(前編より)
『どうなの、って……』
『自分の気持ちって、案外解らないモノなのよね。 自分の事なのに』
『…………』
『あと、自分の意思では、どうにもならない事って多いわよね。 ――私、本当は北高に行きたかったの』
『え!?』
『キョンが北高に進むって知ってたから。 でもね……反対されたんだ、両親に。 そして、そんな親の都合でアメリカに行く事が決まって――ふふっ、上手く行かないわよね。 こんな事があらかじめ解って居たなら、両親の反対を押し切って北高に……ううん、此処で「もしも」を語っても仕方無いわね。 ねぇ涼宮さん』
『……何?』
『もしも自分の思ってる事が全て現実になったら、貴方はどうする?』
『え!?』
『――なんてね。 そんな事、考えた事無い? ううん、そんな事あり得ないって最初から思ってるかしら?』
『さ、佐々木さん!?』 な、何を言ってるの?
『理想と現実の鬩ぎあい。 涼宮さんって、案外、現実主義者なのかしら?』
『はぁ?』
『不思議を探してるけど、一方で、それがあり得ない。 と思ってる、そうでしょ?』
『…………』
確かに見つかりっこ無い。 でも、見つかったら面白いなって、只、そう思ってた。 純粋に――
『でも、夢を見る事って良いわよね。 人間ですもの』
『そうよ! だから、これからも探し続けるわよ!!』
『ふふふふっ、それでこそ涼宮さんらしいわ。 羨ましいな』
『え!? そ、そう?』
『そうよ。 私もこんな風だったらなぁ、なんて思った事もあるのよ』
何かあたし、褒められてる? ものすっご~く照れるわね!
『あ、そろそろ行かないと』
『待って!』
『どうしたの、涼宮さん?』
『……ううん、何でも無い』
あたし、佐々木さんを呼び止めて、何を言うつもりだったの?
『あ、そうだ』
佐々木さんは一枚のメモ用紙を取り出し、筆を鮮やかに走らせると
『これ、フライトの時間。 もし良かったら見送りに来て』
『うん、ありがと』
『――改めて言うけど、キョンには内緒でね』
『……本当に、良いの?』
『――貴女の為よ』
『え!?』
『あ、ううん、気にしないで。 私の決心が折れない為よ。 それよりキョンの事を宜しくね。 あと飲み物の代金、涼宮さんの分も払って置くわ。 それじゃ』
『あ、ちょっと佐々木さん!!』
あたしのクリーム・ソーダの代金まで払ってくれて……代わりに、あたしの心にモヤモヤを残して――佐々木さんは去って行った。
『……あたしの、為?』
さっぱり解らなかった、その謎の意味を知る事になったのは、キョンが部室を飛び出した後だった。
夏休み。 宿題は何時もより少し時間を掛けて一週間で仕上げて
八月
『もう一つの宿題』を、どう片付けようか、あたしは悩んで居た。 そう
キョンに、好きと伝える事
佐々木さんを追って部室を出て行ったキョンに抱いた感情。
キョンと佐々木さんは互いを『親友』って言ってたけど、実は佐々木さんはキョンの事を中学の頃から好きだった。
でも伝えずにアメリカに行ってしまう。 それを知らないキョンは、純粋に『親友』を見送る為に行った筈。 でも
嫌だった
そう、行ってしまってから気が付いた。 あたしはキョンに行って欲しく無かったんだ。
そして、佐々木さんが言った『貴女の為』の意味。 そう、佐々木さんは気付いてたんだ。 あたしがキョンの事を好きだと言う事に。
キョンが有希やみくるちゃんと仲良くする事に苛々してた理由も解った。 それは単純な『嫉妬』と言う事にも。
あたしはキョンと一緒に居ると楽しいって事にも……今更だけど。
あたしがキョンの手を引っ張って、時にはキョンがあたしに手を伸ばしてくれて――あの繋いだ手を、あたしだけに……
でも、夏休みに数日ある登校日。 あたしはキョンに何も伝える事が出来なかった。
交わしたのは何時もの他愛ないやりとり。 そう、肝心な一歩が踏み出せなかった。
もしキョンが、あたしの事を『単なる厄介な女』と思って居たら?
そう考えると何も言い出せなかった。 今までのあたしの言動が悪いのに……
そして、また一枚。 カレンダーを捲って――
九月、二学期の始まり。
照りつける太陽に負けそうになりながらも、この長い坂を登り詰めて校舎に入れば
「あれ、何よこれ?」
下駄箱に手を伸ばせば、ノートの切れ端に書かれた文字が
『放課後、誰も居なくなったら三年五組の教室に来て』
あたしを呼び出すなんて、一体何処の誰かしら。 気になるわ。
……取り合えずキョンの事は後回しにして、先ずは、この手紙の差出人の相手ね!
