地震エネルギーデーターと寂動正体療法施術日記

地震が起きる時、シグナルがあります。そのシグナル状況を知らせる事と、正体施術の記録などを残したい。

桜島の昭和火口の活動を示す家屋の軋み

2012-05-31 04:50:42 | Weblog
活動が活発化している桜島の昭和火口の活動を示す家屋の軋む音が増加している。

===観察場所===鹿児島県坊ノ岬北約3km。上之坊公民館西側飛来付着溶岩上。


観察方法は屋敷の下が溶岩が飛散付着した熔結凝解岩組成になっている家。
溶岩があるのは阿多カルデラの噴出したもの。
熔結凝灰岩は坊津一帯の頁岩(けつがん)に飛散付着して散在して残存いる。
桜島のマグマルートの上158km程の位置になっている。
1953年の昭和火口が出来た時はその付近の温度が高くなっていた。
雨後の路面の早い乾燥と、水蒸気の発生と立ち込める靄が地温の上昇を示していた。
一番激しい靄が発生したのは坊トンネル南500mから西200mまで広がっていた。トンネルは320mある。トンネルは、坊津の歴史的景観を守る為に、直線でなく緩いLカーブに掘られている。

なおトンネルの組成は水性岩の頁岩であり、出入口が付着溶岩になっている。

観察場所はLの短辺側の浦尻に近い側である。
その中心位置になっている所。
靄は、雨の度にみられる。

子供の時、砂利道に腹這い、頬を当てて、温度差を確かめ様としたが分かりませんでした。


1953年の観察では赤水海岸の岩に、先ほど記述した岩場が湯煙を上げているのを目撃した。


湯煙が上がるのは、赤水(阿呵水だ)海岸の裏側になっている岩場にもあった。


海水に浸かっている岩場が湯煙を上げていた。

波に洗われる岩場が湯煙を上げていたが触って温かくなってはいたが高温ではない為に話題性はないと思うので、公民館長に語って終わった。


=========
観察方法  溶岩上にある家屋がミシミシと音が聞こえる回数

更に軋る周波数が低くなっている事。湿潤かもしれない。入梅直前で庭舗装が濡れたひび割れになっていた。
=========

軋りは1日5回位するが、昭和火口の噴火が活発化すると回数が多くなる。

5/30は16:30、12:00から全く軋む音が聞こえない。

5月12日は27回気付いている。
5/30は0時から3時まででも35回以上

観察場所からは桜島を目視出来ません。軋りを聞こえてから3日から5日後に噴火するタイムラグがある。

そのイメージを裏付けるものがあります。鹿児島大学が公開している地震速報の計測データです。
このデータの深い地震の発生を示す青いデータは奄美大島近海海域から霧島山に一直線の深い地震の発生があります。M6を越えるものがあります。このデータが示す家屋の軋りが150kmの地底で震災級の地震を起こしながら、桜島の昭和火口にマグマを押し上げているのだろうと想像しています。
1953年38豪雪が鹿児島を襲った前年の12月17日の浦尻海岸の岩に降る雪が湯気を上げた光景を不思議な光景と思って見ていました。

湯煙は頁岩には起きず、熔結凝灰岩だけに、起きていた。



桜島の活発化する活動の証明だったのでしょうが、
凍えた寒さの海岸の岩に立ち上がる湯気は、150kmの地底を通るマグマの熱で加熱されている岩の姿になっているのだろうか。
夜になると、冬なのに寝ていて、背中が煎られる感じの暑苦しいのも、その現象だったのかなあ。

=========

桜島マグマの上昇を示している情報を示して早く知らせたいと思っていました。私が観察している事と噴火の関連を証明するものはありません。あるのは、地底のマグマに温められた溶岩で上がる蒸気と夜間の蒸し暑さだけしかありません。
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

