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信号機の壊れた「格差社会」 【反撃をはじめたワーキング・プアたち 雨宮処凛】

2011-12-18 | 労働
反撃をはじめたワーキング・プアたち  雨宮処凛

餓死寸前!

 佐高さんからは、この状況にいたる政治の話、政策の話がありました(第1章)。私はここで、格差社会やワーキング・プアの生活実態の話をしたいと思います。
 『生きさせろ!』(太田出版、2007年)という本にまとめましたが、若者の失業者、フリーター、ニートの問題を取材していると、すべてが「貧困」の話につながっていくのです。「格差はあっていいはずだ」などと言う人もいますが、それは、食べていける生活が確保された上でのこと、生きていくことができて、それからの話なんです。いまの日本の実態はその最低限の保障すらされていない。貧困というのは命にかかわる状態です。最近はフリーターの取材をしていると、時として、ホームレス取材になっていることがあります。
 先日、大阪で30代のホームレスの人に話を聞きました。
 彼は正社員から失業し、そのままホームレスになってしまった。ホームレスになったばかりのころは、何もわからなかったそうです。たとえば、炊き出しをどこでやっているかなどという生存にかかわる基本的な情報もわからないので、2週間まったく何も食べられなかった、という経験をしたというのです。それで、彼はどうしたかというと、コンビニで食料を盗んだのです。そして、お巡りさんに捕まった。そこで警察の人に「僕のような人間はほんとにどうやって生きていけばいいのか」とたずねたら、警察では「炊き出しは釜ヶ崎とかに行きなさい」と言ったのだそうです。警察でも生活保護の制度のことなどについては、ぜんぜん教えてくれないのです。
 その大阪の彼は、施設で育った人でした。施設で育った人というのは、失業した場合にホームレスになりやすいのだそうです。家族や家庭がセイフティ・ネットの役割を果たす場合が多いので、それを持たない人は、たとえば保証人を探すのが難しい、などということがあります。そういう人が困ったときに、公的機関である福祉事務所に行ったら助けてもらえるかというと、やっぱり助けてもらえない。そんな実情があるのです。
 この大阪の例のように、本人だけでなく、親の資産の有無や多寡、そして親がいるかいないかなどの、本人の周囲の条件によって非正規雇用労働者だけではなく、正規雇用者であっても、失業と同時に一気にそのままホームレスになってしまう、という状況がみられます。私はいま32歳ですが、とくにその世代、ロスト・ジェネレーションといわれる就職氷河期世代の人たちに顕著に見られる状態です。

ロスト・ジェネレーションの現実

 私は1975年生まれです。93年に高校を卒業したときがちょうど、バブル崩壊直後だったので、まったく就職できませんでした。もちろん、まわりの友人たちも当然、就職できていません。私は19歳から24歳まで、つまり94年から99年までフリーターをしていました。
 当時、ほんとに社会全体が不況で、時給がどんどん下がっていきました。時給800~1000円ぐらいで働いていたのですが、それで週に5日、1日8時間働いても月収は15万円にとても届かない。そうなると、家賃や光熱費、食費、保険料などの生活費すべてを自分でまかなうことができませんでした。実際、家賃を滞納してしまうと、つねに親に頼っている状態でした。そんな生活でしたから、10年前の20代でフリーターをやっていたときに、これはこのままいったら、親が死んだらほんとにホームレスになってしまうな、と思ったのです。このまま続けてはヤバいぞ、と。
 現在の日本では、いったん、非正規労働者、パート・フリーターなどになってしまうと、もうまったく正社員への回路が閉ざされているのです。日本経団連の2006年のアンケートでも、フリーターを正社員として積極的に採用したい企業はたったの1・6%だという数字が出ています。つまり、98%以上の企業は、フリーターの経験をまったく評価してくれない、という実態があるのです。
 とにかく正社員になれない社会なのです。しかし、正社員になれないかぎり、ずっとボーナスも出ないし給料も上がらない。特にフリーターの職業には単純な肉体労働が多いので、30歳を過ぎるとだんだん体も動かなくなって、仕事がつらくなってもきます。体力とともに気力もなくなっていきます。私のフリーター時代の平均年収は100万円超でした。いま、フリーターの平均年収は106万円なのですが、私の場合もまさにそのぐらいの額だったのです。
 そんなに低い年収であるにもかかわらず、その20代の年収が、生涯で一番いい年収だろう、と私は思っていました。その100万円くらいの年収がいちばん高収入で、30、40、50代と年をとるにつれてだんだんと収入は下がっていくだろうと思っていたのです。そうしたら、状況はほんとにそのとおりになっていきました。しかも、30歳を過ぎるとバイトにも雇ってくれなくなる、という現実があります。私がフリーターをしていた20歳ぐらいのころに、10年後にホームレスになってしまうのじゃないかと思っていた、という話は先ほどしましたが、ちょうど10年が経ちました。ほんとにその10年後である今、私のまわりのフリーターの人たちが、雪崩を打つようにホームレス化しはじめたのです。それがいま、ネットカフェ難民などというかたちであらわれているのです。

