(中編より)
それから予餞会までの三週間は瞬く間に過ぎ去った。 途中、バレンタインデーがあったけれど……キョンにだけ特別なチョコレートを渡したのは他の皆には内緒だし、特に語るべき事じゃないわよね。
え? 詳しく話しなさいって!? べ、別に良いじゃないの。 物語の本筋とは関係無いんだから、此処で話さなくっても
――あ~もうっ、話が進まないじゃない! 触れなきゃよかった、この話題!!
練習の成果があって、キョンと谷口のダンスも上達していた。 やれば出来るのよ、あんた達。
もっと普段から努力すれば良いのに。 特にキョン! SOS団の活動も、これ位懸命にやりなさいよ! なんてね。
あまり高望みしても贅沢よね。 キョンはキョンなんだし、あたしと一緒に……ううん、何でも無いわ! 何でも!!
はぁ、今更隠しても仕方無いか。 言いかけて止めるのもキャラじゃないし、どうせモノローグなんだし。
そう、SOS団の全員が揃って、これからもずっと一緒に居たいと思った。 五人、離れ離れになるのが嫌だった。
でも、みくるちゃんは卒業してしまう。 だからキョンだけは……ううん、キョンとは絶対離れたくなかった。
だって、あたしはキョンの事が――
そして二月、最後の金曜日。 予餞会当日。 あたし達は文芸部室に朝早くから集まっていた。
予餞会は体育館が会場で、午前十時からの二時間のスケジュール。 あたし達の出番は最後から二番目。
その前が生徒会のミュージカルだから、古泉君と涼子は大変よね。 最後の練習を音楽室を貸し切って行う。
練習を終え、ミュージカルを舞台袖で見学。 古泉君も涼子も確実に自分の役を演じてる。
本当に、あたしの我が儘で巻き込んでしまって申し訳なく思う。
けれど二人とも、あたしには笑顔で協力してくれて正直、とても嬉しかった。
さぁ、あたし達の出番が来た。 舞台袖で円陣を組む。
「皆、あたしの我が儘について来てくれて、ありがとう。 おかげで此処まで来れたわ!
みくるちゃんや鶴屋さん達、卒業生の為に練習の成果を出すわよ!!」
八人、全員右手を差し出し
「行くわよ~!!」
「「「「「「「「おう!!」」」」」」」」
幕の降りてる間に、あたし達や実行委員総出で楽器をステージにセットする。
ステージ向かって右奥に涼子のドラム、左奥に阪中さんのキーボード。
前方右に有希のギター、左にあたしのベース。 そしてダンスの立ち位置は右から国木田・古泉君・キョン・谷口と並び
幕が上がった
と同時に客席から歓声が沸きあがる。 古泉君や涼子に向けたものが多かったが、それに混じってキョンを呼ぶ声も多かった。
確かに生徒会選挙での票は多かったけれど、改めて思った
キョンって、人気あるんだ
やれやれって言いながらも色々と面倒な事をやってくれるし、そりゃ人気出るかもね。
……ちょっと嫉妬しちゃった。 え、何で!? 何故って、その優しさが、あたしだけに向いてくれたらって思ってしまったから――
「ワン・ツー・スリー・フォー!」
涼子のカウントで始まる演奏。 はっと気付き我に返る。 いけない、あたしったら何こんな時に考え事をしてるのかしら。
一曲目『A・RA・SHI』 男性陣四人がステージ上いっぱいに踊り歌う。 ステージに向けて男女問わず歓声が送られる。
練習の成果あってダンスは揃ってるし、四人のボーカルも良い感じ。 何かベース演奏を忘れて見ていたい気分ね。
二曲目『硝子の少年』 谷口と国木田は少し後ろに下がり、キョンと古泉君が踊りながら歌う。
キョンが歌のパートの時、あたしの方を見て……目が合ってドキっとした。
曲が終わり古泉君によるMCが始まる。 先ずは男性陣の紹介。
キョンが本名で紹介されてるのに「キョン君~!!」って黄色い声援が飛んでた。 そう言えば、あたしも本名で呼んだ事、無いわね。
何でだろ? キョンって呼びやすいからかな!? 続いて女性陣の紹介に入る。
涼子って男子に人気あるわね、盛大に歓声が沸きあがってたし。 そして阪中さん、有希と紹介が続いて……
「ベース担当・我等がSOS団団長、涼宮ハルヒ!!」
「え!? ど、どうも涼宮です」
考え事してたら、戸惑った返事になっちゃった。 なんて心の中で反省してたら
『ハルヒ~っ!!』
全校生徒が一斉に叫ぶ。 ビックリした! まさか、あたしに声援が飛ぶなんて思わなかったから
「…………」
固まってしまった
「あの、涼宮さん?」
「おいハルヒ、どうしたんだ!?」
いけない。 キョンと古泉君が呼んでる。 どうしよう、何を話せば良いの?