5月22日(火)のつぶやき

2012-05-23 01:27:38 | Weblog
07:17 from gooBlog production
桜島マグマルートで軋る家 goo.gl/eLLoK

by Jyakudou on Twitter
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

こむらがえり

2012-05-15 14:16:54 | 健康
こぶらがえり

腓腹筋の痙攣

これが起きる原因は距踵関節に起きるズレが原因である。

こむらがえりが起きている身体では癌を防げなくなるリンパ液の仕組みが起きていると言う事を示しています。
リンパ液の循環が悪くなっている信号なのです。


距踵関節の矯正はがっちり決めて抑え付けます。


距踵関節とはどこにあるのか。聞いた事がないだろうと思います。

距踵関節は人体構造の一番重要な関節です。

距踵関節は、アキレス腱があるその奥にある関節で、踵の骨の上に脛の骨と腓骨が距骨を挟んでいて踵の骨を土台にしている重要な関節である。構造上重要なだけでなく、人間の多種多様な運動能力を実現する基盤関節なのである。普通は関節がズレると近傍の筋肉に影響するのであるが、距踵関節の変化は遠隔の筋肉運動を可能して多種多様な変化能力を与えているのです。踵なのに、異常が起きた結果がなくなってか゛頭蓋骨筋や背筋に腫れが現れるのである。
変化は筋肉の全体が一つでなく、筋繊維の一本一本に、各節に腫れとなって、多種多様に影響している。
これが鍛練による運動能力の高度化です。

こうして、肩凝りも起きるのです。肩凝りが起きる原因関節は距踵関節なのです。

ここが悪くなったら連動して頭蓋骨が腫れて、後頭骨の周りに変形が起きている。背筋群の腫れとなっている。

実は、プロ野球広島チームで活躍していた津田投手が好きで大野投手と投げてチームをひたむきに支える姿が好きだった。たが、その顔が変わって来る原因は頭部循環異常を起こしていると思った。姿をスケッチしたかった。
当時、私は脳梗塞で右側が不自由になって、右手が使えない身体の状態にあった。
その不自由な手で、津田投手で顔の状態を書いて記録したいと記録しました。
動機は津田投手の異常な額の突出は脳障害が起きる原因になる筈だ。前兆として描きたい。
あんなに腫れて普通で済む筈がない。と描いた時は、スプリングキャンプ前の映像だった。
描いた時は、まともに描けない手で何度も描き直して記録したものでした。

津田投手は脳の癌だった。

信じてもらえないけど、助けたいなあと不自由な手で泣いた。

たしか、2年せずになくなった。

それだけではない。リンパ液の循環が悪くなって、癌が発生するのを防げなくなる仕組みがあります。

また、日本人の頭でっかちは距踵関節がズレる活動が多いからなのだろう。
実例として、中央線と青梅線に乗っていると乗客の相貌が都市部乗客と山間部乗客で違う事を感じる。これは青梅線で患者さんを治していた10年間に気付いている現象であった。

山間部居住者の若年層は頬骨が出ています。これに比べて都市平野部の若年層は頬骨が出ていないのっぺりした顔立ちが多い。

何故こんなに変化があるのか。

この顔立ちを直して見ると生活地域による違いが無くなって顔つきが同じに変わって行く。
変化のキーは筋肉の腫れである。
どの関節がズレて、体形の変化が現れてくるかは一概には言い難いが、全てを治して行って人の相貌の違いはなくなり原因が単純化して来るので、長い施術活動で原因関節と腫れている現象が直結した因果関係で観察出来る様になって来た。

そうした中で、頭蓋骨の前と後ろに現れる模型には存在しない突出した顔立ちの変形と頭頂骨の稜線の波打ちは、何故起きるのかを模型を睨みながら40年近く考えて来た。

その原因が距踵関節がズレて起きる後頭骨と前頭部に起きる腫れであったのである。これは足首関節のズレで肩凝りが起きるのと同じである。


ここは、こむらがえりなので、詳しくは別の項で述べよう。



赤ちゃんを見ると生後3日で距踵関節は腫れている。
ここにも、考察を要する課題があります。



こむら返りは脹脛の激しい収縮が起きる筋肉の痙攣である。



医学的には、起きる原因は判っていなかったらしい。これは医学の視点に関節で障害起きる理論が無いがない為に、病気になっても関節が原因になる視点が欠落しているからなのだろう。

