた歌手のアレクサンドル・ベルチンスキーは反革命軍の船に乗り、オデッサからイスタンブールへと渡り、そのため革命後のソ連には戻ることが許されず、亡命ロシア人のため、おそらくそこにはユダヤ人も多く含まれていたでしょうか、黒いピエロに扮し、世界中を旅芸人として巡演します。その多くは帰れない望郷の歌でした。トルコ側の黒海で、ぼうっと浮かぶ対岸のウクライナ(ロシア)をみて、ああ、あそこからここへ向かって多くの人が船に乗ってやってきたのだなぁ。革命にも裏の歴史がある。革命の頃で言えば、ケマル・アタテュルク(トルコでお店等に入ると、ほとんど彼の肖像がまつられています)に率いられ青年トルコ革命を終え、トルコの西洋的な近代化が始まった頃、同時にそこでアルメニア人虐殺が行われ、イスタンブールのアルメニア正教会で音楽を指導し、宗教歌をつくっていたコミタス・ヴァルタベッドは命からがらアルメニアへと戻り、その帰路、虐殺を目の当たりにし、トラウマで死んでしまうのです。
 
 ウクライナをつないでくれているのは、もちろんアーニャ・チャイコフスカヤ。それからトルコは我がソウルメイツ!シェヴケット・アクンジュであります。アーニャの歌、シェブケットの最も大切にしている彼のプロジェクトKONJOとわたしたちの作品がコラボレートする予定です。既に2018年も計画中です。東京で共演を重ねたセレンとも関係を発展させなくては。

Konjo feat. Huun-Huur-Tu- Improvisation#1 (Borusan Sanat, İstanbul, 2016)

(シェヴケット・アクンジュとKONJOのトゥバ共和国 フンフルトゥとの共演)

 今度の旅では、日本から古い親友である韓国打楽器奏者が同行する予定です。彼は、在日朝鮮人ですが、朝鮮の農楽、シャーマン音楽にこだわり、日本でそれを実践しています。東海道53次、熊野古道を叩き歌いし、身体と歌のありかを自らの足で確かめます。踊りやリズムの発生を考える。いつもそこに逡巡しいつまでも問い続け自家撞着する私に比べ、なんと彼の力強いこと。いつも数年置いては大事なプロジェクトの彼を誘う。日本、アジア、歌、音楽、きっと彼と私は真逆のアプローチを続けているのだと思います。 なんとかこれらの計画を実現させたいものです。


(終わらない歌)

数年前、イスタンブールの空港の夢想、アジアをみた。黒海で対岸のロシアの大地をみてそこからアジアを想像した。ベルリンでマークたちの仕事に刺激を受け、私の次なる仕事を確認しました。私は日本の共演者にも世界の友人たちにも恵まれこうしてさまざまが繋がり、こうして活動をつづけ、少しずつ想いを実現させることもできています。しかしそうして生きる代償と恩恵も受けながら、いらだち、不安を覚えつつ、この日本、東京で生活をしています。ほんの個人的な死生観にすぎぬかもしれませんが、ただただ人はどのように生き、死んでゆくのか、それを、生きることを、死ぬことを覚悟するために、作品を転がし続けてゆくことしかできないのでは、と思っています。そして、その経験というものを、私だけのもの、にしておきたくない、という想い。それは何だろうか。あのとき、この都会で、音楽を始めたばかりの20代のはじめの頃私の心には充分に響かなかった、北方の喉歌。いまあの倍音たっぷりの遠くからのノイズが木霊し、ざわざわと囁きかける。歌、合唱、音楽という、個人と共同体を往来する表現形式は古今東西様々な形で残され、かつ姿を変えながら存続してゆきました。それらは「いま、ここ」でしかありえないない個人や共同体による歌や合唱と社会との関係に他なりません。

 その民族は、墓をつくらない。その民族はたくさんの弔い方を知っている。その民族は必要以上に作らない。その民族は合理的に分け合い、非合理的な生を営む。その民族では自ら刹那的自ら命を絶つものもいた。その民族では神に命捧げるものも多かった。

わたしたちはその民族ではない。

「すべてわたくしと明滅しみんなが同時に感ずるもの」

数年前学生と一緒にパフォーマンス作品にした宮沢賢治の春と修羅の序文を思い出します。  

わたくしといふ現象は 仮定された有機交流電燈の ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといつしよに せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける 因果交流電燈の
ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち その電燈は失はれ)
これらは二十二箇月の 過去とかんずる方角から 紙と鉱質インクをつらね
(すべてわたくしと明滅し  みんなが同時に感ずるもの)
ここまでたもちつゞけられた かげとひかりのひとくさりづつ
そのとほりの心象スケツチです )

 それを知るために一緒に旅をして、知らない土地で人と交わり、作品を転がしてゆく。そして、自分の暮らす、生きづらさを感じざるをえないこの都会で、明滅させたい。フルメンバーでの渡航はなかなかままなりませんが、私たちは架空の民族を演じ続け、旅にでます。さまざまな出自、背景をもつ無国籍な架空の民族です。その一里塚であろう舞台の上で閉じる眼のない死者」を祀る儀式を演じます。それは常に変容し続ける終われない歌なのです。「終わりは終わらないうちに終わっていく」しかし実のところそれは、はじまりも終わりもなくそれぞれに明滅しつづける「心象のスケッチ」であります。

「葬るな人よ、 冥福を祈るな」在日朝鮮人の詩人が日本語で書いた言葉。

(まだ終わらない歌)

 数日前、モスクワで2度目の共演をした、ダンスのアリーナから便りがありました。来年から夫の仕事の関係でソウルで暮らすことになったと。 先にも書いたように、彼女の先祖の出自は韓国にあり、日本軍とも関係しながら、シベリア、グルジア、ペテルブルグと渡ってきたそうです。ロシア人とは異なり、静かに佇む彼女の顔や身体からもアジアを感じます。韓国で暮らすのは初めてのことです。そして、誰かがやってきて彼女にどうやって、二つのシャーマンの割れた太鼓のかけらの眼で人間の運命を見定めるのかを説明していたのだと、、。


(アリーナ・ミハイロヴァ)

 これで日本と近くなったから一緒にできると。ロシアのユーラシアの大地からすれば、近いのかもしれないが、私にとっては、ソウルといっても、まだまだ遠い感覚であり異国「海の外」です。こんなふうに海外や外国人との活動をたくさん書きましたが、私にとってはまだまだ海外は遠く、外国語も苦手で、腰も重く、身軽に動けるお金ももちません。face bookのメッセンジャーを使って、作品のことダンスのこと、生き方、家族のこと、いろいろ話しました。

 深夜海外の友とそのような会話を文字でしていると、ふと今日が日本舞踊の西川千麗さんの命日であることに気づきました。千麗さんには20代の半ばから、多くの海外公演にも連れて行ってもらいました。ポーランド、スイス、パリ。最期の作品の最初の音楽稽古の翌日、テープで私たちにメッセージを残され、その日この世からお亡くなりになりました。先日、テレビで日本舞踊の武原はんの映像を感動しながら見ていたら、私はあれだけ作品づくりをご一緒させていただいた千麗さんの古典をほとんど見ていないことをあらためて悔やみました。私が参加するのは創作舞踊で、舞台で古典を舞われるときはいつも私は楽屋で準備していましたから。一周忌に京都で行われた、千麗さんの衣装や扇子の展示のなかでソロコンサートをしました。故人が舞台で纏われた衣服や道具の中での演奏。古典用のものもたくさんありました。思えば、この日訪れたシアターXのプロデューサー上田美佐子さんと再会し、アドヴァイスをいただいて音楽詩劇研究所をはじめることになったのでした。



 このようで集団を率いて海外公演に渡航するようになって、座長としての千麗さんにも学ぶところがほんとうに多かったという思いも強くなりました。こんな時、千麗さんならどのように準備し、動き、対処されるか、アルメニアやロシアの地でことあるごとに思いました。千麗さんの海外ツアーではいつも一人でふらふらと新鮮な海外の空気のなかで水を得ていた私に、あるツアーが始まる前、突然私に、作曲や演奏だけでなく音楽監督として連絡事項から、団員の管理、体調、心の動きまでも把握するようにいわれ、現場であたふたし、時に無理難題を言付けられたこともありました。そして、あなたはいつか、そのような形でしか活動できなくなる時期がやってくるから、そのときのために、いまあえて、頼りなげなあなたにに任せるのだ、と。そのような立場は私が自分で感じている自身の性格や生き方とは相容れず、そのような時が来ることを思いもしませんし、望みもしていませんでしたが、いまこうしてみるとその通りになってしまいました。もちろんそれらを上手くできるということはありませんが。そして、千麗さんがその海外ツアーのとき私におっしゃっていたのは、「孤独」についてでした。創作するにふさわしい孤独の状態を全員につくりなさい、と。プロセス重視の私とは反対に千麗さんは結果重視の方でした。結果のために最期に必要なのは孤独であると。ある意味作品至上主義というか。しかし、いまその作品、公演、ツアーにはあらためて様々なプロセスがあったことが想像されます。さまざまな矛盾のプロセスで作品を構想し、しかし逆説の存在しない純正な作品を作るということ。

