⇒岡村家一族 2008年1月5日(土)
年末年始とウォーキングはお休みしていたが、4日に東京に舞い戻ってきたので、また再開だ。朝方は曇りだったが、天気予報は晴れになっていたので、それを信じて、堀切橋を渡って浅草方面に歩き始めた。
来週の12日(土)には、東武健康ハイキングで浅草七福神めぐりをする予定にしていたが、考えてみれば、何千人ものハイキング客が一斉に回り始めれば、大渋滞になることは間違いないので、先に今日回っておいた方がよさそうと思って、まずは浅草寺へ向かった。
浅草寺は予想通りの大混雑で(写真左下)、「本堂落慶50周年記念開帳」なんて書いてあるもんだから、本堂へ上がろうとする人達と単にお参りをしようとする人達とが、喧々囂々の大騒ぎ状態だ。ところが、七福神めぐりの受付(朱印所)は、それほどの混雑もなくて、朱印を押してもらう「福繪」(写真右上)と、福絵馬を下げてもらう「福笹」(写真左上)とを買い求め、早々に浅草寺を後にした。
浅草寺では既に、大黒天の朱印が押され、福絵馬もぶら下がっているので、直ぐ隣の浅草神社(恵比寿)へ向かう。朱印(200円)と福絵馬(300円)で、一箇所あたり500円を用意しておく必要がある。更に、待乳山聖天(毘沙門天)⇒今戸神社(福禄寿)⇒橋場不動尊(布袋尊)⇒石浜神社(寿老神)⇒吉原神社(弁財天)⇒鷲神社(寿老人)⇒矢先神社(福禄寿)と回って、ちょうど二時間ほどで七福神巡りが完成。
…と、七福神のはずが、何故か九箇所回ったのは不思議だなぁ。よく見れば、少し姿が違う福禄寿が二人いるし、寿老神と寿老人なんて、よく分からないけど、まぁいいか、新年だし。
浅草寺に戻ってからは、いつものように(?)向島を経由して、そのまま歩いて帰路についた。途中も、いつものような(?)誘惑を振り切ろうとしたが、「言問團子」の看板にはつい足先が向いてしまい、六個入りを買い求めてしまった(写真右下)。あぁ、また新しい年になっても、甘味の誘惑には逆らえないオイラであったのだ。
延べ5時間半の、34,902歩だった。
年末年始とウォーキングはお休みしていたが、4日に東京に舞い戻ってきたので、また再開だ。朝方は曇りだったが、天気予報は晴れになっていたので、それを信じて、堀切橋を渡って浅草方面に歩き始めた。
来週の12日(土)には、東武健康ハイキングで浅草七福神めぐりをする予定にしていたが、考えてみれば、何千人ものハイキング客が一斉に回り始めれば、大渋滞になることは間違いないので、先に今日回っておいた方がよさそうと思って、まずは浅草寺へ向かった。
浅草寺は予想通りの大混雑で(写真左下)、「本堂落慶50周年記念開帳」なんて書いてあるもんだから、本堂へ上がろうとする人達と単にお参りをしようとする人達とが、喧々囂々の大騒ぎ状態だ。ところが、七福神めぐりの受付(朱印所)は、それほどの混雑もなくて、朱印を押してもらう「福繪」(写真右上)と、福絵馬を下げてもらう「福笹」(写真左上)とを買い求め、早々に浅草寺を後にした。
浅草寺では既に、大黒天の朱印が押され、福絵馬もぶら下がっているので、直ぐ隣の浅草神社(恵比寿)へ向かう。朱印(200円)と福絵馬(300円)で、一箇所あたり500円を用意しておく必要がある。更に、待乳山聖天(毘沙門天)⇒今戸神社(福禄寿)⇒橋場不動尊(布袋尊)⇒石浜神社(寿老神)⇒吉原神社(弁財天)⇒鷲神社(寿老人)⇒矢先神社(福禄寿)と回って、ちょうど二時間ほどで七福神巡りが完成。
…と、七福神のはずが、何故か九箇所回ったのは不思議だなぁ。よく見れば、少し姿が違う福禄寿が二人いるし、寿老神と寿老人なんて、よく分からないけど、まぁいいか、新年だし。
浅草寺に戻ってからは、いつものように(?)向島を経由して、そのまま歩いて帰路についた。途中も、いつものような(?)誘惑を振り切ろうとしたが、「言問團子」の看板にはつい足先が向いてしまい、六個入りを買い求めてしまった(写真右下)。あぁ、また新しい年になっても、甘味の誘惑には逆らえないオイラであったのだ。
延べ5時間半の、34,902歩だった。
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