貧困ビジネス
 
 ネットカフェ難民になるのも、本人の責任、自己責任みたいに言われることが多いのですが、なぜそういうことが起こるのか、その実態、メカニズムをもっと知ってほしいと思います。これは、湯浅誠氏が『貧困襲来』(山吹書店、2007年)に「貧困ビジネス」という表現で詳しく書いています。こういう、困っている人たちから利益を貪る商売が、現実に横行しているのです。
 まずは人材派遣会社。そしてサラ金。それから、賃貸物件で、敷金・礼金ゼロを売り物にしている不動産会社など。フリーターや非正規雇用の人は、生活が不安定なのでどうしてもリスクが大きいものとの関わりが強くなります。このようなビジネスが、フリーターがホームレスになってしまうところまで、暴利を貪る。それが一つの構造になってしまっている。
 アパートなど住宅の賃貸物件では、派遣社員やフリーターの人を入れるのを大家さんが嫌がります。収入が不安定なので家賃が滞納されるリスクが大きい、ということです。だから入居しづらい。そうなると、彼らはどこなら入居できるのか。テレビコマーシャルも多くでていますが、敷金・礼金ゼロをうたう物件に入らざるをえない。まとまった初期費用が用意できない人はなおさら、その傾向が強まります。特にフリーターの人たちはそういう物件に入るのですが、この敷金・礼金ゼロ物件の多くは実は問題があるのです。これらは、じつは賃貸者契約ではなくて、施設管理契約という契約なのです。これはどういうことかというと、家賃を1日滞納したらすぐにでも入居者を追い出せる仕組みなのです。ですから、たとえばインフルエンザなどで家賃を払いに行けずに家で寝ていたら、そのままほんとうに荷物ごと追い出されてしまって、カギを変えられてしまい、ネットカフェにそのまま行ってしまった、というような報告も聞いています。でも、これは法的には不法なことをされたのではなく、合法的行為になってしまうのです。そういうビジネスが現実に存在しているのです。