西川千麗さんからいただいた手紙  http://blog.goo.ne.jp/jk50654396/e/5b181607592e746a94c87a004f010cc1



孤独とは、共同体とは、血族とは、民族とは、、。 再び宮沢賢治「春と修羅」序文

「すべてがわたくしの中のみんなであるやうにみんなのおのおののなかのすべてですから」

そして死者とともに明滅を繰り返す。






コメント (1)
この記事をはてなブックマークに追加

「池袋 ウェストゲートパーク ベイベー」

2017年01月17日 | 活動予定
 きょうは立教大学で演習発表。5年間、海外での公演のないかぎり毎週この演習で毎期学生と語り合い、舞台作品をつくり、10作品で台本を作り、演出、作曲してきましたが、今日が最後になります。最後の作品は宮沢賢治の「ポラーノの広場」。5年前の最初が「春と修羅」でした。
 
たくさんの瑞々しき人々との出会いと、この場を与えてくださった青木純一さんに感謝です。

 たくさん歌も作りました。みなさん歌ってくれてほんとうにありがとう!!!
作品、歌の中で、この世界に生きる「共犯者」となってくれたのです!

 清志郎のように「愛してまーす」と大勢の「観客」にむかっていえないけれど、そうして歌ってくれるという場所と人々に、それ以上なく無条件に、愛情を感じてしまいます。 清志郎が観客に言うところの「武道館ベイベー」「日比谷野音ベイベー」ときっとおなじ、「池袋 ウェストゲートパーク ベイベー」な気分なのであります。

私は大勢の方が聞いて、知るような歌をつくる作曲家ではありませんが、舞台や学校の場でたくさんの歌をつくりました。広く商品となって多くの方に「聴かせる」ための歌ではなく、「歌う」ための歌をつくってきました。

 慈愛に満ちあふれてなどおらず、自分が生きることでいっぱいいっぱいの私にとっては、歌をつくり歌ってもらうことは、最大の愛にみちあふれた、とても幸せな時間です。そんな時間と音楽を支えに生きているようなものです。鑑賞物として聴くための歌ではなく、歌うための歌、音楽から世界を眺めたい、という思いで音楽詩劇研究所もスタートさせました。けっきょくのところ自分が聴いてみたい、まだみぬ、きかぬ音楽、世界をつくろうとしているようなものだと思います。

 
 100人ほど、自分の作品の出演者でもあったわけですので、顔を思い浮かべると感慨深いものもあります。3、4年生との授業でしたから、みな就職するか、どう生きるかの岐路にたつ学生たちでした。多くの方たちにとっては、こういうふううに作られた、市場やネット上にない歌を歌う、というのはさいごになるのだなぁ、と思うと、身が引き締まる思いで、勝手にそのことに重みを感じ、創作の動機にしているのにすぎないのかもしれません。そんな少しは真面目な気持ちで作曲してきました。だからまだちょっと堅苦しいのかな笑

 そういうことが歌の全てだとはまるで思いませんが、「歌うための歌」という意味で、ブレヒトソングというものもひとつのお手本で、あらためて昨日ハンス・アイスラーの伝記を読み直したりしました。その時代とは異なり、現代はほんとうに世界中の音楽や多様化した大衆音楽(という言い方が適切なのか?)を知ることができ、しかしまだに未知の音楽の水脈があります。ブレヒトが、アイスラーやヴァイルが、自らの出自である西洋芸術や古典音楽や理論を脱構築しながら、「大衆のための芸術」、すなわち「プロレタリアート」「階級闘争」の実践を模索した時代と比べれば、商品となったポピュラー音楽が複雑多様化しながらグローバル化されている現在とは状況が異なります。
 
 大層な意義もなく、私の目の前には「大衆」も「プロレタリーアート」もなく、毎回はじめは、たった15人ほどのそれを歌い、演じる、東京の「大学生」という立場の人々がいただけです。

 ここ2年は音楽詩劇研究所の活動も忙しく、作品つくりという意味ではままならぬ状況もありました。最後の「ポラーノの広場」の歌を作っている時には、歌うための「良質」なメロディをいつもより強く意識してしまいました。「良質」などといっても、どんなに客観的にそう思おうとしても、主観的なものに過ぎません。いつしか、ただよくわからないけれど、自分が美しいと思う音楽や状況、場をつくるしかないと思うようになりました。宮沢賢治が「ポラーノの広場」を想ったように、、。いま「ポラーノの広場」のような相互扶助的自治共同体という場所が、これから会社や、本格的に国家というものに属してゆくであろう学生にとって、ありうるか、必要なのか、という学生への問いかけが最後にこの作品を選んだ理由でもあります。ですから、ポラーノの広場をただ美しく描くことはできませんし、美しい歌にするか、批判的な歌にするかどうかは、歌い演じる、その人たちが選ぶような歌をつくります。

 学校が終わって休みのまま、以降まともに共同体に属したこともなく、学校がこなかったような切れ目のないふざけた生き方をしている自分がアドヴァイスできることもなく、いろいろな相談にきたたくさんの学生たちには申し訳なくも思います。就職活動すらしたことないですし。

 毎週のこの時間がなくなり、池袋にいくことがなくなるのは淋しいことですが、実は3月19日(日)に最後の外部発表をすることになったので、もうしばらくは授業ではなく稽古のため。

 きょうは、まだみせられる作品ではないという思いもあり、あえてご案内はしませんが、ご興味ある方はぜひ私に連絡ください。15時より池袋の立教大学です。そして、3月19日はぜひ!

2012年度

・外部公演「我牢獄」(北村透谷)「春と修羅」(宮沢賢治)
・秋学期「人間の悲劇no2」(金子光晴ほか)
 
2013年度

・春学期 「ブレヒトオラトリオ」(ベルトルト・ブレヒト)
・外部公演「ブレヒトオラトリオ」(ベルトルト・ブレヒト)
・秋学期「アウステルリッツ フラグメンツ」(W・Gゼーバルト)
 
2014年度

・春学期「かもめ 悲劇」(チェホフ「かもめ 喜劇」)
・外部公演「交響曲第16番かもめ 悲劇」(アントン・チェーホフほか パウル・ツェランの詩による)
・秋学期「旅芸人の帰還」(近松門左衛門 「心中天網島」、ブルーノ・シュルツ)

 2015年度

・春学期「橋づくし」(三島由紀夫「橋づくし」ベルトルト・ブレヒト「小市民の七つの大罪」による)
・外部公演「橋づくしだよ! 歌合戦」(近松門左衛門 ホメロス、カフカ ブレヒト)
・秋学期「コニーアイランドベイビーズ」(河崎純)

 2016年度

・春学期「終わりはいつも終わらないうちに終わっていく」(河崎純)
・河崎純音楽詩劇研究所ワークショップ (立教大学文学部演習外部発表)「古譚」(中島敦)
・秋学期「ポラーノの広場」(宮沢賢治)



 
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

12月18日「西遊記を聴く、ワルツを踊る」

2016年12月12日 | 活動予定
今年もぜひ!

毎年年末に演出、作曲している恒例の「西遊記」。例年と異なり、今年はミュージカルエアロヨガの形式ではありませんが、「西遊記」の楽曲もコンサート形式、特別編成でリニューアルします。ミニワークショップつきの内容になると思います。上演後、お楽しみのタタミスタジオ忘年会・有料試飲会もあります!!

