やっせんBO医

日本の教科書に記載されていない事項を中心にした個人的見解ですが、環境に恵まれず孤独に研鑽に励んでいる方に。

Hepatopulmonary syndromeなど

2010年01月25日 04時50分50秒 | 全身疾患と肺
肝臓に一義的原因があり合併症として呼吸器系に障害をきたす病態がある。肝不全の随伴症候としての腹水・肝性胸水や、貧血、筋疲労による呼吸困難、さらには低栄養による易感染状態から肺炎を生じることまでは容易に推測できるが、とりわけ異彩を放っているのが肝肺症候群(Hepatopulmonary syndrome; HPS)である。一項目を割いて説明している教科書はまだ少ないものの(Clinical Respiratory Medicine 3rd ed. Mosby 2008)、すでに多くのレビューが存在している。

軽度の低酸素血症は肝硬変患者の30~70%にみられるともいわれる。その原因の一つとして見出されたのがHPSであり、肝疾患の存在、低酸素血症、肺内血管拡張を3主徴とするものだ。その名称から想像されるような、包括的な内容を含むものではない。欧米での肝硬変患者における有病率は軽症も含めると5~32%(N Engl J Med 2008; 358: 2378-2387)、臨床上問題となるPO2 60mmHg以下の高度の低酸素血症を呈するのは8%程度というが(Gut 1990; 31: 365-367)、日本では症例報告が散見される程度である。そのほとんどが慢性肝疾患患者ではあるものの、肝機能と低酸素血症の程度にあまり相関はないとする報告が多い(J Hepatol 1998; 29: 85-93)。しかも、肝自体に異常がない門脈圧亢進症例にもみられることから、発症には肝機能異常というより門脈圧上昇の寄与する部分が大きいことが示唆される。一方で、急性肝不全や虚血性肝炎例も報告されているように、常に“慢性”肝疾患とも限らず単純ではない。

このHPSにおける特異な症候として知られるのがOrthodeoxiaである。仰臥位から直立した時にPaO2が5%(あるいは4mmHg)以上低下するもので、このことを自覚症状の側から表現すればPlatypneaと呼ばれる。決して全例に見られるわけではないのだが、日ごろ遭遇する心不全やCOPDでみられるような起坐呼吸とは正反対のこの事象は多くの研究者の興味をそそり、メカニズムの解明に多くの努力が払われてきたのである。

HPSの病理学的特徴は血管系の拡張で、これが病態にも直接関わることが明らかにされている。特に、肺capillaryないしprecapillary vesselの径は健常者で8~15μmのものが、500μmにも達し(Bailliere’s Clin Gastroenterol 1997; 11: 387-406)、それ以外にも臓側胸膜表面(spider naevi)や皮膚、腎を含む全身の血管拡張、また肺動脈-静脈、門脈系と肺静脈の連絡も認められている。そしてHPSの本態は、肺胞レベルの血管が拡張しているために、主として軽症では換気血流不均等、重症では右左シャント効果をきたすことにより低酸素血症に至るものであると考えられている(Lancet 2004; 363: 1461-1468)。この血管拡張の原因は門脈圧上昇に由来し、腸管の循環障害によりグラム陰性菌やエンドトキシンのenteral translocationが増加、その結果NOなどの血管作動性メディエーターが放出されるためだという。門脈圧が高くない肝機能異常の場合でもendothelin type B receptorの発現が亢進しており、NO産生の増加に関与しているとされている。

従って、診断のポイントは肺内血管拡張の証明にあることが理解されるだろう。一般にはコントラスト心エコー(Liver 1998; 18: 285-287)や肺血流シンチグラフィー(Gastroenterology 1998; 114: 305-310)が用いられる。ただし、肺高血圧に伴う二次的心内シャントなどはこの方法で区別できないことに注意が必要だ(Am J Respir Crit Care Med 1996; 153: 1169-1171)。より直接的な方法としての血管造影に関しては、肝移植を予定する症例(Surg Clin North Am 1999; 79: 23-41)や、低酸素血症が高度で酸素投与への反応が不良なもの(N Engl J Med 2008; 358: 2378-2387)など、その侵襲性から適応は制限されるものの、治療法決定に影響を与え得る局所の血管異常が検出される可能性がある。胸部CTで肺野末梢の血管拡張がみられれば診断の一助になりうるが(Am J Roentgenol 1996; 166: 1379-1385)、その意義はむしろ低酸素血症をきたしうる他疾患の鑑別にあるだろう。実際、HPSにおいてはCOPDや肺線維症の併存は稀でないことが知られ、その他にも類似した症候を示す疾患を除外する必要がある(N Engl J Med 2008; 358: 2378-2387)。また肺機能検査そのものには特異的所見がなく、正常ないし拡散能の低下をみるとされるが、COPDの関与を否定するには必須のものだ。さらに肺血流シンチや100%酸素吸入からシャント率を求めることが可能で、その場合生理的シャントの存在を考慮し、6%以上を有意とみなすことが多い。

以上を踏まえ、肺血管の過剰な拡張をもたらしている因子に介入するのが合理的治療だろう。特に鍵となるNOの作用を阻害する方策が検討されているのだが、残念ながら現時点では確立された内科的治療はなく、効果が認められているのは肝移植のみである。ただし、A-V fistulaやA-V malformationを呈するHPSでは肝移植による肺機能の回復は困難であることが示唆されている(Transplant Proc 1998; 30: 3254-3255)。予後に関して、肝移植の候補にならなかった37例において、生存期間中央値は24か月で、5年生存率は23%であったとする報告がある。一方、肝移植を行わず、肝疾患の原因や重症度、年齢などをマッチさせた非HPS(対照)群では生存期間中央値は87か月で、5年生存率は63%であった。診断時にPaO2が50mmHg未満のものは有意に生命予後不良とされている。なお、死亡には多くの要因が関与しているが肝疾患に合併したものが主なもので、意外なことに呼吸不全によるものはまれであったという(N Engl J Med 2008; 358: 2378-2387)。

一方、このHPSとは好対照を成しているのがportopulmonary hypertensionだ。過度の血管収縮や閉塞性の血管リモデリングにより肺血管抵抗の増大を伴い、肺動脈圧の上昇をきたすというが、出発点は同じ門脈圧亢進症であるにも関わらず、なぜHPSとは逆の表現型を示すのか詳細は明らかでない(Lancet 2004; 363: 1461-1468)。原発性肺高血圧症に準じた内科的治療の効果が期待されているが、未だ十分な効果が得られているとは言い難いようだ。また既に肺血管のリモデリングをきたしている場合には肝移植にても呼吸機能の改善はみられないとされる。

以上、肝と肺に病変を認めるものをまとめてみた。臨床医なら誰でも自分が責任をもって診療できる範囲を自覚しているに違いない。そこを外れた症例はなるべくしかるべき医師にまかせたいのだが、僻地では周囲に頼れる専門医が少なく、複数臓器に疾患を抱えているような場合には、さらに紹介先が限定される。必然的に多少の不安を抱えながらも専門外の領域に手を出さざるを得なくなるのだ。このストレスは経験したものでなければ想像すらできないだろう。田舎ならのんびりできるかのように思われているとすれば、とんでもない誤解である。 (2020.1.25)