どうやって、ネットカフェ難民が生まれるか

 雇用形態が非正規であるということは、収入が不安定であるだけではなく、住むところ自体もすごく不安定になってしまう、ということです。正社員じゃないとまともな物件にも入れないのが実態なのです。たった1日の滞納でも追い出され、ネットカフェに行く。そのようにしてネットカフェ難民になるのは本人のせいでしょうか。そうではなく、そういう物件、そういう商売が、国の規制も何もなく、野放しになってしまっていることが、まず大きな問題だと思うのです。
 もうひとつ、ネットカフェ難民やホームレスになった人に取材をしていると、ひとつの共通の経験があります。それは、製造業を派遣や請負で転々としていた、ということです。製造業に派遣されて全国を転々とする生活をしていた人たちが、どんどんネットカフェ難民になっていき、そのままホームレスになっていく人も多いという事実です。
 その背景には、まずは全国にネットワークされた人材派遣会社の存在があります。この、派遣会社は北海道や沖縄、東北、九州に多くの営業所をもっています。なぜ特にその4地域に多いのかというと、最低賃金が低く、不況で働き口も少なく若い人の失業率も高いから、なのです。たとえば、沖縄の最低賃金は時給610円程度なので、これで週5日、1日8時間フルタイムで働いても月収は額面で11万円にも届きません。そういう地域で、その派遣会社の営業所が、ウソだらけの求人情報―たとえば、その工場で働けば寮費もだたで、月収32万円以上稼げる、などという情報―をばらまくのです。たとえば、トヨタやキヤノンの工場に行ってそうやって働いたら、こんなに稼げるよ、と求人する。
 しかも、こういう場合、面接をハローワーク(公共職業安定所)ですることもあります。そうすると、面接にくる人は、ちゃんとした職業なのかな、ちゃんとした会社なのかなと思って受けますよね。ですが、その面接をする派遣会社の人もそのためのアルバイトだったりするので、その実態がぜんぜんわからない。
 そうやって北海道や東北などからたくさん若い人を集めて、たとえば首都圏のトレーニングセンターなどに二泊三日程度放り込んでそこで研修を受けさせ、そこからキヤノンやトヨタなどの全国の工場に割り振って入れていくのです。
 そこでも、最初に32万円稼げるなどと言われますが、ほんとうは12万円ぐらいにしかなりません。製造派遣の時給は平均1100円ぐらいなので、普通であれば月18万円ぐらいは稼げます。しかし、そこから寮費を3万円とか―その寮費も一人部屋ではなく、3DKのアパートに知らない人同士が一緒に入って一人3万円ずつ取られたりするのですが―、水道光熱費、夏と冬にはエアコン代を1日100円、その他カーテンやテレビ、コタツなどにいちいちレンタル料がついていて、それが全部差っ引かれていきます。結局、手元に残るのは12万円ぐらいになる。
 それでも、長く働けるのであればいいのかもしれません。しかし、製造業の派遣は、究極の景気の調整弁なのです。正社員はそんなにクビにはなりませんが、派遣の人は、管理するのも人事部ではなく、工務部とか調達部という部品を管理する部署の場合が多いのです。人件費ではなくて物件費というモノを管理するところのお金で扱われているのです。
 つまり、もともと人間扱いではなく部品扱いなので、製品が思ったより売れなかったら、あるいは在庫を増やしたくないので、などの理由でコスト削減のためにすぐ1ヵ月で雇い止めにあう、ということになります。いきなり「あと3日で仕事が終わりだから、じゃ、あと3日で寮も出て行って」といわれて、東北あたりから何もわからず連れてこられた若いフリーターの人が、まったく知らない、まったく土地勘もない、知り合いもいないところで、いきなり仕事と住むところを同時に失うのです。そして、そのままネットカフェなどに行く、というのが構図です。実際にそういうルートを経てきた人たちに私はかなり会いました。トヨタを経たネットカフェ難民や、キヤノンを経たネットカフェ難民は、結構多いのです。
 それでも、12万円稼げて丸々残るのだったらまだいいのですが、そうもいかない場合もあります。ひどい派遣会社だと、3ヵ月以内に辞めた場合や雇い止めになった場合、往復の交通費が自己負担というところもあるのです。私は北海道出身なのですが、たとえば北海道から東京までだと往復で飛行機代が6万円くらいはかかってしまいます。それを自己負担せよ、といわれると、働きに行く意味がまったくなくなってしまうことはおわかりになると思います。ほんとに一文無しになって、野に放たれるように放置されてしまった人たちが、ネットカフェ難民やホームレスになっているのです。
 そしていったん、ホームレスになってしまったら、社会に復帰することは、ほんとに難しいのです。いま、ホームレスになってしまった若い人を助けてくれるような公的な組織はありません。家がない、所持金ゼロ、ほんとに餓死してしまうかもしれないという状態で福祉事務所に行っても、実際に追い返されてしまう、というケースもあるのです。