私は医学理論ではなく、寂動正体の理論で患者さんを治しているから関節が病気になる理屈で病気の原因を主張している。

医薬品が効かない原因不明の疾患でも簡単に治せる。


すなわち、医薬品を使わないので、医薬品の論理に縛られないで病徴と原因はストレートに対比出来ます。


寂動正体療法では距踵関節を治すと起きなくなる症状の変化は自明である。これで変わった自分の姿を楽しめる様になる。



距踵関節のズレは全く離れた筋肉に腫れを起こすのである。

この現象範囲は全身の筋肉で起きる。
腹の肥満状態も、大腿の肥満風の形体も原因は距踵関節のズレであり、ズレを無くすると筋肉の肥大現象は消滅する。だから、肥大していた筋肉は無くなる。鍛練して肥大したと思っていた筋肉は消滅するから腫れていた事を理解される。ダイエットは要らない。



原理は激烈で。治すのは簡単なもの下腹が膨れるのも同じ原因である。



距踵関節が矯正されると大腿が大きくなっている現象や下腹がブクブク膨れる体型もなくなる。。

こぶらがえりともいう。
腓腹筋の痙攣である。
詳しくは後で。


足の裏に血液が流れない為に足の裏が真っ白くなる
閉塞性動脈硬化症もあるらしい,NHK試して合点。

コメント (5) |  トラックバック (0) | 

5月4日(金)のつぶやき

2012-05-05 01:23:29 | Weblog
23:42 from gooBlog production
距踵関節のズレはリンパ液の循環が悪くなって癌発生を防げなくなってしまっています。 blog.goo.ne.jp/jisin_energie/…

by Jyakudou on Twitter
コメント (3) |  トラックバック (0) | 

5月2日(水)のつぶやき

2012-05-03 01:23:27 | Weblog
03:42 from gooBlog production  [ 1 RT ]
こむらがえりは寂動正体療法では距踵関節の矯正で簡単に治している。但し、傷みは激烈である。 goo.gl/9DbdJ

by Jyakudou on Twitter
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

5月1日(火)のつぶやき

2012-05-02 01:25:09 | Weblog
16:29 from gooBlog production
こぶらがえりの原因は距踵関節のズレで起きる。 blog.goo.ne.jp/jisin_energie/…

by Jyakudou on Twitter
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

4月28日(土)のつぶやき

2012-04-29 01:20:41 | Weblog
14:06 from gooBlog production
癌探知犬の事 blog.goo.ne.jp/jisin_energie/…

14:07 from gooBlog production
癌探知犬の事 goo.gl/GMNLJ

by Jyakudou on Twitter
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

4月27日(金)のつぶやき

2012-04-28 01:20:25 | Weblog
05:07 from gooBlog production
癌を発見するのは1946年から知っていて、医学検査を勧めました。今は精密検査で癌を確認したら、リンパ液が癌を消滅させられ施術をして癌... blog.goo.ne.jp/jisin_energie/…

by Jyakudou on Twitter
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

今日の会話

2012-04-14 23:06:15 | 健康

今日の出会いは、羽田空港であった。

飛行機で旅する様になった37年ぶりのビックリであった。彼女の人生が変わる事だろう。感激のANAさんだった。
25年前の大分空港では、飛行機から降りた老人がなくなったのを座視する敷かなかったで。見たその場で治せたのは初めてだった。