今年は開催日が早く、なんだかいつもより早く年が終わってしまうみたいです。



http://bfrec.com/blog/posts/277


響きプロジェクトショーケース2016vol.4@タタミスタジオ

今年の年末は、過去2年間で行った西遊記をモチーフにした冒険活劇で生まれた曲を中心にミュージックショー形式で演奏会を中心て聴いて頂きます。もちろん空中パフォーマンスも行います。演奏は、2年前の夏、大きな反響を呼んだチームが再集結、コントラバス 河崎純を中心にドイツ出身のスーパーバイオリニスト、ヤン・グレムボツキ、7弦フルアコースティックギターも操る小沢あきと謎のアコーディオンニストが加わる予定です。唄も昨年も参加してくれました、何処までも澄み切った声を持つ三木聖香を中心に4名のコーラスが加わります。


■日時:2016年12月18日(日)
16:30開場、17:00開演、18:10終演予定
■料金:投げ銭(ミュージシャンにご協力ください)
■参加人数:限定25名まで(要予約)

■出演者(予定)
エアロ・ヨガパフォーマー:
本田カトリーヌ、NAMIKI、ERIKO、山田史、堀江えみ、野崎 知佳子、他

音楽:
コントラバス 河崎純、
ヴァィオリン Jan Glembotzki(ヤン・グレムボツキ)
ギター 小沢あき

打楽器 南雲友人
歌 三木聖香
コロス(コーラス) 津田健太郎、アイケイイチ、吉松章、坪井聡志、清水春花
作詞・作曲・音楽監督:河崎純

振付(コレオグラファー):アイコ
映像記録:山田泰士
総合プロデュース:たむらひろし(タタミスタジオ)

■注意点:
・お車のご利用はご遠慮ください。
・イベントはは親子でご参加出来ます。
・イベント中のは途中での入退場が出来ません。

18:50〜22:00タタミスタジオ忘年会・有料試飲会
(参加費無料、一人一品持寄り形式ご自分が食べたい物、飲みたい物をお持ちください)

こちらは特に人数制限はありません。日本酒は有料にてご用意があります。

今年も恒例の忘年会は埼玉屈指の地酒屋、横内酒店の協力で
日本酒の有料試飲会を行いますので、ぜひご参加下さい。

今回は軟水、硬水で醸された日本酒を中心に飲み比べを行う予定です。
約8〜10種類の特選した日本酒を500円(お一人様、約2合弱)で飲み比べが出来ます。
※あくまでも試飲会なので、お酒と同量程度の水を飲んで良く味わってください。
今年も美味しくて新たなお酒を取り揃えております。

■場所:埼玉県川口市芝中田1-6-12 2F タタミスタジオ
(京浜東北線 蕨(わらび)駅から徒歩8分、蕨駅まで池袋駅から電車で約20分)
■お問合せ:TEL:03-6317-3999(9:00~18:00)
■予約方法:http://bfrec.com/tatamistudio/workshop.html


ヤン・グレムボツキ Jan Glembotzki(ヴァィオリン)


4歳の時にピアノを、 2年後にバイオリンをはじめる。芸術家一家(作曲、俳優やオペラ歌手)で育ったヤンは、ハノーバー音楽大学でヴァイオリンの修士学位を取得。Krzysztof Wegrzyn (旧ハノーファ国立歌劇場のコンサートマスター、「国際ヨーゼフヨアヒムヴァイオリンコンクール」の創設者)、Jutta Rübenacker-Müllerに師事。ドイツ、ノルウェー、西アフリカ、日本、ポーランドを含む様々な国のソリストとしてだけでなく、室内楽奏者として、国内外の公演。ジャンは、このようなNDR放送交響楽団、プレーブレーメンフィルハーモニック管弦楽団、ヨーロピアンフィルハーモニー管弦楽団で演奏。

小沢あき aki ozawa(guitarist,composer)

5歳でヴァイオリン、12歳でギターをはじめる。19歳で渡米、Bill Ficca(TELEVISION)らと共演。多種多彩なアーティスト達のライブ、レコーディングに参加。フラメンコギター、7弦フルアコースティックギターを自在に操り、演劇やサイレント映画の伴奏、楽曲提供等、活動の範囲は多岐にわたる。中でも歌の伴奏には定評があり、様々なフィールドで活躍するボーカリスト達のサポートを務め、西川郷子(上々颱風)のソロアルバム『郷音~hibiki~』ではプロデュースを担当。’13年3月、リーダーバンド『 BYFAL 』の2nd『福の神の旅』をリリース。

三木聖香(声)


都内を中心に活動中。主にピアノ弾き語り。
http://seikamiki.jimdo.com/


西遊記の歌詞たち!(作詞 作曲 河崎純)


★「あなたたちはこの暗闇で(観音菩薩のテーマ)」

あなたたちはこの暗闇で
一冊の本をのこした
耳を澄まし文字を書いて
それを暗闇のなかで読んだ
さぁ暗闇の音たちよ
さぁ、まどろみのなかで

耳を開きそれを聴くのだ
この暗闇でしっかりと目をあけなさい
そして恐れずに声を出しなさい
人も妖怪もみな
この幻を生きるのだ
そしてこのわたしを
いつもあなたたちにのそばに
いさせておくれ
あなたたちはこの暗闇で
ただ一つの歌をのこした
動きながら声を出してそれを暗闇の中で聴いた
さぁ
暗闇の音たちよ
もうすぐ夜があけます

★「ああ眠れない(沙悟浄のテーマ)」

ああ眠れない 眠れない
これは私の寝言です
ああ眠い 眠れない
それはあなたのの寝言です

目が覚めたら 妖怪になる夢を何度も見たけれど
起きたらやっぱり人間だったわ
これも私の寝言です

ああ眠れない 眠れない
目が覚めたら 人間になる夢を何度も見たけれど
起きたらやっぱり妖怪だったわ
これはあなたの寝言 じゃないわ
ああ 眠い 眠い 眠れない

おやすみなさい おやすみ 
我睡覚了(ウォー シュイ ジュエラ) 我睡覚了 晩安(ワーン アン)
ふゎー

★「私のカラダ(孫悟空の分身のテーマ)」

私のカラダ きょうはなんだか いつもと違うみたい 
少しずつ重力から解き放たれて行くような
とても気持ちがよいけれど なんだか不安
わたし初めてだからかしら

私のカラダ きょうはなんだか いつもと違うみたい 
背中に羽がはえたような 五感がひとつになるような
とても気持ちがよいけれど なんだか不思議
わたし人間じゃないみたい

きょうはなんだか いつもと違うみたい 私のカラダ
色のない布につつまれているような
とても気持ちがよいけれど なんだかブラボー!
わたし生き物じゃないみたい


★「どこまでも続くこの旅へ(三蔵法師 旅のテーマ)」

どこまでも続くこの旅へ
僕たちはどうして出たんだっけ
いつからか 遠い空の彼方が みえるような 気がしてきた

同じ時に刻まれながら 違う時を生き
動いているようで 僕らは 何かに動かされ
ああ 生まれたり死んだり生まれたりしているみたいだ

どこまでも追われ続けて 
でもその苦しみを与えるものはなに
いつからか 深い海の底が みえるような 気がしてきた

同じ道を歩きながら 違う風を感じ
見ているようで 僕らは 永遠(とわ)に目を閉じて
ああ 起きたり眠ったり起きたりしているみたいだ 


初演のとき書いたパンフレットより

「仏陀が優しく、強く船を突き落した時に、三蔵は恐怖しながら、死体が浮かんで下流するのを見た。「お師匠様、おびえてはいけません。それはあなたです」、孫悟空が言った。「あなたです!あなたです!」猪八戒も言った。沙悟浄が拍手しながら「あなたです!」と言うと、船頭もはやしたてて「そうだ、あなたです!めでたやな、めでたやな!」と、四人は声をそろえて唱和するのだった。 」

『西遊記』98章より

 みなさまよくご存知の「西遊記」のおはなし。中国は唐の時代。玄奘という僧侶が彼方のインド、天竺に仏教の経典を求め、持ち帰った体験を元にしています。1000年近く後の明の時代に書かれたといわれています。玄奘を三蔵法師といいます。

 三蔵法師がインドまで仏典をとりにいった目的は大乗仏教を当時の中国に布教するためだと言われています。老子の道教や孔子の儒教を含めた三教の乱立からの安定です。道教や儒教を宗教としてカテゴライズすることはむずかしいし、もちろん原始宗教やアミニズム、シャマニズムへの信仰も混在し、まさにこの「西遊記」に登場する妖怪は特に道教的な世界観が色濃くあらわれています。それは死後天国や極楽浄土や地獄に向かうという死生観とも異なり、天界と地上を闊達に往き来するようなものでしょうか。

 日本人は特に宗教に対する信仰心が希薄であるといわれますし、また神仏習合の慣習もあります。歴史的にみると確かに中国やお隣の朝鮮半島も仏教を中心としながら、まさに道教、儒教の教えの中で発展してきた文化であり、これは東アジア独特の現象といえるのかもしれません。宗派や宗教間の闘争も他地域に比べれば穏やかなものであったといえるのでしょう。しかし、近代以降人々が、経済活動、会社、国家、社会というシステムのなかに自ら参加しているという自覚のもとに生き、神や仏から「信仰」の対象をそれらに変えてきたのですから、宗教というものに対する信仰の希薄は世界的なものであるといえます。