「さ、三年生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。 あたし達SOS団とプラスアルファで予餞会を盛り上げたくて……初めは文化祭の時と同じくバンド演奏をしようかとおもいましたが、『世界を大いに盛り上げる涼宮ハルヒの団』として、それでは面白くないと思ったから。 SOS団メンバー以外のクラスメイトも巻き込んで、この企画となりました。 涼子、阪中さん、谷口、国木田。 本当にありがとう!」
四人とも笑顔で、こっちを向いてくれた。
「そして、みんな~! あたし達のダンスと演奏、どうだった~!?」
すると色々な所から
「良かったぞ!」
「素敵なダンスだったわ!」
「次の文化祭も楽しみにしてるよ~!」
「卒業しても、文化祭を見に来るから頼むぞ!!」
歓声が巻き起こる……みんな、喜んでくれたんだ!
「じゃあラストナンバー行くわね。 皆、準備は良い?」
メンバーが一斉に頷く。
「『夜空ノムコウ』 ダンスは無いけど、聴いてください」
有希はアコースティック・ギターに持ち替え、男性陣は横一列に並び歌が始まる。 会場全体が歌と演奏に聴き惚れているかの様だった。
そして演奏が終わると、静まりかえって居た会場から万雷の拍手が沸き起こった。
メンバー八人全員、ステージ前方に横一列に並び
「「「「「「「「ありがとうございました!!」」」」」」」」
観客全員からの大歓声を浴びながら、幕が降りる――
終わった。
この二ヶ月弱の練習の成果を出し切った。 そして見てる人、特に卒業生に喜んで貰えて、とても良かった。
これで予餞会は終わったけれど
「さぁ、皆。 部室に行くわよ!」
そうサプライズは、これからよ! みくるちゃん、鶴屋さん。
後片付けがあるから、と言って岡部に下校時のHRの出席を断って、ステージ上の片付けを終えたあたし達は部室に向かった。
みくるちゃんと鶴屋さんの下駄箱に涼子が手紙を入れたから二人とも、HRが終わったら此処に来る筈よね。
こっちの支度は済んだから、後は待つだけ。 すると
コンコン
とノックの音がした。 さぁ来たわね、待ってたわよ!
「あのぅ、皆さん何かy」
「「「「「「「「朝比奈さん・鶴屋さん、卒業おめでと~!!」」」」」」」
扉が開き、二人が入室したと同時に
『パーン!!』
クラッカーの一斉砲撃!!
「きゃっ!」
「おおっ!」
ふっふ~ん、二人とも驚いてるわね!
そう、初めは卒業式が終わってからやろうと思ってた『お別れパーティ』を前倒しして今日、やる事にしたからね。
だって、卒業式当日は多分、忙しくなるだろうと言うキョン達のアドバイスがあったから、なんだけれど
「ふぇっ、み、み、み、みなしゃん……」
「これは驚いたよっ、あたし達の為にパーティかい? ハルにゃん達が秘密にしてた『サプライズ』って、此れの事かい」
「はい朝比奈さん、鶴屋さん」
何をキョンが、あたしの代わりに言ってんのよ! それよりジュースを注いで配りなさいっ!!
「へいへい」
全く、雑用係なんだから、しっかりサービスしなさいよ。
結局キョンだけじゃなく、あたしも手伝った。
「え~、飲み物が行き渡った所で……SOS団から、みくるちゃん。 そして名誉顧問の鶴屋さんが北高を卒業します。
卒業式まで数日あるけれど前倒しでお別れパーティをする事にしました。 みくるちゃん、何か一言!」
「ふぇっ、み、みなさん。 わたし達の為に……あのぅ、ありがとうございますぅ」
「んもう、みくるちゃん。 泣くのは早いわよ! それでは鶴屋さんも」
「あたしは別に良いっさ! それより早くしないと折角の料理が冷めちゃうよ」
「では鶴屋さんは〆の挨拶をして頂く事にして。 みんな、コップ持った? それでは、かんぱ~い!!」
「「「「「「「「「かんぱ~い!!」」」」」」」」」
テーブルの上に並べられた料理は、材料の買出しを男性陣に任せて、あたしがすき焼き、涼子はおでん、有希がカレーを家庭科室で今朝仕上げた。 そして阪中さんは家で作ったケーキを持って来てくれた。
「どれも美味しいですぅ」
「うんっ、旨いねぇ!」
二人とも喜んでくれてるわね。 さて、あたしも食べよっと
「ほらよ」
「えっ?」
あたしが何から食べようか考えていた時、キョンが先に、あたしの分を持って来てくれた。
「あ、ありがと」
「どういたしまして。 団長様の為に働くのも、雑用係の仕事だからな」
「……雑用係、か」
「ん、どうしたハルヒ」
「え? な、何でも無いわ」
あたしが普段『雑用係』って呼んでる所為なんだけれど、キョン自ら『雑用係』って言うのは……自己嫌悪。 だって、あたしにとってキョンは――
「ねぇ、キョン」
「ん、何だ?」
「どの料理が一番美味しかった?」
「ん~、どれも旨いけどな」
それはそうよね。 あたしのが一番って言ってくれたら嬉しかったけど……そう思っていたら
「……大きな声では言えないけどな」
と、あたしの耳元に顔を近づけて
「すき焼きが一番、美味しかったぞ」
ちょ、ちょっと反則よっ! 一瞬ドキっとしたじゃない!!
