夜明けのダイナー(仮題)

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SS:憂いのGypsy(前編)

2011年06月01日 05時17分16秒 | ハルヒSS:シリーズ物
 
……少なからず抱いていた淋しさがあった
 
その気持ちが更に大きくなったのは、寒さが増した、この季節のせいじゃないだろう
 
大学一年の十二月、俺は――
 
 
    <憂いのGypsy>
(From『Sunset Beach』 To『She’s Leaving Home』)
 
  
高校二年・三月、朝比奈さん・鶴屋さん卒業。 二人揃って近くの女子大に合格し通う事が決まっていた。 これで一つ、解った事があった。 それは
『大学の同じキャンパスで、SOS団が結成されない事』 だ
実は密かに俺はSOS団が大学に進学しても存続する物だと、勝手に決め付けていた。 そして、ハルヒもそう望んでいると。
しかし、ハルヒの力が弱体化しSOS団五人揃って同じ大学に行く必然性が無くなったのだろうか。 これも既定事項って奴ですかね、朝比奈さん。
  
そして高校三年・三月。 ハルヒ・長門・古泉の三人は東京の大学に進学。 俺は地元の私立大学に何とか合格した。
この大学に合格出来るまで学力が向上したのは確かに己の実力もあったのだろうが、ハルヒ・長門・古泉の指導と空いた時間を勉強の時間に充てた事によるもの。
つまり、それは朝比奈さんの卒業による
SOS団の解散 
だった。 ハルヒにとってSOS団の存続よりも他に興味のある物が出来たのだろうと、この件に関しては俺は自己判断を下して居た。 それが間違いの素と気付くのは――兎に角、俺達は北高を巣立ち、新天地へと羽ばたいて行った。
 
  
大学に入り俺は、どのサークルにも所属せず講義が終了すると空いた時間はアルバイトに割いていた。
暇を持て余して余計な事を考えない様に、そして、未だ見ぬ何かを見つける為に……
 
 
ゴールデン・ウィークの或る日の夕方、アルバイト先――『鶴屋北口ガーデンス』の一角のイタリアン・レストランでウェイターをしているのだが……に珍しい客がやって来た。
 
「やあキョン、久し振りだね」
「佐々木か、久し振りだな」
「あたしも居るのです!」 何しに来た、誘拐犯
「せめて『元』と付けて欲しいのです」 では訂正しよう、元誘拐犯
「相変わらず、あたしに対して酷いのです」 へいへい、そうかい?
「ご注文は?」
「ボンゴレ・ビアンコ」
「ハンバーグ・セットなのです」 お子様ランチじゃなくて良いのか?
「……もう、良いのです」
注文を受け、下がろうとした時
「キョン、アルバイトは何時に終わるのかな」
「そうだな、閉店までのシフトだが。 何か用事か?」
「あぁ、少しね」
「店長に聞いて早めに上がれるか頼んでみるよ」
「済まない、キョン」
厨房に注文を伝えると同時に店長にお伺いをたててみる。
  
「待ったか、佐々木」
「いや。 キョンは意外に早かったね」
「『彼女を待たせるな』とか下らん冷やかしを受けたが」
「くっくっく、僕とキョンの間に、そんな甘い空間は存在しないのにね。 何か飲むかい?」
「あ、コーヒーフロートを頼むわ。 少し走って来たから冷たい物が良い」
「解った。 すみませーん、コーヒーフロート追加でお願いします」
此処は元・SOS団御用達の喫茶店だ。 久し振りに来たな、何時以来だろうか。
「そう言えば佐々木一人か、橘は?」
「先に帰ったよ、用事は済んだからね」
「で、用件は?」
「キョン、この雑誌を見た事あるかい?」
佐々木が取り出したのは一見しただけで女性ファッション誌と判別出来る代物だった。
「いや、女性誌には縁が無くてな」
「そうだろうね」
「それが、どうかしたのか?」
「……黙って中身を見てくれないか」
男の俺が女性ファッション誌を!? こっぱずかしい。 所で一体この中に何があると言うのか。
 
