夜明けのダイナー(仮題)

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SS:Future World

2010年12月15日 21時19分37秒 | ハルヒSS:中短編
 
 ――幸せな未来の為に……
 

 
 「……はぁ……はぁ……はぁ」 
 思えばこの通学路の坂って、こんなにきつかったのかなぁ。 


 ある春の日の朝。 わたしは久し振りにこの坂を歩いていた。
 大学を卒業し、一応就職したって事になっている自分……あ、就職先は『禁則事項』ですけど。
 車の免許も持ってるから、自分の車で来ても良かったんだけど、あの頃を思い出しながら行ってみたかった。 思い出のたくさん詰まったあの場所に。
 

 ふと立ち止まり坂の途中で振り返ると、見えた町並みは春霞で白ずんでいた

 
 そう、ここは北高に向かう通学路。 
 今日は何て事無い日なんだけど、明日は『あの2人』にとって一生の思い出となる『記念日』。
 その前に、わたしの気持ちを整理したかった。
 これって『ノスタルジー』って言うのかな? 
 あの2人に出会ってからの思い出に改めて浸って見たかったの。



 校内の桜は今が見頃で、春休みなんだけど部活動をしている生徒の声がグラウンドに響き渡る。 
 そんな校庭を横目に職員室へ向かう。

 「おはようございますぅ、卒業生の朝比奈みくるです」
 「おや、いらっしゃい。 何年ぶりかね、元気だったかい?」
 丁度、3年生の時のクラス担任が居た。 
 暫く会話を交わした後、久し振りに校内を回りたいと申し出る。
 「折角来てくれたんだから、一緒に回りたい所だったが生憎、雑務が溜まっていてね。 申し訳ないがコレをつけてくれ。 そうすれば不審者じゃない事が校内の連中に解るから」
 先生は机の引き出しの中から『校内巡回中』と書かれた腕章を取り出し、渡してくれた。
 「腕章かぁ……涼宮さんを思い出しますぅ」
 「涼宮? また懐かしい名前だな」 
 その声に振り向くと
 「あ、岡部先生。 お久し振りですぅ」
 「おや君は、確か……朝比奈さんだっけ? 涼宮達とよく一緒に居た」
 「はい」
 「涼宮と、彼は元気かね」
 「ええ、実はあの2人――」 
 続いて岡部先生に今日、わたしが此処に来た理由を話す。
 「そうか、それは良かった。 じゃあ、あの2人に会ったら『岡部が会いたがっていた』とでも言ってくれ」
 「はいっ」

 職員室を出たわたしは廊下を進み、2年生の時に居た教室に向かう。


 「……あの時」 

 涼宮さんに引っ張られて文芸部室。 ううん、SOS団の部室に突然、連れて行かれたんだっけ。
 いきなりだったから何も理解出来ずに居たうえにまさか、その先に『彼』や長門さんが居るとは予想も出来なかった。 
 それから現在、この日に至るまで、全ての出来事が本当にあっと言う間に通り過ぎた気がする。
 
 更に廊下を進んで、中庭を横目に旧校舎へ進む。 
 時折、部活動の途中であろう男子生徒が何人か擦れ違いざま、わたしを見て立ち止まっているけど……変なのかな? わたしが此処に居る事って。
 旧校舎に入り階段を上がった先、それは

 『文芸部室』
 
 「さすがに『SOS団』なんて貼ってない、か」 
 と、札を見ながら一人笑い、扉を開ける
    

 カチャ
 「…………」 

 予想はしていたけれど、面影となる物は少しあるだけだった。


 文芸部室に置かれていた物は長テーブル・本棚・旧式になったパソコン位で、わたしのコスプレ衣装やティーセット・古泉君のボードゲーム……当然それらは無かった。
 だけど、この部屋の空気は何となく変わっていない様に感じた。
 目を閉じなくても浮かんで来る情景。
 窓の前の机では涼宮さんがパソコンとにらめっこ。 その横で長門さんが読書。 
 彼と古泉君は長テーブルを挟んでボードゲームに興じている姿が見える。
 わたしは、そんな日常が好きだった。
 SOS団の皆、この空間、そして――それを作り出した涼宮さんと『彼』が……。

 
 窓辺にあった椅子に腰掛け外を眺める。 
 ふと窓を開けると、春色の暖かい風が部室を駆け抜けて行った。
 


 色々な思い出に耽りながら校内を回り、腕章を返却し正門に出る。
 「……思い出すと恥ずかしい、な」
 涼宮さんと2人、バニーガールの衣装を着て、此処でチラシ配りしたんだっけ。 
 思えば恥ずかしく無かったのかなぁ、涼宮さん。
 でも、恥ずかしさよりSOS団の事を優先してたんでしょうね、きっと。 思い立ったら行動する人だから、昔も今も。 そして、これからも――
 「はぁ、それに引き換えわたしって、何で此処に立ち止まっているんだろう」
 再びわたしは坂の上に立って居た。 皆で下校した風景を思い浮かべながら――
 