助け合いの萌芽―「もやい」と労働組合(ユニオン)

私は、そういう人とかかわることが多いのです。ほんとに「いまから死にます」というようなメールがくる。40代の失業者、30代のフリーターから、「ほんとに所持金がなくなってもう生きていけない」というメールがくる。そういった場合、ほんとに助けてくれる人というのは、いまの国ではほとんどいない。死なない方法とか餓死しない方法って、何かないのか?と思っていてほんとにずっとなかったのですけど、そんな中で私が唯一発見できたのが、いま一緒にいろいろ活動している「NPO法人自立生活サポートセンター もやい」という、ネットカフェ難民の人たちの生活相談を受けているNPOです。そこは、もともとは野宿者の人たちの支援をしていた団体で、その人たちに生活保護を申請させて、自立生活に結びつける活動をしていたところです。ただ、ほんとにこの数年、高齢の野宿者だけではなく、もっと若いネットカフェ難民の人たちからSOSのメールがどんどん入るようになってきたのだそうです。そこで、そういう人たちにも同様に生活保護をとらせる活動をやっているのです。
 「ネットカフェ難民の人、ホームレスになってしまった若いフリーターの人に生活保護を」などというと、「自己責任だ」とか「それはどうなんだ」と言われることがよくあります。しかし、じゃ、そのまま生活保護を受けなければどうなるか。私が実際に「もやい」の湯浅誠さんから聞いたケースでは、次のような事例がありました。
 ネットカフェに7年も住んでいて、月給は8万円程度で、フルキャストの日雇い派遣の仕事をしていた。でも、その日雇いの仕事には毎日入れない。ネットカフェは一泊1500円ぐらいするので、月収8万円だと、毎日はネットカフェには泊まれません。週に3日は泊まれないので、夜中、凍死しないように歩き続け、それで始発電車を待って、京浜東北線が動き出したら大宮から終点までずっとそれを往復して仮眠をとる、という生活をしていた。
 彼は、生活保護を受給せず、このままの暮らしを続けたほうがよいのでしょうか?。
 
 ネットカフェ生活の人がネットカフェに泊まっていないときに、どこで寝ているかというアンケートを読みました。そういうときは、彼らは寝ていないのですね。たとえばコンビニで一晩中、立ち読みをしている。あるいは、ATMがありますね、あそこは夜中でも入れるし、いちおう暖房もきいているので、そこで寝る。あるいは、パチンコ屋のトイレで昼間寝る、という人もいる。これはあえて昼夜逆転させて生活をしているわけです。夜寝てしまうと、凍死してしまうので、昼間パチンコ屋や百貨店などのトイレで仮眠をとっている、という人がかなりいました。
 私も普通に生活しているなかで、そういう人に、本屋さんなどで会ったことがあります。ずっと個室トイレが使いっぱなしで、たぶん寝ているんだろうな、と思われる状況なんです。そのトイレには最近「トイレの個室を長時間利用する人がいて困っています」といったような貼り紙があるのですが、つまり個室の中で寝ているんですね。トイレの個室で寝なくちゃ寝る場所がない人たちが実際にいる。
 いま、ネットカフェにいられる人は、日雇いのバイトに行って、帰ってきてネットカフェで泊まるという生活をしているわけですが、じゃ、そこから脱出できるかというと、厳しいものがあります。今日、明日食べていくことだけはなんとかできるのですが、アパートの敷金・礼金はどうしたって貯まらないので賃貸アパートには入れない。また、敷金・礼金ゼロ物件に入っても、そこはネットカフェとたいして変わらない。そうすると、住所がないから日雇い以外の普通のバイトにも就けない。もし仮に普通のバイトで働けたとしても、今度は最初の給料日まで暮らすお金がない。だから、最初の給料日までに餓死してしまうので、日雇いで日払いの生活をしている。あるいは、最初の給料日まで、サラ金で借金をしてしまう場合もあるでしょう。
 そういう状態をどうすればいいのか。彼らは、ちょっとした1週間の風邪でホームレスになってしまう人たちなので、そこからまず、なんとかしたい。たとえば生活保護で、まず屋根を確保して、その上で最初の給料日までの生活費が確保できれば、すぐにフリーターや正社員として復帰できる人たちがほんとにたくさんいるのです。実際に3ヵ月の生活保護で完璧に生活を立て直せたという、元ネットカフェ難民の方なんかもいます。そういうかたちで「もやい」はかかわっていくことができます。有効な手だと思います。
 