コーヒーフロートがテーブルの上に来る前に本を開いて良かったと思う。 
もし、それを口に含んでいたら向かいに座る佐々木の顔面に、俺の唾液がプラスされた液体が命中する事確実だったからな。
 
「どれどれ……」
表紙には『巻頭特集・今年の水着最新情報』とか書いてある。 そして、一ページ目をめくった途端――
「な、な……なんですとぉ!?」
「お、落ち着きたまえキョン。 店内だぞ」
「こ、これが落ち着いて居られるかぁ!!」 
――そう、そこには名前入りで眩しい程の笑顔を浮かべた水着モデルが写って居たのだ……あぁ、間違いない。
別に名前を見なくても俺は、そいつの名前を言い当てただろうよ。
    
『新人モデル・涼宮ハルヒ』 
 
「どう言う事だ一体!」
「いや、わたs……じゃなかった、僕も初めて見た時は驚いたよ」
おい佐々木、今『わたし』って言おうとしてただろ?
「それはキミの気のせいだ。 しかし、そのリアクションから察すると」
「あぁ、知らなかったな。 卒業以来、音沙汰なしだからな。 しかし久し振りにアイツの顔を拝むのが、これとは……」
「済まなかったね」
「いや、佐々木が謝る事じゃ無いさ。 正直、驚いてるが、中学時代はいざ知らず高校初期の頃と比べれば、北高を卒業する時には、ある程度の社交性はあったし礼儀については、元々しっかりしてた所もあったから、これは……あ、あり得ない事じゃ無いかもな。」
元々、見た目は美少女だった訳だし、モデルにスカウトされたとしても不思議では無いだろう。 それよりもハルヒがモデルになったきっかけが知りたかった。
以前のハルヒなら「ハァ? 寝惚けた事言ってるんじゃないわよ!」とか言って一蹴しそうな感じがあったから、余計そう思うのかも知れなかった。
 
コーヒーフロートが来たので自分の気持ちを落ち着かせるのも兼ねて一口啜る。
「まさか、こんな所でハルヒの近況を知るとは思わなかったな」
「……それよりも、このページを見てくれ」 
佐々木に促され、ページを見れば
「…………」
「キョン、僕はこの表情の涼宮さんの方が『現状の涼宮さん』を表してると思うよ。 所謂オフショットと呼ばれる画像だろうからね。 多分、油断してる所を撮影されたと思うし、この画像が雑誌に掲載されるかを涼宮さんが知ってるかどうかは解らないけど……って、キョン。 聞いてるのかい? キョン!」
  
――佐々木の声が遠くに聞こえる位の錯覚を憶えながら、俺はその特集の最後のページを見つめていた。 それまでの100wの笑顔、その全てを覆すかの様な……何時以来だろう、ハルヒのこんな表情を見たのは。
多分、佐々木の言う通り撮影の合間か終わりのオフショットって奴だろう。 確かに油断したってのもあるかも知れないが、それよりもハルヒが何故、こんな表情を浮かべていたのか俺にはさっぱり解らなかった。
  
そのページに写るハルヒの表情は、とても儚く、憂いを帯びていた
 
 
夜も遅くになってしまったので佐々木を家に送り、帰宅。 夕食……と言うより夜食を食べる前に、聞いてみるか。
あいつなら色々と情報を持っているだろうしな。 
俺は携帯電話を手に取り――
『おや珍しいですね、どうしましたか』
「久し振りだな、古泉」
『こちらこそ。 お元気ですか』
「まあな。 それより古泉……」
『「あの雑誌の件」ですか?』 
「話が早くて助かる。 流石はエスパーだな」
『そろそろ電話が来る頃と思っていましたので』
「どう言う事だ?」
『それより何故、僕に電話を掛けたのですか。 聞く相手が違うと思いますが』
「……ハルヒ本人に直接聞け、と」
『はい。 あ、ちなみにこの件に関して機関は一切ノータッチです。 全ては涼宮さんの意思です』
「そうか、それさえ聞ければ良い。 済まなかったな、夜遅くに」
『いえ、構いませんよ。 それでは、おやすみなさい』
「おう、おやすみ」
 
