喫茶店

何十年ぶりかで歩いた道。
懐かしかったので
学生時代に当たり前の様に
溜り場にしていた喫茶店に入った。
毎日の様に来ていた店だったけど
中の様子は記憶のものと違った。

駅周辺の
再開発から取り零された小さな店は
それでもゆっくり時間を進み
もうオレ達の店ではなくなっていた。

隣のテーブルで声をひそめて話す
同い年くらいの女性の声がきっかけだった。
コーヒーを頼んだ時、
ずっと昔からあるのに
ずっと治らない
ずっと忘れていたささくれに触った。

彼女が泣いたのは
あのあたりだったなと思う場所は
レジになっている。

あの時彼女は
涙のとめかたを知らないみたいに
たくさん涙を落とした。

店にいた僅かな客達は
オレ達の空気に気付くと
耳をすませて静かになった。

ずっと静かに泣き続ける彼女と
ずっと言い訳ができず
黙っているオレに飽きた客達は
それでも空気を壊さない様に
ひそひそ声で自分達の時間に戻っていった。

一生忘れないと思っていた。
それをあっさりと忘れてしまっていた
オレを戒めるかの様に
あんなに旨かったコーヒーは
苦いだけの黒い液体に変わっていた。

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新曲美