 かつてそれ以前は、人間が、私が、生きるということや死ぬということがどういうことであるか、ということは宗教家や哲学者あるいは一部の芸術家や貴族のような人が考えることであったのに、近代、現代においては「よりよく生きるため」つまり「よりよく死ぬため」にどうすればよいのか、そうあらねばならぬことのように、強迫観念のように私たちの生活を襲い、科学では治せない病精神的な病理の蔓延している時代だともいえます。それは人類史上はじめての経験であり、実はそうなってからまだまだ歴史は浅いともいえます。身体的な病は科学の進歩によってさまざまな特効薬と治療法を生み出しつづけていますが、かつては死に対する精神的不安は粗野で暴力的でシンプルな社会制度に対する無意識の虚無感、あるいは宗教への信仰で補ってきたということもできます。上演作品本編にある沙悟浄による語りは昭和16年に中島敦が書いた「わが西遊記」によるものです。「西遊記」では目立たない沙悟浄の対話と観念的独白です。それらはまさにこのような現代人の状況を明確に予見しています。

 「西遊記」を読んでいると、私はどうして「私」であり「人間」であるといえるのか、私は「私」でもなく、「人間」でもなく、ひとまず妖怪とでもいっておこうかしら、などと考えてしまい、それならいまこの姿で生きている「現在」とは「時間」とはなんだろう、という問いが生じます。そしてその「時間」とは、歌詞のなかにも書きましたが、「生まれたり死んだり生まれたり」「起きたり眠ったり起きたり」している「みたいな時間」なのかもしれない、などと思ってみるのです。まさに道教の始祖、荘子のいう胡蝶の夢、夢と現実のまどろみなのか。

 旅を共にする孫悟空、猪八戒、沙悟浄はみな仙術を使う妖怪です。生まれてから一度も精を漏らした事のない三蔵法師の肉を食らえば不老不死としり、妖怪たちは一行を変化し、だまし、狙い討つのです。このダイナミックな物語を読みすすめてゆくにつれ、私はこの性格の異なるけんかばかりの一行と、妖怪、魑魅魍魎たちへの愛着がどんどん増してゆくとともに、不思議と勇気づけられ、元気づけられる思いもしました。

 戦下や身体的病で死と隣り合わせでない限り、現世をよりよく「生きよう」とするのは当たり前のことです。おそらくそうすることでしか死への恐怖はまぬがれえないのですから。今日、この場で、このわたしたちの空中活劇に、それぞれの、さまざまなカラダや声を見て、聞いて、沙悟浄のようにちょっと元気のないかたは少しでも元気に、悟空のように元気のある方はより元気に、そしてそうでないかたたちと共に生きているということもまた感じていただけたらうれしいです。それはわたしにとってはよりよく生きる源です。

 さぁ、わたしたちの「天竺」への旅は、どんな結末を迎えるのか、わたしたちは何を探しているのでしょうか。それは終わりなき旅なのか。私たちとともに旅をしながら、どうぞお楽しみください!本日はご来場くださりありがとうございました。

河崎純


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

日曜日の夜。稲毛のCandyです!

2016年11月10日 | 活動予定

11月13日(日) 河崎純(cb)  三木 聖香 (vo)  Guest Selen Gülün セレン・ギュリュン(Pf vo)

3 November Sun  Jun Kawasaki(cb) Seika Miki Guest Selen Gülün(Pf vo)  open19:00start19:30 予約¥2500当日3000(1drink税込) http://jbl.harman-japan.co.jp/soundofjbl/shop/candy/

たくさん作曲したパウル・ツェランとベルトルト・ブレヒトの曲を中心にヴォーカルとコントラバスのアレンジで。
今回はいままでこの編成ではやらなかった曲もアレンジしてみました。アルメニアの古い聖歌やロシアのブラート・オクジャワの曲も。
ゲストはトルコのピアニスト、ヴォーカリスト Selen Gülün(セレン・ギュリュン)さん。翌日の帰国になります。どうぞお見逃し無く!


セレン・ギュルュンさん

三木聖香さん(モスクワにてウクライナの歌手アーニャ・チャイコフスカヤさんと)

セレンさんの歌やピアノを聞くとイスタンブールの金閣湾、ボスポラスの眩い水面の光りを思い出します。しかしそこには歴史の悲哀もにじんでいるような。どこからともなく聴こえて来る中東の旋律や、ビートを強烈に主張する打ち込みの音。大切な友人たち、旧市街と新市街、アジアサイドとヨーロッパサイドを往き来する船の上のその短い時間、甲板で受ける風。セレンさんや私の友人たちからfacebookなどで伝わって来る、トルコの政情や、その街からみた世界の様々な問題。清廉な願い。その、人、音楽。そのトルコによるジェノサイドの被害を受けた隣国アルメニアやロシアでのツアーで公演し、アルメニアのワークショップではアルメニアの古謡、ロシアではアーニャ・チャイコフスカヤさんが歌うウクライナの古謡とのコラボレーションもし、三木聖香さんも私もたくさんのことをキャッチしたことでしょう。そういえばパウル・ツェランは現ウクライナのブコビナの生まれ。最近はニュースがあまり伝わってこないロシアとウクライナの問題。アルメニア公演でわたしの楽器を手配してくれたアルメニアの作曲家Vache Sharafyanさんのコンサートが今日10日首都エレヴァンであるそうです。アルメニアジェノサイドをがテーマの曲だそうです。オーケストラはDresdner Sinfoniker(ドレスデン シンフォニカ)ソリストはエレキギターのMarc Sinan。マークの母親はアルメニア系トルコ人だそうです。ベルリンでMarcのイスラム叙事詩のdedekorktをドレスデンシンフォニカと共演しました。旧東独のドレスデンではじめてオーケストラやコーカサス、中央アジアの伝統音楽の演奏家とリハーサルをしたのですが、共通語はロシア語でした。

 自意識過剰キッズだったであろう私は、楽器を演奏して何かを表現をしたり、音楽を作る、ということはなにか特別なことのように思っていました。そしてその「特別さ」を表現することによって自己を成立し維持させていたいと思っていたのでしょう。しかしそんな「自己」とは関係なく、コンサートホールやライブハウス、街頭のBGM、録音された音楽のたくさんあって、私がいいなと思う音楽も、そうでもない音楽もたくさんあって、世界中にさまざまな音楽がみちあふれていて、日本にも海外にも素晴らしい音楽家がたくさんいます(「海外」と書きながら気づきましたが、これは島国である日本独特の言葉ですね)。特に、海外を旅していると自分も異邦人で言葉の理解もままならぬものすから、人々が孤独への慰みと共感を求める心から音楽を自然と必要としてきたということが実感できますので、いつしか音楽というのは人間にとって特別なことではないのだろうと気づきくようになりました。ただそれが特別なものや時間や出来事となる瞬間だけがあるということ。音楽とは孤独と共感からなる、いくばくかの郷愁と未来へのよりどころのようなものだと思います。私の中に神は欠落していますから、そこについてはわかりかねます。私はそれらのことを意識して音楽を作ったことはほとんどないけれど、私の作る音楽のどこにそれらの面が存在するのか、言語化して自己分析をすることもできましょう。しかし、そんな自己分析をするよりも共演者やお客さんと言葉のない対話をしつづけていられれば幸せなことです。僕にとって「音楽」はようやくそこからはじまります。それより前にあるものは、自分と自分をめぐる状況に過ぎないということでしょう。

 コンサートは日本でも海外でもいつも旅の途上です。この日も、その日の音、共演者、人との旅の出会いが楽しみです。



コメント
この記事をはてなブックマークに追加

星あかり(10月29日鎌倉芸術祭 )ブレヒト・ロルカ(10月30日北習志野 キタナラニヤリフェス)

2016年10月28日 | 活動予定

朗読者、新作への参加は久しぶりです。泉鏡花「星あかり」。鎌倉極楽寺。今回は私は作曲と音楽監督のみです。演奏はヴァイオリンのヤン・グレモボツキーさん。「件」(内田百閒)以来です。「件」はほんとうにたくさんの作品を上演してきた朗読者での作品の中でも個人的にフェイバリットの作品でした。久しぶりの新作参加ですが、もはやこうした作品づくりの故郷へ戻ってきたような共同作業です。海外ツアーもあり作曲がおそくなってしまいましたが、ヤンくんの演奏が楽譜に息を吹き込みます。鎌倉も久しぶり。ヤンさんは近所なので一緒にで電車に乗ってとことこ、朝7時に出発!開演は13時半です。