結局、夏休み中に何も結論は出なかった。 ほんっと恋愛って厄介な精神病よね。
お陰で八月は何も手につかなかったんだからっ!
校長の下らない長話を聞いてウンザリした後……放課後
「よぉ、ハルヒ」
「な、何よキョン」
「部活、行かないのか?」
「……中止にするわ。 皆に言っといて」
「了解。 じゃあな」
――行っちゃった。 色々と聞きたい事あるんだけどな。 佐々木さんを見送った時の事とか……
(……にホールド・モード、プロテクト完了っと。 さて、人払いは済んだし後は『彼』が来るのを待つだけね♪)
遠くで微かに誰かが囁いていた気がするけど、ボンヤリと窓の外を眺めていたあたしは、その存在に気がつかなかった。
「……さん、……宮さん、涼宮さん♪」
メゾ・ソプラノの美しく優しい声が、あたしを呼んで居た。 って、あ、あたし!?
「えっ!?」
「もう皆、帰ったわよ?」
「り、涼子?」
「うふふっ。 珍しく慌ててるわね、涼宮さん」
気が付いたら教室に、あたしと涼子だけになって居た。 って、まさか
「もしかして、あたしを呼び出したのって……」
「そう、わたしよ」
「な、何の用事!?」
「人間ってさぁ、よく『やらなくて後悔するより、やって後悔した方がいい』って言うわよね。 これ、どう思う?」
「よ、よくかどうかは知らないけど、言葉通りの意味だと思うわ」
「じゃあさぁ、たとえ話なんだけど、現状を維持するまではジリ貧になる事は解ってるんだけど、どうすれば良い方向に向かう事が出来るのか解らない時、貴女ならどうする?」
「な、何よそれ。 日本の経済の話!?」
「取り合えず何でも良いから変えてみようって思うんじゃない? どうせ今のままでは何も変わらないんだし」
「まぁ、そうかもね……」
「ふふふっ、あっはっはっは――」
「な、何が可笑しいのよ。 涼子っ!!」
「だって、答えが『彼』と全く同じなんだもの♪」
「『彼』?」 誰の事かしら?
「もう直ぐ来るわよ」
言った瞬間、廊下から教室一面に足音が響き渡る。 その音が止まるや否や、教室の扉がけたたましい音を立てて開いた。
その音と共に現れた人物は、息を切らせ、流れる汗を拭う事無く叫んだ
「朝倉っ、何をするつもりだ!!」
「き、キョン!?」
今日は部活中止にするって言ったから、てっきり帰ったかと思ったのに、何故!?
「って、あれ!? ハルヒも居るな」
「遅いよ?」
「何の真似だ、朝倉!」
「何を勘違いしてるのかな? わたしは手紙を下駄箱に入れただけよ」
「部室に行って中止の張り紙をして下駄箱に行ったら手紙が入ってて……」
「それより貴方、すごい汗よ?」
涼子が、ポケットの中に手を入れると
「止めろっ!!」
な、何でキョンは涼子に対して、そんなに怒ってるの? 訳解んない。
そう言えば涼子を文芸部に入れる時も頑なに反対したし、一体、涼子と何が――
涼子だってハンカチを差し出そうとしただけなのに。 キョン、どうして!?
「もう、涼宮さんが絡むと必死なんだから……」
「…………」
あれ? 何でキョン黙ってるの!? それよりあたし、会話に入って行けないわ。 置いてけぼり?
そして涼子がキョンに近づいて一言声を掛けると、キョンは今までの表情と一変して、何か驚いた顔になった。
一体、涼子は何て言ったのかしら?
「最後にキョン君」
「な、何だ朝倉」
「わたしが『カナダに行く前』、最後に何て言ってたか覚えてる?」
「……す、すまん。 忘れた」
――何? 涼子が転校する前、キョンと何があったの!? 聞きたい! すんごい気になるわっ!!
「『涼宮さんとお幸せに』よっ! じゃあね♪」
「「はぁ!?」」
悪戯っぽい笑顔を浮かべ、涼子は教室を出て行った。 キョンが開けっ放しにした扉を優しく閉めて……
「…………」
「…………」
「な、何か久し振りね」
「な、何がだハルヒ」
「あんたと二人っきりって事よ」
「そうだな」
き、気まずい。 改めて思い返すと……ど、どうしよう!?
「さ、さ、佐々木さん、見送れた?」
あ~っ、あたしのバカ! これって地雷!?
