育児日記

主に聞きつつ、主にあってこの子たちを育てて行くのは、私の使命です。

思い煩い

2005-02-23 13:44:35 | Weblog
先週に続き、夜の礼拝と、感謝祈祷会に出席
しかし、前と異なるのはお父さんがその日一日留守にしたこと
彼女の面倒などすべて他の方々にお願いしなければならなかった

お願いしようとしていた方は少し忙しい様子であったので
お願いすることは出来ずにいた
しかし、刻々と祈祷会の時間は迫って来ていた
もし、駄目なら仕方ない、今週は見送ろうと思ってとりあえず
間に合うように場所を移動した

すると、その場所について彼女のおむつを取り替えているときに
ある方が近づいて来ていろいろお手伝いしてくださった
もしかしたらと「祈祷会の間彼女の面倒を見てれませんか」と
お願いして見た
快くオッケーしてくれた
ちょうど、祈祷会が始まる時間のことだった

祈祷会中、ずっと
彼女は泣いてないだろうか
周りに迷惑をかけてないだろうか
と気になっていた

ある時間になって祈祷会を抜け出して見に行くと…
椅子をいくつか連ねてベッド状態にしてもらって
その上で彼女はなんと大の字になって眠りこけていた
周りの音など何も気にせずに

祈祷会が終わって今度は彼女を起こさなきゃと急いで戻ると
もうすでに起きていてだっこしてもらっていた

私は主に言われて祈祷会に出たはずだった
主が言われたことだから、すべて守られるはずなのに
心配で仕方なかった

主が語られたことをそのまま安心して受けることが出来ない
自分の未熟さと
それに反してお父さんもお母さんもいない所で
主に守られて熟睡する彼女の態度の違いが
大きく差があることに気付かされた日だった

優先順位

2005-02-14 13:17:55 | Weblog
お父さんに以前、
「お母さんは、今子供が一番になってるようだ」
と言われた
それを聞いた時、きっぱりと「そんなことにはなってない」
と言い切った
子供が一番になっているとは思ったことがなかった
当然主が一番と思っていた

そんな私の思い込み、高慢な思いを主は知っておられた
気付かないのは当人私のみだったようだ

彼女が生まれて、当然のように、夜の礼拝に加わらなくなった
それは条件反射のような行動だった
そして、このことに関して祈ったことはなかった

教会で、感謝祈祷会が始まったときお父さんが、私も加わるように
言った
「ありえない、子供がいるのに」
その一言で却下してしまった
またもやそのことについて祈り、聞くこともしなかった

私は、目に見える状況で判断して来たことで、
受けるべき恵みを受けることができずにいた
はっきりと優先順位を間違えていることに気付かされた

主によって気付かされたのち感謝祈祷会と礼拝に加わった
どちらもこれからもずっと心に残るであろう印象深いものとなった
非常に深い主の御臨在の中で私が持っていた問題の答えを
次々とその中で答えられて行ったのだった

それだけではない
彼女は完全に守られた
昼間の礼拝も始まった途端眠り始め、礼拝は無事に終了した
祈祷会中もいろいろな方に面倒を見てもらったらしく
終始御機嫌であった

夜の礼拝で、別室にて子供達と共にいる時
他の子供達の前で一人で何もつかまらずに
十数秒間立ちつくし
初めてできた姿は多くの人を驚かせることとなった

以前一日中外出させるのは、絶対に彼女を疲れさせると思い込んでいた
それどころか、彼女はぐんぐん成長していた
そして、私は教会の中でその成長ぶりを見ることとなった

主を第一にする時の祝福をこうして受けることとなった


一方的な恵みによって

2005-02-05 17:01:16 | Weblog
彼女がお腹にまだいる時、幾度も聖書から
「胎の実は祝福されています」
と語られた
まだ見ぬわが子が主にあって祝福されているのかと思うと
つわりで辛い時も慰められたものだった

この間お父さんと、成長し続けるわが子を前にして
「胎の実は報酬って聖書に書いてあるけれど、本当にこの子は主から与えられた
んだよね~」
と感動していた
しかし、しばしの間二人は沈黙した
そして、
「報酬ってそれだけの働きをした人に与えられるものだよね
私たちって別に何にもしてないのに与えられちゃってるよね…
これって主の恵みだよねえ」

さっきとは全く違う意味で深く感動した

今日は、長崎で殉教聖会が行われた
私は彼女と家で御留守番となった

しかし、早天で与えられた
「上にあるものを求めなさい」
という御言葉を思い起こして祈っている時に
天には祝福が今すでに用意されており
それは分厚い層のようになっていて
求める時に溢れんばかりの祝福が与えられる
という語りかけを受けた

そして、主から与えられるものが一番の祝福であるということを
しみじみ思わされた
地上のものばかりに目が向けられていた自分の姿が小さく小さく見えた

何もないように見える私たちは、一体主からこれからどんな祝福で
満たされて行くんだろう
主に期待しつつ
主の恵みを受けて行こう