『ハルヒの意思』か。 もしかして将来、アイドルになるつもりで上京したのか!? 走り出したら一直線なあいつなら、あり得ない話じゃないな……っと、それよりもメシだメシ。 腹減った。
携帯をベッドの上に放り投げ自室を後にする。
 
  
季節は確実に流れ夏が過ぎ、気付けば秋になって居た。 そんな風に季節の変化すら忘れる程の多忙な毎日。
故にテレビや雑誌などから遠ざかっていた俺にも、ハルヒがトップアイドルへの道を着実に進んでいる事が自然に耳に入り目にする事が多くなっていった。
『現役女子大生』の肩書きを外しても通用する程、日本中に「涼宮ハルヒ」の名声が届くようになっていたのだ。
となると、必然的に発生するのがゴシップ記事だ。 ハルヒの過去の行動、そしてSOS団の事まで引っ張り出されて……。
ある日、バイト先に態々やって来た谷口に、とある週刊誌を見せられた俺は驚愕したね。
――北高時代のハルヒと2ショットで写ってる奴が居たよ、しかも1ページをデカデカと使って。 その相手って間違いなく俺だよなぁ。
 
やれやれ
  
しかし、写真週刊誌の出版社に一言、苦言を呈したい。 俺の写真を掲載するなら俺の許可を得てからにしろ。 そもそも何処から写真を入手した?
あと、目線を入れるのは犯罪者チックでは無いか? 止めてくれ。 かと言って素顔を晒されるのは勘弁して欲しいが……。
 
  
気付けば今年の月めくりカレンダーも残す所、あと一枚になって居た。 そう
12月、だ
「師走」とは言ったもので、クリスマスや年末年始に向けて街全体が慌しく動いていた。 俺もその中の一人、の筈だった。
 
『12月18日』
 
謀ったかの様に本日は大学に俺の出席する講義のコマは無く、アルバイトもシフトの関係でお休みと来た。 さて、どうしようか。
偶には昼過ぎまで惰眠を貪るのも悪くないか……と、我ながら素晴らしいと思える休日の計画を立てていたが。
「……眠れん」
一日の生活サイクルが素晴らしい程に規則正しくなって居た俺にとって、この状況に身体が都合よく反応してくれないらしい。
結局、何時の時間に目覚め、二度寝出来なかった俺は一人外出する事にした。 このまま家に居ても、する事が無いしな。
近所のバス停からバスに乗り込み北口駅に向かう。 特に行くあても無かったのだが――ICカードを自動改札にかざし、丁度ホームに入って来た県庁所在地に向かう列車に乗り込む。
 
「……そう言えば三年前、あの病院に入院してたんだな」
車窓の北側に広がる山々の中腹に建つ病院を見つけ、一人思いにふける。
澄み切った冬の青空、弱々しい太陽の日差しが車内に入り、その光を受けて細かい埃が舞うのが見える。
昼前の列車の車内は閑散としていて、街の喧騒と対照的だった。
  
三ノ宮、到着。 する事が無いとは言え、人混みに紛れるのは御免だ。 ふと見渡せば
「――シルバーの車体の列車、か」
再びICカードをタッチして改札を抜ける。 乗車した快速列車から見えた景色
「冬の海、か」 何か、悪くないよな。
俺を乗せた電車は、海沿いを更に西へ。 そして
 
『すま~、須磨です。 お出口は……』
 
快速に乗ること四駅。 そう、ここは
「……ハルヒと二人で来たっけ」 列車から降りて改札へ向かう。 
高二の夏休み、何故かハルヒと二人っきりで出掛けた海だった。 当然、今は冬だから海岸に人は居ない。
「何をやってるんだろうね、俺」
海岸線をあても無く歩き始める。 時折、強い北風が吹き刺さる。 その風音と、近くを走る列車の音。 それ以外は何も無い世界――こんなにも世界は、つまらない物だったのだろうか。
ハルヒと出会い、ハルヒと過ごした高校の三年間。 そして現在、ハルヒと別れ……
 