 また、労働組合というものも見直して、使えるものは使うべきだと考えています。「首都圏青年ユニオン」というフリーター向けの労働組合と「もやい」の方たちが、「反貧困助け合いネットワーク」というのをはじめ、2007年12月22日に正式発足しました。これは、もう誰も助けてくれないから、自分たちで助け合うぞ、という若者のワーキング・プアの互助組織、助け合いのネットワークで、会費が月額300円。半年以上加入していれば、病気や怪我で働けなくなったときに、1万円の無利子貸し付けと、1万円の休業補償が受けられる、という制度です。
 これは、やりはじめた側もものすごいリスクを背負っていることをおわかりいただけるかと思います。でも、その「もやい」とか「首都圏青年ユニオン」の人たちは、日々、組合員に普通に家がなかったりしますから、そういう状況を見ているわけです。そこで、これは本来は国や行政がやるべきことなのですが、でも、もうそれを待っていたらのたれ死にしてしまうし、待っていられない。とにかく自分たちではじめなきゃということで、そういう助け合いネットワークを始めたのです。これは2008年から本格的に動きだしています。
 具体的な生活保護の情報や、労働問題の情報、多重債務や借金についての問題解決のための情報など、どこに行けば教えてもらえるか、わかれば救われる人が多いと思います。サラ金の借金を抱えているフリーターもすごく多いのですが、その整理の仕方についても、良心的でない弁護士にひっかかって、高いお金で整理したりしている。もっと安くできる方法があるとか、具体的にここに行けばお金が借りられる、ここに行けばホームレスにならない、というそういう場所を広めようと、その助け合いネットワークを位置づけています。社会復帰をサポートしてくれる組織は、国レベルではなかなかありませんが、NPOが運営していたり、労働組合が相談にのったりする、そういう小さなものは、ほんとにここ最近、着実に生まれています。