美空ひばりは悪い足に気付いから、47年経って治せた。感激的だった。

足が弱くなった私を、一輪車で着陸機から荷物受け取りまで押してくれた所までだが、待合室まで運んでくれた。
礼を言って、彼女を初めて顔立ちを正面から見た。

そして、顔立ちが左右対称でなく、唇の線が左が上がっている歪みのある顔つきに気付いた。

指摘して、治したいならば、治して上げる。
そうなっている原因は、足首の踝がズレてリンパ液の循環が左右で違っている事にある。

だから、下腹も右側が弛みで下がっているでしょう。と言うと、肯定した。

全て指摘した左右のアンバランスな身体である事を鏡を見て意識していると言って、大笑いした。

簡単に治せる事を聞いて、治してくださいと言って、乗り気になった。

偶々、施術する時も使っている滑り止めの手袋をしたままであったので、必要な高さに、乗っていた一輪車の座面を使って、施術する事にした。
そして、施術姿勢をとってもらって施術した。

施術した変化は、即座に起こった。
補助具なしなので、完璧にはいかないと思っていたが、完璧に変わった。


変わった、アンバランスだった顔立ちが左右対称に近くなって、下腹のプックリだったのが、なくなっている事を感激して、唇が左右対称に変わったら、美しくなったと笑っている時、同僚が来た。

やはり、一輪車を押して帰る途中だった。



羽田空港と言えば、その昔、ラジオ番組で航空会社の乗務員と操縦士の話であった。

当時はスチュワーデスと言う用語もなかった。

地上業務員の分類表現もなかったから、後日、作者の苦労話が語られていた。


今日はこうした事に出て来ない地上業務職員、私は脳梗塞になった人間なので、飛行機の乗り降りで助けてもらう。

さっき言ってた昔の飛行機では脳梗塞になった人間は乗れなかった。

乗られる方がある時、大変な苦労をされました。
急階段のタラップの下から上まで車椅子を抱え上げられて搭乗口まで髪振り乱して上げていた。

この情景は熊本の森中守義と言う代議士が脳梗塞の後遺症で来られて、急遽決まった国会スケジュールになって鹿児島空港から飛行機に乗る情景がローカルニースになって見ていた。


たから、森中守義代議士の様に、歩いて階段状なタラップを上がれない人間は乗れなかったのだ。

熊本空港は九州地方の拠点空港だからボーデングブリッジがあるけど、鹿児島空港はローカル空港だから、ないから、航空会社職員にタラップを昇る犠牲を強いますか。社会党代議士として最悪の後遺症が空港職員に痛みが残ってしまいます。
乗るなら車椅子を引き上げてもらえと助言した。

森中守義代議士は車椅子を座ったままで抱え上げさせて、搭乗口まで運ばれ行きました。

偶々、運輸委員だったので、ブリッジを取り付け工事費を予算化する話が田中角栄時代首相に直言して、一気に予算化が決まったと3回目に来て語られていた。

鹿児島空港も今は橋になって、搭乗口から稼働ブリッジを渡っているので乗る苦労がない。荷物預けの時に足が不自由なので、と言えば羽田空港だけ手押し車を手配してもらえる。

羽田空港が広くなって、足が弱くなった私は苦痛を味わう行き来になっていた。
関東地方に住む患者さんの求めに応えたくて、羽田空港の苦痛をこらえて、行き来している。
鹿児島程度では苦痛を感じる事はないが広くなってしまった羽田空港は苦痛を感じている。


羽田空港で降りる時は、地上業務職員に押し車で助けてもらう。


段差で方向転換しながら、行く。
その時、会話が始まって、偶々、満開の桜の話になった。
私は吉野桜の満開は馴染めない昔人間で、山桜の満開しかない地帯だった。台風の被害に合わない谷合に散在する400年前後の山桜で谷間が豪勢に覆われていた。 桜が終わった山は850年を越えた松が守っていました。
だから、吉野桜の満開は人工的な感じ感覚なのです。
満開より、三分ぐらいの桜が地上に散り敷く花びらになっている時の、歩くと、足の動きでも風の動き起きて、舞う花びらが好きなんで、目線の上ばかりでなく、目線の下にも桜がある景色が好きなんです。