「――俺は、たった独りだ」
 
休日の過ごし方も忘れ、一体何をやっているのだろう。 ハルヒに振り回されていた頃は「やれやれ」って言いながらも、それを楽しんでいた自分が居た。 そうだろ?
だって本当にハルヒに降り回されるのが嫌なら、最初から距離を取れば良かっただろうよ。 だが、実際はどうだった? 三年前、そう、たった三年前。 俺は何をして居た? 
只、病院のベッドの上で寝て居ただけだったか。 違うだろ?
 
「……ハルヒの居る世界を求めてた、だろ」
 
『あの世界』で、ハルヒを求めて鍵を探して、この世界に戻って来たのに。 今はどうだ?
ハルヒは確実にこの世界に居るのに、俺は……俺は――
 
「俺は、ハルヒが好きだったから、探し求めて居たのか」
  
やっと解ったよ、何だよ今更。 ハルヒはこの空の下に居るが、遠く500Kmも東に居る。 そして自分のやりたい事を見つけ、実行してる。
対する俺はどうなんだ? 只、漠然と大学に進学し、適当にアルバイトを見つけ働いて……一体、将来何がしたい? 何を求めてる? 己の事なのに解りやしない。
 
「やれやれ」
 
空は、こんなに青く澄んでいるのに俺の心のモヤモヤは晴れやしない。 
二年前の夏、繋いでいた手。 それを離さないで居れば、今頃は……なんて過去を振り返っても時計の針は戻りはしない。
しかし、こんな時でも腹は減る。 太陽も西の水平線へ向かって高度を下げているのが確認出来る。 さて、今から何を食べようかね。
 
 
三ノ宮に戻り、適当にファスト・フードの店に入る。 食事時を明らかに過ぎているにも関わらず、一つのレジに十人前後も並ぶこの混雑。 一体何処から人が湧いて来るのかね。
俺もその中の一人、なのだがね。
「さて、どうすっかな」
腹ごしらえも済み、する事が無いのは相変わらず。 さりとてウインドーショッピングと言う柄でも無いし、旧・居留地観光って気分でも無いし。
「……帰るか」
マルーンの電車に乗る為、改札に向かう途中
「…………」
一枚のポスターがあった
「――ハル……ヒ」
巨大なショーケースのガラスの向こう、サンタクロースの格好をしたハルヒが、100wの笑顔を浮かべて居た。
「……コスプレは、朝比奈さんにするんじゃなかったのか?」
なんて冗談を言ってみても薄ら寒いだけだ。 
某・大手化粧品メーカーのイメージ・キャラクターに選ばれたのか。 通りすがりの女性も一様に歩みを止めて、中には携帯電話のカメラで記念撮影をする人まで現れて――
デビュー後、約半年で此処までの人気とは。 流石だぜ、団長様。
 
おっと、男がまじまじと見るポスターじゃねーよな。 急に恥ずかしくなって来たぞ。 さて、帰るか……と向きを変え、足を踏み出すと
 
「キャッ!」
「どわっ!」
 
いかん、周囲に気を付けて居なかったばかりに、女性とぶつかってしまったではないか。 何やってるんだ、俺。
「す、すみません。 大丈夫ですか!?」
「え、えぇ。 大丈夫です……って、あれ?」
そこに居たのは、俺にとって色々な意味で忘れたくても忘れられない人物だった。 
「何をやってるの? こんな所で」
「……その台詞、そのまま返すぜ」
「わたしは買い物よ。 キョン君は?」
「……暇つぶしだ」
「ふぅ~ん、そっかぁ……」
 