自己責任論の呪縛から抜け出るために

 解決法に話が逸れましたけれど、こういう状況をみて、これらの責任は彼ら自身にあるのでしょうか。本当の責任は彼らにあるのではなく、むしろ、彼らがホームレスに転落するまでのあいだに、先に述べたような「貧困ビジネス」が触手を伸ばし、いわばそういう人たちを身ぐるみ剥がして、ホームレスにする過程ですごく儲けるシステムが、ビジネスとして成立していることにあるのです。この流れに巻き込まれてしまうと、このシステムには一人ひとりの力では抗いようがない。そこには、国の規制を入れて、どんどん摘発してもらわなければいけない。
 にもかかわらず、ホームレスになった本人たちは「自分が悪いんだ」、「運が悪かったんだ」、「「仕事ができないから雇い止めになったんだ」と思っているのです。しかし、いくら仕事ができても、いくら能力があっても、そういうシステムの中にいるかぎり、絶対にそうなってしまう。だから、自分を責めている彼らに、ほんとに自己責任ではないのですよ、ということを伝える、そういう運動をしています。
 そういう状況において、非正規雇用の場合、たとえば働き過ぎで、あるいは不安定な生活の不安からうつ病になってしまっても、そこで仕事を辞めたら収入の道が閉ざされてしまいます。そのまままったく収入がない状態で家賃を滞納し、電気もガスも水道も全部止められてしまい、と考えていくと、その延長線上にはリアルに餓死が迫ってくるのです。その過程で餓死する前に自殺したというケースを、見聞きしたこともあります。
 それから、ネット心中をする人の経歴を見ていると、ネット心中にいたるまでの間、ずっと家がなくて全国を車で転々としているような、かなりホームレスに近い状態の若い人がかなり含まれていることがわかります。
 あのようにネット心中する人たちというのは、無職率・フリーター率が非常に高い。具体的に、遺書に「仕事がなくて、親に責められていた」、「もう自分は誰にも必要とされていなくて、とにかく仕事がないことが辛い」ということを書いてあったこともあります。このように、自殺と不安定な雇用はとても関係があるのではないかと私は思っています。
 これまでも、若い人たちはそういう状態にある自分を責めて自殺していった。2002年以降、20代の死因の1位は、ずっと自殺なのです。この2002年からの20代というのは、就職氷河期(ロスト・ジェネレーション)の問題とも密接にからんでいます。2005年には、30代の自殺率が過去最高になりました。これは、非正規の対極に位置するいまの30代の正社員のものすごい過労の状態にも原因はあるでしょうし、非正規雇用であれば、労働力としての価値が30代に入って暴落したことに直面したという、そのようなこととも関係してくるのではないかと思っています。

名ばかり管理職―正社員の実態

 正社員の働き方でいうと、私の弟の事例を紹介します。いま、マスコミでマック店長など「名ばかり管理職」という言い方がされるようになりましたが、弟はまさにそれにあたります(もう退職しましたが)。
 就職氷河期に大学を卒業し、3年ほどフリーターをしていたとき、家電量販店の契約社員になり、その1年後に正社員になりました。そのとき、正社員になると同時に管理職になって、「組合に入らない」、「ボーナスは出ない」、「残業代も出ない」ことについて、了承するという誓約書を書かされたのです。それにサインをさせられた。そこから1日18時間労働がずっと続きました。18時間です。朝8時から深夜1時、2時までなんですが、その間、休憩が昼の30分だけ。家電量販店なので時間中ずっと立ちっぱなし、夕食を取る時間はない。朝は目覚まし時計を5個使ってやっと起き上がるような状態なので、もちろん朝食なんてとれません。出勤してすぐ働きはじめて、昼に休憩があり、そこではじめてその日の1食目の食事をとります。それから一度も休憩がないので、夕食を食べる時間もなく、帰ったらすぐ寝てしまう生活でした。1日1食で18時間労働です。ものすごい勢いで痩せていきました。これは強制労働とか、強制収容所と同じではないか、そのほうが2食あったかも、などと思いながら見ていました。結局、家族が説得して、辞めさせました。でも、弟は「辞めたら他の人に迷惑がかかる」と言っていたんです。みんな、そうやって、自分の責任として引き受けようとするからそうなってしまうのです。

怒っていい!