そしてずっと続けてきたブレヒト・ロルカも春の松本公演以来となります。いまブレヒトとロルカにどのように向き合えるか自分自身でも興味津々です。



顔からしてぜんぜん違うなぁ笑

それぞれハードな仕事ですが、どちらも終わった後の酒が美味しそうな予感。しかしどちらも帰宅までに2時間はかかりそう。心配笑


朗読者 in KAMAKURA Vol.2 ~第十一回鎌倉芸術祭参加企画
「鏡花語り 清方描く ―ふたりの鎌倉物語―」



https://www.facebook.com/events/187954901630712/

『朗読者』が鎌倉芸術祭に参加します!
朗読者公演に加え、泉鏡花と鏑木清方二人の芸術家の親交を紐解く文化講座も併せて開催します。

【第一部】
泉鏡花「星あかり」
□出演 奈佐 健臣 (Kenji Nasa)、 Jan Glembotzki (ヴァイオリン)
□演出 北川原 梓 (Azusa Kitagawara)
□音楽監督 河崎純Jun Kawasaki

※青空文庫
http://www.aozora.gr.jp/cards/000050/card1188.html

【第二部】
鏡花と清方~ふたりの芸術家の交流を紐解く文化講座~
小説家と挿絵画家としての鏡花と清方の交流を、鎌倉という土地背景を絡めながら、専門家にお話いただきます。 
※途中、泉鏡花「高野聖」の一部朗読を予定しています。
□講師: 鎌倉市鏑木清方記念美術館 学芸員

朗読者 とは、2013年から始まった文学とアートの文化プロジェクト。いままでに東京・川口・鎌倉で20回の公演を開催してきました。
本を持って読み上げるのではなく、小説の言葉は一字一句そのままに、俳優がお芝居のように演じ語りかける時間。音楽と照明・美術が更に空間を広げ、それはまるで『飛び出す絵本』のような公演。もはや朗読といって朗読でない、『まったく新しい朗読』です。

【日時・会場 詳細】
2016年10月29日 土曜日
時間: 13:30~ ※13:00開場
料金: 前売 2500円 当日 2700円
会場: 極楽寺客殿  神奈川県鎌倉市極楽寺3の6の7
    □江ノ島電鉄【極楽寺駅】より徒歩2分
     ※駐車場はございません。
      お車で来場の際は、各位近隣のコインパーキングをご利用いただきますよう、お願い申し上げます。

【チケットお取り扱い】
■朗読者実行委員会
 □HP予約フォーム
  http://www.art-kouba.com/roudokusha/yoyaku.html
 □TEL 048-222-2369/090-3080-4234(担当 金子)
 □FAX 048-222-2024
  お名前、ご住所、電話番号、人数を明記の上、送信ください。

■鏑木清方記念美術館 受付窓口 神奈川県鎌倉市雪ノ下1-5ー25

■島森書店 鎌倉店 神奈川県鎌倉市小町1-9-3

※未就学児童の入場はお断りしております。ご了承ください。

主催:朗読者実行委員会
協力:鎌倉市鏑木清方記念美術館
   公益財団法人鎌倉市芸術文化振興財団


【ブレヒトとロルカ】

キタナラにやり研究所+本toちば present
本toおんがく de にやり! vol.1

ギタリストの小沢あきさんとコントラバス奏者の河崎純さんによるコンサート・シリーズです。

1898年にドイツに生まれたベルトルト・ブレヒト、スペインに生まれたフェデリコ・ガルシア・ロルカ。この2人の劇作家・詩人は音楽と深く結びついた創作活動を行いました。この2人の創作に想を得てスタートした「ブレヒトとロルカ」が初めて船橋、北習志野にやって来ます!
ギターとコントラバスの音が生み出すのは、同調か離反か、対話か、はたまた論争なのか?

今回はキタナラにやり研究所が、本を愛する人々が集い活動する「本toちば」と協力し、「ことば」と「おと」を、さまざまな角度から追究することを目的として開催します。音の相克から緊張が生まれるその現場を、あなたもぜひ体験してください。
皆様のご参加を心からお待ちしております。

日 時  2016年10月30日(日) 午後5時から
会 場  内山さんちの平屋
   千葉県船橋市習志野台2丁目。習志野台幼稚園体育館隣。
    http://kniyari.jimdo.com/アクセス/?mobile=1
入場料  前売3000円、当日3500円
予約・申込み
    ①niyari2013.info@gmail.com
    ②09098289549(小関 20時以降対応。留守電随時)
    ③フェイスブック参加ボタンでも承ります。
その他  ドリンク・つまみ(カフェ・ウフ。)の販売あります。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

本日(石橋幸)明日(ユニマルカ) 

2016年10月21日 | 活動予定
★10月21日(本日)

アルメニア、ロシアから帰国して間もないですが、本日は、石橋幸コンサート「僕の呼ぶ声」紀伊国屋ホール。音楽監督と第一部の演出をさせていただいて3年目になります。今年のテーマは「孤独」です。酷寒を前にしたモスクワの秋。アパートの重い扉と出入りするそこに暮らす人々。生活。深く速い地下鉄のエスカレータに身をあずけたまま昇降する老婆やアジア系の労働者。今回の渡航ではモスクワは少し前の時代に戻ったような風景でした。束の間の散歩や喫煙をすると、自然と石橋幸さんが歌う街唄が口ずさんでいました。大人数で移動する楽しく慌ただしいツアーでしたので、ツアー中いつも表現と孤独のことが私の頭を去来しました。表現者の孤独について、私は亡くなった日本舞踊の西川千麗さんとの海外ツアーから多くを学びました。アンサンブルであればあるほど孤独が表現の前提となること。石橋幸さんとも今回のリハーサル後、そのことを語り合い、アンサンブルにもそれを求めました。現代において表現をすることのひとつの本質ではないでしょうか。それはやはり祭や儀式にはなりえないということでしょうか。今回のアルメニア・ロシアツアーの作品「終わりはいつも終わらないうちに終わっていく」の本質もそこにあると思います。わたしたちは「ありえない」架空の、想像上の民族の儀式や祭、ショー、共同体を「演じ」ました。孤独の逆説として。第一部「孤独」はほぼすべて女性の曲です。MCを交えた楽しい第2部とともにどうぞお楽しみください。


辺境無頼主催
石橋幸コンサート
「僕の呼ぶ声」
~ロシア・アウトカーストの唄たち~




■日時
2016年10月21日(金) 19:00開演 (18:30開場) 

■会場  紀伊國屋ホール (地図)

■出演 石橋 幸 

■演奏 
河崎純 (コントラバス) 後藤ミホコ (アコーディオン) 
小沢あき (ギター) 石塚俊明 (ドラムス、パーカッション) 

■石橋幸は、ロシアの歌をロシア語で歌い
 あまりに深くロシアの人と土地に共振れする。
 中上健次
《チケット情報》


■入場料金[全席自由] 一般 5,000円 ペア券 9,000円 学生券 3,500円

■チケット発売 8月21日(日)

■前売券取り扱い
 キノチケットカウンター (新宿本店5階/店頭販売 受付時間10:00~18:30)
 キノチケオンライン (24時間受付)
 ticket_kounyu-m.jpg ※クリックしますとチケット販売サイト「Gettii」のページに移動します。

■お問合せ 辺境無頼 03-3358-7464 / ガルガンチュア 03-3202-5996 (19:00以降)

■オフィシャルサイト



★22日(土)



最近よくやっているもの、ずいぶん前に作った曲、
いろいろとりまぜて、初めての人にもユニ・マルカがわかるプログラム。

今週の土曜日は、昼に横浜探訪、夜はライブがおすすめだよ。

エアジン 音楽祭2016 うた祭り の歌とコントラバス特集です!