谷口曰く『AAランク+』の美少女。 元・三年五組の委員長で、その実体は「対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース」である――
 
「今からお帰りか、朝倉」
「うん、思ったより欲しい物は無かったけどね」
「俺も帰ろうかと思った所だ」
「じゃ、一緒に帰らない?」
「ナイフを出さないと約束してくれるならな」
「出す訳無いでしょ! 全く……」
「冗談だ」
「あ、暇なら家に来ない? 夕飯、ご馳走するわよ♪」
「今からか!?」
「良いじゃない。 ホラ、行くわよ!」
「どわっ、手を引っ張るなって!」
お前はハルヒかよ……いや、どう見ても朝倉なのだがな。
 
「あのポスター、見てたの?」
「ん、あぁ」
「涼宮さん、更に綺麗になったよね」
「ま、元々ツラは良い方だしな」 
無難な回答だよな、これ
三ノ宮から特急に乗り込み二駅、他愛ない会話を交わしてると
「着いたわよ」
「丁度、電車が停まってるな」
祝川駅で支線に乗り換え、光陽園駅に向かう
 
「久し振りだな」
「わたしの部屋は初めて、でしょ」
「ん、あぁ。 お邪魔するよ」
宇宙人御用達マンションの505号室に入る。 その前に近所のスーパーで両手一杯になる程、食材の買い物をしたのはストーリー展開に関係ないので詳細は割愛させて頂く。
しかし、こいつは買い物の荷物運びの為に俺を誘ったんじゃないか?
「ん、何か言った?」
「いや、何も。 それより手伝うか?」
「あ、うん。 少しお願い♪」
下ごしらえから本格的な調理、平行して片付けと鮮やかな手際で料理を進行してる朝倉の隣で、俺は只、右往左往するばかりだった。
 
「「いただきます」」
テーブルの上に並べられた料理の数々……
「なぁ、朝倉」
「何?」
「……作り過ぎじゃないか、これ」
「ふふっ、誰かの為に料理作るなんて、長門さんが東京に行って以来だから、頑張り過ぎちゃった♪」
やれやれ。 長門を基準に作ったんじゃあるまいな? こんなに食べれないぞ。
「無理しなくて良いわよ、余ったら冷凍するから」
 
「「ごちそうさま」」
ふ~っ、喰った喰った。 って言うか、食べ過ぎた。
「皿洗い、手伝うか?」
「うん、お願い♪」
「あ、食材の代金。 払って無かったな」
「良いのよ、気にしないで。 わたしが誘ったんだから」
「悪いな朝倉」
皿洗いを済ませ、リビングでお茶を飲み始める。
 
「夕飯、美味かったよ」
「キョン君も手伝ってくれたからよ。 それより……」
「何だ?」
「……涼宮さんの事、どう思ってるの?」
「ぶほぁっ!!  ゲホッ、ゲホッ」
いきなり何を言いやがる!? お陰でお茶が気管支に入ってしまったじゃねーか!
「だ、大丈夫!?」
「大丈夫な訳あるか! 突然、何だよ!!」
「だってキョン君、あのポスター見て、憂鬱そうにしてたから――」
「見てたのか?」
「うん」
「……そうか」
「あと一年の時……あの時、教室で同じ質問したけど、答えて貰う前に長門さんに情報連結解除されたから」
「聞いてどうする」
「何も無いわよ」
「お前の親玉の意思か?」
「違うわ、わたし個人の興味よ」
「……恋愛に興味あるのか」
「う~ん、良く解らないけど。 わたしの周りでも、よく話題になってるし……」
「――好きだよ」
「えっ!?」
「俺は、ハルヒが好きだ。 気付いたのは今日、なんだけどな」
「そっかぁ」
「でも、どうしようも無いよな」
「え?」
「だって、伝えたくてもハルヒは東京だし、あいつは自分の道を――」
「それで良いの?」
「何だって!?」
「そのまま何も伝えずに、このまま会わなくなって、全てが思い出の彼方に消えてしまっても……貴方は、それで良いの?」
「…………」
 