 
 
 そのまま坂を下り、ガソリンスタンドの近くの自動販売機の前で小休止。 朝は肌寒かったのに、太陽が出てくると上着一枚脱ぎたくなるのよね。 
 そこでペットボトルのお茶を買い、喉を潤す。
 再び歩き出し県道を横切り、光陽園駅前に出る。
 「ここから3人で電車に乗って街に出たこともあったっけ」 
 そのまま線路沿いの道を進んでゆく。
 あ、東中だ。 
 あの七夕の日……わたしは眠ったままだったんだけど。
 
 「――涼宮さんが『ジョン・スミス』と会ったのよね」
 
 さすがに、あれが『キョン君』でしたと今でも言えないけど……
 しかも一緒に居たのがわたし、なんて。

 

 こうして歩いているだけでも沢山、思い出が浮かんで来る。 
 あの2人、ううんSOS団の仲間と共に過ごした、高校生活の2年間。 
 全てが何年も前の事なのに、タイム・スリップして、現在見ているかの様に1つ1つ鮮やかに蘇る。
 「たまに行ってるんだけどね。 過去に」 



 気が付くとお昼近い。 
 踏切近くのファミレスに入る。 ここ最近、一人で外食が多いから『おひとりさま』には慣れてるんだけど、やっぱり一人は味気ない。

 「はぁ、わたしも相手が欲しいなぁ」

 ううん、今は自分の任務優先! ここまで頑張ったんだから、これからも――なんて、何の為に頑張ってるのかな、わたしって。
 勿論それは『既定事項』の為なんだけど、自分を犠牲にしてまで守る世界って何だろう。 わたし一人が道を外しても、世界って急激に変化する訳無いじゃない?

 ――でも、今日でそんな悩みと『さよなら』したい。 明日からは、あの2人の幸せが永遠に続く様に見守る……。

 「お待たせしました」 
 あ、注文したランチセットが来た。 
 冷めないうちに、いただきます♪
 

 

 昼食を終え、今度は祝川沿いに歩く。 
 桜並木がとても綺麗で……此処って桜の名所100選に選ばれているんでしたっけ。 屋台も出ていて、レジャーシートを広げてお花見している人達が多く居る。
 その中でも一際綺麗に咲き誇る桜の木をバックに互いの姿を撮り合っている老夫婦を見かけた。
 「一緒にお撮りしましょうか?」
 少し世話焼きかなと思いながらも声を掛けてみた。
 「え、別にいいですよ」
 「でも、折角言って下さってるんだし……じゃあ、お願いします」
 「はいっ」 
 川辺の桜並木をバックにして
 「はい、チーズ!」
 
  パシャリ
 
 そう言えば『彼』と『彼女』も何十年後には……あ、この先は『禁則事項』でしたね♪

 「はい、どうぞ。 ちゃんと撮れてるか見て下さいね」
 「ありがとうございます」
 「綺麗な桜ですねぇ」
 「そうですね」  
 老夫婦に別れを告げ、再び下流に向けて歩き始める。

 「……幸せ、かぁ」

 あの時、『彼』と2人で座ったベンチに腰掛け、ぼんやり桜を眺める。
 

 古泉君も長門さんも『彼』が、そして『彼女』が好きだった。 
 でも、その『2人』が好きだったから、その幸せを見届けよう。 
 3人であの日、誓った。 そして、明日。 ついに――
 
 
 
 「きゃっ!」

 突然吹いた風。 川の流れを追い越す様に……
 座ったままスカートを押さえ、目を閉じる。
 再び目を開いた時
 
 「うわぁ~!!」
 
 舞い散る桜吹雪、残された春のぬくもり。
 その全てを言葉に出来ない、言葉にならない。
 『幸せ』って人それぞれ、だから。 そう、形なんて無いから。
 


 ポケットから手紙を取り出す。 
 いつか2人から届いた手紙に綴られた文字を見る。

 『私達、結婚します』

 明日は素直に「おめでとう」が言えるかな。 
 そして涼宮さん……あ、苗字が変わるんだっけ。 『彼女』が投げたブーケを受け取りたいな。

 「……なんてね、贅沢かな♪」
 
 

 わたしのちっぽけな想いは、川の流れと共に海へ流れてしまえばいい。
 「2人共、お幸せに!!」
 過去から今日、そして未来へ。 
 どこまでも限りなく続く世界の為に……この風と共に――


 
 
      『Future World』   ~Fin~





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