いかが?
----------------------------------------------------------
uni-marca/ユニ・マルカ LIVE
横濱国際なんでも音楽祭2016 うた祭り<秋>
----------------------------------------------------------
- vocal 柴田暦  - contrabass 河崎純
:日時:2016年10月22日(土)7:30p.m.(open7:00p.m.)
:場所:横浜エアジン(045-641-9191/横浜市中区住吉町5-60)
  JR京浜東北線・根岸線・横浜市営地下鉄 関内駅
  または、 みなとみらい線 馬車道駅
 www.airegin.yokohama/
:チャージ:予約 ¥2,500 当日 ¥3,000(共に+1drink/¥500〜)
  ⭐️U23 上記から¥1,000割引 / 中学生以下は無料!⭐️
:ご予約・お問合せ:045-641-9191(横浜エアジン)
  または talk.to.unimarca@gmail.com(ユニ・マルカ)
----------------------------------------------------------
■<uni-marca/ユニ・マルカ>facebookページはこちら
www.facebook.com/talk.to.unimarca/
■イベントページはこちら
www.facebook.com/events/1742417329344779/
■エアジン情報はこちら
www.facebook.com/yokohamaAIREGIN/?pnref=story

・・うたとベースだけのLIVE・・・
6Days Special "Uta meets Bass"・・・
さあ、今夜からの5日間の企画は
 うたとベースだけLIVE!!
今年のうた祭りの最後を飾るのは
コード楽器も打楽器もありません。
コントラバスとうただけです!!
オープニングは「シナロン」です。
3人の声と3人のコンバス!!
手打ち蕎麦界のアイドルでもある
超ハイソプラノの高遠彩子さんもいる。
LUNAはなんと再登場!!
EMIKO VOICEもお洒落に登場か!!
そして、ノルウェーからは今年も
「ARVVAS」が来でくれます。
少数民族サーミ族の血を引く独特の
歌は日本人の心も揺さぶります。
京都から欧州ツアーを終えた
「ふちがみちふなと」も来ます。
清水翠も久しぶりのエアジンです。
三宅榛名さんのお嬢さんでもある
柴田暦と河崎純のユニット
「Uni-marca ユニマルカ」は
とても不思議な素晴しい音楽を
生み出します。ぜひ体験を!!
そして、今年の大トリは
10/22,日曜日の午後です。
暖かく柔らかい歌をうたう
鈴木典子さんにお願いしました。

みなさん、どうぞお出かけください。
私メが自信を持ってお勧めする
うた祭りの『〆(shime)』であります!!
  横浜エアジン・うめもと。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

終わりはいつも終わらないうちに終わっていく アルメニア&ロシアツアー

2016年10月21日 | 活動報告

きちんとしたご報告や感謝述べさせていただき、写真を整理し、街の様子、雑感、紀行文などを書くにはまだ少し時間が必要ですが、ひとまず公演は完了いたしました。

ほんとうにたくさんの方や機関にお世話になりました。
助成の国際交流基金、アーツカウンシル東京。
在アルメニア日本大使館、モスクワ日本文化センター。
クラウドファンディングでのご支援。直接のご支援もいただきました。

助けてくれ、応援してくれた仲間のみなさん。フェスティバルのスタッフのみなさまボランティアの学生さん。
会場のディレクターやスタッフの方々。
現地で楽器を提供してくれた二人のコントラバス奏者。
日本初演時のメンバー。
名前をあげてゆけばキリがありませんが、、。

そして同行のメンバー、共演者に方々。

そしてまだまだこの演目は進化させてゆきます。帰国後さっそく次の地との話し合いを準備中です!


2016年10月6日 20:00

HIGH FEST International Performing Arts Festival

Hamazgayin State Theatre(エレヴァン、アルメニア)










2016年10月7日 15:00

ワークショップ in Puppet theater(エレヴァン、アルメニア)




2016年10月10日 20:00

国立現代美術センター(モスクワ、ロシア)

共演:セルゲイ・レートフ





2016年10月11日

Long Arms Festival

DOM Cultural Center(モスクワ、ロシア)















2016年10月12日

Long Arms Festival

DOM Cultural Center(モスクワ、ロシア)


共演:アーニャ・チャイコフスカヤ(ヴォーカル)

ヴャチェスラフ・ガイヴォロンスキイ(トランペット)

アリーナ・ミハイロヴァ(ダンス) 











演出・作曲:河崎純

出演:亞弥 三浦宏予 吉松章 津田健太郎 坪井聡志

小沢あき(ギター) 河崎純(コントラバス) 
三木聖香(ヴォーカル)

舞台監督:白澤吉利

演出助手・ 記録:三行英登
衣装協力: 白鳥加奈子
舞台美術協力:増田優

助成:国際交流基金 アーツカウンシル東京(平成28年度東京芸術文化創造発信助成事業)

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

音楽詩劇研究所 楽道庵 ショーイングシリーズ vol2.3(9月17日 26日)

2016年09月14日 | 活動予定

vol.2 (特別篇 立教大学文芸思想演習発表)
9/17(土) 神田 楽道庵 19時開場 19時半開演 入場無料  河崎純音楽詩劇研究所特別ワークショップ(立教大学文芸思想演習発表)


「古譚」 中島敦 原作  構成、演出、作曲 河崎純 

毎年の大学の演習クラスの夏の発表公演は、今回は少し形をかえて。
今年は言葉、文字、言語が主題の中島敦「古譚」をあつかいます、。よくしられた「山月記」を含む4篇の短編です。また、これらの小説を読んで、学生が歌詞を書き、私が作曲し、みなが歌います。徹夜にてようやく7曲分作曲終了!昨日ははじめて歌稽古。なんどもなんども歌いました。今回はDAW導入で、楽曲の幅が広がりました。いつものわたしの変わった曲の他、ロック風、ポップス風あり。詩の言葉、歌詞の言葉にするためにずいぶん時間をさきました。この作品、登場人物に女性は登場しませんが、演じる学生は全員女性です。「でもどうだろう誰もが不幸だというこの世界で」♫(ちょっとチャラ風です笑)。昨日は全員ユニゾンでチャラ風にうたうという実験も。気持ち悪し笑 風変わりでキュートな卒業間近な女子大生による中島敦。

中途半端に「つくられた」ものではないプリミティブな魅力にあふれた作品になるかと思います。愉快な舞台になること間違いなしです。


この作品は先月音楽詩劇研究所でもショーイングで公演しました。来月の音楽詩劇研究所でのアルメニア、ロシア公演版「終わりはいつも終わらないうちに終わっていく」の創作のなか、さけてはとおれない作品になりました。「終わりはいつも終わらないうちに終わっていく」は、無文字社会である北方狩猟遊牧民族やシャマニズムについ書かれた小説が原作です。
この夏は、これらの作品にとりくむことで、たくさんの想像と創造をしました。


vol.3

9/26(月) 神田 楽道庵 河崎純音楽詩劇研究所
ロシアアルメニアツアープレ公演 「終わりはいつも終わらないうちにおわっていく」
構成、演出、作曲 河崎純

19時会場 19時半開演 ¥1000 

演出・作曲:河崎純
出演:亞弥 三浦宏予 吉松章 津田健太郎 坪井聡志
小沢あき(ギター) 河崎純(コントラバス) 三木聖香(ヴォーカル)
舞台監督:白澤吉利
演出助手・ 記録:三行英登

https://www.facebook.com/%E6%9C%88%E6%9B%9C%E6%A5%BD%E9%81%93%E5%BA%B5%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%83%E3
%83%97-608053552603445/


ロシア・アルメニアツア公演版「終わりはいつも終わらないうちにおわっていく」のエッセンスをぜひ!無文字社会とシャーマニズム、ノマド。安易にそれらを、作品や創作に結びつけてはいけないという思いもあり、避けて通ってきたともいえる地点にたどりついてしまったという感があります。昨年の初演から、焦点を絞り、さまざまな要素をそぎおとしました。これは私にとっては、人間、共同体、音楽への挑戦とこれからはじまる長い旅路です。

http://musicpoeticdrama.com/home.html

クラウドファンディングはこちら。日本、アジア、ヨーロッパ、ロシアの文化交流の架け橋として成長してゆくプロジェクトだと自負しております。ぜひご支援のほど宜しくお願いいたします。

(日本からもできます お問い合わせはこちらへ info@musicpoeticdrama.com) 

https://www.indiegogo.com/projects/unique-nomadic-asian-opera-and-dance-from-japan/x/14770329#/

帝国主義植民政策や社会主義政策の失敗、経済的利益偏重主義、日本、アジア、世界の20世紀をみつめなおします。
日本人の起源の一つであるツングース遊牧狩猟民族が題材です。その長く続けてきた生活、文化、慣習はほぼ失われたも同然です。
その民族にとってそれが良いのか悪いかなどと、外側で判断することもできません。
ですからこのプロジェクトはそれらを保護することを目的としたものではありません。
しかし20世紀に傷つけ、傷つき、知らぬ間に自分をも傷つけているような、21世紀現代を生きる私たちは、近代の欺瞞的側面を無条件な前提として受け入れることもはや出来ません。
最悪な時代だという人もいます。私にはそれはどうかわかりません。たった数十年生き、現代からの価値観でそれを眺めることしか出来ず、比較することなどできません。
どの時代にも良さや悪さがあるのだと思います。しかしこの日本では悪くなってゆく兆しをあります。日本ではそうですが、他の世界はどうなのでしょうか。
人間とは傷つけずにはいられない生き物なのか。
残された歴史や伝わって来るニュースからは人間の負の側面が圧倒的に多く、しかしまた同時に、その裏側でどれだけの快楽や喜びの実感もまたこの生を支えているだろうか。
伝えられたところによると、その民族は生と死と夢と現実との境界があまりなかったという。
その民族に「芸術家」はいなかった。この民族が大きな勢力にのみ込まれそうになったとき、「芸術家」が存在するようになり、しかし苦悩のあげくその芸術家は自ら死を選んだのである。
しかし、その死とは「悲劇」であったのだろうか、、。
わたしには、その死を悲劇とはおもえないなにかがはたらいています。それを知るためにこの作品を、このツアーを皮切りに世界のアーチストとこのプロジェクトを続けてゆきたいと思っています。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