何てこった、恋愛の概念も知らないヒューマノイド・インターフェースに説教を喰らうとは。 しかも正論だから何も言い返せないじゃないか。
 
「それも仕方の無い事? それで貴方は諦められるの?」
「……朝倉」 もう、これ以上は勘弁してくれ。 ナイフで刺すより性質悪いぞ。
「……ゴメンね」
「え!?」
「なんか煮え切らなかったから、刺激を与えてみたかったの」 おいおい
「今、言った事だって昔、剣持さんから借りたCDの詞の受け売りだから」
「そうなのか。 俺はてっきり……」 自分の考えかと思ったぞ
「ふふっ、どう? 決心はついたかしら」
「少しはな。 だがそれ以前に、伝えるチャンスが……」
「あるかもよ?」 
「な、なんだって!?」
マジか朝倉! でも現実的には俺がハルヒに会いに東京へ行かなければ……電話で伝えるのも手、なんだろうが昔ハルヒが
 
『告白の殆どが手紙や電話って、どう言う事? こう言う大事な事は直接、面と向かって言うべきよ!!』
 
だっけ? そんな風に言ってたからなぁ。 俺としても、何だ、その……伝えるなら直接言いたかったし。
「少しは希望を持ってみたら?」
「そうするよ。 下ばかり見ても、何も見つからないからな」
 
「遅くまで、お邪魔して悪かったな。 改めて、ご馳走様」
「ううん、気にしないで。 気をつけて帰ってね♪」
「あと、その、何だ。 悪かったな」
「え? 気にしないで……変化の無い観察対象に刺激を与えてみたかったから」
「ん、何か言ったか? 朝倉」
「な、何でも無いわよ。 おやすみ、キョン君」
「おう、おやすみ」
 
間もなく日付も変わろうかとする頃。 澄んだ夜空は満天の星が散りばめられ――
「寒いっ!!」
凍てつく空気が俺の頬を容赦なく突き刺す。 さて、帰るとするか。
 
 
線路沿いの道を家へと少し急ぐ。 すると
   『カン・カン・カン……』
踏切に差し掛かった所、タイミング悪く警報機が鳴り始め、誰も居ない車内を無駄に明るく照らしてる最終電車が、目の前を通過して行く。
「この踏切、だったな――」
一年の時は、朝倉の突然の転校……実際は違うけどな――に端を発した、ハルヒと二人で行った不思議探索。 あのマンションからの帰り。
二年の時は、朝倉と周防の『宇宙人バトル』
「……って両方、朝倉がらみじゃねーか」 
そして、三年生の卒業式の後。 古泉と光陽園駅前で、長門とマンションの前で別れ……ハルヒと二人っきりになって――
 
 
『キョン!』
『何だ、ハルヒ』
『三年間、楽しかった?』
『ん、まあな』
『あたしは楽しかったわ!! 宇宙人・未来人・異世界人、そして超能力者とは会えなかったけど……SOS団の皆と会えて、楽しかった三年間だった』
『そうだな』
『ねぇ、キョン』
『何だ』
『…………』
『…………』
『――もう、会えなくなるのかな』
 
ハルヒの声を掻き消す様に、踏切の警報機が鳴り始め……マルーンカラーの短い三両編成の電車が、ゆっくり、ゆっくりと横切り、坂を下って行く。
 
『……キョン、三年間ありがとっ! あんたと会えて良かったわ。 あんたが居なかったらSOS団は無かったし――だから、その……バイバイ、キョン!!』
 
――あの時は「バイバイ」の意味を軽く考えてた。 そう、何時もの下校の時と同じ「バイバイ」だと。 それこそ、また明日も会えそうな位の……
  
走り去って行くハルヒを、黙って只、見て居ただけの俺だった。
 
 
「…………」
何もかも全てが『今更』じゃねーか、結局。 
あの時、俺は何も言えなかった。 それが全てだろう――
 
 

  (後編に続く)


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