これは、山桜では無理です、吉野桜で実現可能なんですね。
山桜は散り敷く花びらの風情を感じられるのは、花期が三日間くらいなので、花期が終わる時で散り敷いた花びらが舞う時、目線の上の桜はなくなっていた。
目線の下と上にバランスよくある吉野桜の花弁量が必要なのですね。

こうした会話で荷物受け取りをした。
実は、本題はこれから始まって行ったのだった。

連絡は 【090-3077-1289】

コメント (0) |  トラックバック (0) | 

癌探知犬の事

2012-04-04 04:59:26 | 健康

癌を発見した犬がニュースになっている。


このブログを見ておられる方なら、私は1946年から癌がある瞬間から呼気の香が変わった分かるのを書いていますから、ご存知の通りですが、


癌を持っている方は特有の香がありますよ。

だから、来られた患者さんが自分の身体に癌があるのを知らない段階の、極く初期のものでも、癌を発見して、医学検査を勧める様に話した例があった事を、多数、書いてある事を気付くと思います。

最初に気付いたのは、1946年だから、癌患者さんの家は少し近づくだけでも分かるのです。

 

コメントした文から(長いコメントでしたからここに転記しました)

癌に関わる嗅覚 (上村)
2012-04-28 02:40:52
最初は、医学はなく、臭いがあったのです。子供ですから
臭う事は、健康状態と関連する現象なんだと知ったのは、その臭いを発する老人の体調によって、日々変化する姿を川むかいに住む老人の変化なのだと認識したのです。
5才でしたから、川むかいから20mの距離で感じた変化を、老人に伝えて、観察した結果と老人の体調能力が変化するのを、案じる事を老人に伝えて、川むかいに住む世捨て人心境だった老人の姿を案じている、気持ちとして話していました。


小 学校にも上がらない子が自分の健康状態について、克明に観察している事に感激して、自分の事に関心を持ってくれている人間がいた事を感動して、生きている自分をもっ と知って欲しいと、それまで、家の奥に籠もっていた状態から太陽の光が差し入る日は障子を開けて、日光浴をするまでに変わられたそうです。
その布団にシガミ付いて暮らしていた4年が、私との会話から、布団を抜け出して、庭に出て運動をする様にまで変わられたそうです。

1941年生まれの私が戦死した父親の役割になりたいと、離れて住んでいる祖父母を励ましに石橋を渡ると、奥さんが来て喜んで語った変化でした。1941年には死ぬと言われた老人でしたが1953年まで生きられて、亡くなられた。癌が心をしっかり持っているだけでも生きて居られる力があるのだと知ったのでした。



さて、嗅覚がないのは、リンパ液が流れていない為に起こる障害です。
リンパ液が流れて嗅覚障害がなくなった人は、大分市で施術活動をしていた1980年時代にありました。
リンパ液が循環すると嗅覚機能はすぐに復活していました。
医薬品を使わないから、リンパ液が流れた瞬間に障害はなくなっていました、




隣近所の家で癌が始まると臭いの変化が起こるので、この事を母親に話して、誰かが癌になっていると言っていました。
大体、80mまでは探知していました。だから、鹿児島から北海道一周したサイクリングの時も通過する村に居る癌患者さんを指摘していました。


精密検査を勧める様にしていましたから半信半疑でした。小学校にも上がらない子が言っている事と聞き棄てられたが、6ヶ月から3年経つと、病院通いが始まり1年経つと入院して、3年経つと死んでしまった。

間もなく亡くなった時。母は当たったねと言った。癌があるとはっきりと変ってくるのです。だから死期も呼気の変化から予測していました。

 


今は患者さんが来ただけで、呼気から癌を指摘し、医学検査で確認しています。
癌検査を勧め、癌を確認したら、リンパ液が循環する施術をして、リンパ液が循環出来る身体に改善して、癌を細胞を消して細胞がなくなったのを検査で確認をしています。

コメント (2) |  トラックバック (0) |