「と、当然よ。 あたしが作ったんだからね」
そのまま小声で返事する。 あ~もう、何故か顔が熱いわね。 そうよ、温かい料理ばっかり食べてるから当たり前よね。
……改めて褒められると恥ずかしいわね。 しかも耳元で囁くなんて。
「「「「「「「「「「ごちそうさま!!」」」」」」」」」」
全て食べ終わった後、鶴屋さんの挨拶があり……あの鶴屋さんが泣いてしまうとは思ってなくて、あたしまで思わず涙が出そうだった。 って言うのは内緒だけど――みくるちゃんと鶴屋さんにプレゼントを渡して
「えぐっ。 み、みなしゃん。 ふぇっ、あ、あ、ありがとうございましたぁ」
もう、みくるちゃん。 どれだけ泣けば良いのよ!? みくるちゃんは笑顔が可愛いんだから。 『SOS団専属マスコット』なのよ。 スマイル、スマイル!!
「み、みんな。 めがっさありがと~っ!!」
鶴屋さんまで、今から泣いてたら卒業式、どうなっちゃうんですか?
二人が部室を去り、後片付けが始まる。
「終わっちゃったね」
「あぁ、やっぱ淋しいよな」
キョンと二人、家庭科室で鍋や食器を洗いながら話をする。
「しかし、さっき言ってたのはマジか!?」
「あったり前じゃない! あたしに二言は無いわよ!!」
「やれやれ」
「だから、あんたは目標に向けて努力するのよ!」
え、何の事だって? そう、さっきのパーティで鶴屋さんの〆の挨拶の前
『これを持ちまして、SOS団は解散します!!』
『『『『『『『『『えっ!?』』』』』』』』』
『おい、マジかハルヒ!?』
『す、涼宮さん。 本当ですか!?』
『……予想された事象と違う』
『ふぇっ。 す、涼宮しゃん』
『言っとくけど、一年間だけだからね!!』
『どう言う事?』
『みくるちゃんと鶴屋さんが行った大学に、あたし達八人全員が行って、そこで新生SOS団を立ち上げるのよ!』
『あの。 それって僕もなの? 涼宮さん』
『そうよっ!』
『俺もか、涼宮』
『あったり前じゃない。 谷口、国木田、それに涼子、阪中さん……ううん、佳実もよっ!!』
『が、頑張って同じ大学に合格するのね』
『やれやれ』
キョン、そんな事言ってる場合じゃ無いわよ!
「だって、やっと北高を盛り上げただけだもん。 次は大学、そして最後は――」
「「世界を大いに盛り上げる」だろ?」
「キョン、ちょっと! あたしの台詞を言わないでよ」
「はいよ。 何処までも着いて行くぜ、団長」
そうよ、何時までも一緒なんだから! 特にキョン、あんたとは。
片付けも終了し、八人で下校する。 すっかり暗くなってしまった坂道を下り、それぞれの家路をたどる。
「ただいま~!」
家に着き、自分の部屋に向かおうとした、その刹那
『ピンポ~ン♪』
呼び鈴の音がして、ママが反応した。
「ハル、出て頂戴」
「は~い」
玄関の扉を開けると
「今晩は、涼宮さん」
あれ? みくるちゃん、よね!?
「ど、どうしたの?」
「えぇ、言い忘れた事があって……」
何か変よね、この『みくるちゃん』。 大人びて見えるのは洋服のコーディネイトの所為じゃないわよね?
しかも只でさえ大きな胸が更に……反則どころじゃないわね、これ!! って、そんな事より
「先週の『不思議探索』、覚えてます?」
「う、うん。 憶えてるわよ? それが、どうしたの」
「わたしがプレゼントした物ですけど……」
そう、みくるちゃんが卒業するからって、あたしにプレゼントしてくれた淡いピンクの口紅の事ね。
「あれが、何?」
「明日、使って下さいね。 成功の『おまじない』だから」
「えっ!?」
み、みくるちゃん。 何故『明日』の、あたしの予定を知ってるの?
「頑張って下さいね、それじゃあ」
「ちょ、ちょっと。 みくるちゃん!?」
優しく扉を閉めて、行ってしまった。
「――だって、誰にも言って無いのに。 あたしが、明日……」
再び親に呼ばれるまで、あたしは、その場で固まってしまって居た。
その出来事もあって、あたしは一睡も出来ずに夜を明かす事になってしまった。 このドキドキは、それだけじゃ無いんだけど……
『午前十時に北口駅前。 時間厳守!』
午前九時、メールを打って支度を始める。 電話で直接、言わなかったのは緊張してたから。
そう、あたしは今日、キョンに自分の想いを打ち明けるの。 予餞会を終えて、気持ちを切り換えて……
髪型はポニーテールにセット。 そして、みくるちゃんに貰ったピンクの口紅を塗って
準備完了!!
「行って来ます!!」
玄関の扉を開けた先では六甲颪が和らいで、少し霞んで見える青空は、何処となく春の訪れを感じさせていた――
<Lipstick> ~Fin~
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