海のむこうから(9月19日 27日 28日)

2016年09月14日 | 活動予定

来月の、アルメニア・ロシアツアーを前に、今月は海外からのアーチストの共演が3つほど。

19日(月) 大阪 中津 pantaloon  The Simple Society
「シンプルな呪い」

久しぶりの大阪です。ベルリンのヴァイオリニストAyumi Paulさんからの推薦で私が参加することになった 展示、インスタレーション作品でのパフォーマンスです。天上から吊られたワイヤーやテニスのガットを用いたパフォーマンスをする予定です。もう来日されて、製作中。先日はスカイプミーティングでその様子をみることができました。楽しみです。

https://www.facebook.com/events/1574204432883681/1576968679273923/?notif_t=plan_mall_activity¬if_id=1473734794848386

The Simple Society
シンプル組合は2010年に発足した
門倉未来とティルマンによるデザインユニット。ウェブディレクターの小須田英盛と共にベルリンと東京を中心に活動。グラフィック・ウェブ・映像・空間・装丁・挿画・執筆などに携わり、クライアント業種はファッション・音楽・建築・医療・アート・文学・地域ビジネス・農業・環境など多岐にわたる。雑誌「ポパイ」への寄稿、「ブレーン」での連載、German Design Award 2017、2013年度グッドデザイン賞受賞など。
www.thesimplesociety.com

9月17日(土)〜10月16日(日)
金土日祝 13:00 - 19:00

作家在廊: 9月17日(土)〜19日(月)と
10月15日(土)〜16日(日)

オープニング:9月17日(土)17時ー20時(お酒と軽食)
パフォーマンス:9月19日(月祝)17時ごろ
河崎純(作曲、演出、コントラバス)
※イベント最新情報はシンプル組合 Facebookでご確認下さい
会場:パンタロン
大阪市北区中津3-17-14 → 地図
T.06 6377 0648
www.pantaloon.org

設計・施工:MATHIAS GEOFFROY
http://mathiasgeoffroy.net/


9月28日(セレン・ギュリュン) 

9月27日(火) RAW #livecoding #electronic #noise #improvisation #creative coding #experimental

出演 

・RAW (トルコ) Selçuk Artut(video) Alp Tugan (sound) Rlive coding duo creating Audio Visual

・河崎純(contrabass)小沢あき(guitar)三浦宏予(dance)津田健太郎(voice)

https://vimeo.com/165352135

http://www.ftftftf.com/


9月28日(水) 青山・外苑前 ZIMAGINE Selen Gülün& 河崎純

Selen Gülün(セレン・ギュリュン)(Vo,Pf/from Turkey)河崎純(Cb)

ゲスト:小沢あき(Gt)三木聖香(Vo)

http://selengulun.com/

トルコ人作曲家、ピアニスト、歌 Selen Gülün (セレン・ギュリュン)がトリオで、東京に帰ります。トルコの代表的な現代音楽家であるセレン・ギュリュンは、トルコの魂と西洋音楽の融合ともいうべき音楽で、国際的にも高く評価されている。セレンは既に5枚のアルバムを発表しており、彼女が作曲した音楽はヨーロッパをはじめ、日本、アメリカ、ブラジル、ロシア、カンボジア、モザンビーク等幅広く演奏されている。ぜひ、彼女の演奏のなかに潜む、トルコの調べを探しに来てください。2016年にには6枚目のアルバムKAPIをイタリアと日本でリリース予定。これは、長年コラボレートしてきたイタリア人Marcelo AllulliとEmanuele Di Raymondiと制作したものである。

http://www.radio-zipangu.com/zimagine/index.php
 
・ずいぶんトルコにも行ったので、トルコの素晴らしいアーチストとたくさん出会いました

 28日、セレンさんも、RAWもわたしが共演したŞevket Akıncı(g)やTuna pase(vo)やAydin Teker(振り付け)やSaadet Türköz(vo)のお友達。セレンさんは先日来日公演されたおりには、JAZZをベースにした、トルコ語の歌声と、テンションコードを爽やかに響かせながら、中近東らしいや旋律も。わたしのライブでアンコールでよんで即興してもらいましたが、そこでは一転、前衛音楽の響き。セレンさんの多面性をいかした構成を考えたいと思います。そのこともあり、あえて日本語で歌われる私の曲も織り交ぜたり、即興演奏も交えてみたいと思います。彼女との共演を考えたとき、プレーヤとしてだけではなく、作曲家同士として共演してみたいと思いました。ゲストの小沢さんとはさまざまなところでご一緒してますが、テンションコードバリバリのJAZZっぽいサウンドでの共演は初めてでとっても楽しみです。三木聖香さんには、私の曲をアルメニア、ロシア公演用にアレンジした曲を歌ってもらいます。
 たくさんの旋律や響きが聴こえて来ると思います。

 26日RAWはやはり、イスタンブールの友人から、奈良のフェスティバル参加で来日するので、ぜひ東京でもパフォーマンスを、とのことで、急遽会場を探しました。video、サウンドアート、ライブエレクトロニクス。ライブの映像をみましたが、禁欲的な美学を感じました。まだおあいしたことがありませんが、どうしてこのようなパフォーマンスを続けているのかきいてみたいと思いました。会うのが楽しみです。共演は、音楽詩劇研究所アルメニア・ロシアツアー参加メンバーでもある、津田健太郎さん、三浦宏予さん、小沢あきさん。アルメニア・ロシアツアーや本公演だけでなく、音楽詩劇研究所に参加してくれる方たちとさまざまなな形で刺激し合い、共演し、創作しつづけてゆきたいと思います。渡航前最後のライブです。


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ソロ 9月3日(土)

2016年08月22日 | 活動予定
 
 久しぶりのソロコンサートです。気のきいた宣伝文句も思い浮かびませんが笑CANDYでのソロは初めて。稲毛です。千葉県でのソロコンサートは人生初かも!!ぜひ。
都心でも、遠い地方でもなく、縁も友人少ない、郊外。向かう足も軽く、心ざわつかず、稲毛の駅をおりて、静かに夜の住宅地をゆくと、佇むそこは、天井高く、とても親密な空間。駅から近いので楽器を運ぶのも楽ですし。良い音楽と時間が生まれる条件が整ってますね。レパートリーもそろえますが、ソロなのですべてあるがままに。
 仲間や学生と舞台をつくったり、アンサンブルで演奏したり、家で作曲したり台本を書いたり、海外公演などの制作業務をしたり、やりたいこと、できないこと、まだまだたくさんあり、追われるように生きています。それが楽しく、脆弱な人生の支えでもあります。ふと気づくと、いまの生活は、20代のころ、自分が望んでいた将来とはほど遠いものだということです。もっと静で落ち着いた時間を生き、時々お客様の前でコントラバスを一人で弾きながら暮らしている、そんなふうになったら良いな、と漠然と思っていました。何の具体的なヴィジョンもありませんでした。
その頃思い描いていた、そんな自分の姿が、9月3日の静に佇むCANDYのその時間には、あるような気がするのです。わたしの音で恐縮ではありますが、静かな夜をお客様と共に過ごすことができれば嬉しいです。



start20:00 open19:30 
前予約¥2500当日¥3000(1drink込税込)
http://blog.livedoor.jp/jazzspotcandy/archives/cat_50001567.html