 若い人たちはいままで、そうやって自分を責めて辞めてしまう、自殺してしまうという回路の中にいたのですが、最近、徐々に反撃をはじめています。フリーター当事者がつくった労働組合が、全国に数多くできています。フリーター労組、ガテン系連帯という製造業の派遣の人たちの組合、グッドウィル、フルキャスト、マイワーク、Mクルーという日雇い派遣の4つの会社で、ほぼ同時期に組合がつくられたりといった、そんな動きがあるのです。
 グッドウィルに対しては、労組が天引きについての返還請求を行っています。グッドウィルというのはコムスンの折口氏の会社です。あそこでは、1日すごい肉体労働をして6000円とか7000円しか貰えないのです。引っ越し屋とか、そういうほんとに過酷な肉体労働です。怪我も多いのになかなか補償されなかったり、アスベスト(石綿)が舞う中でフリーターや派遣の人たちはマスクなしで作業させられたり、スタンガンのようなもので脅されながら作業をさせられたり、そんな暴力的な状態で仕事をさせられるケースもあります。
 そういうところで働いて1日6000円、7000円。そこからデータ装備費という名目で200円が引かれるという不当な天引きがあり、それを返せと労組が団体交渉をしました。一度は、過去2年間80万人分、37億円返すと発表されたのですが、そのあとに、過去2年分では足りないので、10年分にわたって返せ、といま集団訴訟をしています。グッドウィルで普通に働いていたフリーターたちが、そのグッドウィルを訴えているのです。
 こういう局面では、一人が怒って声を上げると、たちまち何百人ぐらいの若者が一緒に怒ってくれるのです。同じ経験をし、理不尽だと思っていたからですね。怒りの火種はこれまでもあったところに、本当の敵を見つけた、という雰囲気が出てきたのだと思います。
 そのためにも、まず、自己責任の呪縛から逃れる必要があるんです。これは私はちゃんと言葉にして言わなければならないことだと思う。就職率が80%を超えていた頃と50%の頃とを比較すると、どう考えても30%の人はあぶれてしまいます。これはこの人たちの責任ですか?その年に生まれたことがその人の責任ですか?社会に出る年が悪かったのはその人の責任なのか?そういう問題ですよね。これは、その人たちのせいなんでしょうか?そういうことは自分では選べないことです。だからまず、そこは自己責任から差っ引かなくちゃいけません。
 加えて、不況になってから、明らかに非正規雇用者を増やして激安で使い捨てることによって、なんとかやっていきましょう、というような趣旨のことを日本経団連が提言しています。非正規雇用者が増やされたのは、そういう財界の意向や政界の政策のせいです。それで非正規が増やされたのであって、就職する側の問題ではありません。たとえば、5個しかイスがないところで、100人がイス取りゲームをして、最初から95人があぶれることが分かっているのに、その5人に無理やり「何とか入れ」と全員に言い、あぶれた95人に対して「自己責任だ」と言っているのが今の状態だと思うのです。
 もちろん、人が生きるにあたっては、いろいろなことがあり、自己責任とされるものがあることは当然だと思います。しかし、いまは、明らかに自己責任じゃないものまで自己責任だとしてそれぞれに責任を背負わされてしまっている。そして、それを自己責任だと思っているうちは、思ってくれているうちは、思わせているうちは、国は何も対策をしなくていいのです。たとえば極端な話、ロスト・ジェネレーションの非正規雇用者たちが全員黙って自殺でもしてくれれば、国は1円の予算も使わなくていい、と思うのかもしれません。ほんとに切実な問題なのです。
 2007年12月1日に渋谷でデモを行いました。「貧乏人は黙って自殺しないぞ」とか、「貧乏人はのさばるぞ」、「貧乏人は黙ってのたれ死にしないぞ」という言葉をずっと、シュプレヒコールしていました。そういう、「なんとか生き延びるぞ」というテーマのデモでしたが、活動するうちに要求がますますシンプルになってきています。つまり、黙ってのたれ死にすることを期待されてる世代だから、絶対に黙らないぞ、というメッセージを伝える、ということです。それはこの世代に「黙ってのたれ死にするな」というメッセージを伝えることでもあります。そういう方法でしか抗う方法はないのかな、と思っています。
 こんなふうに、どこに怒りをぶつけていいか分からなくて今まで自分を責めていた人たちが、本当の敵を見つけ、行動を起こしはじめた。それが現在の状況だと思います。

(おわり)

【いまこそ政治は、政治のすべきことを 森岡 孝二】へつづく・・・。

雨宮処凛(あまみや・かりん)
作家・プレカリアート活動家。1975年生まれ。右翼団体、バンドボーカルを経て、現在にいたる。著書に【貧困と愛国】(共著、毎日新聞社)、【全身当事者主義】(春秋社)、【ワーキング・プアの反撃】(共著、七つの森書館)など多数。

岩波ブックレットホームページ
http://www.iwanami.co.jp/hensyu/booklet/


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