「え、あ、あぁ。 それよりハルヒ」
「な、何?」
「佐々木が『涼宮さん、キョンに伝えたい事があるみたいだけど』って言ってたが、何かあるのか?」
……さ~さ~き~さ~ん~!! 貴女は何を一体キョンに言ってるのかしらぁ――
そして、あたしとキョンの下駄箱に手紙を入れた涼子まで。 これって、ひょっとして?
これって佐々木さんと涼子の後押しって事? じゃあ、その想い、大事にしないとね!!
「あ、あた、た、あた……」
「ん、どうしたハルヒ。 あた、あた、ってケンシロウか!?」
「うっさいわねキョン! 茶化さないでよっ!!」
「す、すまんハルヒ。 それより言いにくいことだったら無理しないで……」
駄目よ! 今、言わないと!!
「あ、た、あたしはキョンが好きなの!!」
「え!?」
「あたしはキョンが好きっ! この夏、ずっと悩んでたの。 何時、打ち明けようかって。 でも、言い出せなくて。
キョンが塾に通ってる間、つまんなくって、淋しくって……中学の頃は一人で居る事が当たり前だったから、慣れて居たけど。
高校に入って、あんたと一緒に居る事が多くなって――もう駄目だった。 一人は嫌っ! 淋しいのは嫌っ!!」
「は、ハルヒっ!!」
キョンはあたしに向けて両手を伸ばしたかと思うと、抱きしめて
「お、俺もお前が好きだ! この夏休みの間ずっと塾通いだったが、ハルヒの事が気になって……何も手につかなかった」
「それは……駄目じゃない」
「あぁ駄目だな、ハルヒ。 だからな」
「な、何?」
「今まで断ってたが、やっぱり俺に勉強を教えてくれないか?」
「うんっ! 良いわよ!! 所でキョン」
「何だ?」
「……涼子が転校する時、何があったか言ってみなさい」
「……Wawawa忘れたよ~♪」
「な、何ですって!!」 しかも何よ、その下手糞な歌は!?
「冗談だ。 あの、何だ、その……クラスに馴染まないハルヒの事を宜しく、と言われたんだ」
「本当に?」
「あぁ、何なら朝倉に聞いてみろよ」
「信じるわよ?」
「そうしてくれ。 それより帰るぞ」
「うんっ!!」
初めて二人、並んで帰った。 手を繋いで。
引っ張らず、引っ張られず、この坂道を下って行く。
もう離したくない。 この繋いだ手を――
え、まだ終わりじゃないの!? まだ話すの? ちょ、ちょっとキョン! あんたが代わりに話しなさいよ。
やれやれ、何時も俺が語ってるんだから偶にはハルヒが……って、キョン。 待ちなさ~い!!
――行っちゃった。 もう! しょうがないわね!!
あれから秋が過ぎ、冬を向かえ、あたし達の進路が決まった。 そう、みくるちゃんや鶴屋さんが通ってる大学に。
桜咲く四月、北高を巣立ったあたし達を、見慣れぬキャンパス・ゲートが迎えてくれた。
そして同じ頃、キョンの元に一通のエア・メールが届いた。 数枚の写真と共に……
『Dear Kyon
キョン、元気かい? 僕は元気だよ。 すっかりこちらの生活にも慣れて、充実した毎日を送ってるよ。
涼宮さんは元気? 空港での見送りに誘ったけど、代わりにキョンが来た事は――予想してたよ。
進路は決まったかな? 勿論、二人一緒の大学だよね。 念の為、返信と共に結果を聞かせて欲しいものだ。
矢張り直接伝えて貰わない事には、僕も落ち着かないからね。
所で、機会があったら、こちらに遊びに来るかい? 案内するよ。 待ってます。
From Sasaki
P,S, 涼宮さんから伝えて貰ったかい? 勿論、その返答は「Yes」以外に無い筈だが……』
――な~んか、全て見透かされている感じがするのは、気のせいかしら?
キョンの返信と一緒に、あたしも佐々木さんにエア・メールを送る事にした。
内容は、大学に揃って合格した事、キョンとは上手く行ってる事。 そして……全ては言えないわよ! 秘密よ、ヒ・ミ・ツ!!
そして、また夏がやって来た。
「ねぇ、キョン」
「ん、何だハルヒ」
「夏休みの合宿の行き先、決めたわ!!」
「大体、察しはつくが。 一応聞いておく。 何処だ?」
「多分、あんたの思った通り……あそこよ!!」
あたしは、大空に描かれた東に向かう飛行機雲を指差して――
<arizona> ~Fin~
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