「何と充実した響きであることか。甘くしなやかな中低域の弦の震え。糸を引く高音のフラジオ。暗い深淵へと沈み込み、船底をかいくぐって、再び浮かび上がる最低音のアルコ。弦を灼き切り責め苛む激しい繰り返し。ソロ・インプロヴィゼーション特有の、瞬間瞬間に目映く輝き、その都度その都度燃え尽きながら、強度の尾根を伝ううちに運動/速度へと自らを研ぎ澄まし純化していくあり方とはきっぱりと異なり、彼は息を長く保ち、誰よりも遠くまで視線を放ちながら、「作曲的」としか言いようのない射程の長さで音の軌跡をとらえようとする。深くえぐるような弾き込み具合、駒の高さによる豊かな倍音とさわり、プリペアドによるノイジーな散乱、「無伴奏」を掲げながら無造作に導入される呼び子や韓国打楽器‥‥どこか内にこもったつぶやきは独白めいた自らへの語りかけであり、安定した息遣いは「バッハ的」ともいうべき、叙情性を豊かにたたえながらも垂直に切り立った響きを可能としている。そうした響きをごく自然な佇まいのうちにとらえた録音も素晴らしい。」


音楽批評の福島恵一さんが私のソロCDのレビューで記事にしてくださった文章です。ありがたいのですが今頃記事をみつけましたので、それを宣伝の文句に引用させていただきます(ライブではなく録音に対するものですが笑)。
必要な調べもの以外、いつもインターネットでも古い歌謡曲や、昔好きだったものをたまにyoutubeできくくらいしか、音楽は聴きません。聴くことは好きなのですが、その時間がない(つくらない)だけですし、聴いてもいろいろ考えてしまったり、感心してしまったり、それを自分で解明するためにたくさん言葉もうかんできちゃいますし。20代の頃はむさぼるように集めて聴いた「新しい」音楽も、遠くになりにけりですが、今朝はめずらしく、むかし好きでCDを買ったり、楽譜を取り寄せたりしていたジャチント・シェルシの歌を歌った平山美智子さんのインタビューの動画をみつけて、90歳を越えるのに、おおらかでユーモアがあり楽しく聴きながら、そのシェルシとの出会いの前後のエピソード、ワクワクして元気をもらいました。そのつながりから、おそらく自分もそこにカテゴライズされてるであろう、「真面目な音楽」のサイトで、良さそうなものがあったので眺めいたら、そこで、数年前に出したソロ録音が、その年のベストいくつか、のなかに選んでくださっていたので、ありがたいのですが今頃記事をみつけました。学生の頃は福島さんの書く雑誌の記事に胸躍る気持ちで、CDを探したり、借りたりしたものです。光栄です。

CDを録音していたあの頃、といってもほんの数年前ですが、これまで自ずと積み重なったそういう経験が、あらためて新たな出発点となるよう、楽器と私のカラダだけのプリミティブな、人間と物との関係や接触をさがし。一度作った木彫をバラバラにして、しかし木屑になるまで分解はせず、木片をそのまま残骸にせず、あえてもう一度貼って絵巻物語として構成する、「途中」あるいはその一歩「手前」のようなイメージ。

今後のスケジュール

8/25(木)新宿ラバンデリア 特集「ロシアの囚人の唄」石橋幸(唄)小沢あき(ギター)http://cafelavanderia.blogspot.jp/

8/29(月) 新宿 TIPPLE 石橋幸(唄)向島ゆりこ(ビオラ)石塚俊明(パーカッション)小沢あき(ギター)https://www.facebook.com/events/166590850436719/

9/1 (木) 西荻窪 音や金時 石橋幸(唄)後藤ミホコ(アコーディオン)小沢あき(ギター) http://www2.u-netsurf.ne.jp/~otokin/

9/3 (土)稲毛 CANDY  無伴奏ソロ http://blog.livedoor.jp/jazzspotcandy/archives/cat_50001567.html

9/14(水) 新宿 SAMURAI 石橋幸(唄)後藤ミホコ(アコーディオン)石塚俊明(パーカッション)小沢あき(ギター)

9/17(土) 神田 楽道庵 19時開場 19時半開演 入場無料  河崎純音楽詩劇研究所特別ワークショップ(立教大学文芸思想演習発表)「古譚」 中島敦 原作  構成、演出、演奏 河崎純

https://www.facebook.com/%E6%9C%88%E6%9B%9C%E6%A5%BD%E9%81%93%E5%BA%B5%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%83%E3%83%97-608053552603445/

9/21(水)新宿ラバンデリア石橋幸(唄)小沢あき(ギター)http://cafelavanderia.blogspot.jp/

9/22(木) 新宿ラバンデリア 『Ginsberg Speaks』(ヤリタミサコ著)出版記念
ヤリタミサコ 佐藤由美子 金子雄生 小沢あき
http://cafelavanderia.blogspot.jp/

9/25(日) 新宿 ガルガンチュア 石橋幸(唄)小沢あき(ギター) TEL: 03-3202-5996(ゴールデン街 3番街)

9/26(月) 神田 楽道庵 河崎純音楽詩劇研究所
ロシアアルメニアツアープレ公演 「終わりはいつも終わらないうちにおわっていく」 構成、演出、作曲 河崎純

演出・作曲:河崎純
出演:亞弥 三浦宏予 吉松章 津田健太郎 坪井聡志
小沢あき(ギター) 河崎純(コントラバス) 三木聖香(ヴォーカル)
舞台監督:白澤吉利
演出助手・ 記録:三行英登

https://www.facebook.com/%E6%9C%88%E6%9B%9C%E6%A5%BD%E9%81%93%E5%BA%B5%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%83%E3
%83%97-608053552603445/


9/27 (火) 八丁堀 七針  トルコのヴィデオアーチストとインプロヴィゼーション RAW RAW is a live coding duo (Selçuk ARTUT, Alp TUĞAN) creating Audio Visual Performances. rawlivecoding.com

河崎純 音楽詩劇研究所 終わりはいつも終わらないうちに終わっていく アルメニア&ロシアツアー 2016
http://musicpoeticdrama.com/news.html


9/28 (水) 外苑前 Z・imagine   Selen Gülün (セレン・ギュリュン)(from Turkey Vo、 pf)&河崎純(cb) ゲスト 小沢あき(g)三木聖香(vo) http://www.radio-zipangu.com/zimagine/index.php


演出・作曲:河崎純
出演:亞弥 三浦宏予 吉松章 津田健太郎 坪井聡志
小沢あき(ギター) 河崎純(コントラバス) 三木聖香(ヴォーカル)
舞台監督:白澤吉利
演出助手・ 記録:三行英登
助成:国際交流基金 アーツカウンシル東京(平成28年度東京芸術文化創造発信助成事業)
10/6 HIGH FEST International Performing Arts Festival Hamazgayin State Theatre(エレヴァン、アルメニア)

*ワークショップ in 国立演劇映画大学 日時未定
10/10 国立現代美術センター(モスクワ、ロシア)
共演:セルゲイ・レートフ

10/11,12 Long Arms Festival DOM Cultural Center(モスクワ、ロシア)
共演:アーニャ・チャイコフスカヤ(ヴォーカル)セルゲイ・クレヴェンスキー(クラリネット・民族楽器)アリーナ・ミハイロヴァ(ダンス) 

10/16 (日) 西荻窪 音や金時 石橋幸(唄)後藤ミホコ(アコーディオン)小沢あき(ギター)石塚俊明(パーカッション) http://www2.u-netsurf.ne.jp/~otokin/

10/21(金) 新宿 紀伊国屋ホール 「僕の呼ぶ声」石橋幸(唄)後藤ミホコ(アコーディオン)小沢あき(ギター)石塚俊明(パーカッション) 構成、音楽監督 河崎純
https://www.kinokuniya.co.jp/c/store/hall.html

10/22 (土) 横浜 エアジン  横濱国際なんでも音楽祭<うた祭> この日の出演はUni-marcaのみです
 Uni-marca ユニ・マルカ 柴田暦(ボーカル)http://airegin.yokohama/

10/28(金) 西荻窪 音や金時 高原朝彦(12弦ギター) http://www2.u-netsurf.ne.jp/~otokin/

10/29(土) 鎌倉 鎌倉芸術祭 鏑木清方美術館 朗読者 演出 北川原梓  出演 奈佐健臣 ヤン・グレモボツキー(ヴァイオリン)作曲、音楽監督 河崎純(作曲のみの予定)
泉鏡花「星あかり」

10/30(日) 北習志野 キタナラにやりフェス  ブレヒトとロルカ 小沢あき(ギター)

10/31(月) 神田 楽道庵 河崎純ワークショップ (フェルディンクライス クラス とまるながこ)
https://www.facebook.com/%E6%9C%88%E6%9B%9C%E6%A5%BD%E9%81%93%E5%BA%B5%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%83%E3%83%97-608053552603445/

11/13 (日)稲毛 CANDY  三木聖香(ボーカル) http://blog.livedoor.jp/jazzspotcandy/archives/cat_50001567.html

コメント
この記事をはてなブックマークに追加